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第125話 勝利の先で、彼女が言ったこと
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――結果発表の日。
「……行こっか、佐久間くん」
「うん。行こう」
掲示板前は、人の輪とざわめきでごった返していた。
「よしっ!順位あがってる!」
「やべ、今回マジ死んでるんだけど……」
「うおっ!マジか!」
いろんな声が飛び交う中で、俺と一ノ瀬は少し離れた場所から、その人だかりを見ていた。
一歩ごとに、人の背中が近づいてくる。
心臓の音が、さっきよりもはっきり聞こえた。
「ごめん、ちょっと通して」
人の隙間を縫うように進んで、ようやく掲示板の真正面に出た。
白い紙に、黒い文字。
その一番上から、目が勝手に動いた。
――順位一覧
一番上の行に、文字が並んでいる。
一位 佐久間 陽斗
二位 一ノ瀬 凛
三位 篠宮 智也
(…………)
自分の名前を見つけた瞬間、頭のどこかが真っ白になった。
「え、佐久間?」
「マジ? 一ノ瀬さんでも、篠宮でもなくて?」
「やべぇ、ついに抜いたのかよ……!」
後ろから、ざわざわとした声が押し寄せる。
篠宮の名前も、すぐ下にあった。
いつも一位と二位を争っていた二人の中に、俺の名前が割り込んでいる。
(……本当に、勝ったんだ)
実感は、遅れてやってきた。
指先がじんわりと熱くなって、足の裏から地面の感触が立ち上がってくる。
「……佐久間くん」
隣から呼ばれて、顔を向ける。
一ノ瀬は、じっと掲示板を見つめていた。
視線は一位の行に釘付けになって――それから、ふっと目を細める。
「佐久間くんの、勝ちだね」
声は穏やかで、でもどこか誇らしげだった。
「……ああ」
うまく言葉にならなくて、それだけ絞り出す。
「今回は、本気で取りに来たよ」
一ノ瀬は、自分の名前の行に視線を落としながら続けた。
「ちゃんと計画立てて、ちゃんと勉強して、ちゃんと寝て。
言い訳できないくらいには、準備したつもり」
唇に、少しだけ苦笑が混ざる。
「それでも届かなかったってことは……素直に負け、かな」
「……そんな簡単な言い方で片づけていいのかよ」
思わず口をついて出た。
「一ノ瀬がどんだけ高い壁だったか、知ってるのは俺だぞ。
今まで一回も勝てなくて、何回も心折れそうになってさ」
「でも、折れなかったでしょ?」
一ノ瀬は、少しだけ肩をすくめる。
「折れずに、ちゃんとここまで来た。
……それなら、今日ぐらいは自分を認めてあげなよ。一位、佐久間陽斗」
名前を呼ばれた瞬間、胸の奥で何かが弾けた気がした。
「……ありがとな」
それだけを返すのが精一杯だった。
周りではまだざわざわが続いている。
「一ノ瀬さん二位なんだ」「篠宮三位じゃん」「佐久間やべぇ」――そんな声が飛び交う中で、一ノ瀬はふっと俺から視線を外した。
「……あ、佐久間くん」
「ん?」
「あとで、少しだけ時間もらってもいい?」
「放課後?」
「うん。ちょっと、ちゃんと話したいことがあるから」
その言い方が妙に真剣で、俺は反射的にうなずいた。
「わかった。じゃあ、校舎裏のベンチでいいか?」
「うん」
一ノ瀬は、小さく笑ってから、人だかりの向こうへ戻っていった。
俺の胸の鼓動は、さっきからずっと落ち着く気配を見せなかった。
(……勝った。
でも、これで終わりじゃない。
俺は……一ノ瀬に言いたいことがある)
ウインドウが、一瞬だけ視界の端で光った気がした。
でも――今は、見るのをやめた。
まずは、一ノ瀬と話す。それが先だ。
―
放課後。
夕焼けが少しずつ紺色に溶けていく時間。
校舎裏のベンチに座っていると、靴音が近づいてきた。
「……待たせた?」
顔を上げると、一ノ瀬が立っていた。
昼間と同じ制服なのに、夕方の光のせいか、少しだけ雰囲気が柔らかい。
「いや、俺も今来たところ」
バレンタインのときと同じ台詞を口にすると、一ノ瀬は「それ、わざと?」と笑った。
ベンチに並んで座る。
少し冷えた空気が、肩口を撫でていった。
「改めて、佐久間くん。
一位、おめでとう」
そう言って、軽く頭を下げられた。
「やめろって。そんな頭下げられるようなもんじゃない」
「あるよ」
一ノ瀬は、まっすぐに言う。
「今回の私、本気でやった。
ここまでやって、それでも負けたら認めるしかないって思ってた」
「……正直、掲示板見た瞬間は……悔しかったよ。ちゃんと」
胸の奥が、きゅっとなる。
「最初はね、佐久間くんのこと、そこまで意識してなかったの。
一番は、自分が一位でいること。
篠宮くんに負けないこと。
その延長線上に、いつも佐久間くんがいた感じで」
「だろうな」
「でも、いつの間にか……視界に入ってた」
一ノ瀬は、指先でマフラーの端をつまむ。
「体育祭のときも、文化祭のときも。
勉強以外のところでも頑張ってるの、見てたから」
「……そっか」
くすっと笑う。
「頑張ってる人って、わかるから」
その一言が、妙に恥ずかしかった。
一ノ瀬は、少しだけ息を整えてから続ける。
「だから、私も頑張ろうって思えた。
佐久間くんには負けたくないし、“並んでいたい”って」
言い終えたあと、彼女は膝の上でぎゅっと手を握りしめる。
「……バレンタインのときの話だけど」
心臓が一段階、でかく跳ねた。
「“意味は、結果が出てから話す”って言ったでしょ?」
「……言ってたな」
一ノ瀬は、少しだけ眉を寄せる。
「……あれ――“本命”ってことで……」
最後の言葉は本当に小さくて。
だけど、はっきりと聞こえた。
胸が一気に熱くなる。
言葉にならないまま、俺は息を呑んだ。
「……え、今……」
「聞かないで」
一ノ瀬が、真っ赤になった顔をマフラーで隠すようにして遮る。
沈黙。
心臓の音だけが、耳の奥ではっきり響いていた。
(……一ノ瀬が、俺に……)
その思いが胸いっぱいになった瞬間――
一ノ瀬が、ほんの少しだけ俺の方を見る。
「……この話はもう終わり」
彼女は少しだけ横を向きながら続ける。
「言いたかったのはそれだけ……そろそろ、帰ろうか」
その一言で、はっと現実に引き戻された。
「……ちょっと待ってくれ、一ノ瀬。
……テスト、俺が勝ったんだよな」
「うん。佐久間くんの勝ち」
「なら……ご褒美、くれるか?」
一ノ瀬が「え?」と目を見開く。
ここから先は、完全に俺のわがままだ。
でも、それでも言わずにはいられなかった。
「一つ、俺からお願いしてもいいか?」
一ノ瀬は、少しだけ驚いた顔をして――それから、真剣にうなずいた。
「……聞くだけ、聞いてみる」
喉の奥がひりつく。
でも、言葉ははっきり出したかった。
「俺のわがままなんだけどさ」
一度、息を整える。
「一ノ瀬と――一緒に卒業したい」
風の音が、少しだけ強くなった気がした。
「引っ越すかもしれないって話、聞いたときからずっと引っかかってて。
仕方ないことだって頭ではわかってる。
家のこととか、お母さんの気持ちとか、簡単じゃないのもわかってる」
言葉を選びながら、それでも止まらずに続ける。
「でも、それでもさ。
もし選べる余地があるなら――
俺は、一ノ瀬とこの学校で、高三の終わりまで並んで走りたい」
一ノ瀬は、黙って俺の方を見ていた。
目の奥が、さっきよりもずっと揺れている。
「もう一回テスト勝ちたいとか、そういう意味じゃなくて。
受験とか、卒業式とか。……ほら!修学旅行とか!
……たぶんこれから、人生でけっこう大きなイベントがいっぱい来るだろ」
そこまで言って、自分でも笑ってしまった。
「……そういう全部をさ。
“途中でいなくなりました”って終わり方にしたくないんだよ」
「佐久間くん……」
「だから、これは完全に俺のわがまま。
家の事情も、現実も、一旦全部無視した願いだってわかってる」
それでも、言い切る。
「それでも――一緒に卒業したい。
同じ校舎で、同じ制服で、最後の日まで」
胸の奥が、じりじりと焼けるみたいに熱い。
一ノ瀬は、俯いて、自分の膝の上を見つめていた。
肩が、ほんの少しだけ震える。
「……ずるいよ、それ」
かすれた声で、ぽつりと言う。
顔を上げた一ノ瀬の目の端には、うっすら涙がにじんでいた。
「そんなの言われて……引っ越すね。なんて言えるわけない……」
震える声の中に、それでもちゃんと笑いが混ざっていた。
「私だって、本当は……最後まで一緒にいたい。
高三の行事も、受験も、卒業式も。
最後の最後まで、“隣”で戦いたいに決まってる」
涙が一筋、頬を伝う。
「だから――」
一度、ぐっと目元を拭ってから、言葉を続けた。
「お母さんに、ちゃんと話してみる」
「……」
「“引っ越したくない”って言うだけじゃなくて。
なんで残りたいのか、ちゃんと説明する。
今までは、事情だから仕方ないって、自分に言い聞かせてたけど……もうやめる」
目の奥に、強い光が宿る。
「簡単には決まらないと思う。
もしかしたら、ダメって言われるかもしれない。
それでも――簡単には諦めない。私も」
心臓を掴まれたみたいに、胸の奥が熱くなる。
(……それだけで十分すぎる)
言葉にできない何かが、喉元まで込み上げてきた。
その瞬間、視界の端でウインドウが開く。
―
【特別キークエスト:クリア】
タイトル:「最後の学力決戦」
内容:二年学年末テストで“知の頂点”一ノ瀬凛に勝利せよ
報酬:構想力(知力)+3/SP+5
特別報酬:
――一ノ瀬凛の“心の扉”が開かれた。
彼女は、並んで未来へ進む覚悟を決めた。
―
「佐久間くん」
「ん?」
「さっき、“本命”って聞こえたかもしれないけど……」
一ノ瀬は、目をそらさずに言った。
「それ、聞き間違いじゃないから」
「……ッ!」
「だから、ちゃんと覚えてて。
このテストのことも、チョコの意味も。
それから――今言った“わがまま”も」
「全部、忘れないよ」
それだけ返すと、一ノ瀬はほっとしたように笑った。
校舎裏の空は、さっきよりも少しだけ暗くなっている。
でも、胸の奥は不思議と明るかった。
――遥、一ノ瀬、瑠奈……彼女たちと、どう向き合うか。
(もう、どの気持ちからも目をそらさない)
一ノ瀬が隣で立ち上がった。
「そろそろ帰ろっか」
「うん」
並んで歩き出す。
さっきとは違う鼓動が、胸の奥で小さく跳ねている。
もっと強くなりたい。
自分のためだけじゃなく――
誰かの想いを、ちゃんと受け止められる自分でいるために。
―
【Project Re:Try:“TRY-LOGリリース”/第五段階レポート】
※【 】内は今回上昇分
◆日時:3月1日
◆最終目標:TRY-LOGアプリ版、正式リリース
◆進行状況:Phase.05 開始
◆目的
「“努力の記録”を、“社会が使う力”へ昇華させる」
――“広がる努力”から、“役に立つ努力”へ。
◆メンバー構成
・佐久間 陽斗(CEO/代表・企画)
行動指数(筋力):48.5
継続性(耐久力):42.0
構想力(知力) :52.2【+3】
共感力(魅力) :53.2
SP:19【+3】/スキル保持数:33
・佐藤 大輝(COO/営業統括)/信頼度:93
・相川 蓮(CTO/開発・解析)/信頼度:77
・篠宮 智也(CFO/財務)/信頼度:65
・三橋 隼人(CMO/広報)/信頼度:65
◆資産状況
資金:765,000円
協賛金:500,000円
クラファン支援:2,020,000円
総資産:3,285,000円
(※開発・機材・広告の初期投資に充当予定)
◆進行状況
・TRY-LOGアプリ版 制作中
◆次段階予定(Phase.05:正式リリースへ)
・TRY-LOGアプリ版 完成
・リリース告知動画制作
――これは報告書でもあり、“未来へ進むためのログ”でもある。
(記録者:佐久間 陽斗)
「……行こっか、佐久間くん」
「うん。行こう」
掲示板前は、人の輪とざわめきでごった返していた。
「よしっ!順位あがってる!」
「やべ、今回マジ死んでるんだけど……」
「うおっ!マジか!」
いろんな声が飛び交う中で、俺と一ノ瀬は少し離れた場所から、その人だかりを見ていた。
一歩ごとに、人の背中が近づいてくる。
心臓の音が、さっきよりもはっきり聞こえた。
「ごめん、ちょっと通して」
人の隙間を縫うように進んで、ようやく掲示板の真正面に出た。
白い紙に、黒い文字。
その一番上から、目が勝手に動いた。
――順位一覧
一番上の行に、文字が並んでいる。
一位 佐久間 陽斗
二位 一ノ瀬 凛
三位 篠宮 智也
(…………)
自分の名前を見つけた瞬間、頭のどこかが真っ白になった。
「え、佐久間?」
「マジ? 一ノ瀬さんでも、篠宮でもなくて?」
「やべぇ、ついに抜いたのかよ……!」
後ろから、ざわざわとした声が押し寄せる。
篠宮の名前も、すぐ下にあった。
いつも一位と二位を争っていた二人の中に、俺の名前が割り込んでいる。
(……本当に、勝ったんだ)
実感は、遅れてやってきた。
指先がじんわりと熱くなって、足の裏から地面の感触が立ち上がってくる。
「……佐久間くん」
隣から呼ばれて、顔を向ける。
一ノ瀬は、じっと掲示板を見つめていた。
視線は一位の行に釘付けになって――それから、ふっと目を細める。
「佐久間くんの、勝ちだね」
声は穏やかで、でもどこか誇らしげだった。
「……ああ」
うまく言葉にならなくて、それだけ絞り出す。
「今回は、本気で取りに来たよ」
一ノ瀬は、自分の名前の行に視線を落としながら続けた。
「ちゃんと計画立てて、ちゃんと勉強して、ちゃんと寝て。
言い訳できないくらいには、準備したつもり」
唇に、少しだけ苦笑が混ざる。
「それでも届かなかったってことは……素直に負け、かな」
「……そんな簡単な言い方で片づけていいのかよ」
思わず口をついて出た。
「一ノ瀬がどんだけ高い壁だったか、知ってるのは俺だぞ。
今まで一回も勝てなくて、何回も心折れそうになってさ」
「でも、折れなかったでしょ?」
一ノ瀬は、少しだけ肩をすくめる。
「折れずに、ちゃんとここまで来た。
……それなら、今日ぐらいは自分を認めてあげなよ。一位、佐久間陽斗」
名前を呼ばれた瞬間、胸の奥で何かが弾けた気がした。
「……ありがとな」
それだけを返すのが精一杯だった。
周りではまだざわざわが続いている。
「一ノ瀬さん二位なんだ」「篠宮三位じゃん」「佐久間やべぇ」――そんな声が飛び交う中で、一ノ瀬はふっと俺から視線を外した。
「……あ、佐久間くん」
「ん?」
「あとで、少しだけ時間もらってもいい?」
「放課後?」
「うん。ちょっと、ちゃんと話したいことがあるから」
その言い方が妙に真剣で、俺は反射的にうなずいた。
「わかった。じゃあ、校舎裏のベンチでいいか?」
「うん」
一ノ瀬は、小さく笑ってから、人だかりの向こうへ戻っていった。
俺の胸の鼓動は、さっきからずっと落ち着く気配を見せなかった。
(……勝った。
でも、これで終わりじゃない。
俺は……一ノ瀬に言いたいことがある)
ウインドウが、一瞬だけ視界の端で光った気がした。
でも――今は、見るのをやめた。
まずは、一ノ瀬と話す。それが先だ。
―
放課後。
夕焼けが少しずつ紺色に溶けていく時間。
校舎裏のベンチに座っていると、靴音が近づいてきた。
「……待たせた?」
顔を上げると、一ノ瀬が立っていた。
昼間と同じ制服なのに、夕方の光のせいか、少しだけ雰囲気が柔らかい。
「いや、俺も今来たところ」
バレンタインのときと同じ台詞を口にすると、一ノ瀬は「それ、わざと?」と笑った。
ベンチに並んで座る。
少し冷えた空気が、肩口を撫でていった。
「改めて、佐久間くん。
一位、おめでとう」
そう言って、軽く頭を下げられた。
「やめろって。そんな頭下げられるようなもんじゃない」
「あるよ」
一ノ瀬は、まっすぐに言う。
「今回の私、本気でやった。
ここまでやって、それでも負けたら認めるしかないって思ってた」
「……正直、掲示板見た瞬間は……悔しかったよ。ちゃんと」
胸の奥が、きゅっとなる。
「最初はね、佐久間くんのこと、そこまで意識してなかったの。
一番は、自分が一位でいること。
篠宮くんに負けないこと。
その延長線上に、いつも佐久間くんがいた感じで」
「だろうな」
「でも、いつの間にか……視界に入ってた」
一ノ瀬は、指先でマフラーの端をつまむ。
「体育祭のときも、文化祭のときも。
勉強以外のところでも頑張ってるの、見てたから」
「……そっか」
くすっと笑う。
「頑張ってる人って、わかるから」
その一言が、妙に恥ずかしかった。
一ノ瀬は、少しだけ息を整えてから続ける。
「だから、私も頑張ろうって思えた。
佐久間くんには負けたくないし、“並んでいたい”って」
言い終えたあと、彼女は膝の上でぎゅっと手を握りしめる。
「……バレンタインのときの話だけど」
心臓が一段階、でかく跳ねた。
「“意味は、結果が出てから話す”って言ったでしょ?」
「……言ってたな」
一ノ瀬は、少しだけ眉を寄せる。
「……あれ――“本命”ってことで……」
最後の言葉は本当に小さくて。
だけど、はっきりと聞こえた。
胸が一気に熱くなる。
言葉にならないまま、俺は息を呑んだ。
「……え、今……」
「聞かないで」
一ノ瀬が、真っ赤になった顔をマフラーで隠すようにして遮る。
沈黙。
心臓の音だけが、耳の奥ではっきり響いていた。
(……一ノ瀬が、俺に……)
その思いが胸いっぱいになった瞬間――
一ノ瀬が、ほんの少しだけ俺の方を見る。
「……この話はもう終わり」
彼女は少しだけ横を向きながら続ける。
「言いたかったのはそれだけ……そろそろ、帰ろうか」
その一言で、はっと現実に引き戻された。
「……ちょっと待ってくれ、一ノ瀬。
……テスト、俺が勝ったんだよな」
「うん。佐久間くんの勝ち」
「なら……ご褒美、くれるか?」
一ノ瀬が「え?」と目を見開く。
ここから先は、完全に俺のわがままだ。
でも、それでも言わずにはいられなかった。
「一つ、俺からお願いしてもいいか?」
一ノ瀬は、少しだけ驚いた顔をして――それから、真剣にうなずいた。
「……聞くだけ、聞いてみる」
喉の奥がひりつく。
でも、言葉ははっきり出したかった。
「俺のわがままなんだけどさ」
一度、息を整える。
「一ノ瀬と――一緒に卒業したい」
風の音が、少しだけ強くなった気がした。
「引っ越すかもしれないって話、聞いたときからずっと引っかかってて。
仕方ないことだって頭ではわかってる。
家のこととか、お母さんの気持ちとか、簡単じゃないのもわかってる」
言葉を選びながら、それでも止まらずに続ける。
「でも、それでもさ。
もし選べる余地があるなら――
俺は、一ノ瀬とこの学校で、高三の終わりまで並んで走りたい」
一ノ瀬は、黙って俺の方を見ていた。
目の奥が、さっきよりもずっと揺れている。
「もう一回テスト勝ちたいとか、そういう意味じゃなくて。
受験とか、卒業式とか。……ほら!修学旅行とか!
……たぶんこれから、人生でけっこう大きなイベントがいっぱい来るだろ」
そこまで言って、自分でも笑ってしまった。
「……そういう全部をさ。
“途中でいなくなりました”って終わり方にしたくないんだよ」
「佐久間くん……」
「だから、これは完全に俺のわがまま。
家の事情も、現実も、一旦全部無視した願いだってわかってる」
それでも、言い切る。
「それでも――一緒に卒業したい。
同じ校舎で、同じ制服で、最後の日まで」
胸の奥が、じりじりと焼けるみたいに熱い。
一ノ瀬は、俯いて、自分の膝の上を見つめていた。
肩が、ほんの少しだけ震える。
「……ずるいよ、それ」
かすれた声で、ぽつりと言う。
顔を上げた一ノ瀬の目の端には、うっすら涙がにじんでいた。
「そんなの言われて……引っ越すね。なんて言えるわけない……」
震える声の中に、それでもちゃんと笑いが混ざっていた。
「私だって、本当は……最後まで一緒にいたい。
高三の行事も、受験も、卒業式も。
最後の最後まで、“隣”で戦いたいに決まってる」
涙が一筋、頬を伝う。
「だから――」
一度、ぐっと目元を拭ってから、言葉を続けた。
「お母さんに、ちゃんと話してみる」
「……」
「“引っ越したくない”って言うだけじゃなくて。
なんで残りたいのか、ちゃんと説明する。
今までは、事情だから仕方ないって、自分に言い聞かせてたけど……もうやめる」
目の奥に、強い光が宿る。
「簡単には決まらないと思う。
もしかしたら、ダメって言われるかもしれない。
それでも――簡単には諦めない。私も」
心臓を掴まれたみたいに、胸の奥が熱くなる。
(……それだけで十分すぎる)
言葉にできない何かが、喉元まで込み上げてきた。
その瞬間、視界の端でウインドウが開く。
―
【特別キークエスト:クリア】
タイトル:「最後の学力決戦」
内容:二年学年末テストで“知の頂点”一ノ瀬凛に勝利せよ
報酬:構想力(知力)+3/SP+5
特別報酬:
――一ノ瀬凛の“心の扉”が開かれた。
彼女は、並んで未来へ進む覚悟を決めた。
―
「佐久間くん」
「ん?」
「さっき、“本命”って聞こえたかもしれないけど……」
一ノ瀬は、目をそらさずに言った。
「それ、聞き間違いじゃないから」
「……ッ!」
「だから、ちゃんと覚えてて。
このテストのことも、チョコの意味も。
それから――今言った“わがまま”も」
「全部、忘れないよ」
それだけ返すと、一ノ瀬はほっとしたように笑った。
校舎裏の空は、さっきよりも少しだけ暗くなっている。
でも、胸の奥は不思議と明るかった。
――遥、一ノ瀬、瑠奈……彼女たちと、どう向き合うか。
(もう、どの気持ちからも目をそらさない)
一ノ瀬が隣で立ち上がった。
「そろそろ帰ろっか」
「うん」
並んで歩き出す。
さっきとは違う鼓動が、胸の奥で小さく跳ねている。
もっと強くなりたい。
自分のためだけじゃなく――
誰かの想いを、ちゃんと受け止められる自分でいるために。
―
【Project Re:Try:“TRY-LOGリリース”/第五段階レポート】
※【 】内は今回上昇分
◆日時:3月1日
◆最終目標:TRY-LOGアプリ版、正式リリース
◆進行状況:Phase.05 開始
◆目的
「“努力の記録”を、“社会が使う力”へ昇華させる」
――“広がる努力”から、“役に立つ努力”へ。
◆メンバー構成
・佐久間 陽斗(CEO/代表・企画)
行動指数(筋力):48.5
継続性(耐久力):42.0
構想力(知力) :52.2【+3】
共感力(魅力) :53.2
SP:19【+3】/スキル保持数:33
・佐藤 大輝(COO/営業統括)/信頼度:93
・相川 蓮(CTO/開発・解析)/信頼度:77
・篠宮 智也(CFO/財務)/信頼度:65
・三橋 隼人(CMO/広報)/信頼度:65
◆資産状況
資金:765,000円
協賛金:500,000円
クラファン支援:2,020,000円
総資産:3,285,000円
(※開発・機材・広告の初期投資に充当予定)
◆進行状況
・TRY-LOGアプリ版 制作中
◆次段階予定(Phase.05:正式リリースへ)
・TRY-LOGアプリ版 完成
・リリース告知動画制作
――これは報告書でもあり、“未来へ進むためのログ”でもある。
(記録者:佐久間 陽斗)
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【収納】スキルでダンジョン無双 ~地味スキルと馬鹿にされた窓際サラリーマン、実はアイテム無限収納&即時出し入れ可能で最強探索者になる~
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佐藤健太、32歳。会社ではリストラ寸前の窓際サラリーマン。彼は人生逆転を賭け『探索者』になるも、与えられたのは戦闘に役立たない地味スキル【無限収納】だった。
「倉庫番がお似合いだ」と馬鹿にされ、初ダンジョンでは荷物持ちとして追放される始末。
だが彼は気づいてしまう。このスキルが、思考一つでアイテムや武器を無限に取り出し、敵の魔法すら『収納』できる規格外のチート能力であることに!
サラリーマン時代の知恵と誰も思いつかない応用力で、地味スキルは最強スキルへと変貌する。訳ありの美少女剣士や仲間と共に、不遇だった男の痛快な成り上がり無双が今、始まる!
『山』から降りてきた男に、現代ダンジョンは温すぎる
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社会勉強のため、幼い頃から暮らしていた山を降りて現代で生活を始めた男、草埜コウジ。
なんと現代ではダンジョンと呼ばれる場所が当たり前に存在し、多くの人々がそのダンジョンに潜っていた。
食い扶持を稼ぐため、山で鍛えた体を鈍らせないため、ダンジョンに潜ることを決意するコウジ。
そんな彼に、受付のお姉さんは言う。「この加護薬を飲めばダンジョンの中で死にかけても、脱出できるんですよ」
コウジは返す。「命の危険がない戦場は温すぎるから、その薬は飲まない」。
かくして、本来なら飲むはずだった加護薬を飲まずに探索者となったコウジ。
もとよりそんなもの必要ない実力でダンジョンを蹂躙する中、その高すぎる実力でバズりつつ、ダンジョンで起きていた問題に直面していく。
なお、加護薬を飲まずに直接モンスターを倒すと、加護薬を呑んでモンスターを倒すよりパワーアップできることが途中で判明した。
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