繋がる想いを

無月

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出会い編

9.家族のような

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「……で、ここをこう置き換えると」
「おぉ、最近の小学生はもうこんな所まで学んでるのか。凄いな尊」

響也との時間に尊が加わって幾年月よ。って程時間は経ってないけど、俺と尊の仲は概ね良好だ。
尊の勉強に付き合う事も増えた俺だけど、響也の子だけあって頭が良くて俺の出る幕が無いのが悲しいのか誇らしいのか胸中複雑な気分を日々味わっている。

「ん……」

PADから目を離して凝り固まった体を解し出したら今日の勉強は終わり。ここからは遊びの時間だ。

「終わったならお茶にしよう」

尊が画面を消したタイミングで響也がマフィンが乗った皿を片手に声を掛けて来た。
俺は尊と顔を見合わせてニッと笑う。対して尊は子供らしからぬ響也似の静かな笑みで返してくれる。今から末恐ろしいイケメンの片鱗。
子供ながらに大人っぽくて格好いいじゃんって思うこの笑みなのに、

「いつもありがとう侑真」

同じ笑みを浮かべて礼を言ってくれる響也は何故か可愛いって思うんだよな。これが惚れた欲目ってやつなのかね。今まで付き合ってきた女の子達は初めから可愛いけど、男相手にこう思うのはやっぱりそういう気持ちだからだよなぁ。
今更同性に惹かれる自分がいるのが不思議でならないのに、

「どういたしまして。てか家族水入らずに入れて貰えて俺の方がいつもありがとうなんだけど」

そう返した俺に目元を優しく緩ませる響也が本当に可愛い。本人には言えないけどな。響也は可愛いって言われて喜ぶタイプじゃないだろうし。

席に着き、穏やかな時が流れる。
そんな今日は晴れの日。時間はまだ昼の少し前。

「なぁ。折角晴れてるんだし、今日の昼は外食にしてどこか気分転換しに行こうぜ」

勉強も大事だけどまだ小学生の尊には太陽の下で遊ぶ事もして欲しい。っていうか日頃家に籠ってばかりいるのは正直尊の健康が不安です。第二のパパを自認している身としては晴れた日は体を動かして欲しい。

って事で前から目を付けていた話題のカフェで昼食を取り、向かった先は公園。
夏も過ぎて風は冷たさを孕んでは来ても日差しはまだまだ温かい。そんなスポーツの秋。
息子と過ごす休日って言ったらキャッチボール。って安易な考えだけど一度はやってみたいよな。

「体育で野球はやったことあるよな」

そう言って渡した子供用のグローブ。勿論道中で買いましたとも。
受け取った尊は珍しく分かり易い笑みを浮かべて固まっている。

「?響也、キャッチボールしたこと無いのか?」

自分もグローブをはめてポンポン叩きつつはめ心地を確かめながら響也を見る。
響也はいつもの無表情でベンチに座っている。どうやら参加するつもりは無いらしい。

「無い。スポーツなら水泳と弓道を習わせていた」

いた。って言うのは離婚した事で教育方面は全て向こうが管理していて内容は全く教えて貰えていなかったかららしい。そしてどうやら元奥さんが新しい男を捕まえた途端、全て解約してしまったらしい。最悪だなあの女。
てか、そうか。初めてだから緊張してるのか。

「尊―。そんな緊張しなくても軽く投げ合うだけで良いんだから肩の力抜いていこうぜ」

何故笑みを深める。その笑みに音を付けるとしたら「ニコリ」より「ニ゛コ゛リ゛」だぞ?背景に暗雲立つやつ。

「まぁ、先ずは投げてみよう」

ボールを尊のグローブに入れて、俺は少し距離を置いて構えた。
その間尊は動かず。

「よーし、来いっ!」

その動かない動きの意味は直ぐに知る事が出来た。
パンと気合を入れてグローブを叩いたその脇を凄い勢いの球が飛んで行った。
思わず背後の人的被害の確認をしてしまう俺。
良かった!誰もいなかった!
球は大分離れた所に転がっていたから駆けて取りに行った。
元の位置に戻って見た尊は、珍しく耳を赤く染めて視線を逸らしていた。

ああ、そうか。響也の不器用。そこに遺伝したか。
思わずクスリと笑ってしまい、それに気付いた尊の眉間に皺が寄った。心持ち頬が膨らみ口が尖っている姿は年相応に見えて可愛い。更に笑みが深くなる俺に気付いた尊の眉が心持ち上がった。

「ドンマイ!大丈夫大丈夫。今度はちゃんと取るから気にせず行こう!」

尊に取り易い様にボールを投げる。けれど上手く取れずワタワタ動いた結果、ボールは落下し止まった所で取り上げた。
悔しいんだか恥ずかしいんだかでピルピル震える尊可愛過ぎ。
チラリと響也を見ると耳を赤くして眉間を揉んでいた。
そうか、響也も同じか。だから参加する気なかったな?よし、尊がキャッチボール出来るようになったら響也も強制参加させてやろう。
心に小悪魔が生まれたが、ワタワタする響也が見たくなった俺はそのまま甘んじて飼う事にした。

「よーし、来い!」

ズバン!

声と共に放たれた剛速球。さっきとは別の方へ飛んだボールを、しかし俺は予測して見事にキャッチしてみせた。速いと言っても子供の球。取る位なら出来るさ。

「ナイス!いい球だ!今度はもう少し肘を意識して真っ直ぐ振ってみようか!」

子供は褒めてから改善案を出す。そんなスタイルで伸ばしていきたい俺は、どうやら見事に尊と相性が良かったらしい。夕焼けで空が赤くなる頃には何回かに1回は真っ直ぐ俺のグローブにボールが入る様になっていた。
でも俺にとって何より嬉しかった事は、自信が付いて目を輝かせた尊と、それを誇らしそうに見守る響也の姿だった。
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