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4-4 水のような
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「え? え? え? なんで? なんでセレがこんな時間まで外に?」
そんでなんでドワーフに絡まれてるの。わからないことばかりだったけど、とりあえず俺はセレに近寄った。
「あーっと、すいませんすいません。どうしましたか、「立派な髭の方々」!」
俺が話しかけると、セレに絡んでいたドワーフたちはこちらを見上げる。髭を毎日手入れし大切にするドワーフたちは、今の時代になっても髭のことを褒められると機嫌をよくする傾向があった。彼らもそうだったようだ。酒が入っているのか赤らんだ顔で、俺に話をしてくれる。
「このエルフ野郎が俺たちを蹴っ飛ばしたんだ!」
「そうだそうだ、高慢ちきなエルフは俺たちドワーフが気に入らないから蹴り飛ばしたんだ」
その言葉にぎょっとしてセレを見ると、相変わらずサングラスをかけたままの彼は「ち、違う」と首を振った。
「暗くてあまり前が見えていなくて、それでこの矮小で短足なドワーフたちにぶつかってしまった。謝罪しているのだが……」
「このエルフ野郎! また短足って言いやがって!」
「時代が時代ならツルハシで脛をぶん殴ってるぞ!」
セレの弁明に、ドワーフはさらに怒りだす。俺は思わず顔を覆って、それから大急ぎでポケットから財布を取り出し、いくらかの紙幣をドワーフたちに差し出した。
「ほ、ほら。立派な髭の方々。こんな高慢エルフに構ってるよりも、美味しいお酒を飲む方がずっと楽しいですよ。見て、あそこに美味しい黒ビールの店が有るんです。これで飲むってのはどうですか?」
遠くに見える飲み屋の看板を指差して言うと、ドワーフたちはそちらへ顔を向けて、それから俺とセレの顔を見上げた後に豪快に笑った。
「話がわかるじゃねえか、ツルツルの兄ちゃん!」
「酒が飲めればなんでもいい! おいエルフ野郎、二度とエルフ村から出てくるなよ!」
ドワーフたちは大きな声で笑いながら、肩を抱き合って上機嫌に酒場へ歩き出す。呆気に取られているセレに、紙幣を財布にしまいながら「大丈夫?」と声をかけた。
「高慢エルフ……君も高慢エルフと言ったね……」
「ああー、あー、違う、違うんだよセレ。ドワーフってその……結構方言に、エルフdisが入ってるというか……」
「エルフ……ディス……?」
セレが眉を寄せて、首を傾げる。俺は苦笑して頷き、簡単に説明をした。
各種族が共通の「人類」になってしばらく経ったとはいえ、特色があるのはなにもエルフばかりじゃない。ドワーフたちは長い間エルフのことを一方的に嫌っていた歴史があり、とりあえずエルフを貶しておけば会話が盛り上がる、みたいな慣用句が成立している。つまり「エルフみたいにナヨナヨした奴」とか「エルフの髪(みたいなサラサラのヒゲで気持ち悪い)」とかそういう言葉が日常会話にあるのだ。
そんなドワーフたちがほろ酔いでばったりエルフに出くわし、おまけに事故とはいえぶつかったら、そりゃあエルフ貶しトークは盛り上がってしまうことだろう。そこにエルフ方言そのままのセレが口を開いたら、そりゃあもうそこはさながらラップバトルの会場だ。
「ドワーフってなんていうか、口汚いのが男らしいみたいな文化だからさ……。セレもあんまり気にしなくていいよ」
「……君が金銭を差し出して、彼らが受け取らなかったのは?」
「ドワーフたちにとっては、お金を見せて話をすると、それだけ価値のある情報だよって意味合いになるんだ。だから別にお金に目が眩んだわけじゃなくて、それだけ価値のある酒なら飲みに行こう、って感じ」
「…………」
「まあ、エルフほどじゃないけどドワーフも結構色んな文化あるよな。っていうかセレ、前見えなくてぶつかっちゃったの、絶対そのサングラスのせいだろ。外したほうがいいって」
もう太陽も沈んでいるのだから、サングラスなんてかけたらほぼ何も見えてないに違いない。俺が促すと、セレは首を横に振ってぽつりと呟く。
「これを着けていても、騒々しい者どもに声をかけられた。外したらもっと煩わしいに違いない」
「ええ? やっぱエルフだってバレて?」
「わからない。やたらモデルかと問われた」
「ああ……」
なるほど、エルフかどうかに関わりなく、こんなに長身でスタイルのいい男がサングラスなんかして歩いていたら、そりゃあお忍びのモデルかと思われても仕方ないかもしれない。
「まあ、不安ならつけててもいいけど……足元には気をつけてな。ほら、あっちに行こう。駅が有るから」
俺が指差したほうを、セレは眉を寄せて見ている。たぶん、とても見えにくいんだろう。気をつけてな、ともう一度繰り返して、俺は歩き始めた。セレも隣に並ぶ。
こうして一緒に歩くのは始めてだ。セレと俺とでは随分脚の長さが違う気がするけど、歩幅は変わらない。あまり前が見えていないからなのか、エルフがそういう歩き方をするのかはまだちょっとわからなかった。
「君は水のような顔だね」
「え? いきなり何、どういう意味?」
「誰とでもすぐに打ち解ける。私のごとき気高く尊きエルフにも、ドワーフのごとき地中に潜る者にも。よく知りよく尽くす」
なるほど? 水のような顔、ってなんにでも混ざれる、みたいな意味で言ったのかな。だとしたら、それはセレの買いかぶりすぎというものだ。
「エルフ以外のことはちょっと知ってるんだよ。俺、介護士の仕事しててさ。ほら、介護施設って色んな種族のお年寄りがいるだろ? だから、多少は。流石にエルフは色んな意味でいなかったけどさ」
俺は苦笑する。介護の仕事とエルフのことが結びつかな過ぎて、だから大学でもエルフのことは勉強しなかった。まあそのことが仇になって、今こうして苦労してるってわけなんだけど。
セレを見上げると、向こうもこっちを見ていた。サングラスのせいで目が隠れ、表情はよくわからない。ただセレはそれ以上なにも言わないまま、
「あっ!」
なにもないところで転びかけた。
「わっ」
咄嗟にセレの手を掴む。その瞬間、俺の体にバチバチっと電気が走ったみたいな感覚がした。あまりの衝撃に驚き手を離しかけたけど、そんなことをしたらセレが転んでしまうと踏ん張った。その甲斐あって、セレはなんとか体勢を立て直す。
「あ、アズマ、褒めてつかわそう……いや、すまない。ありがとう」
「危ないな~、やっぱりそのサングラス、外したほうが良いんじゃない?」
手を離さないまま言うと、セレは首を振った。どうしても顔出しは避けたいみたいだ。
俺はセレを掴んだ手をじっと見る。さっきの感覚はなんだったんだろう。静電気……にしては、痛みとも違ったような。ともかく、なにも起こってはいなさそうだ。俺は少し考えて、「じゃあ」と切り出す。
「手でも繋いで歩くか? 気高いエルフ様が子どもみたいになっちゃうけど、それでいい?」
冗談めかして言ったつもりだったけど、セレは少しの間をおいて、「それで頼む」と頷いた。マジか。そんなにサングラス取りたくないのか。
まあ、エルフの気持ちもセレの気持ちも、俺に全部わかるわけじゃない。お前が思ってるより誰も見てないとか、つけてないほうが目立たないとか言うのは簡単だけど、たぶんそういうことでは割り切れないような事情があるんだろう。他の種族や、俺たち人間と同じように。
「わかったよ。じゃあ、今度こそ足元に気を付けてな」
頷いたセレの手を引いて歩き始める。駅はもう見えてきていた。もうすぐ列車に乗って、家へ帰れる。そして、いつもの部屋、いつも通りの夜、日常へ戻るんだ。
そう、思っていた。
そんでなんでドワーフに絡まれてるの。わからないことばかりだったけど、とりあえず俺はセレに近寄った。
「あーっと、すいませんすいません。どうしましたか、「立派な髭の方々」!」
俺が話しかけると、セレに絡んでいたドワーフたちはこちらを見上げる。髭を毎日手入れし大切にするドワーフたちは、今の時代になっても髭のことを褒められると機嫌をよくする傾向があった。彼らもそうだったようだ。酒が入っているのか赤らんだ顔で、俺に話をしてくれる。
「このエルフ野郎が俺たちを蹴っ飛ばしたんだ!」
「そうだそうだ、高慢ちきなエルフは俺たちドワーフが気に入らないから蹴り飛ばしたんだ」
その言葉にぎょっとしてセレを見ると、相変わらずサングラスをかけたままの彼は「ち、違う」と首を振った。
「暗くてあまり前が見えていなくて、それでこの矮小で短足なドワーフたちにぶつかってしまった。謝罪しているのだが……」
「このエルフ野郎! また短足って言いやがって!」
「時代が時代ならツルハシで脛をぶん殴ってるぞ!」
セレの弁明に、ドワーフはさらに怒りだす。俺は思わず顔を覆って、それから大急ぎでポケットから財布を取り出し、いくらかの紙幣をドワーフたちに差し出した。
「ほ、ほら。立派な髭の方々。こんな高慢エルフに構ってるよりも、美味しいお酒を飲む方がずっと楽しいですよ。見て、あそこに美味しい黒ビールの店が有るんです。これで飲むってのはどうですか?」
遠くに見える飲み屋の看板を指差して言うと、ドワーフたちはそちらへ顔を向けて、それから俺とセレの顔を見上げた後に豪快に笑った。
「話がわかるじゃねえか、ツルツルの兄ちゃん!」
「酒が飲めればなんでもいい! おいエルフ野郎、二度とエルフ村から出てくるなよ!」
ドワーフたちは大きな声で笑いながら、肩を抱き合って上機嫌に酒場へ歩き出す。呆気に取られているセレに、紙幣を財布にしまいながら「大丈夫?」と声をかけた。
「高慢エルフ……君も高慢エルフと言ったね……」
「ああー、あー、違う、違うんだよセレ。ドワーフってその……結構方言に、エルフdisが入ってるというか……」
「エルフ……ディス……?」
セレが眉を寄せて、首を傾げる。俺は苦笑して頷き、簡単に説明をした。
各種族が共通の「人類」になってしばらく経ったとはいえ、特色があるのはなにもエルフばかりじゃない。ドワーフたちは長い間エルフのことを一方的に嫌っていた歴史があり、とりあえずエルフを貶しておけば会話が盛り上がる、みたいな慣用句が成立している。つまり「エルフみたいにナヨナヨした奴」とか「エルフの髪(みたいなサラサラのヒゲで気持ち悪い)」とかそういう言葉が日常会話にあるのだ。
そんなドワーフたちがほろ酔いでばったりエルフに出くわし、おまけに事故とはいえぶつかったら、そりゃあエルフ貶しトークは盛り上がってしまうことだろう。そこにエルフ方言そのままのセレが口を開いたら、そりゃあもうそこはさながらラップバトルの会場だ。
「ドワーフってなんていうか、口汚いのが男らしいみたいな文化だからさ……。セレもあんまり気にしなくていいよ」
「……君が金銭を差し出して、彼らが受け取らなかったのは?」
「ドワーフたちにとっては、お金を見せて話をすると、それだけ価値のある情報だよって意味合いになるんだ。だから別にお金に目が眩んだわけじゃなくて、それだけ価値のある酒なら飲みに行こう、って感じ」
「…………」
「まあ、エルフほどじゃないけどドワーフも結構色んな文化あるよな。っていうかセレ、前見えなくてぶつかっちゃったの、絶対そのサングラスのせいだろ。外したほうがいいって」
もう太陽も沈んでいるのだから、サングラスなんてかけたらほぼ何も見えてないに違いない。俺が促すと、セレは首を横に振ってぽつりと呟く。
「これを着けていても、騒々しい者どもに声をかけられた。外したらもっと煩わしいに違いない」
「ええ? やっぱエルフだってバレて?」
「わからない。やたらモデルかと問われた」
「ああ……」
なるほど、エルフかどうかに関わりなく、こんなに長身でスタイルのいい男がサングラスなんかして歩いていたら、そりゃあお忍びのモデルかと思われても仕方ないかもしれない。
「まあ、不安ならつけててもいいけど……足元には気をつけてな。ほら、あっちに行こう。駅が有るから」
俺が指差したほうを、セレは眉を寄せて見ている。たぶん、とても見えにくいんだろう。気をつけてな、ともう一度繰り返して、俺は歩き始めた。セレも隣に並ぶ。
こうして一緒に歩くのは始めてだ。セレと俺とでは随分脚の長さが違う気がするけど、歩幅は変わらない。あまり前が見えていないからなのか、エルフがそういう歩き方をするのかはまだちょっとわからなかった。
「君は水のような顔だね」
「え? いきなり何、どういう意味?」
「誰とでもすぐに打ち解ける。私のごとき気高く尊きエルフにも、ドワーフのごとき地中に潜る者にも。よく知りよく尽くす」
なるほど? 水のような顔、ってなんにでも混ざれる、みたいな意味で言ったのかな。だとしたら、それはセレの買いかぶりすぎというものだ。
「エルフ以外のことはちょっと知ってるんだよ。俺、介護士の仕事しててさ。ほら、介護施設って色んな種族のお年寄りがいるだろ? だから、多少は。流石にエルフは色んな意味でいなかったけどさ」
俺は苦笑する。介護の仕事とエルフのことが結びつかな過ぎて、だから大学でもエルフのことは勉強しなかった。まあそのことが仇になって、今こうして苦労してるってわけなんだけど。
セレを見上げると、向こうもこっちを見ていた。サングラスのせいで目が隠れ、表情はよくわからない。ただセレはそれ以上なにも言わないまま、
「あっ!」
なにもないところで転びかけた。
「わっ」
咄嗟にセレの手を掴む。その瞬間、俺の体にバチバチっと電気が走ったみたいな感覚がした。あまりの衝撃に驚き手を離しかけたけど、そんなことをしたらセレが転んでしまうと踏ん張った。その甲斐あって、セレはなんとか体勢を立て直す。
「あ、アズマ、褒めてつかわそう……いや、すまない。ありがとう」
「危ないな~、やっぱりそのサングラス、外したほうが良いんじゃない?」
手を離さないまま言うと、セレは首を振った。どうしても顔出しは避けたいみたいだ。
俺はセレを掴んだ手をじっと見る。さっきの感覚はなんだったんだろう。静電気……にしては、痛みとも違ったような。ともかく、なにも起こってはいなさそうだ。俺は少し考えて、「じゃあ」と切り出す。
「手でも繋いで歩くか? 気高いエルフ様が子どもみたいになっちゃうけど、それでいい?」
冗談めかして言ったつもりだったけど、セレは少しの間をおいて、「それで頼む」と頷いた。マジか。そんなにサングラス取りたくないのか。
まあ、エルフの気持ちもセレの気持ちも、俺に全部わかるわけじゃない。お前が思ってるより誰も見てないとか、つけてないほうが目立たないとか言うのは簡単だけど、たぶんそういうことでは割り切れないような事情があるんだろう。他の種族や、俺たち人間と同じように。
「わかったよ。じゃあ、今度こそ足元に気を付けてな」
頷いたセレの手を引いて歩き始める。駅はもう見えてきていた。もうすぐ列車に乗って、家へ帰れる。そして、いつもの部屋、いつも通りの夜、日常へ戻るんだ。
そう、思っていた。
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