背徳のアルカディア

さほり

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Azel

5.

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 断続的な悲鳴と殴打の鈍い音がしている。地を震わすような低音はルシフェルの声に似ていた。
 けれど。

(「アゼル」……?)

 彼がその名を知っているはずはない。

「アゼルは俺のものだ。二度とこの島に近づくな。もしも誰かにこのことを話したら、貴様を地獄の業火で火柱にしてやる」
「ひいいぃ……っ!」

 翼が開き、飛び去っていく風を感じた。草を踏みしめる音が近づいてくる。足音の主はアゼルの傍に膝をつき、大きな手で頭を撫でた。

「大丈夫か?」

 心配そうな声音に薄目を開けると、アゼルを覗き込んでいたのは燃えるような赤い瞳。その嗄れた声も姿も、確かにルシフェルのものだ。それでも、アゼルにはもう彼が誰なのかが分かる気がした。

「兄さん……?」

 そっと腕を上げ、彼の喉元に触れる。そこからゆっくりと指を下ろしていくと、ルシフェルの胸には普通の皮膚とは違う感触の大きな傷痕があった。彼はアゼルがそれを確認するのを拒まず、されるがままに微笑んでいる。

「ごめんなさい……」
「なぜ謝る?」
「僕のせいで、こんな……」

 肩からみぞおちまで走る大きな傷痕に、涙がこぼれた。あのとき自分が助けを求めたりしなければ、兄が瀕死の重傷を負うこともなかったはずだ。

「お前が謝ることじゃない。俺の方こそ、あのときは守れなくて悪かった」

 首を横に振ると、こめかみに痛みが走る。顔を歪めたアゼルの頭を温かい両手でそっと包み、彼はその額にキスをした。

「兄さん……ちゃんと、手当てはしてもらえた?」
「ちゃんと?」
「おとなしく従えば兄さんを助けるって……それに、罪も見逃してやるって言われたから、僕……」
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