せいじん親子

月澄狸

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せいじん親子

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「どうかな……。まだ坊やにはこの話は早いと思うんだけど」

「そんなの聞いてみないと分からないことだよ」

「やっぱりあと三年後にしないかい?」

「パパ、僕、子どもだってもっと早くから多くのことを知るべきだと思うんだ。子どもには早いと決めつけるのはおかしいよ」

「ハハ、相変わらず大人みたいなことを言う子だなぁ……。まいっちゃうよ」


 空に浮かぶ大きな星たちを眺めながら、パパと坊やは話をしていました。坊やは知りたがり屋です。


「さて、どこからどこまで説明しようかなぁ……」

 頭をかきながら考えるパパに、坊やが言います。

「だから子どもだなんて思わなくていいって。大人に話すように普通に言ってよ」


 二人がこんな会話を交わしたのは、今日が初めてではありませんでした。
 それどころか坊やは最近ずっとこの調子なのです。


「やっぱり、成長には段階というものがあってね……。急ぐことはないと思うんだ。ゆっくり少しずつ、自然に知っていくのがいい」

「みんながそう言うからこの星は変わらないんだよ」

「なるほどねぇ……。まぁ子どもたちは純粋にそう思うかもしれない。けれどね、世の中というのはそう単純なものじゃないし、私たちが世界を変えることなんてほぼできないんだよ。どう変えたらいいのかすら、分からないことばかりなんだ」

「だからこそ、子どもが知るべきなんだよ」

「そう……だねぇ、少しは知ることも必要かな」


 空ではチカチカと、青や緑の星が輝きます。
 風向きが少し変わったようでした。


「なら言おう。私たちと違って人間はね、自分たちの手で数を制御できないんだ。だからこちらで数を調整してあげなければいけないんだよ」

「なんで? 人間は増えたいから増えるんでしょう。それじゃいけないの? 僕らと同じ命なんでしょう」

 パパと坊やはこの星の「人間」について話をしていました。


「人間が増えすぎると私たちも、他の生き物たちも、そして結局人間自身も困るんだ。人間は環境の多くを破壊してしまう。生態系に大きな影響を与える。……たしかに人間も私たちと同じ命ではあるけれどね、同じとはいっても知能のレベルは違うんだよ。人間は自然界に必要なものを必要なだけ残すという計算ができず、増え続けてしまう。本能に従って生きているから先のことは考えられない。生態系のバランスを保つためには人間の数を減らしてあげなければいけないんだよ」

 パパはそう答えました。


「同じ命だけれど違う、それがよく分からないよ」

「私たちの方が人間より進化していて賢いということなんだ。その星で一番賢い者には、星を守る義務がある……。そのために人間を管理するんだ。一見理不尽に見えたとしてもね」

「ねえ、元から増えないように手術することはできないの?」

「残念ながら現段階では、野生の人間一人一人にそのような処置を施すことは難しいんだ。数が多すぎるし……」


「それに実験に使うから、でしょ」

 坊やは鋭く指摘しました。


「……ありゃ、そんなことどこで……」

 パパはうろたえます。


「テレビでいつも言っているじゃない。婉曲的な表現ばかりしているけれど、筋道立てて考えれば分かる。増えた人間を定期的に生け捕りにして、人体実験をしているんでしょう。新しく発見された物質が有害なものかどうか人間を使って調べたり、脳や人体の仕組みを調べたり、人間と機械を繋げる実験をしたり、他にも色々と」


「まぁ、そういうことも、ね……」


 パパは考えつつ坊やに話して聞かせました。

「ただ数を減らすために駆除するだけでは命がもったいないから、有効活用しているんだよ。坊やが使っている物、食べている物の数々だって、人間が安全性を証明してくれているんだ。知能の高さは違っても、体の構造的には人間は私たちに近いからね」


「体の構造が近いということは、平等に扱うべきなんじゃないの?」

「待って坊や、平等とはつまりどういうことだい? 例えばパパが実験台になればいいのかな?」

「えっ?」

「実験台になれば死んでしまう確率が高いんだ。その役目をパパや、坊やや、仲間たちに背負わせるのかい?」

「えっと、そうじゃない。そもそも人体実験なんかしなければいいんだ」

「人間を実験台にしないということは、私たち自ら、様々な物の安全性を確かめなきゃいけないということだ。つまり私たちを実験台にするのと一緒なんだよ」


 パパは坊やに言います。


「人間を使って実験をしなければ、私たちの仲間が多く死ぬ。パパも、坊やも、お友達も、みんな死んじゃうかもしれないよ。それで良いのかな?」

「う……」

「ほら、世の中は単純なものじゃないと言っただろう。つまりそういうことなんだ。人間を使う実験をやめて私たちが多く死に、逆に人間の方が増えたらどうなる? 坊やの大好きな森も川も汚れ、やがて生き物たちはみんな滅ぶかもしれないよ。実際、生命の平等を唱えてそのような道をたどった星もあると聞く」


「……それは嫌だ」

 坊やの心はざわつき始めたようでした。


「なんで? 自然のままにすることが平等なら、人間を自由にしてあげればいいでしょう。森や川が汚れて生き物が段々消え、世界が人間で埋め尽くされたとしても、それが坊やの言う『平等』ということじゃないのかい?」

 パパは優しい口調で尋ねました。


「……違う」

 坊やは困ってしまいました。

「たしかに僕にとっては、人間よりパパや友達の方が大事……。そういうことになってしまうみたい。自然や、他の生き物たちも大切だ。僕の大好きなみんなが苦しむのは嫌だよ」


「よし、よく言えたね。そういうことなんだよ。いくら平等だと言ったって、実際は難しい。現状では、私たちは人間の命を使わせてもらっている……。それでこの星はうまく回っているんだ。安易に何が悪いとか、やめるべきとか、言えないんだよ。分かってくれたかな」

「うん、分かった気がするよ、パパ。……僕が間違っていた」

「いやいや、坊やは立派なものだよ。こういうことが分からず綺麗事ばかり並べる大人だって多いんだからね。命に感謝して、使う。そして私たちは少しでも仲間と心を通わせ、私たちの世界を平和にする。それが私たちのやるべきことなんだ。……だから坊や、友達とは仲良くね。人間への感謝を忘れちゃいけないよ」

「うん。ありがとう、大事な話を教えてくれて」

「いいんだよ。坊やの向上心に、パパはいつも驚くんだ。坊やがいるからパパももっと成長しなきゃいけないと思えるんだよ」

「ふふっ、パパは世界一すごいパパだよ」

「ありがとう」


 二人は笑い合いました。


「ねえパパ、人間もこうして家族と話したり、仲間のことを考えたりするのかな」

 坊やは大きな星を眺めながら言いました。


「どうだろうね。人間は本能のままに動く生き物と言われているし、科学的には人間同士の絆というものは証明されていないけれど……」

 パパは答えました。


「僕ね、人間にも大事な仲間がいると思うんだ。そして人間同士で会話をしているんじゃないかって思う」

「おっ、もしそんなことが証明されたら大発見だな」

「うん。僕が研究して見つけるかもしれないよ」

「そりゃ楽しみだ」

「それでね、今は難しくても、いつかは人間も大事にされる世界にするんだ」

「それは立派な夢だね。みんな心の奥底ではそう願っていても、なかなか実現はできないからね」


 坊やは目を輝かせます。

「僕ね、人間と仲良くなりたいんだ」


「きっとなれるよ。だって坊やはこんなにも人間が好きで、人間のことを真剣に考えているんだから。こんなに人間の気持ちが分かる子は他にいない。大人でもなかなかいないんじゃないかな。人間もきっと、坊やには心を開くに違いないね」

「本当!? あの……それならね、僕、前からやってみたいと思っていたことがあるんだけれど」

「ん?」

「人間を……飼ってみたいなって」


「あー……」

 そうくるとは思っていなかったのでしょうか。パパの動きが止まってしまいました。


 坊やはさらに続けました。

「僕、人間を知りたい。分かりたい。人間と話せるようになりたい。そうすれば、人間に色々教えてあげることもできるかもしれないでしょ?」


「ほほう、なるほど……。そんなことを考えていたんだな。よし、じゃあ明日人間を捕まえに行こうか」


「いいの!?」

 坊やは身を乗り出しました。


「ああ。ただ、大きな夢を持つのは良いけれど、現実はそう簡単ではないよ。人間は私たちの顔を覚えられるほどの知能はないと言われているし、懐くような様子はほとんど見られないんだ。鳴き声はうるさいし脱走することもしょっちゅう。凶暴で噛みついたり暴れたりするから手袋なしで触ることはできないだろう。……人間のことを理解する前に、嫌になったり、飽きたりするかもしれない。それでも最後まで面倒見られるかな?」

 パパは確かめるように尋ねます。


 それに対して坊やは力強く頷きました。

「うん! きっとやるよ!」


「よし! じゃあ明日は人間を手に入れて、飼うための準備も整えよう」

「わぁ、楽しみだなぁ!」


 二人は明日を心待ちにして眠りにつきました。
 それを見守るかのように、天上では星々が暖かく光ります。


 翌日、空はスッキリと晴れ渡り、大きな星々はいつもよりくっきりと見えました。パパと坊やは約束通り、人間を探しに出かけます。二人とも頑丈そうな手袋をはめ、網と人間かごを持って。


「ねぇ、人間見なかった? 探しているんだ」

 坊やが近所の仲間に尋ねました。


「人間!? ああいやだ、あんな気持ち悪いもの。こないだ駆除剤をまいたから、多分このあたりじゃ一匹も残っていないわよ」


「そう、ありがとう」

「で、見つけてどうする気だい?」

「飼って研究するんだよ」

「ちょっと、やめておくれ。あんなの飼ってもし増えたらどうするのさ」

「大丈夫、責任持って逃がさないようにするから」

「何も人間を飼わなくたっていいでしょ。あんな手足がヒョロヒョロで、頭だけモジャモジャ毛がついたやつ。懐きもしないし可愛くもない。変な菌だって持っているかもしれないし、第一イメージ悪いじゃない。私はあれが滅びてほしいと思うね」

「生き物を見た目や好き嫌いで判断しちゃいけないよ。どんな生き物にでも役割があるものなんだ」

「役割なんかないよ。人間は私たちの資源を食い尽くすだけなんだから」

「この星や資源や食料が僕らのものだなんて、それは勝手な思い込みだよ」

「ふぅ、いつも通りご立派なことを言うね。……どうしても人間を飼うのなら、絶対に外へ出さないようにしておくれよ。このあたりをウロチョロしているのを見たら叩き潰しちゃうからね」

「分かった、ありがとう」


 近所の仲間とのやりとりを黙って見守っていたパパは、戻ってきた坊やに優しく笑いかけました。

「終わった? じゃあ行こうか」


 二人は人間のいそうな場所を探しつつ、ゆっくり歩きます。
 何時間も何時間も、歩きました。
 しかし人間は見つからず、とうとう日が暮れてしまいました。


「人間……数が減ったのかなぁ」

「近年駆除の回数が増えたからかもしれないね。昔はもっといたような気がするけれど、意外と見つからないものだね」

「気づいたら絶滅危惧種になっていたりして」

「うん……そういうものかもしれないね」


 そのとき、坊やの目に何かの影がうつりました。

「あっ!」


 影は草むらの方へと走ります。坊やもそれを追います。
 そして坊やはぱっとその影をつかまえました。

 それはなんと、小さな人間の子どもでした。


「うわぁっ、子どもだ!」

 坊やは緊張で手が震えました。しかし人間の子をしっかりとつかみます。

 人間の子どもはきつくつかまれたためか、少し吐いてしまいました。
 しかし坊やはそれを怒ったり嫌がったりせず、
「可愛い……。生きてる……」とつぶやきました。


 人間の子は首を振りながら、小さな手でしっかりと草をつかんでいます。
 坊やはそれを慎重にほどきました。


 その様子を見ていたパパが、拍手をします。

「すごいじゃないか! 人間の子どもを捕まえるなんて! 普通、人間の子を捕まえようとしても、子どもは隙間に隠れて大人だけがこちらに飛び出してくる習性があるから、こうして捕まえられるのはめずらしいんだ」


「そうなんだ! 見て、この子おとなしいよ」

「本当だ。凶暴なはずなのに……」

「人間にも個人差があるんだよね。もしかしてこの子、おとなしい性格なんじゃない?」

「だとしたらすごいよ」

「ねぇ、人間が懐かないのって大抵大人を飼うからだよね? もしかして子どもから育てたら、懐くのかな」

「うーん、そうかもしれないね」

「懐いたらいいなぁ」

「もし懐いたらすごいね。でも大人と違って子どもを育てるのは難しい。子どもを大人まで育てたデータはほとんどないらしいよ」

「そっか……。ねぇ、お店で人間の飼い方の本探していい?」

「うん。大切に育ててね」


 坊やが人間をかごに入れると、人間は目からポロポロと水を落としました。
 その目は草むらの方へ向けられています。


「あっ、目から水。人間はこうして目からも水分を排出するんだよね」

「そうそう。不思議だよね」

「綺麗だね」


 二人は仲良くお店に向かいました。


 歩きながら、パパが思い出したように坊やに言います。

「そういえばもうすぐお祭りだね。願い事を決めないと」


「願い事かぁ。お星様、僕の願いを叶えてくれるかなぁ」

 坊やは少し不安そうに言いました。


「坊やはとても優しい良い子だ。お星様はきっと願いを叶えてくれると思うよ」

「本当? ……ありがとう!」


 パパと坊やはこんな会話を交わしながら、仲良く一緒に歩いていきます。

 その日の星空は特に美しく優しげで、二人を導くかのように、たくさんの星々が煌めいていたのでした。
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みんなの感想(1件)

大林和正
2023.11.20 大林和正

せいじん親子
面白かったです。人間はこんな事をして来たのですよね

2023.11.20 月澄狸

大林さん
ありがとうございます(*^-^*)
人類の行いについて語り合うと感情的になりがちなので、できるだけ感情的な表現を抜いて、抽象的に書いてみました。

解除

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