高慢エルフはルームシェアに向いてない!

なずとず

文字の大きさ
11 / 29

4-3 恋のおまじない

しおりを挟む
「は?」

 俺は思わず素っ頓狂な声を上げた。ところがニルジールときたら感動したと言わんばかり、涙さえ浮かべて俺の手をぎゅっと握っている。

「わかるわ、わかるのよっ。アタシは夢魔だもの、アナタがどんな思いをその子に抱いてるからぐらいわかるわ! そんなにドキドキするなんて、きっと恋よ、そのエルフのことが好きなのよ!」

「いやニルっち。ドキドキしてるだけで決めつけはよくなくない?」

「そ、そうですよニルジール先輩。アズマ先輩はただ同居人と仲良くしているだけで……ねえ、アズマ先輩?」

 ライガもヴァノンもそうニルジールをたしなめてくれたけど、俺はというと、答えに窮していた。

 恋? 好き? いやそんなわけない、だってまだ一緒に暮らし始めて少ししか経っていないし、セレのことはなにも知らないし。確かにドキドキはするけど、それはセレが距離感おかしいだけだし……。

 でも。同じことを他の人にされたらどうだろう。例えばニルジールとかライガにされたら。絶対ドキドキするどころじゃない、怒って突き飛ばして終わりだ。それなのに、セレだとどうしていいかわからなくなって、やんわりと逃げることしかできない。

 なら、他の人とは違う特別な何かを感じているのだ、と言われてしまえばそうかもしれない。それが、好きとか恋とかいうことなのかはわからないけど──。

「あ、アズマ先輩?」

「アズマっち~?」

「アアーッ、そうやって返事に困るってことがもう証拠よぉ! はぁん、アズマちゃんに好きな人……アタシ悲しい、でも嬉しいッ」

「ち、違う、違うそうじゃなくて、いや勝手に盛り上がらないでニルジール」

 慌てて首を振ったけど、「顔赤いべ、アズマっち」と言われてしまう。いやいやまさか、そんなわけ。混乱している俺に、ニルジールは涙さえ浮かべながら囁いた。

「でもアタシ、アズマちゃんの幸せを応援するわ。アナタがこの先うまくいくようにおまじないしてあげる」

「エッ」

 そういうや否や、ニルジールは俺の手の甲にキスをした。

「ウワーッ!」

 叫んで手を引いたけど、俺の手の甲にはめちゃめちゃくっきりとニルジールの口紅がついていた。これじゃあ色んな誤解も生まれそうなもんじゃないか。紙ナプキンで拭いてみたけど、完全には跡が取れない。

「ニルジール! そういうのいいってば! この話は終わり、終わり!」

「えー」

「えーじゃないっ。ほらヴァノン、新しい話題ッ」

「ええっ、えっ、えっと、あっ! 皆さん知ってます? 今度郊外に新しく、ドラゴンカフェができたんですよ! ドラゴンと一緒にご飯が食べられて、目の前で火のブレスでお肉焼いてくれたりするそうですよ!」

「ヴァノンめっちゃ露骨に話逸らすじゃんウケる。でも超気になるじゃんそのお店。どこどこ?」

「ドラゴンって、本物のドラゴンってコト? アタシも見に行きたいわぁ、ドラゴンってとってもキュートなお腹してるじゃない? 撫でてもいいのかしら?」

「えー、ドラゴンってめちゃカッコよくない? あの鱗がゴツゴツしてて、ジャジャーンってしてるところ」

「なに言ってるのよ、お目目がつぶらでかわいいでしょ、キュートなの!」

 ヴァノンのアシストで、どうにか話題はドラゴンカフェへと流れていった。ほっと安堵の溜息を吐いてヴァノンを見る。彼は俺を見るとニコッと笑ったから、俺も小さく頭を下げた。今度また、なにかお礼に美味しいもんでもおごってやらなきゃな。その前に再就職してなきゃだけど。

 俺は気を取り直して、ドラゴンカフェの話題へと加わった。胸がまだドキドキするのも、頬が熱いのもきっとアルコールのせいだ。そう言い聞かせながら。




 飲み会がお開きになった頃には、外はすっかり真っ暗になっていた。俺たちは店の前で分かれた。また泣き出したニルジールが大きく手を振っているのに笑って手を振り返して、俺はひとり帰路につく。

 暗い夜道には人の姿もまばらだ。それでも駅前までいけば、多種多様な人類が集まることだろう。それまでは、少し静かな道を進む。

 ひさしぶりに楽しく飲んで、アルコールも入っていてフワフワいい気分だ。冬の冷たい空気が、ひんやりと頬に気持ちいい。さあ家に帰ろう。きっとセレが首を長くして待ってるぞ。か弱い人間は夜更かしをしてはいけない、早く寝ろとか言うかもしれない——。

 そんなことを考えながら、駅への道を歩いていた俺は。

「このエルフ野郎、なんか言ってみろ!」

「俺たちのことを馬鹿にしてるんだろ!」

 なにか怒鳴っている声が聞こえて、反射的にそちらを見る。ふたりの小柄なドワーフに囲まれて、誰かが詰め寄られているのがわかる。俺はじっと目をこらして、そして一瞬で酔いが覚めるのを感じた。

 なにしろ、ドワーフたちにたかられていたのは、セレなのだから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

閉ざされた森の秘宝

はちのす
BL
街外れにある<閉ざされた森>に住むアルベールが拾ったのは、今にも息絶えそうな瘦せこけた子供だった。 保護することになった子供に、残酷な世を生きる手立てを教え込むうちに「師匠」として慕われることになるが、その慕情の形は次第に執着に変わっていく──

悪役令嬢と同じ名前だけど、僕は男です。

みあき
BL
名前はティータイムがテーマ。主人公と婚約者の王子がいちゃいちゃする話。 男女共に子どもを産める世界です。容姿についての描写は敢えてしていません。 メインカプが男性同士のためBLジャンルに設定していますが、周辺は異性のカプも多いです。 奇数話が主人公視点、偶数話が婚約者の王子視点です。 pixivでは既に最終回まで投稿しています。

災厄の魔導士と呼ばれた男は、転生後静かに暮らしたいので失業勇者を紐にしている場合ではない!

椿谷あずる
BL
かつて“災厄の魔導士”と呼ばれ恐れられたゼルファス・クロードは、転生後、平穏に暮らすことだけを望んでいた。 ある日、夜の森で倒れている銀髪の勇者、リアン・アルディナを見つける。かつて自分にとどめを刺した相手だが、今は仲間から見限られ孤独だった。 平穏を乱されたくないゼルファスだったが、森に現れた魔物の襲撃により、仕方なく勇者を連れ帰ることに。 天然でのんびりした勇者と、達観し皮肉屋の魔導士。 「……いや、回復したら帰れよ」「えーっ」 平穏には程遠い、なんかゆるっとした日常のおはなし。

もう観念しなよ、呆れた顔の彼に諦めの悪い僕は財布の3万円を机の上に置いた

谷地
BL
お昼寝コース(※2時間)8000円。 就寝コースは、8時間/1万5千円・10時間/2万円・12時間/3万円~お選びいただけます。 お好みのキャストを選んで御予約下さい。はじめてに限り2000円値引きキャンペーン実施中! 液晶の中で光るポップなフォントは安っぽくぴかぴかと光っていた。 完結しました *・゚ 2025.5.10 少し修正しました。

【連載版あり】「頭をなでてほしい」と、部下に要求された騎士団長の苦悩

ゆらり
BL
「頭をなでてほしい」と、人外レベルに強い無表情な新人騎士に要求されて、断り切れずに頭を撫で回したあげくに、深淵にはまり込んでしまう騎士団長のお話。リハビリ自家発電小説。一話完結です。 ※加筆修正が加えられています。投稿初日とは誤差があります。ご了承ください。

【完結済】氷の貴公子の前世は平社員〜不器用な恋の行方〜

キノア9g
BL
氷の貴公子と称えられるユリウスには、人に言えない秘めた想いがある――それは幼馴染であり、忠実な近衛騎士ゼノンへの片想い。そしてその誇り高さゆえに、自分からその気持ちを打ち明けることもできない。 そんなある日、落馬をきっかけに前世の記憶を思い出したユリウスは、ゼノンへの気持ちに改めて戸惑い、自分が男に恋していた事実に動揺する。プライドから思いを隠し、ゼノンに嫌われていると思い込むユリウスは、あえて冷たい態度を取ってしまう。一方ゼノンも、急に避けられる理由がわからず戸惑いを募らせていく。 近づきたいのに近づけない。 すれ違いと誤解ばかりが積み重なり、視線だけが行き場を失っていく。 秘めた感情と誇りに縛られたまま、ユリウスはこのもどかしい距離にどんな答えを見つけるのか――。 プロローグ+全8話+エピローグ

さよならの合図は、

15
BL
君の声。

果たして君はこの手紙を読んで何を思うだろう?

エスミ
BL
ある時、心優しい領主が近隣の子供たちを募って十日間に及ぶバケーションの集いを催した。 貴族に限らず裕福な平民の子らも選ばれ、身分関係なく友情を深めるようにと領主は子供たちに告げた。 滞りなく期間が過ぎ、領主の願い通りさまざまな階級の子らが友人となり手を振って別れる中、フレッドとティムは生涯の友情を誓い合った。 たった十日の友人だった二人の十年を超える手紙。 ------ ・ゆるっとした設定です。何気なくお読みください。 ・手紙形式の短い文だけが続きます。 ・ところどころ文章が途切れた部分がありますが演出です。 ・外国語の手紙を翻訳したような読み心地を心がけています。 ・番号を振っていますが便宜上の連番であり内容は数年飛んでいる場合があります。 ・友情過多でBLは読後の余韻で感じられる程度かもしれません。 ・戦争の表現がありますが、手紙の中で語られる程度です。 ・魔術がある世界ですが、前面に出てくることはありません。 ・1日3回、1回に付きティムとフレッドの手紙を1通ずつ、定期的に更新します。全51通。

処理中です...