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バルビス公国への旅立ち

1 供物姫と呼ばれた姫君 1

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「なんとお労しい事でございましょう。殿下……」

「まさか、前王が寵愛なさっておられた姫君が……」

 明るい日差しが差し込む室内に、溢れんばかりの悲哀が漂う。柔らかな蜂蜜色の長い髪をハーフアップで結われ、豪奢な椅子に姿勢良く座った姫君がこの部屋の主だ。今やこの主の荷物はすっかりと片付けられ、こざっぱりとした室内には上質だが動きやすいドレスに身を包んだ姫君とそれを取り囲むように跪いている侍女達のみが取り残されていた。後はこの姫君がここを出るばかりなのだが…先程から王女付きの侍女達は、主人であるアールスト王国末姫シャイリー・ヨル・アールストの膝下に跪き、一向に動こうとはしなかった。
 
「もう時間でしょう?」

 シャイリーは宝石のような金の瞳をゆっくりと開き、側へ控える侍女達を見渡した。

「何を呑気にその様な事を…!」

 シャイリーの落ち着いた声を掻き消すように侍女は更にシャイリーに縋り付く。

「係の者を待たせてはいけないわ。さ…行きましょう?」

「姫さま!?」

「陛下とて最後にお声掛けもございませんでしたわ!」

 最後の子供であった末姫のシャイリーをこよなく可愛がっていたのは既に亡き前王だ。今は大勢の兄弟姉妹をまとめ上げる長兄が国王となって既に久しい。

「陛下とて公務がおありでしょう?」

 王族が多い故に起こる勢力分布と言うものがあり、例え血を分けた兄弟と言っても馴れ合えない場も多くある。本人達が望まぬ政略に巻き込まれないように兄弟間の距離を保つ事も時には必要で、国王となればその筆頭。末の姉妹の輿入れの出発時にわざわざ公務を放って会いになど来ないだろう事は予想済みだった。

「もう最後のご挨拶は済ませたのだから、さ、参りましょう?」

 心残りといえば、義姉にあたる国王の側妃の一人に挨拶ができなかった事だろうか。現国王の三番目の側妃ルシュルー・エルツ・アールストはこれからシャイリーが嫁ぐバルビス公国の出身であり、シャイリーが密かに姉として慕っていた妃でもある。シャイリーはこれから国の為にバルビス公国に嫁いで行くのだ。敬愛するルシュルーもそうしてこの国に嫁いで来たように。

 供物姫という立場である事を充分に理解して……








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