5 / 36
出会い編
5.揺れる想い
しおりを挟む
同病相憐れむ。
そんな言葉があったな。
榎本さんの家に帰り、エプロンを借りて玉ねぎを切る。タタタタとリズムよく刻まれる音に榎本さんが感心した眼差しで俺の手元を覗き込んでいる。
「見事な手際だ。以前料理人の修行でもしていたことがおありかな?」
「ははっ。何ですかそれ。そんな訳ないでしょう。これ位自炊してる人は大抵出来ますって」
ギャグかと思って笑い飛ばせば、榎本さんはかなり真剣な顔で「え?」と疑問符を浮かべた。
あ。うん。成程。元奥さんって所謂料理苦手系の……。みな迄聞かないでおこう。それが平和だ。
「……まあ、慣れですよ慣れ」
「そうかね」
取り敢えず納得してくれたので良しとして、生姜焼きを作ってしまう。ご飯も炊けたからオムライスも作って、あとはキャベツの千切りとみそ汁を盛って終わりだ。
「本当にこんな短時間で作れるのか」
席に着いて並べられた料理を見た榎本さんが感嘆の声を上げた。
「出来ます。元となる調味料も売ってるのでそれ使えば料理の幅も広がります」
「便利な世の中だな」
感心をしている榎本さん。だがオムライスの本領発揮はここからだ。
俺はケチャップを手に取るとそれを榎本さん用のオムライスに向けた。
榎本さんは外食で見慣れているからか、その行為自体には何も言わずに視線だけ向けている。けれどオムライスの上にケチャップで文字を書くと、その目が軽く瞠った。
うし。掴みは上々。
榎本さんは書き終わった文字を見て自然と綻みを見せた。多分あまりに自然で、本人も自分の顔の変化に気付いていないだろう。
「ふむ。ではいただきます」
「どうぞ召し上がれ」
箸を手に取り口に運び咀嚼する。暫し無言で箸を進め、みそ汁を口に含んだ後で榎本さんが俺の目を真っ直ぐ見据えた。
「とても美味しいよ。家庭料理でこれ程美味しく食べらるものなのだな」
「ありがとうございます。でも褒め過ぎですよ。俺のは普通に一般家庭の味です」
「誰かに師事をしたのかい?」
「師事っていうか。ウチの教育方針らしくて、小さい頃から家事全般は一通り教わりました」
「それは良い。立派なご家庭だね」
立派かどうかはわからない。実際当時は反発もしてたし。でもこうやって褒められると嬉しいと思うんだから俺も調子が良いよな。
「何よりこの心遣いがとても嬉しいものだと知ったよ」
そう言って視線を落とした先には「めしあがれ」の文字。
何の変哲もない言葉。
だけれど俺と榎本さんの間で交わされるには過ぎた言葉。
だって恋人でもないのにハートは無いし、お疲れ様も俺が言う言葉じゃないだろう。少なくとも今の間柄じゃ。
少し寂しさを覚えた気持ちに、代わりに心を込めて。もしかしたら料理は愛情だと伝えたかったのかもしれない。
榎本さんの気持ちの返しに快活な笑みで返して、俺も箸に手を付けた。
それ以降は特に会話も弾まず黙々と皿を空にしていった。
皿を片付けて一息。
シンとした空間に知り合ったばかりの友人と2人きりだっていうのに、妙に落ち着く。お互いに何も言わないのが心地良い。
何でだろう。そう思って考えて、ふと初めて会ったあの日の事を思い出した。
お互いに手酷く女性と別れたばかりのあの日。
そうか。俺は榎本さんに俺を重ねているのかもしれない。
でもそれを知っているのは俺だけだ。
なら、榎本さんは……?
ふと不安が過り横目で見る。けれどその姿はゆったりと寛いでいて、俺の考え何て杞憂だと教えてくれた。
「誰かの、温もりが傍にあるのは、矢張り良いものだな」
ポツリと漏らされたその言葉は、俺の心にも深く馴染んだ。
「家内とは、これ程静かに過ごす事が無くてね。あれは常に喧しかった」
その言葉だけで榎本さんが彼女の事を好いてはいなかったんだと物語っている。
でも、じゃあ何で?何であの人と結婚して、しかも子供まで作れたんだ?
聞きたい。でも聞けない。
だって、まだきっと、その時じゃない。
「……君は、何も聞かないのだな」
なのに榎本さんがコーヒーカップを口に付けた姿勢で言った。
俺は含んだばかりのコーヒーをゴクリと飲み干し、返しに困る。
横目で見ていただけなのに視線が交差し、榎本さんの冷酷そうなのに温かく強い目が俺を射貫いた。
「聞いて、返せる言葉も、有りませんし。揶揄して聞く事じゃ、もっとない……ですから」
「……矢張り君は良い男だ」
強い目が緩み、苦笑を滲ませて視線をカップに移した。残り少なかったコーヒーを飲み干し、ローテーブルに置いたあとはもう何時ものクールな榎本さんだった。
「もう遅い時間だね。送ろう」
立ち上がりソファに掛けていたコートを手にした榎本さん。
「そうですね。随分と長くお邪魔してしまいました」
「いや、それは一品多く作ってくれたのだから。返って申し訳なかったね」
「いえいえ。俺の方こそお裾分けで半分頂いてしまいましたし、それはお相子って事で」
お互いに軽く笑い合い、外へと出た。
もう春も始まっているのに夜はまだ冷える。そのまま取り留めも無い事をぽうぽつと話し、駅に着いた。流石に自宅まで送って貰うとかは無い。か弱い女性じゃないんだから。何だったら榎本さん家で別れて良かったんだけど、彼がそれじゃ気が済まなかったようだからここまで一緒に来た。
「今日はご馳走様でした」
「ふふ。それはこちらのセリフだよ。有難う。君さえ良ければまた教えて欲しい」
「何時でも大丈夫です。1人分作るのも2人分作るのも手間は変わんないですから」
「では遠慮なく甘えようかな」
そう言ってその日は別れた。
そんな言葉があったな。
榎本さんの家に帰り、エプロンを借りて玉ねぎを切る。タタタタとリズムよく刻まれる音に榎本さんが感心した眼差しで俺の手元を覗き込んでいる。
「見事な手際だ。以前料理人の修行でもしていたことがおありかな?」
「ははっ。何ですかそれ。そんな訳ないでしょう。これ位自炊してる人は大抵出来ますって」
ギャグかと思って笑い飛ばせば、榎本さんはかなり真剣な顔で「え?」と疑問符を浮かべた。
あ。うん。成程。元奥さんって所謂料理苦手系の……。みな迄聞かないでおこう。それが平和だ。
「……まあ、慣れですよ慣れ」
「そうかね」
取り敢えず納得してくれたので良しとして、生姜焼きを作ってしまう。ご飯も炊けたからオムライスも作って、あとはキャベツの千切りとみそ汁を盛って終わりだ。
「本当にこんな短時間で作れるのか」
席に着いて並べられた料理を見た榎本さんが感嘆の声を上げた。
「出来ます。元となる調味料も売ってるのでそれ使えば料理の幅も広がります」
「便利な世の中だな」
感心をしている榎本さん。だがオムライスの本領発揮はここからだ。
俺はケチャップを手に取るとそれを榎本さん用のオムライスに向けた。
榎本さんは外食で見慣れているからか、その行為自体には何も言わずに視線だけ向けている。けれどオムライスの上にケチャップで文字を書くと、その目が軽く瞠った。
うし。掴みは上々。
榎本さんは書き終わった文字を見て自然と綻みを見せた。多分あまりに自然で、本人も自分の顔の変化に気付いていないだろう。
「ふむ。ではいただきます」
「どうぞ召し上がれ」
箸を手に取り口に運び咀嚼する。暫し無言で箸を進め、みそ汁を口に含んだ後で榎本さんが俺の目を真っ直ぐ見据えた。
「とても美味しいよ。家庭料理でこれ程美味しく食べらるものなのだな」
「ありがとうございます。でも褒め過ぎですよ。俺のは普通に一般家庭の味です」
「誰かに師事をしたのかい?」
「師事っていうか。ウチの教育方針らしくて、小さい頃から家事全般は一通り教わりました」
「それは良い。立派なご家庭だね」
立派かどうかはわからない。実際当時は反発もしてたし。でもこうやって褒められると嬉しいと思うんだから俺も調子が良いよな。
「何よりこの心遣いがとても嬉しいものだと知ったよ」
そう言って視線を落とした先には「めしあがれ」の文字。
何の変哲もない言葉。
だけれど俺と榎本さんの間で交わされるには過ぎた言葉。
だって恋人でもないのにハートは無いし、お疲れ様も俺が言う言葉じゃないだろう。少なくとも今の間柄じゃ。
少し寂しさを覚えた気持ちに、代わりに心を込めて。もしかしたら料理は愛情だと伝えたかったのかもしれない。
榎本さんの気持ちの返しに快活な笑みで返して、俺も箸に手を付けた。
それ以降は特に会話も弾まず黙々と皿を空にしていった。
皿を片付けて一息。
シンとした空間に知り合ったばかりの友人と2人きりだっていうのに、妙に落ち着く。お互いに何も言わないのが心地良い。
何でだろう。そう思って考えて、ふと初めて会ったあの日の事を思い出した。
お互いに手酷く女性と別れたばかりのあの日。
そうか。俺は榎本さんに俺を重ねているのかもしれない。
でもそれを知っているのは俺だけだ。
なら、榎本さんは……?
ふと不安が過り横目で見る。けれどその姿はゆったりと寛いでいて、俺の考え何て杞憂だと教えてくれた。
「誰かの、温もりが傍にあるのは、矢張り良いものだな」
ポツリと漏らされたその言葉は、俺の心にも深く馴染んだ。
「家内とは、これ程静かに過ごす事が無くてね。あれは常に喧しかった」
その言葉だけで榎本さんが彼女の事を好いてはいなかったんだと物語っている。
でも、じゃあ何で?何であの人と結婚して、しかも子供まで作れたんだ?
聞きたい。でも聞けない。
だって、まだきっと、その時じゃない。
「……君は、何も聞かないのだな」
なのに榎本さんがコーヒーカップを口に付けた姿勢で言った。
俺は含んだばかりのコーヒーをゴクリと飲み干し、返しに困る。
横目で見ていただけなのに視線が交差し、榎本さんの冷酷そうなのに温かく強い目が俺を射貫いた。
「聞いて、返せる言葉も、有りませんし。揶揄して聞く事じゃ、もっとない……ですから」
「……矢張り君は良い男だ」
強い目が緩み、苦笑を滲ませて視線をカップに移した。残り少なかったコーヒーを飲み干し、ローテーブルに置いたあとはもう何時ものクールな榎本さんだった。
「もう遅い時間だね。送ろう」
立ち上がりソファに掛けていたコートを手にした榎本さん。
「そうですね。随分と長くお邪魔してしまいました」
「いや、それは一品多く作ってくれたのだから。返って申し訳なかったね」
「いえいえ。俺の方こそお裾分けで半分頂いてしまいましたし、それはお相子って事で」
お互いに軽く笑い合い、外へと出た。
もう春も始まっているのに夜はまだ冷える。そのまま取り留めも無い事をぽうぽつと話し、駅に着いた。流石に自宅まで送って貰うとかは無い。か弱い女性じゃないんだから。何だったら榎本さん家で別れて良かったんだけど、彼がそれじゃ気が済まなかったようだからここまで一緒に来た。
「今日はご馳走様でした」
「ふふ。それはこちらのセリフだよ。有難う。君さえ良ければまた教えて欲しい」
「何時でも大丈夫です。1人分作るのも2人分作るのも手間は変わんないですから」
「では遠慮なく甘えようかな」
そう言ってその日は別れた。
0
あなたにおすすめの小説
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
執着
紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*本編完結しました
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる