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第10話 不器用
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「陽翔君。立ち話もなんだし、一緒にバッグでも作りながら話す?」
慶一郎さんが作業テーブルを指差して言うものだから、僕は驚いてしまった。
「えっ⁉ む、無理ですよ、僕は不器用で裁縫なんてしたことないし……」
「大丈夫、このハギレ布を組み合わせて、ベースのデザインを決めてもらうだけでいいから」
「大丈夫じゃないですよ、僕デザインなんてしたことないし、それにセンスとかないですし……」
慌てて首を振る僕の前に、慶一郎さんは問答無用でハギレが山ほど入った箱を置いてしまった。こういう、言葉足らずでちょっと強引なところは仁さんに似ているのかもしれない。そんなことを考えていると。
「作るものに正解がほしい?」
と問われて、僕は返事に困ってしまった。
「僕は君の考えたデザインに点数をつけたりもしないし、評価もしない。君は君のしたいようにするだけ。それが難しいのかな?」
「……すいません……」
なんだか責められているような気がして、身体に緊張が走る。ぎゅっと握った手に、冷たい汗が滲んだ。それを見たんだろうか。慶一郎さんはひとつ息を吸って、それから口を開いた。
「……責めてるんじゃないよ。ただもっと気楽にやっていいということ。……ごめんね、僕は話すのが得意じゃないんだ。僕には言葉を選ぶセンスがない。でも君に、僕の思っていることを伝えたい」
その言葉に慶一郎さんを見る。彼は僕が思っていたよりもずっと、考え込むような表情を浮かべていた。
ああ、この人はもしかしたら。仁さんとは違って、考えていることを言葉に、表情にしにくい人なんだろうか。だけど、それでも僕と話をしようとしてくれているんだろうか。
そんな風に考えると、次第に緊張が和らいでくる。もしかしたら。慶一郎さんは一生懸命、僕に応えようとしてくれているのかも。なら僕も、同じようにしたい、と思った。歩幅を合わせるように。同じほど窓を開けるように。
「君には君の選ぶ色がある。君の好む色がある。君が考えるデザインがある。それは僕に無いものだ。そこにセンスとか、そういうものは関係無い。僕は君にしかないものを大切にしたいし、君にもできればしてほしい。それが君にとって苦痛なら、僕も無理強いはしない。ただそれだけなんだ」
ただそれだけ。慶一郎さんはそう言ったけれど、僕にとってはなんだか、とても深くて重い言葉のように思えて。自信も無かったし、不安もあったけれど、小さく頷いた。
何も怖いことはない。上手くやる必要も無い。褒められなくてもいい。貶されることもない。僕は、僕のやりたいように、布を選ぶだけ。それだけでいい。
それだけでいいんだ。
「ただいまー。おっ、なんだお前ら、仲良くなったのか?」
買い出しから帰った仁さんが、部屋に入って来てニカッとわかる。おかえりなさい、と言った僕の向こうから、ミシンを踏んでいた慶一郎さんが「今、仁の失恋の話をしてたところ」と答える。
「なんだお前ら、俺の失恋をダシに楽しんでたのか⁉ いい趣味してるじゃねえか!」
「ち、違います。僕たちはただ……」
「そうそう、仁が初めてできた彼女とデートしたときに──」
「やめろやめろっ、昔の話はやめろーっ」
仁さんが笑いながら、慶一郎さんにつっかかってくる。慶一郎さんの口ぶりにも、仁さんの怒りかたにも本気な感じは見えなくて、僕もちょっと笑ってしまった。
慶一郎さんと話した時間は、ほんの少しだ。だからたくさん話せたわけではない。僕は仕事を辞めて、ここへ来たことを話した。慶一郎さんは、ここへ住み始めた理由を話してくれた。
仁さんと慶一郎さんが知り合ったのは高校の頃。でも大学も就職先も違ったから、その後は疎遠になっていたらしい。慶一郎さんは県外へ(都会、と言っていた)就職していた。
何かを作っていたらしい。布のバッグとかではなかったそうだ。慶一郎さんは仕事一筋で、会社から認められて上長になった。ところが、慶一郎さんはコミュニケーションに難がある(と自分で言っていた)。部下とも会社とも折り合いが悪くなり、やむなく仕事を辞め、地元の実家へ戻っていた。
そんな折に同じく実家へ──この家へ帰って、地道なDIYを繰り返していた仁さんが声をかけてきたのだそうだ。
『慶さ、ヒマだったらウチのリフォーム手伝ってくんない? 報酬は衣食住。山奥で好きなことだけして暮らせるぜ。今から30分以内にお返事いただけたらなんと、レトロな足こぎミシンもついてきます』
十数年も会わなかった昔の友人にそんな調子だった仁さんへ、慶一郎さんは二つ返事をしてしまったらしい。それから一緒にリフォームをし、ひとつ屋根の下で暮らしている。趣味と仕事を兼ねて、ハギレでバッグを作ったりしながら。
やっぱり慶一郎さんのことも、仁さんのこともまだまだわからないままだ。でも、今日は彼らもまた僕のことをわからないのだと知れただけでも、少し気が楽になった。
それと慶一郎さんは気持ちを顔でも言葉でも表に出しにくい人なんだとわかった。今日のところは十分だ。きっと慶一郎さんとも仲良くできるはず。少なくとも、慶一郎さんのほうは僕を悪くなんて思っていないはずだから。
「おっ? 陽翔、それお前が考えたのか?」
慶一郎さんを小突いていた仁さんは、僕の前に広がったものを見て言った。慶一郎さんのアドバイスをもとにしながら、自分なりに置いただけのパッチワーク。僕は縫ったりとかはできないから、本当に小さな布が配置されているだけのもの。
だけど深い青色をベースに様々な布を散りばめたそれは、たぶん僕の自己表現で、そして作品なんだろう。こくりとひとつ頷くと、仁さんは眩しいぐらいの笑顔を浮かべて頷いた。
「いーじゃん! 俺、好きだな」
僕はなんだか恥ずかしいやら嬉しいやら、顔が熱くなる。仁さんの言葉に、慶一郎さんもミシンを離れて見にきた。僕の手元にあるパッチワークの雛を見て、彼はほんの僅かに笑った。
「うん、これは陽翔君じゃないと作れないものだね。作ってくれてありがとう」
なぜだかお礼を言われて、僕はますます赤くなった。
でも、悪い気はしなかった。
慶一郎さんが作業テーブルを指差して言うものだから、僕は驚いてしまった。
「えっ⁉ む、無理ですよ、僕は不器用で裁縫なんてしたことないし……」
「大丈夫、このハギレ布を組み合わせて、ベースのデザインを決めてもらうだけでいいから」
「大丈夫じゃないですよ、僕デザインなんてしたことないし、それにセンスとかないですし……」
慌てて首を振る僕の前に、慶一郎さんは問答無用でハギレが山ほど入った箱を置いてしまった。こういう、言葉足らずでちょっと強引なところは仁さんに似ているのかもしれない。そんなことを考えていると。
「作るものに正解がほしい?」
と問われて、僕は返事に困ってしまった。
「僕は君の考えたデザインに点数をつけたりもしないし、評価もしない。君は君のしたいようにするだけ。それが難しいのかな?」
「……すいません……」
なんだか責められているような気がして、身体に緊張が走る。ぎゅっと握った手に、冷たい汗が滲んだ。それを見たんだろうか。慶一郎さんはひとつ息を吸って、それから口を開いた。
「……責めてるんじゃないよ。ただもっと気楽にやっていいということ。……ごめんね、僕は話すのが得意じゃないんだ。僕には言葉を選ぶセンスがない。でも君に、僕の思っていることを伝えたい」
その言葉に慶一郎さんを見る。彼は僕が思っていたよりもずっと、考え込むような表情を浮かべていた。
ああ、この人はもしかしたら。仁さんとは違って、考えていることを言葉に、表情にしにくい人なんだろうか。だけど、それでも僕と話をしようとしてくれているんだろうか。
そんな風に考えると、次第に緊張が和らいでくる。もしかしたら。慶一郎さんは一生懸命、僕に応えようとしてくれているのかも。なら僕も、同じようにしたい、と思った。歩幅を合わせるように。同じほど窓を開けるように。
「君には君の選ぶ色がある。君の好む色がある。君が考えるデザインがある。それは僕に無いものだ。そこにセンスとか、そういうものは関係無い。僕は君にしかないものを大切にしたいし、君にもできればしてほしい。それが君にとって苦痛なら、僕も無理強いはしない。ただそれだけなんだ」
ただそれだけ。慶一郎さんはそう言ったけれど、僕にとってはなんだか、とても深くて重い言葉のように思えて。自信も無かったし、不安もあったけれど、小さく頷いた。
何も怖いことはない。上手くやる必要も無い。褒められなくてもいい。貶されることもない。僕は、僕のやりたいように、布を選ぶだけ。それだけでいい。
それだけでいいんだ。
「ただいまー。おっ、なんだお前ら、仲良くなったのか?」
買い出しから帰った仁さんが、部屋に入って来てニカッとわかる。おかえりなさい、と言った僕の向こうから、ミシンを踏んでいた慶一郎さんが「今、仁の失恋の話をしてたところ」と答える。
「なんだお前ら、俺の失恋をダシに楽しんでたのか⁉ いい趣味してるじゃねえか!」
「ち、違います。僕たちはただ……」
「そうそう、仁が初めてできた彼女とデートしたときに──」
「やめろやめろっ、昔の話はやめろーっ」
仁さんが笑いながら、慶一郎さんにつっかかってくる。慶一郎さんの口ぶりにも、仁さんの怒りかたにも本気な感じは見えなくて、僕もちょっと笑ってしまった。
慶一郎さんと話した時間は、ほんの少しだ。だからたくさん話せたわけではない。僕は仕事を辞めて、ここへ来たことを話した。慶一郎さんは、ここへ住み始めた理由を話してくれた。
仁さんと慶一郎さんが知り合ったのは高校の頃。でも大学も就職先も違ったから、その後は疎遠になっていたらしい。慶一郎さんは県外へ(都会、と言っていた)就職していた。
何かを作っていたらしい。布のバッグとかではなかったそうだ。慶一郎さんは仕事一筋で、会社から認められて上長になった。ところが、慶一郎さんはコミュニケーションに難がある(と自分で言っていた)。部下とも会社とも折り合いが悪くなり、やむなく仕事を辞め、地元の実家へ戻っていた。
そんな折に同じく実家へ──この家へ帰って、地道なDIYを繰り返していた仁さんが声をかけてきたのだそうだ。
『慶さ、ヒマだったらウチのリフォーム手伝ってくんない? 報酬は衣食住。山奥で好きなことだけして暮らせるぜ。今から30分以内にお返事いただけたらなんと、レトロな足こぎミシンもついてきます』
十数年も会わなかった昔の友人にそんな調子だった仁さんへ、慶一郎さんは二つ返事をしてしまったらしい。それから一緒にリフォームをし、ひとつ屋根の下で暮らしている。趣味と仕事を兼ねて、ハギレでバッグを作ったりしながら。
やっぱり慶一郎さんのことも、仁さんのこともまだまだわからないままだ。でも、今日は彼らもまた僕のことをわからないのだと知れただけでも、少し気が楽になった。
それと慶一郎さんは気持ちを顔でも言葉でも表に出しにくい人なんだとわかった。今日のところは十分だ。きっと慶一郎さんとも仲良くできるはず。少なくとも、慶一郎さんのほうは僕を悪くなんて思っていないはずだから。
「おっ? 陽翔、それお前が考えたのか?」
慶一郎さんを小突いていた仁さんは、僕の前に広がったものを見て言った。慶一郎さんのアドバイスをもとにしながら、自分なりに置いただけのパッチワーク。僕は縫ったりとかはできないから、本当に小さな布が配置されているだけのもの。
だけど深い青色をベースに様々な布を散りばめたそれは、たぶん僕の自己表現で、そして作品なんだろう。こくりとひとつ頷くと、仁さんは眩しいぐらいの笑顔を浮かべて頷いた。
「いーじゃん! 俺、好きだな」
僕はなんだか恥ずかしいやら嬉しいやら、顔が熱くなる。仁さんの言葉に、慶一郎さんもミシンを離れて見にきた。僕の手元にあるパッチワークの雛を見て、彼はほんの僅かに笑った。
「うん、これは陽翔君じゃないと作れないものだね。作ってくれてありがとう」
なぜだかお礼を言われて、僕はますます赤くなった。
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