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11.逃げる女

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 季節も夏から秋へ。最近は随分と肌寒い日が多く、公園や路地裏で生活しながら街中を歩き、時には隣の市まで足を運ぶ事もある。基樹は、元々住んでいた家を引き払ったわけではないが、家賃滞納を繰り返せば帰る家を失う。外は寒く、体調を崩されでもしたらわたしも影響を受けるので、正直この「家出少年」状態が続くのは嬉しくない。

 彼の身寄りは母親しかいないわけでもないはずだ。だが、彼は一人で生きていく事を選択した。わたしが同化しているが故に、普通の人間よりは丈夫な体になっている事は間違いないが、彼の生き方は刹那的というか、先のことは一切考えていないように思う。

 目的を果たしたら、基樹はその後どうするつもりなのか。肉体に居候状態のわたしには分からないが、年端もいかない少年を、わたしの世界観に引きずり込んでしまった事を、少し悔やんでいる。

『わたしらしくないな……』
「最近独り言が増えたな。お前の考えている事が少し伝わってくるが、……これはオレ自身が決めた事だ。あんたが気にする必要はない。あんたの言っていた事は概ね正しいし、オレもそれでいいと思っている」
『よほどの状況じゃなければ、主導権をわたしに譲る事もなくなってきたし、わたしの思想と君の思想は噛み合っている。わたしからすれば、一切不満はない』
「なら、いいじゃないか。オレは、母さんを殺した相手を殺せればそれでいい。その後の事なんて、今はどうだっていい」

 公園のベンチで寝ていた基樹は体を起こして周りを見渡し、自動販売機を見つけると、コートのポケットに無造作に詰め込んでいる金をまさぐり、小銭を取り出すと、缶コーヒーを一本購入して、再びベンチに腰を下ろす。

 こんな生活が長く続けられるわけはない。1日でも早く、決着をつけ、彼には普通に生活をしてもらいたい。わたしはこの世界の秩序を守る為に転生したわけではない。ただ、理解できない価値観を理解しようとは思わない。やりたいようにやる。だが、宿主の人生にまで迷惑をかけるつもりはない。わたしの能力に異形に変わる力が付与されていた事は救いだったかもしれない。

 その時、わたしの鼻腔に違和感を感じた。微かではあるが、あのニオイがしたのだ。

「……どうした、イグラシアス」
『少しわたしに主導権を渡せ』
「見つけたのか!?」

 彼の答えを聞くより早く、わたしは体の主導権を握り、ニオイがする方へ素早く移動した。あまりに微かなニオイだったので、急がないと痕跡が消えてしまう。

「先程、わたしたちを見ていた。すぐに逃げたがな」
『見失ったのか!?』
「いや、そこにいる。隠れているつもりらしいが」

 基樹の心臓の鼓動が早くなっている。そして、この腹の底から湧き上がる熱いもの。憎悪だ。

「基樹落ち着け。ニオイがするが、本人とは限らん」
『……ぶっ殺してやる』
「主導権をわたしが握っていて良かったよ。とりあえず落ち着け、見てろ」

 こちらが自分を追ってきた事が間違いないと判断したようで、身を潜めていた者は、素早くその場から飛び出し、走り始めた。

 だが常人の域を超えるわけでもない速度では、わたしたちから逃げるのは不可能だ。わたしはその人間の手を捕まえて、口を塞ぎ、人目のつかない建物の隙間に引きずり込んだ。

「ウウッ!!なにすんだ!離せ、うぐっ!」
「……女?」

 紫色に染めたセミロングの髪の毛を振り乱して、目つきの鋭い女は羽交い締めにされている体を必死に振りほどこうとしている。
 
『まて、イグラシアス。こいつ、まさか……』
「知り合いか?」
「あんだよ!見てただけだろが!あたしが何かしたのかよ!?いってぇから離せよ!」
『こいつには色々と恨みがある……』
「……じゃあ、殺すか?」
「はあ!?ま、まって!!すいません!ナメた口きいてすいませんでした!!」
『……いや、今更だし、そこまでしなくてもいい』
「良かったな。死なずに済みそうだぞ?」
「あ、はあ?ハイッ!すいませんでした!……つうか、誰と話してるんすか?」
新浜夜寿華にいはまやすか
「新浜か……」
「やっぱり、あんた……じゃなくて、貴方様は園村基樹さんでしたか」
『気持ち悪い話し方やめろ……』
「気持ち悪い話し方やめろ」
「すいません、普通にします。逃げませんから、離して下さい……」

 紫髪でピアスだらけの耳。スカジャン羽織って、この寒いのにホットパンツにブーツ。首、手首、ふくらはぎに見える趣味の悪いタトゥー。美形だが、性格悪そうなツリ目。いかにもイキった風体。その割には小柄。不良少女を絵に書いたような少女はその場にあぐらをかいて座り込む。

「タバコ、吸っていいすか」
「……勝手にしろ」

 タバコに火を点け、こなれた手付きでタバコをふかす。

『中学の頃、オレに嫌がらせしてた、……まあ、イジメの主犯格だったヤツだ』
「始末するべきだな、やはり」
『だから、いいって。聞きたい事もある』

 始末するべきだな、やはり。の言葉を聞いた新浜は、ゲホゲホと咳をして、怯えた表情でわたしの顔を伺っていた。


 
 
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