生きにくい私たちの純愛

なずとず

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 シャワーを浴びてから、ふたりで私のベッドに腰かける。私の部屋は相変わらずの有様で、同じ家の中のとも思えない違いだ。

 まだ昼間だから、カーテンを締めても部屋は僅かに明るい。私たちは半ば裸の姿で寄り添い合い、はじめにおずおずと指を絡めた。

 なんだかんだで、こうして同じベッドに入るのは久しぶりだ。過ぎ去った日々のことを思い出すと、愛しさがこみあげる。ぎゅ、と手を握れば、シノさんが微笑んだ。

「本当は、もう会えないと思っていました」

「え……」

「あなたは僕を疑っていたし、事実僕はあなたを騙していたんですから。僕にはもう合わせる顔がないし、あなたは会いたくないだろうって」

「ご、ごめんなさい……」

「いえ、いいえ。責めているわけではないんです。ただ……こうして触れ合えることはもう無いだろうと思っていたので」

 シノさんが私の体に頬を寄せ、目を閉じる。その肌のぬくもりが私にも伝わってきた。

 もうこうして触れ合えることは無い。そう思っていたのは、私のほうだって同じだ。シノさん、と名を呼ぶと、彼はぽつりと呟く。

「もう一度あなたとここにいられて、僕は幸せです」

 その言葉に、私はたまらずシノさんを抱きしめる。あ、と声を漏らした彼の眼を見つめた。薄暗い中でも、シノさんの瞳が濡れ、揺れているのがわかる。その眼差しが優しいことも。私は何も言わずに、彼の唇に近づいた。シノさんの瞼が閉じられる頃、唇は柔らかく触れ合い、そしてふたりは深く求め合う。

 舌を絡めるだけで、頭から溶けていきそうだ。私たちは混ざり合っている。しかし決して、肉体までは同じになれない。ただ想いと熱だけがひとつになる。

「シノさん、今日は、私に愛させてください」

 キスの合間に名を呼んで、囁いた。彼は返事の代わりに私の背中へ腕を回す。それが了承の合図だとわかったから、彼をベッドの上へそっと横たえた。

 薄明りの下でもわかるほど、シノさんは頬を染めている。きっと私も同じほどには赤くなっていることだろう。

「久しぶりだから、ゆっくり時間をかけましょう」

 私の提案に、シノさんはこくりと小さく頷いた。彼の首元に口付け、鎖骨を通り、心の臓へ肌の上から触れる。シノさんのいのちがここに在るのだ。そう思うと一層恋しさで胸が苦しくなる。

 早く、繋がりたい。そう本能は訴えるけれど、一方で永遠にシノさんをただただ愛したい。ひとりで痛みを抱え、自分が傷ついていることも忘れていたこの人を。ちゃんとできるかなんてわからないけれど、彼が私にしか開けないというのなら、私がその暗闇を埋めるほかにないじゃないか。

 胸の尖りに触れると、シノさんが小さく息を呑む。最初はあまり反応しなかったように思う。身体を重ねるにつれ、シノさんは変わっていった。彼が、私が心を開くのに合わせて、私たちは肉体も開いていったのだ。それでも繋がれないこの狂おしさを、なんと表現すればいいだろう。私の中に浮かぶ色彩は本当にまとまりのない混沌で、だというのにこの時間が大切で切なくて愛しくて、代えがたい。

 優しく尖りを唇で包めば、シノさんが微かな声を上げる。指と舌とで愛すと、その身体が震え、身じろぎする。その反応を楽しみながらシノさんの身体を撫でた。

 薄く見えた肋骨、脇腹から、人として生まれた証の臍。それから薄い筋肉を感じる腹部を撫でて、さらにその下へ。より奥まった場所へ。

 あ、とひとつ声を上げて、シノさんの手が私の手を掴む。嫌なのかと顔を上げると、彼は赤く染まった顔で困ったように眉を寄せ、目を泳がせていた。

「ど、どうも、されるがままというのは……気恥ずかしいものですね……」

 そういえば、いつもはシノさんが主導権を握っていたのだった。その事に気付いて、胸の鼓動がより早くなるのを感じる。彼は今、私と同じように不安と期待に身を寄せているのだろうか。それならば、うんと愛してあげたいと思う。

「嫌、ですか?」

「いえ、嫌というわけではなくて、その……すみません。続けてください……」

 シノさんは葛藤した末に、私から手を離した。

「大丈夫です、ゆっくりしますから」

「……え、ええ……」

 私の言葉はどうやら的外れだったようだ。もしかしたら、恥ずかしいことはさっさと終わらせてほしかったのかもしれない。そういう意味では、私はずいぶんシノさんを困らせただろうが、拒みはしなかった。




 本当に長い長い時間をかけて慣らした後、より深くまで繋がる頃には、シノさんはすっかり息も絶え絶えになっていた。

 もう大丈夫、と何度言われても、私にはそこが随分狭く感じられて、念入りに解したのだ。シノさんの身体は私に与えられる快感をまだ覚えていて、熱い肉壁を指で押し上げる度、甲高い声を漏らして身もだえした。

 甘い声が泣き声にも変わりそうなほど時間をかけた後、ようやく私が指を引き抜くと、彼は涙を浮かべて私に腕を伸ばす。それに応えて、抱きしめるように脚の間へと割り入った。

 シノさんの呼吸が、期待と不安と、そして熱に震えている。名を呼び、シノさんの最奥へと私の欲望を押し込んでも、彼は仰反るばかりで拒まない。

 熱くうねる胎内は、締め付けながらも私を受け入れてくれる。声も出せずにいるシノさんが落ち着くまで、動きを止め、彼が小さく頷くとまた奥へと侵入する。

 私の背に回った手が、縋るように動くのがわかった。苦しいのかと思い、シノさんの名を呼びながらキスを落とす。

「苦しいですか」

 と尋ねると首を横に振る。

「では痛いですか」

 と聞いても同じだ。シノさんの脚が震えながら、私の身体に絡みつく。抱きしめているから表情は見えないけれど、反応のほうが私に事実を伝えているような気がした。

「……気持ちいいですか?」

「……っ」

 返事はあらゆる形で無かった。それが答えでもある。私はその時、言いようのない愛しさにかられた。

「動いても、いいですか」

 頭も胸も、身体も熱くてたまらない。シノさんをぎゅっと抱いて尋ねると、こくりとひとつ頷いてくれる。その汗ばんだ体を抱き直して、ゆっくりと小さく身体を動かす。

「……っ、ぁ……!」

 シノさんの身体がビクリと震え、甘い声が響く。それが恥ずかしいのか、シノさんは片手を離し口元にあてた。止めたい気持ちもあったけれど、シノさんの気持ちも大事にしたい。そのまま動き続けると、シノさんの微かな声は次第に蕩けていく。

「は、ぁ……っ、あ、ぁ……たま、さん……っ」

 私の名が呼ばれる度、ゾクゾクと快感にも似た感覚が這い上がり全身を満たす。もっと深く、もっと融け合いたい。彼の身体に、頬にキスを落としながら、彼の名を呼び、夢中で身体を繋ぐ。

 シノさんの濡れた瞳が涙を零し、私の身体を強く抱きしめ、ふたりが熱を放つまで。私たちは長い時間、互いを感じ愛し合った。

 それでも私たちは、ひとつにはなれない。なりようがない。だからこそ、愛し合えるのだ。
 


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