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本編

15歳-4

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 鼻歌でも歌いたげにニヤリと笑う総合戦闘科担当教師。名前はホーマン。
 上位冒険者だったのを口説き落として学園の教師に赴任した彼は、一見ただ腕を組んで立ってるだけにしか見えない。けど、幾度となく冒険者活動をした経験から隙が全く無い事は疑いようが無い。

 「どうと聞かれてもな。何に対してだ?」
 「冒険者辞めて今は教師一本でしょ。体鈍ってるんじゃないですか?」
 「成る程。心配は無用だ。授業時以外は自由に動けるんでな」
 「へえ!元冒険者の自由時間ってどんな事してるか興味あるなー!」
 「冒険者やってた頃と大差ない。鍛えるか、街ブラするか、フラッと遠出するかだ」
 「結構出掛けるんですね。もしかして、出逢いを求めて?」

 ホーマン先生が何の違和感も感じさせずに付き合ってくれる世間話。それに俺はニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。謂わゆる「お主も悪よのう」笑いだ。クックック(笑)。

 「ホーマン先生は独り身でしたね。お相手を探しておられる様なら私が幾人か紹介出来ますよ」
 「何!?本当か!?」

 デイヴが人の良い笑みで言えば、思いの外ガチな反応が返ってきて俺達は一瞬時間が停止した。

 「あ、いや。そのだな。それは今関係無い。授業の話をしよう。
 ……ゼルクは授業後話の続きをだな」

 ホーマン先生はわざとらしくコホンと咳払いをすると、平静を装って話を戻そうとした。最後の言葉は武士の情けで聞かなかった事にしよう。
 デイヴは「はい」とも「いいえ」とも言わずにクスクス笑っている。ホっちゃん先生よ、多分その続きはデイヴに気に入られないと無理ポだぞ。

 「そうだね、ホっちゃん先生。リアルの話は後で弄るよ」
 「オイコラ、オルティス。何だその呼び名は、それに敬語どうした」
 「いやなんかホっちゃん先生が可愛すぎて」

 って言うか弄るのは良いんかい。
 胡乱な目で嫌そうにしたホっちゃん先生は、俺にデコピンを喰らわせた。

 「元に戻せ。でないと減点」
 「うわ!ひでぇ!親愛の表現なのに鬼だ!」
 「よし。オルティス減点」
 「横暴だー!教育機関に訴えてやるー!」

 人に物を教える人間てのはガイウス団長みたいなのばっりなのか。談義したい。
 抗議の声を声高に上げて騒ぎまくれば、ホっちゃん先生戻してホーマン先生は耳を塞いでしかめっ面をした。

 「あー!煩い煩い!わかったから!親愛な!アリガトウ!
 でも授業中は改めろ!示しが付かんだろうが!」
 「ひゅー♪さっすがホーマン先生、愛してるぅ」

 上がり調子で豊満な筋肉に抱きつけば、「調子の良い!」と引き剥がされた。効果音は「ベリ」である。酷いん(泣)。

 ゾクッ。

 ……んん?何か背筋に悪寒が……。
 その時突如として走った悪寒。それに気を取られた俺は、背後で「先生……?」「待て、今のは不可抗力だっ。その物騒な顔を終えっ」などと遣り取りされているのに気付けなかった。
 騒がしいな?と思った時には二人とも平静だったし、俺は気の所為かと首を傾げるに留めた。

 「そんじゃ話を戻しまして、と。
 ホーマン先生のお勧め街ブラって有りますか?」
 「呑み屋以外で、だと武器屋は中心部よりギルド近くか街の外れのが掘り出し物に出会い易い。
 薬局は郊外の農園に併設されてるとこが品質も良いし値段も良心的だ」
 「なんて実用的な……。
 行き付けのカフェとか出て来ない辺りムサイです」
 「カフェなんてオシャレな店は俺には似合わんよ」
 「へえ、そうですか?の割には頻繁に通われてるみたいですけど」

 ニコヤカにただの雑談の調子でデイヴに「な」と同意を求める。

 「ダメだよ、アレク。あの時のホーマン先生は周りの目を気にしていただろう?人に知られたくない恥ずかしい事の一つや二つ、大人なら持っているものさ。
 すみません、ホーマン先生。ちゃんとあの時の事は忘れる様に言い聞かせますから」

 デイヴは俺を嗜めると、物わかりの良い子の顔で、「大丈夫、わかってますから」と意味有り気に首肯した。
 ホーマン先生は口をヒクつかせる。

 「……カフェには行っていないし、恥ずかしい事もない」
 「あれ?だってあの時カフェに向かって歩いていましたよね。あそこはカフェ以外は裏路地に通じてる道位しか有りませんけど」
 「……何が言いたい」
 「あ、ここでそれ聞いちゃいます」
 「じゃ、取り敢えずスパイ候補として捕縛しときますね」
 「何の事だ。職権濫用は関心せんぞ。
 無実の人間を拷問すれば如何に王族であろうと、いや、王族だからこそ立場を悪くするぞ」
 「そうはなりませんよ」
 「そうそう、だって今回の授業はスパイがいる事確定。森ダンにいる事確定。でしょ。でないと授業にならないし」
 「そう言う事です。確定している筈なのに索敵に何も引っかからないのは流石に可笑し過ぎですよ。余りにも何もなさ過ぎたんです」
 「初めからホーマン先生がスパイ役だって確信して話してましたから。それに先生はスパイに向いてません。裏工作ってのは日常にこそ必要ですよ」

 ホーマン先生に「参った」を言わせる事に成功した俺達は、空いた時間に他の生徒達の観察に勤しむのだった。

 因みに。カーメムー子息の能力は口だけで、性格が災して現場を混乱させるだけだった事は、うん。わかってた。
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