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しおりを挟む疲れた体をベッドで休めながら、互いに抱き合っている時間はひどく幸福だ。このまま眠ってもいいぐらい。
そんなことを思いながらまどろんでいると、シノさんが私の胸元で呟く。
「タマさんのごはん、楽しみなんです」
「私の? ……いつものカレーですよ」
「ええ、とても嬉しいです、また食べられるなんて」
「そんなに気に入ってくれたんですか」
気恥ずかしくなって尋ねると、シノさんが「はい」と微笑む気配がする。
「すごく好きです。手料理なんて、ずいぶん長い間食べていなかったですから……タマさんのカレー、とっても美味しくて……」
その言葉に私は息を呑む。
そうだ、この人は。ご実家では、食べ物も用意してもらえず……。それに、シノさんは自炊をしている気配が無かった。
その事実を思い出して、涙が滲む。彼は、これまで誰にも泣き言も漏らさず、弱音も言えず。ずっとずっとひとりで生きていたのだ。私のような甘えた人間とは違って……。
シノさんが、顔を上げる。私の表情を見て彼は目を細め、頬を優しく包む。
「ああ、そんな顔をしないで。本当にタマさんのごはん、楽しみなんですから」
「……はい、ああいう料理でよければ、他にも作れますから。だから……おなかいっぱい食べてください……」
「はい、楽しみにしています」
シノさんが優しく笑う。その奥にどれほどの悲しみや怒りを消していったのだろう。幸せにしてあげたい。私が他人に対してこんなことを思う日がくるなんて、思ってもみなかった。
私にできることなら、なんでもしたい。私が彼を幸せにできるというのなら。
「……ああそうだ、タマさん。ご飯の前にひとつお願いがあるんですけど……」
「は、はい。なんでしょう」
シノさんの言葉に決意を胸にしまうと、彼がおずおずと口を開く。
「今度の週末、なんですけど――」
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