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meet you
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あれから1ヶ月、時が流れるのが早く感じる。
3月も中盤に差しかかり、微かに残る寒さの中に温かな春が芽生えつつある。
病欠していた看護師たちも徐々に復活し、ようやくいつも通りの日常に戻ってきた。
「結木先輩!あの……すっごく急で申し訳ないんですけど……明日と明後日のシフト変わってもらえませんか!?」
お願いします!!と必死で手を合わせる松田の様子に驚きながらも、寿葉は事情を聞いた。
どうやら彼女と大切な予定があるらしい。仕事に恋愛にと、とても忙しそうだ。
「うん、いいよ。僕は予定ないし!僕は明日お休みで、明後日出勤すればいいんだね?」
「はい!ありがとうございます!結木先輩、神~!!大感謝っす!!」
しっぽを揺らし、涙目で安堵した様子の松田。懐いてくれて、頼ってくれるし、一生懸命で可愛らしい後輩は素直に応援したくなる。
ご機嫌でナースステーションから仕事に出ていく姿を見送りながら、急遽休みになった明日、どうしようかな、と寿葉はぼんやりと考えた。
後日。
普段は友人と出かけることもあるが、急な休みだし、誘うのも申し訳ないと思い、寿葉は家で過ごすことにした。映画を見たり、掃除をしたり、やるべき家事を終えると14時くらいになっていた。
やることがなくなってしまった。もう少し映画を見ようかな、と円盤を並べた棚を眺めている時、ふと思い出した。
「羽佐間さんにおすすめしてもらった映画!いろいろ見たけど、1番気になっていた作品、行きつけのレンタルビデオ屋さんに行ったらあるかな……」
そんな独り言に自ら頷く。思い立ったが吉日、とリュックを手に取り、電車に乗って少し遠くの品揃え豊富なレンタルビデオ屋に向かった。
「『秘密結社LOTUS』……2と3はあったけど……」
はぁ……と大きくため息をつく。あらすじから興味をそそられる内容だったのに……
レンタルビデオ屋に行き、少し珍しい作品にも関わらず、目当ての映画を見つけることはできた。しかし、羽佐間に勧めてもらったのはシリーズで、肝心の1番初めの物語が無かった。このまま、2と3だけ見てしまっていいものか、と考え込む。
なんとも微妙な収穫に渋い顔をしながら、寿葉は帰りの電車に乗り込んだ。
今日は平日、夕方ともなれば電車も仕事や学校帰りの人たちで圧迫される。席に座っていても、カバンやしっぽ、大きな身体など様々なもので、ぎゅうぎゅうと、押しつぶされそうになっていた。寿葉はリュックを抱え込み仕方なく辛抱する。
あと一駅で最寄り駅に着く。そんな中、走っていた電車が急に減速し、停止した。何が起きた?寿葉も乗客たちも戸惑いや疑問の声がざわめき出す。
「ただいま、線路内で事故が発生したため、運転を見合わせております。現在、状況の確認を行っております。ご乗車のお客様にはご迷惑をおかけいたしますが、今しばらくお待ちください」
アナウンスが流れ、更にざわめきが増す。
結局しばらく経っても電車は動かず、この窮屈な中、さすがに乗客たちも痺れを切らし始めた時。
「運転再開まで相当の時間を要する見込みのため、次のカザシ駅で運転を打ち切り、以降の運転は行いません。お客様はお手数ですが、カザシ駅でお降りください――」
やっと、今後の対応が周知された。
駅を降りてからの交通手段の案内のアナウンスが続けられるが、寿葉は元々降りる予定の駅だ。ようやく帰れることに安堵し、寿葉は小さく息を吐いた。
ゆっくりと動き出した電車に揺られる数分、あっという間にカザシ駅に到着した。
混み合うので急がずに順番に降りてください、とアナウンスがあったのにも関わらず、ドアが開いた途端、我先にと乗客達が雪崩れるように出ていく。
寿葉も落ち着いてから降りようと思ったが、席を立った瞬間、人の波にのまれてしまった。
このままでは潰れてしまう。周りは背が高い獣人達ばかり、それに比べ小さな寿葉は必死で手を挙げて助けを求めた。
すると、誰かに手を掴まれ、流れるままに引き寄せられる。徐々に人の少ない方に導かれる手に寿葉は静かに従った。
助かった。ようやく人混みから解放された。改札とは少し逸れた、誰もいない一角、まだ人の流れは止まる様子はない。
寿葉は、まだ息も切れ切れのまま、気になっていた握られた手の先を見た。
「羽佐間さん……?」
「……結木さん……お久しぶりです」
見覚えのある左右非対称の艶やかな白髪と、凛々しい金色の瞳を瞬かせた羽佐間と視線が交わった。
* * *
* * *
人も落ち着き、やっと改札から抜け出した。いつもの駅の雰囲気、騒がしさがなくなってようやく会話ができる。
いつもと違う、見慣れない緊張は、助けてくれた羽佐間の姿が私服だからか。白いシャツにブラウンのコート、黒のパンツと革靴。シンプルだがモデルのような立ち姿。
約10cmは差がある背の低い自分との違いを、結木はまじまじと感じていた。
「結木さん、大丈夫ですか?お気分が悪いとか、お怪我はありませんか?」
「えっ、あぁ、大丈夫です!!羽佐間さんに助けていただいたから……その、ありがとう……ございます。また、助けていただいて……」
じっ、と見上げてくる結木に声をかけたが慌てた様子で目を逸らした。無事なら何より、と羽佐間は安堵した。
たまたま同じ電車に乗っており、助けを求める手に気づいて手を引いたはいいが、まさか結木だったとは。偶然にも出会えたことに、前回同様また嬉しさがよぎる。
黒のインナー、白シャツ、青色のトレーナーに灰色の短めのコート。紺色のパンツとスニーカー。羽佐間から見た私服の結木は、重ね着をしっかりとしたオシャレな装いに見えた。
「結木さんは、今日はお休みですか?」
「あ、はい!急遽休みになって……そうだ!これ!」
問いかけに思いついたように、結木は持っていたリュックをゴソゴソと探って何かを取り出し見せた。
「羽佐間さんが教えてくださった『秘密結社LOTUS』を借りに行っていたんです!でも無印だけがなくって……とりあえず2と3だけ借りました!」
自分の勧めた映画を見てくれようとしている。でも肝心の最初の物語を抜きにして見るのは勿体ない、と残念そうな結木を見て、羽佐間自身も分かっているからこそ耐えきれなくなった。
「あの……よろしければ、僕が持っているものをお貸ししましょうか?」
口をついて出た言葉に
「いいんですか!!」
結木は思わず前のめりに言葉を重ね、目を輝かせた。
連絡先を交換し、チャットアプリにお互いの名前が表示される。
「僕、ずっと、羽佐間さんとお友達になりたいって思っていたんです。映画のこと……もっと話したいなって。なかなかタイミングがなくて言い出せなかったんですけど、今やっとこうやって繋がりができましたね!」
目を細め微笑む結木に、羽佐間の胸が高鳴る。自らも望んでいた結木との関係がここで進展するとは思いもよらなかった。
「……僕も、結木さんとお話したかったから……ご迷惑でなければ、お友達になっていただきたいです」
「迷惑なんかじゃないですよ、むしろ嬉しいですし!遠慮しないでください!もう友達ですから!」
「ありがとうございます……僕もすごく嬉しいです……」
羽佐間も同じ気持ちでいてくれたことは素直に喜ばしい。純粋に映画のことは話したいという本音はある。しかし、その裏に羽佐間のことを知りたいという思いを潜めながら、結木は頷いた。
「あ、せっかくだからこれからは名前で呼んでもいいですか?苗字だと患者さんの頃思い出しちゃってよそよそしい感じがして……」
「はい、名前でも大丈夫です……僕も、寿葉さん、とお呼びしてもいいですか?」
「はい!お好きに呼んでくださいね!じゃあ、輝一さんって呼ばせてもらいますね!」
「敬語も無くしてもらっても大丈夫ですよ!同じ歳ですし!あ、僕も今使っちゃってる。職業柄なかなか抜けなくて……」
「あの、僕、同年代の友人が居なくて……どのような距離感で接したらいいか分からないんです。常日頃から敬語を使っている手前、後輩にも敬語で話してしまうので、切り替えできなくて……話しづらいですよね……すみません。結……いえ、寿葉さんは、お気になさらずお好きな形でお話してください」
「あぁ、無理に変えなくて大丈夫ですよ!僕ついつい話している人の言葉につられちゃうから……よく敬語になっちゃいますし、気にしなくていいです!話しやすいように話しましょう!」
お互いの心の距離が近づくのが分かる。友人としての関係が今から確かに始まろうとしていた。
* * *
* * *
お礼だけのつもりが映画の話きっかけで、ついつい話し込んでしまった。時間の流れを忘れていると、ゴーン、ゴーン、と18時を知らせる鐘が鳴る。
そろそろ帰らないといけない、と互いに顔を見合せた。
「あ、僕マンションがこっちなので」
寿葉が自分の向かう道を指さすと
「僕は機動隊の寮に住んでいるので、同じ帰り道なんです」
と輝一も、自分の帰路に身体を向ける。
駅からだと、徒歩15分でマンションに着く。そこからさらに15分ほど歩くと機動隊本部があることは寿葉も知っていたが、まさか輝一が本部の寮に住んでいるとは……
思いのほか住んでいる場所が近くて寿葉は驚いた。
せっかくだから、と一緒に歩いて帰ることになった。
日も落ち薄暗さが辺りを染める。等間隔に街灯が照らす道、輝一はさりげなく車道側に移動し、寿葉の歩幅に合わせて進んでいく。先程の続き、まだ話し足りないと映画の話に花を咲かせた。
「よかったら今度一緒に映画、見に行きませんか!」
「いいんですか?」
「もちろん!一緒に見て感想を語り合いたいなって……」
「はい、是非。僕もお話したいです」
こんなに話ができるなら、もっと知りたいと欲張ってしまう。これは素直な気持ちで、寿葉は次会う約束を取り付けた。
まさか映画の誘いもされるなんて……積極的に関わろうとしてくる寿葉に驚きながらも、輝一は喜びで胸がいっぱいになる。にこにこと楽しそうに笑う寿葉につられて、頬がほどけ、染まっていく。
たった15分、あまりにも短い時の流れ。寿葉の住むマンション前に着いてしまった。
「輝一さん、今日は助けてくれてありがとうございました!これからは映画好きの友達として仲良くしてくださいね!また連絡しますね!」
「はい、お怪我がなくてよかったです。こちらこそよろしくお願いします、寿葉さん。今度お会いする時に『秘密結社LOTUS』のDVDを持っていきますね。では、また」
別れを告げ、小さくお辞儀をし、歩いていく輝一。薄暗い闇にうっすら見える背中の小さな翼が、いつものように微かに動いているのが見える。
今日は清々しい気持ちで見送ることができる。それに、また会う確かな約束。
予想より早く寿葉に訪れた楽しみとなった。
◆◆◆◆◆
機動隊本部。
隊長である、多賀野が居座る隊長室に輝一はいた。
「……隊長、あの……お休みをいただきたいのですが……」
「ん?珍しいな?有給あるだろうし、別にいいけどさ、どうした?」
椅子に深々と座りパソコンを見つめていた多賀野が、目を丸くして輝一の方に視線を移す。
驚くのも無理はない。機動隊内の仲間と過ごすことはあれど、仕事終わりに話す程度で休みを取るほど、親しい付き合いは正直無い。それに、個人的にも休みを取ってまで、プライベートを過ごすことも無かった。
自分をよく知る多賀野だからこそ、不思議で仕方ないのだろう。
「……結木さん……いえ、寿葉さんと一緒に映画を見に行く約束したので」
先程出会った寿葉とのここまでの経緯を多賀野に説明する。
「へぇ!良かったじゃん!話したかったんだろ?」
「……はい。映画のことをお話出来る方、森谷(もりや)さんしかいませんでしたから……それに同じ歳でこんなに話せる方は初めてで、嬉しいです」
友達が出来て良かったな、と多賀野はしみじみと頷いていた。
「輝一はもっと自分の気持ちに素直になった方がいいぞ~せっかくの縁だし大事にしな!まぁ、お前が傍にいるならあの子も安心か~」
守ってやれよ?と指を差された。そんなことを言われなくても、寿葉に危険が及ぶ前に、出来る限り対処するつもりだ。
仕事としてはもちろんだが、何より、今までのことを含め、これからは友達として接してくれる寿葉のことが大切だからだ。
歓喜に満ちた温かな気持ち。また会う約束に再び胸が高鳴る。
寿葉と友達になれる、こんな日が来るなんて……今日は偶然の出会いから予想外の出来事ばかりで、輝一は夢を見ているように感じていた。
チャットアプリに表示されている寿葉の名前を確認し、これは夢では無いと、確かな幸せを噛み締めていた。
☆今回の映画紹介
『秘密結社LOTUS』
高校時代にバンドをやっていた仲良し3人組が方向性の違いによって解散した。3人で様々なことに挑戦しながら最終的にたどり着いたのは、大学に入ってから始めたお笑いコント。しかし、これも上手くいかず。
それでも諦めず、今までの経験を活かし、コントの延長線で大学全体を巻き込んだ大きな企画を提案し、結果大成功を収めた。
この出来事をきっかけに、様々な依頼を盛大に盛り上げる企画屋として動き出した3人の物語。
実際にあった出来事を自主制作映画として動画投稿したところ、有名な映画監督の目に留まり、本格的に映画が作られた。
物語は事実ベース、主演は本人たちのモキュメンタリー・コメディ。
2から新メンバーが加入したが、作中と現実の両方でチームが拡張されている。現在、映画シリーズは3まで、メンバーは5人となっている。
タイトルに関しては、戒めと厨二病を混ぜ合わせたチーム名をそのまま使っている。
評価☆4.0
毎回必ずバンドの話が出るし、その度に目つきが変わるし喧嘩腰になる。絶対バンドはやらないという確固たる意志を感じる。それすらも面白い。(20代・女性)
3月も中盤に差しかかり、微かに残る寒さの中に温かな春が芽生えつつある。
病欠していた看護師たちも徐々に復活し、ようやくいつも通りの日常に戻ってきた。
「結木先輩!あの……すっごく急で申し訳ないんですけど……明日と明後日のシフト変わってもらえませんか!?」
お願いします!!と必死で手を合わせる松田の様子に驚きながらも、寿葉は事情を聞いた。
どうやら彼女と大切な予定があるらしい。仕事に恋愛にと、とても忙しそうだ。
「うん、いいよ。僕は予定ないし!僕は明日お休みで、明後日出勤すればいいんだね?」
「はい!ありがとうございます!結木先輩、神~!!大感謝っす!!」
しっぽを揺らし、涙目で安堵した様子の松田。懐いてくれて、頼ってくれるし、一生懸命で可愛らしい後輩は素直に応援したくなる。
ご機嫌でナースステーションから仕事に出ていく姿を見送りながら、急遽休みになった明日、どうしようかな、と寿葉はぼんやりと考えた。
後日。
普段は友人と出かけることもあるが、急な休みだし、誘うのも申し訳ないと思い、寿葉は家で過ごすことにした。映画を見たり、掃除をしたり、やるべき家事を終えると14時くらいになっていた。
やることがなくなってしまった。もう少し映画を見ようかな、と円盤を並べた棚を眺めている時、ふと思い出した。
「羽佐間さんにおすすめしてもらった映画!いろいろ見たけど、1番気になっていた作品、行きつけのレンタルビデオ屋さんに行ったらあるかな……」
そんな独り言に自ら頷く。思い立ったが吉日、とリュックを手に取り、電車に乗って少し遠くの品揃え豊富なレンタルビデオ屋に向かった。
「『秘密結社LOTUS』……2と3はあったけど……」
はぁ……と大きくため息をつく。あらすじから興味をそそられる内容だったのに……
レンタルビデオ屋に行き、少し珍しい作品にも関わらず、目当ての映画を見つけることはできた。しかし、羽佐間に勧めてもらったのはシリーズで、肝心の1番初めの物語が無かった。このまま、2と3だけ見てしまっていいものか、と考え込む。
なんとも微妙な収穫に渋い顔をしながら、寿葉は帰りの電車に乗り込んだ。
今日は平日、夕方ともなれば電車も仕事や学校帰りの人たちで圧迫される。席に座っていても、カバンやしっぽ、大きな身体など様々なもので、ぎゅうぎゅうと、押しつぶされそうになっていた。寿葉はリュックを抱え込み仕方なく辛抱する。
あと一駅で最寄り駅に着く。そんな中、走っていた電車が急に減速し、停止した。何が起きた?寿葉も乗客たちも戸惑いや疑問の声がざわめき出す。
「ただいま、線路内で事故が発生したため、運転を見合わせております。現在、状況の確認を行っております。ご乗車のお客様にはご迷惑をおかけいたしますが、今しばらくお待ちください」
アナウンスが流れ、更にざわめきが増す。
結局しばらく経っても電車は動かず、この窮屈な中、さすがに乗客たちも痺れを切らし始めた時。
「運転再開まで相当の時間を要する見込みのため、次のカザシ駅で運転を打ち切り、以降の運転は行いません。お客様はお手数ですが、カザシ駅でお降りください――」
やっと、今後の対応が周知された。
駅を降りてからの交通手段の案内のアナウンスが続けられるが、寿葉は元々降りる予定の駅だ。ようやく帰れることに安堵し、寿葉は小さく息を吐いた。
ゆっくりと動き出した電車に揺られる数分、あっという間にカザシ駅に到着した。
混み合うので急がずに順番に降りてください、とアナウンスがあったのにも関わらず、ドアが開いた途端、我先にと乗客達が雪崩れるように出ていく。
寿葉も落ち着いてから降りようと思ったが、席を立った瞬間、人の波にのまれてしまった。
このままでは潰れてしまう。周りは背が高い獣人達ばかり、それに比べ小さな寿葉は必死で手を挙げて助けを求めた。
すると、誰かに手を掴まれ、流れるままに引き寄せられる。徐々に人の少ない方に導かれる手に寿葉は静かに従った。
助かった。ようやく人混みから解放された。改札とは少し逸れた、誰もいない一角、まだ人の流れは止まる様子はない。
寿葉は、まだ息も切れ切れのまま、気になっていた握られた手の先を見た。
「羽佐間さん……?」
「……結木さん……お久しぶりです」
見覚えのある左右非対称の艶やかな白髪と、凛々しい金色の瞳を瞬かせた羽佐間と視線が交わった。
* * *
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人も落ち着き、やっと改札から抜け出した。いつもの駅の雰囲気、騒がしさがなくなってようやく会話ができる。
いつもと違う、見慣れない緊張は、助けてくれた羽佐間の姿が私服だからか。白いシャツにブラウンのコート、黒のパンツと革靴。シンプルだがモデルのような立ち姿。
約10cmは差がある背の低い自分との違いを、結木はまじまじと感じていた。
「結木さん、大丈夫ですか?お気分が悪いとか、お怪我はありませんか?」
「えっ、あぁ、大丈夫です!!羽佐間さんに助けていただいたから……その、ありがとう……ございます。また、助けていただいて……」
じっ、と見上げてくる結木に声をかけたが慌てた様子で目を逸らした。無事なら何より、と羽佐間は安堵した。
たまたま同じ電車に乗っており、助けを求める手に気づいて手を引いたはいいが、まさか結木だったとは。偶然にも出会えたことに、前回同様また嬉しさがよぎる。
黒のインナー、白シャツ、青色のトレーナーに灰色の短めのコート。紺色のパンツとスニーカー。羽佐間から見た私服の結木は、重ね着をしっかりとしたオシャレな装いに見えた。
「結木さんは、今日はお休みですか?」
「あ、はい!急遽休みになって……そうだ!これ!」
問いかけに思いついたように、結木は持っていたリュックをゴソゴソと探って何かを取り出し見せた。
「羽佐間さんが教えてくださった『秘密結社LOTUS』を借りに行っていたんです!でも無印だけがなくって……とりあえず2と3だけ借りました!」
自分の勧めた映画を見てくれようとしている。でも肝心の最初の物語を抜きにして見るのは勿体ない、と残念そうな結木を見て、羽佐間自身も分かっているからこそ耐えきれなくなった。
「あの……よろしければ、僕が持っているものをお貸ししましょうか?」
口をついて出た言葉に
「いいんですか!!」
結木は思わず前のめりに言葉を重ね、目を輝かせた。
連絡先を交換し、チャットアプリにお互いの名前が表示される。
「僕、ずっと、羽佐間さんとお友達になりたいって思っていたんです。映画のこと……もっと話したいなって。なかなかタイミングがなくて言い出せなかったんですけど、今やっとこうやって繋がりができましたね!」
目を細め微笑む結木に、羽佐間の胸が高鳴る。自らも望んでいた結木との関係がここで進展するとは思いもよらなかった。
「……僕も、結木さんとお話したかったから……ご迷惑でなければ、お友達になっていただきたいです」
「迷惑なんかじゃないですよ、むしろ嬉しいですし!遠慮しないでください!もう友達ですから!」
「ありがとうございます……僕もすごく嬉しいです……」
羽佐間も同じ気持ちでいてくれたことは素直に喜ばしい。純粋に映画のことは話したいという本音はある。しかし、その裏に羽佐間のことを知りたいという思いを潜めながら、結木は頷いた。
「あ、せっかくだからこれからは名前で呼んでもいいですか?苗字だと患者さんの頃思い出しちゃってよそよそしい感じがして……」
「はい、名前でも大丈夫です……僕も、寿葉さん、とお呼びしてもいいですか?」
「はい!お好きに呼んでくださいね!じゃあ、輝一さんって呼ばせてもらいますね!」
「敬語も無くしてもらっても大丈夫ですよ!同じ歳ですし!あ、僕も今使っちゃってる。職業柄なかなか抜けなくて……」
「あの、僕、同年代の友人が居なくて……どのような距離感で接したらいいか分からないんです。常日頃から敬語を使っている手前、後輩にも敬語で話してしまうので、切り替えできなくて……話しづらいですよね……すみません。結……いえ、寿葉さんは、お気になさらずお好きな形でお話してください」
「あぁ、無理に変えなくて大丈夫ですよ!僕ついつい話している人の言葉につられちゃうから……よく敬語になっちゃいますし、気にしなくていいです!話しやすいように話しましょう!」
お互いの心の距離が近づくのが分かる。友人としての関係が今から確かに始まろうとしていた。
* * *
* * *
お礼だけのつもりが映画の話きっかけで、ついつい話し込んでしまった。時間の流れを忘れていると、ゴーン、ゴーン、と18時を知らせる鐘が鳴る。
そろそろ帰らないといけない、と互いに顔を見合せた。
「あ、僕マンションがこっちなので」
寿葉が自分の向かう道を指さすと
「僕は機動隊の寮に住んでいるので、同じ帰り道なんです」
と輝一も、自分の帰路に身体を向ける。
駅からだと、徒歩15分でマンションに着く。そこからさらに15分ほど歩くと機動隊本部があることは寿葉も知っていたが、まさか輝一が本部の寮に住んでいるとは……
思いのほか住んでいる場所が近くて寿葉は驚いた。
せっかくだから、と一緒に歩いて帰ることになった。
日も落ち薄暗さが辺りを染める。等間隔に街灯が照らす道、輝一はさりげなく車道側に移動し、寿葉の歩幅に合わせて進んでいく。先程の続き、まだ話し足りないと映画の話に花を咲かせた。
「よかったら今度一緒に映画、見に行きませんか!」
「いいんですか?」
「もちろん!一緒に見て感想を語り合いたいなって……」
「はい、是非。僕もお話したいです」
こんなに話ができるなら、もっと知りたいと欲張ってしまう。これは素直な気持ちで、寿葉は次会う約束を取り付けた。
まさか映画の誘いもされるなんて……積極的に関わろうとしてくる寿葉に驚きながらも、輝一は喜びで胸がいっぱいになる。にこにこと楽しそうに笑う寿葉につられて、頬がほどけ、染まっていく。
たった15分、あまりにも短い時の流れ。寿葉の住むマンション前に着いてしまった。
「輝一さん、今日は助けてくれてありがとうございました!これからは映画好きの友達として仲良くしてくださいね!また連絡しますね!」
「はい、お怪我がなくてよかったです。こちらこそよろしくお願いします、寿葉さん。今度お会いする時に『秘密結社LOTUS』のDVDを持っていきますね。では、また」
別れを告げ、小さくお辞儀をし、歩いていく輝一。薄暗い闇にうっすら見える背中の小さな翼が、いつものように微かに動いているのが見える。
今日は清々しい気持ちで見送ることができる。それに、また会う確かな約束。
予想より早く寿葉に訪れた楽しみとなった。
◆◆◆◆◆
機動隊本部。
隊長である、多賀野が居座る隊長室に輝一はいた。
「……隊長、あの……お休みをいただきたいのですが……」
「ん?珍しいな?有給あるだろうし、別にいいけどさ、どうした?」
椅子に深々と座りパソコンを見つめていた多賀野が、目を丸くして輝一の方に視線を移す。
驚くのも無理はない。機動隊内の仲間と過ごすことはあれど、仕事終わりに話す程度で休みを取るほど、親しい付き合いは正直無い。それに、個人的にも休みを取ってまで、プライベートを過ごすことも無かった。
自分をよく知る多賀野だからこそ、不思議で仕方ないのだろう。
「……結木さん……いえ、寿葉さんと一緒に映画を見に行く約束したので」
先程出会った寿葉とのここまでの経緯を多賀野に説明する。
「へぇ!良かったじゃん!話したかったんだろ?」
「……はい。映画のことをお話出来る方、森谷(もりや)さんしかいませんでしたから……それに同じ歳でこんなに話せる方は初めてで、嬉しいです」
友達が出来て良かったな、と多賀野はしみじみと頷いていた。
「輝一はもっと自分の気持ちに素直になった方がいいぞ~せっかくの縁だし大事にしな!まぁ、お前が傍にいるならあの子も安心か~」
守ってやれよ?と指を差された。そんなことを言われなくても、寿葉に危険が及ぶ前に、出来る限り対処するつもりだ。
仕事としてはもちろんだが、何より、今までのことを含め、これからは友達として接してくれる寿葉のことが大切だからだ。
歓喜に満ちた温かな気持ち。また会う約束に再び胸が高鳴る。
寿葉と友達になれる、こんな日が来るなんて……今日は偶然の出会いから予想外の出来事ばかりで、輝一は夢を見ているように感じていた。
チャットアプリに表示されている寿葉の名前を確認し、これは夢では無いと、確かな幸せを噛み締めていた。
☆今回の映画紹介
『秘密結社LOTUS』
高校時代にバンドをやっていた仲良し3人組が方向性の違いによって解散した。3人で様々なことに挑戦しながら最終的にたどり着いたのは、大学に入ってから始めたお笑いコント。しかし、これも上手くいかず。
それでも諦めず、今までの経験を活かし、コントの延長線で大学全体を巻き込んだ大きな企画を提案し、結果大成功を収めた。
この出来事をきっかけに、様々な依頼を盛大に盛り上げる企画屋として動き出した3人の物語。
実際にあった出来事を自主制作映画として動画投稿したところ、有名な映画監督の目に留まり、本格的に映画が作られた。
物語は事実ベース、主演は本人たちのモキュメンタリー・コメディ。
2から新メンバーが加入したが、作中と現実の両方でチームが拡張されている。現在、映画シリーズは3まで、メンバーは5人となっている。
タイトルに関しては、戒めと厨二病を混ぜ合わせたチーム名をそのまま使っている。
評価☆4.0
毎回必ずバンドの話が出るし、その度に目つきが変わるし喧嘩腰になる。絶対バンドはやらないという確固たる意志を感じる。それすらも面白い。(20代・女性)
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