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11.秘跡へと至る道
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ウィソングの街は相変わらず楽しげな喧騒で満ちている。
至る所に笑顔があり、雲の隙間からの太陽の光を金管楽器がキラキラと反射し、弦楽器が入れられたケースを担ぐ人が道幅を占有する。
そんな道の横にある街と街を繋ぐ馬車停留所のベンチにサヤは座っている。もちろん、彼女の姿は人々には見えずそこは空席である。そしてそんな彼女の隣ではダリアが両肘を太ももに置き、だらっと前屈になりながら人々に呆れた視線を向けていた。
《……やっぱ、一般人が一人死んだくらいじゃ大した騒ぎにならねぇな。最初の狙い通り歌姫さんをやったほうが手っ取り早かったんじゃないか?》
「まあ、せっかくあなたのために頑張ったのにそれ? ああ、あなたも結局感謝では答えてくれないのね……」
《う……わ、悪かったよ……だからそのリアクションはやめろ冗談だって分かっててもそれで死んで化けて出た奴に言われると笑えないんだよ》
「ふふっそうね、今のは意地悪だったわ。ごめんなさい」
ダリアの苦い顔に苦笑で返すサヤ。
サヤはそんな受け答えをしながらも可愛らしく足を揃えて振っている。
そして、人々にその姿は見えていないのに通りゆく群衆はその位置を避けるように歩いている。
《……で、楽しかったか?》
ダリアが少しだけ表情を緩め、横目でサヤを見ながら聞く。
サヤはそんな彼女の問いに、満開の花のようにニッコリとした。
「ええ! それはもちろん! あの恐怖に歪み苦しみながら死んでいく姿は……ふふっ、やはりとても心地がいいものだわ!」
《……そっか。良かったよ》
サヤの回答を聞いてダリアが見せた笑みはやはりまだ若干の苦みは入っていたが、決して否定的な感情は乗っていなかった。
そこには本来ダリアが心の中で育てていた憎悪や絶望を土台とし、自らと心を共有した末の今があるのだということをサヤは理解していた。
明らかに人の道から外れた世界の邪な幸福。しかしてそれを共有できる相手がいるのは、また別種の幸福があるともサヤは思えた。
「さて、じゃあ次はどうしよっかな」
ダリアがサヤの横で地図を広げながら声を出して言う。
ウィソングが比較的大都市寄りな街であること、またアイゼンハワー領が西側においては大規模な領土を持っている領地である事から馬車から他の街への行き先は複数あり、そのルート選択もいくつかあった。
「ねぇ、私一つだけ行って欲しい所があるのだけれど」
と、そんな風にダリアが地図を見ている中、横からサヤがすっとその真っ白な指を差した。
ダリアはそのサヤの指先にある地図上の場所を見て、軽く驚く。
《え? ランドネットって……なんでこんな小さな村に? しかもここにまっすぐ行って次の領ってしたら領主の屋敷がある街には行けなくなるぞ?》
サヤが示した村、ランドネット。
それはアイゼンハワー領においても半端な位置にある寒村であり、ダリアの言う通り普通に考えれば通り道には選ばない場所であった。
だが、彼女の言葉にサヤは静かに首を横に振った。
「いいえ、ここには絶対に行かないとならないのよ。ここで分かりやすく騒動を起こして村にいる衛兵に魔法通信器を使わせたいの。ちょうど今までとは丸っきり違った事したかったし。そうすれば、そうね……私達が次のその次の街、アイゼンハワー領を抜けるぐらいの頃には、必ず『彼』は来るでしょうから」
《……彼?》
聞き返すダリアに、サヤは微笑んでみせた。
自然の影響など受けぬはずの彼女の髪が、ささやかに揺れていた。
「今回のはきっと、誇り高い彼にはピッタリだわ」
◇◆◇◆◇
数日後。首都ブレアプロ、王立ケドワード学園。
その日の授業も終わり下校する生徒達から少し離れた位置の木の下で、イゴールはベンチに座って「はぁ……」ため息をついていた。
元から猫背気味だった彼の背中は余計丸まっており、陰気な雰囲気に拍車がかかっていた。
「……本当に、変わらないなぁみんな。何にも変わらない」
「そうだな。完全にいつもの日常、いつもの光景だ」
「おわっ!?」
突如彼の背後から凛々しい女性の声がして、イゴールは大げさに体を震わせ振り返る。
そこにいたのはすらっと背筋を伸ばし、腕を組んでイゴールと同じように下校中の生徒に視線を送るアリアだった。
彼女の短いブロンドのポニーテールがちょうど風で木々の葉と一緒に揺らいでいた。
「いや、そこまで驚く事はないだろう……相変わらず小心者だな君は」
呆れた視線がイゴールに刺さる。
イゴールは彼女からバツが悪そうに視線を逸らした。
「しょ、しょうがないじゃないか……! 僕はやっぱり、人と人の付き合いは苦手で……サヤがいたから、みんな一緒にいたけど本来一人が好きだし……」
「……そうだな、彼女がいたから私達は一緒にいた。サヤが中心に作られた関係だった。……だというのに、今はその名残すら残っていない。かつて聖女と称えられた彼女ですら、日常から排除されれば忘れられる」
「…………でも、それをやったのは僕らだ」
「……そうだな」
気まずい沈黙が二人の間に流れる。
イゴールは視線を大きく下げ、アリアは目を薄っすらと細め、組む腕の指に力が入っている。
「……と、こんな話をするために君を探してたんじゃないんだ。イゴール、君に意見を聞いてみたい事がある」
「え? ど、どゆこと……?」
アリアの言葉にまた困惑した顔を向けるイゴール。
するとアリアは変わらず険しい顔で彼に頷いた。
「ああ。……実は先日、リクリーに頼まれてエンフィールド家であった死亡事件について私が魔法通信器の開発者として持っている連絡網を使って調べるようにと言われたんだ」
「ああ、あれか……って、リクリーから……? それがなんで僕に……」
「話は最後まで聞け。そのとき私は結果を簡単にまとめて報告したんだが……実は、彼に伝えなかった事があってね。……彼はきっと、くだらない話と一笑して終わるだろうからな」
「……でも、僕には言うの? どうして?」
イゴールの問いかけに、僅かに逡巡する姿を見せるアリア。
彼女もまだ飲み込めていないというのが伝わってくる様子だった。
「……その、つまり、いわゆる“オカルト話”に類するものでな」
「ああ、なるほど……そういえば君は、笑わずにいてくれたもんね……」
イゴールのオカルト趣味はまだサヤがいた頃でも信じてくれていた者は少なかった。
彼女を中心とした仲間内でも冗談として済まさずに受け入れてくれたのはサヤとアリアだけだった。
「ああ。私は発明を生業とする者だと自負しているが、だからこそ“ありえない”なんて言葉で頭から否定はしたくない、可能性があるなら徹底的に検証してみるべきだと思っているからな。……と、これは前にも言ったな。ともかく、そんな君に伺いたい話があるんだ」
「……分かった。教えて」
イゴールは先程までのオドオドとした態度から少し毅然とした態度に変わった。
アリアはそんな彼の目を見て頷き、話し始める。
「これはベルウッドの街に古くからいる男から聞いた話だ。ベルウッドの街には有名な占い師の老婆がいた。彼曰く、その占い師はとても人当たりがよく、住人達からも愛されていたそうだ。もちろん、そこには非常によく当たる占いの腕前もあったという」
静かに話すアリア。
イゴールは声は出さずとも時折コクリと頷き相槌を打つ。
「だがある日、その占い師の老婆が突然町中を叫びながら走り回りだしたそうだ。その時の老婆は『白い女だ! 白い女だ!』と叫び回っていたらしい。彼女と親しかった人々はそんな老婆を見て『ああ、婆様もついにボケてしまったのか』と大層悲しんだという。そして、その翌日、エンフィールド家全員が惨殺される、あの事件が起きた」
「……それって」
既に何かに感づいたイゴールの険しい表情に、アリアが頷く。
「……その事件があった日、老婆は侯爵邸を前に先日よりも更に激しい声で『みんな死ぬぞ! みんな殺されるぞ!』と大声を上げ、最後には衛兵に連れて行かれてしまったらしい。そしてその翌日……彼女の死体が見つかった。ゴミ捨て場に泡を吹いて倒れていた、らしい。その顔を見た者は何人かいたが、全員口を揃えて『あれは怯え叫んだ顔だった』と言ったという」
「……間違いなく、ただごとじゃないね」
最後まで話を聞いたイゴールはとても真剣な表情で言った。
後ろめたい感情で縮こまっていた姿はもうそこにはなかった。
「やはりか……リクリー達はきっとただの偶然と受け流しただろうが、私はどうにもそうとは言い切れないと思ってな。……魔法通信器越しとはいえ、彼のあんな怯えた声は聞いたことがなかったものだから」
その声を思い出しているのか、アリアの表情はとても険しいモノになっていた。
イゴールはそんな彼女の横で思案するように顎を指の背中に乗せる。
「間違いなく良くない何かが見えたんだろうね、その占い師は……『白い女』……単純に考えれば女幽霊だけど、そうと判断していいものか……? そもそも本当に見た目の話なのか……? でも、間違いなくろくでもない何かなはず……んー、もっと情報が欲しいな……」
ブツブツと呟きながら考え込むイゴールだったが、ふと横目を見るとアリアが少し懐かしそうな目線を向けているのに気付いた。
同時にアリアもまた自分がそうした視線をイゴールに向けていた事に気づき、苦笑する。
「すまない、また懐かしい気持ちになってしまってな……昔は、時折君のそういう姿を見たものだから」
「そうだね……彼女がいたころは、よく三人でこうした話、したもんね……」
そこで再び下校する生徒達の姿に目を向ける二人。
と、そんなとき彼らの視線の先にある異物が映った。
下校する生徒達という情景に不釣り合いな、馬に乗り鈍色の鎧を着た男だった。それは彼らがよく知る顔――友人でありリクリーの部下であるサムだった。
「サム……? 何事だ……?」
アリアが気になったのか彼の下に駆けていくので、イゴールもその後ろに流れでついていく。
すると、そんな二人に気づいたサムがその冷たさすら感じる鋭い視線を向けてくる。
「む、アリアにイゴールか? どうしたんだ?」
「どうしたはこっちのセリフだよ。その姿……何か任務かい?」
「まあ、そうといえばそうなのだが……」
少し歯切れの悪い言い方をするサムに二人は疑問符を浮かべる。彼のこういう姿は少し珍しかった。
「……実は、私が所属する第二騎士団所属の騎士数人と共に、これから私の故郷に行く事になった」
「サムの……故郷に?」
オウム返しで言ったアリアに、サムはコクリと頷いた。
「ああ。実はそこの衛兵から魔法通信器で奇妙な通信を受けてな……それで気になっていたところ、団長が気を利かせて出立を許してくれてな。私の故郷……ランドネットの村に」
三人の居場所を照らしていた太陽が、雲に隠れる。
先程まで暑さを感じていた気温が、不自然な程に寒くなったように、イゴール達には感じられた。
至る所に笑顔があり、雲の隙間からの太陽の光を金管楽器がキラキラと反射し、弦楽器が入れられたケースを担ぐ人が道幅を占有する。
そんな道の横にある街と街を繋ぐ馬車停留所のベンチにサヤは座っている。もちろん、彼女の姿は人々には見えずそこは空席である。そしてそんな彼女の隣ではダリアが両肘を太ももに置き、だらっと前屈になりながら人々に呆れた視線を向けていた。
《……やっぱ、一般人が一人死んだくらいじゃ大した騒ぎにならねぇな。最初の狙い通り歌姫さんをやったほうが手っ取り早かったんじゃないか?》
「まあ、せっかくあなたのために頑張ったのにそれ? ああ、あなたも結局感謝では答えてくれないのね……」
《う……わ、悪かったよ……だからそのリアクションはやめろ冗談だって分かっててもそれで死んで化けて出た奴に言われると笑えないんだよ》
「ふふっそうね、今のは意地悪だったわ。ごめんなさい」
ダリアの苦い顔に苦笑で返すサヤ。
サヤはそんな受け答えをしながらも可愛らしく足を揃えて振っている。
そして、人々にその姿は見えていないのに通りゆく群衆はその位置を避けるように歩いている。
《……で、楽しかったか?》
ダリアが少しだけ表情を緩め、横目でサヤを見ながら聞く。
サヤはそんな彼女の問いに、満開の花のようにニッコリとした。
「ええ! それはもちろん! あの恐怖に歪み苦しみながら死んでいく姿は……ふふっ、やはりとても心地がいいものだわ!」
《……そっか。良かったよ》
サヤの回答を聞いてダリアが見せた笑みはやはりまだ若干の苦みは入っていたが、決して否定的な感情は乗っていなかった。
そこには本来ダリアが心の中で育てていた憎悪や絶望を土台とし、自らと心を共有した末の今があるのだということをサヤは理解していた。
明らかに人の道から外れた世界の邪な幸福。しかしてそれを共有できる相手がいるのは、また別種の幸福があるともサヤは思えた。
「さて、じゃあ次はどうしよっかな」
ダリアがサヤの横で地図を広げながら声を出して言う。
ウィソングが比較的大都市寄りな街であること、またアイゼンハワー領が西側においては大規模な領土を持っている領地である事から馬車から他の街への行き先は複数あり、そのルート選択もいくつかあった。
「ねぇ、私一つだけ行って欲しい所があるのだけれど」
と、そんな風にダリアが地図を見ている中、横からサヤがすっとその真っ白な指を差した。
ダリアはそのサヤの指先にある地図上の場所を見て、軽く驚く。
《え? ランドネットって……なんでこんな小さな村に? しかもここにまっすぐ行って次の領ってしたら領主の屋敷がある街には行けなくなるぞ?》
サヤが示した村、ランドネット。
それはアイゼンハワー領においても半端な位置にある寒村であり、ダリアの言う通り普通に考えれば通り道には選ばない場所であった。
だが、彼女の言葉にサヤは静かに首を横に振った。
「いいえ、ここには絶対に行かないとならないのよ。ここで分かりやすく騒動を起こして村にいる衛兵に魔法通信器を使わせたいの。ちょうど今までとは丸っきり違った事したかったし。そうすれば、そうね……私達が次のその次の街、アイゼンハワー領を抜けるぐらいの頃には、必ず『彼』は来るでしょうから」
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聞き返すダリアに、サヤは微笑んでみせた。
自然の影響など受けぬはずの彼女の髪が、ささやかに揺れていた。
「今回のはきっと、誇り高い彼にはピッタリだわ」
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その日の授業も終わり下校する生徒達から少し離れた位置の木の下で、イゴールはベンチに座って「はぁ……」ため息をついていた。
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「……本当に、変わらないなぁみんな。何にも変わらない」
「そうだな。完全にいつもの日常、いつもの光景だ」
「おわっ!?」
突如彼の背後から凛々しい女性の声がして、イゴールは大げさに体を震わせ振り返る。
そこにいたのはすらっと背筋を伸ばし、腕を組んでイゴールと同じように下校中の生徒に視線を送るアリアだった。
彼女の短いブロンドのポニーテールがちょうど風で木々の葉と一緒に揺らいでいた。
「いや、そこまで驚く事はないだろう……相変わらず小心者だな君は」
呆れた視線がイゴールに刺さる。
イゴールは彼女からバツが悪そうに視線を逸らした。
「しょ、しょうがないじゃないか……! 僕はやっぱり、人と人の付き合いは苦手で……サヤがいたから、みんな一緒にいたけど本来一人が好きだし……」
「……そうだな、彼女がいたから私達は一緒にいた。サヤが中心に作られた関係だった。……だというのに、今はその名残すら残っていない。かつて聖女と称えられた彼女ですら、日常から排除されれば忘れられる」
「…………でも、それをやったのは僕らだ」
「……そうだな」
気まずい沈黙が二人の間に流れる。
イゴールは視線を大きく下げ、アリアは目を薄っすらと細め、組む腕の指に力が入っている。
「……と、こんな話をするために君を探してたんじゃないんだ。イゴール、君に意見を聞いてみたい事がある」
「え? ど、どゆこと……?」
アリアの言葉にまた困惑した顔を向けるイゴール。
するとアリアは変わらず険しい顔で彼に頷いた。
「ああ。……実は先日、リクリーに頼まれてエンフィールド家であった死亡事件について私が魔法通信器の開発者として持っている連絡網を使って調べるようにと言われたんだ」
「ああ、あれか……って、リクリーから……? それがなんで僕に……」
「話は最後まで聞け。そのとき私は結果を簡単にまとめて報告したんだが……実は、彼に伝えなかった事があってね。……彼はきっと、くだらない話と一笑して終わるだろうからな」
「……でも、僕には言うの? どうして?」
イゴールの問いかけに、僅かに逡巡する姿を見せるアリア。
彼女もまだ飲み込めていないというのが伝わってくる様子だった。
「……その、つまり、いわゆる“オカルト話”に類するものでな」
「ああ、なるほど……そういえば君は、笑わずにいてくれたもんね……」
イゴールのオカルト趣味はまだサヤがいた頃でも信じてくれていた者は少なかった。
彼女を中心とした仲間内でも冗談として済まさずに受け入れてくれたのはサヤとアリアだけだった。
「ああ。私は発明を生業とする者だと自負しているが、だからこそ“ありえない”なんて言葉で頭から否定はしたくない、可能性があるなら徹底的に検証してみるべきだと思っているからな。……と、これは前にも言ったな。ともかく、そんな君に伺いたい話があるんだ」
「……分かった。教えて」
イゴールは先程までのオドオドとした態度から少し毅然とした態度に変わった。
アリアはそんな彼の目を見て頷き、話し始める。
「これはベルウッドの街に古くからいる男から聞いた話だ。ベルウッドの街には有名な占い師の老婆がいた。彼曰く、その占い師はとても人当たりがよく、住人達からも愛されていたそうだ。もちろん、そこには非常によく当たる占いの腕前もあったという」
静かに話すアリア。
イゴールは声は出さずとも時折コクリと頷き相槌を打つ。
「だがある日、その占い師の老婆が突然町中を叫びながら走り回りだしたそうだ。その時の老婆は『白い女だ! 白い女だ!』と叫び回っていたらしい。彼女と親しかった人々はそんな老婆を見て『ああ、婆様もついにボケてしまったのか』と大層悲しんだという。そして、その翌日、エンフィールド家全員が惨殺される、あの事件が起きた」
「……それって」
既に何かに感づいたイゴールの険しい表情に、アリアが頷く。
「……その事件があった日、老婆は侯爵邸を前に先日よりも更に激しい声で『みんな死ぬぞ! みんな殺されるぞ!』と大声を上げ、最後には衛兵に連れて行かれてしまったらしい。そしてその翌日……彼女の死体が見つかった。ゴミ捨て場に泡を吹いて倒れていた、らしい。その顔を見た者は何人かいたが、全員口を揃えて『あれは怯え叫んだ顔だった』と言ったという」
「……間違いなく、ただごとじゃないね」
最後まで話を聞いたイゴールはとても真剣な表情で言った。
後ろめたい感情で縮こまっていた姿はもうそこにはなかった。
「やはりか……リクリー達はきっとただの偶然と受け流しただろうが、私はどうにもそうとは言い切れないと思ってな。……魔法通信器越しとはいえ、彼のあんな怯えた声は聞いたことがなかったものだから」
その声を思い出しているのか、アリアの表情はとても険しいモノになっていた。
イゴールはそんな彼女の横で思案するように顎を指の背中に乗せる。
「間違いなく良くない何かが見えたんだろうね、その占い師は……『白い女』……単純に考えれば女幽霊だけど、そうと判断していいものか……? そもそも本当に見た目の話なのか……? でも、間違いなくろくでもない何かなはず……んー、もっと情報が欲しいな……」
ブツブツと呟きながら考え込むイゴールだったが、ふと横目を見るとアリアが少し懐かしそうな目線を向けているのに気付いた。
同時にアリアもまた自分がそうした視線をイゴールに向けていた事に気づき、苦笑する。
「すまない、また懐かしい気持ちになってしまってな……昔は、時折君のそういう姿を見たものだから」
「そうだね……彼女がいたころは、よく三人でこうした話、したもんね……」
そこで再び下校する生徒達の姿に目を向ける二人。
と、そんなとき彼らの視線の先にある異物が映った。
下校する生徒達という情景に不釣り合いな、馬に乗り鈍色の鎧を着た男だった。それは彼らがよく知る顔――友人でありリクリーの部下であるサムだった。
「サム……? 何事だ……?」
アリアが気になったのか彼の下に駆けていくので、イゴールもその後ろに流れでついていく。
すると、そんな二人に気づいたサムがその冷たさすら感じる鋭い視線を向けてくる。
「む、アリアにイゴールか? どうしたんだ?」
「どうしたはこっちのセリフだよ。その姿……何か任務かい?」
「まあ、そうといえばそうなのだが……」
少し歯切れの悪い言い方をするサムに二人は疑問符を浮かべる。彼のこういう姿は少し珍しかった。
「……実は、私が所属する第二騎士団所属の騎士数人と共に、これから私の故郷に行く事になった」
「サムの……故郷に?」
オウム返しで言ったアリアに、サムはコクリと頷いた。
「ああ。実はそこの衛兵から魔法通信器で奇妙な通信を受けてな……それで気になっていたところ、団長が気を利かせて出立を許してくれてな。私の故郷……ランドネットの村に」
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