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127、約束の草原 2
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空は晴天。澄みきった空気はどこ迄も澄み渡り、何も遮る物がないかの様に遥か彼方まで見渡す事さえできる。ひとしきり降りきった雪は地表を白銀の世界へと変えてしまった。見る物全てがキラキラと新鮮で、どこを見渡しても決して見飽きる事さえない様に思える。そして凍った地表を巡る澄んだ空気ほど鋭く、身を刻むものはないという事をウリートは今身をもって初めて知った。
「ケホッ……ッコホッ」
冷たい空気が直接喉と肺を刺激して少し、咳が出る。澄んでるのが良くわかるのに、冷え切った空気が頬を掠めるたびにピリピリと痛いくらいに爪を立てていくのが不思議でならない。
「大丈夫か、ウリー?」
馬上では当然の様に一緒に乗っているヒュダルンが耳ざとくウリートの咳を聞き、厚手のマントの上から更に巻いたショールを口元まで引き上げてくれる。
今日の移動は馬車ではない。乗馬ができないウリートの為にヒュンダルンの愛馬が二人を運ぶ。人間の膝丈くらい覆ってしまうほどの積雪の中、しっかりと鍛え上げらた戦馬達は雪などものともせずに蹴散らしながら進んで行く。その様もまた巻き上げられた粉雪が日光に当たってキラキラと輝き、まるで魔法の粉を撒き散らしているかの如くにウリートには見える。
綺麗………
そう、雪景色の綺麗な事…間近に見てこなかったウリートには純粋に先程からこの感想で満たされている。
「ウリー?」
心配そうに顔を覗き込んでくるヒュンダルン。ウリートが死にそうになった時には死ぬほど心配しただろうに、今日はその心配を無理矢理何処かへ押しやって、ウリートの我儘とも言える行動に付き合ってくれている。
感謝しかない……
喋ると寒さで声が震えてしまいそうで、コクンと一つ頷いて答えてみせる。
確かに寒いは寒いのだが、マリエッテが可能な限り工夫を凝らし、保温性のある衣類を重ね着させられて厚手のマントを羽織り、腹や腰周りには温石入りという念の入れよう。はっきり言ってモコモコである。確かに寒いのだが、体の中心からはホコホコと温まる事ができる良い塩梅であった。
「婿殿!ウリート殿!どうですかな?ヒュンの馬の乗り心地は?」
大きな熊のようなゴーリッシュ侯爵ロンダルは、ヒュンダルンの愛馬よりも更に大きく逞しい馬を見事に駆って近づいてきた。その愛馬が蹴散らす粉雪も類を見ないほどの盛大さで、まるでロンダル侯爵の周囲だけブリザードか猛吹雪にでも見舞われている様にも見えて壮観ですらある。
「不安でしたら私の方に乗ったがいい。」
いつもの様なのんびりとした口調からはこれから捕物に行くとは思えない雰囲気だ。今日は件の盗賊狩りである。ウリートにしては初めての雪の中を馬を並べて闊歩するという状況は散歩や遠乗りピクニックなんじゃないかと勘違いしそうになって困るのだが、周囲の人々の装備が浮ついた考えを既に一掃してくれた。
「そうはいきませんよ、父上。ウリーは私が守りますので。」
そこはしっかりと認識していてもらわないと、とヒュンダルンはロンダル侯爵にしかと釘を刺した。
「しかしなぁ…もしもの時に、私の方がウリート殿を庇いやすいだろう?」
もしもの時……集中的に弓で狙われでもした場合、ロンダル侯爵の方が面積が大きい分盾になると言いたいらしい。
「それは困りますね?父上には母上を止めてもらうという役目がありますから。ただでさえ今日は人手を出し万全を期しています。万が一の場合は私が命をかけて守りますから。」
厚手のモコモコでもヒュンダルンの腕の中にスッポリと収まってしまう愛しいウリート…ヒュンダルンは誰にも触らせはしないと言う気迫を周囲に撒き散らしながら腕の中のウリートを抱え直す。
「うむ…そうか。ならば今日は悠々と構えているわけにはいかんな?リヤーナにも深追いはさせずに一気に片をつけさせよう。」
いつもなら、悠々と構えてリヤーナ夫人を見ているのですね?流石というか、この余裕は歴戦連勝の人の口からしか出ない様な気がします。
巡回し警戒線を張っていた騎士より賊の斥候と思わしき足跡をここ数日近辺で見かけていると報告が上がった。賊であるならば夜半に来るかと思いきや彼らは昼夜問わずなのだそうだ。こんな小さな村の住民が反抗したとしても大したことはない位に思っているのかもしれない。下手に反抗してきても皆殺しにされる恐怖を叩きつけてしまえば、賊もコソコソと隠れる必要さえもないのかもしれないのだが。
今日襲撃があるかは賭けであった。ウリートを夜半に連れ回すリスクが高い為に日中ならばという条件をヒュンダルンがつけた為、可能性が高いだろう今日を選んだ。
領主館からは一面白銀の世界が続く。けれどもヒュンダルンを先頭に行く騎士団は道を違えないらしい。目的の村はすっかりと葉を落としてしまった林をいくつか超えた所にあるという。
「ケホッ……ッコホッ」
冷たい空気が直接喉と肺を刺激して少し、咳が出る。澄んでるのが良くわかるのに、冷え切った空気が頬を掠めるたびにピリピリと痛いくらいに爪を立てていくのが不思議でならない。
「大丈夫か、ウリー?」
馬上では当然の様に一緒に乗っているヒュダルンが耳ざとくウリートの咳を聞き、厚手のマントの上から更に巻いたショールを口元まで引き上げてくれる。
今日の移動は馬車ではない。乗馬ができないウリートの為にヒュンダルンの愛馬が二人を運ぶ。人間の膝丈くらい覆ってしまうほどの積雪の中、しっかりと鍛え上げらた戦馬達は雪などものともせずに蹴散らしながら進んで行く。その様もまた巻き上げられた粉雪が日光に当たってキラキラと輝き、まるで魔法の粉を撒き散らしているかの如くにウリートには見える。
綺麗………
そう、雪景色の綺麗な事…間近に見てこなかったウリートには純粋に先程からこの感想で満たされている。
「ウリー?」
心配そうに顔を覗き込んでくるヒュンダルン。ウリートが死にそうになった時には死ぬほど心配しただろうに、今日はその心配を無理矢理何処かへ押しやって、ウリートの我儘とも言える行動に付き合ってくれている。
感謝しかない……
喋ると寒さで声が震えてしまいそうで、コクンと一つ頷いて答えてみせる。
確かに寒いは寒いのだが、マリエッテが可能な限り工夫を凝らし、保温性のある衣類を重ね着させられて厚手のマントを羽織り、腹や腰周りには温石入りという念の入れよう。はっきり言ってモコモコである。確かに寒いのだが、体の中心からはホコホコと温まる事ができる良い塩梅であった。
「婿殿!ウリート殿!どうですかな?ヒュンの馬の乗り心地は?」
大きな熊のようなゴーリッシュ侯爵ロンダルは、ヒュンダルンの愛馬よりも更に大きく逞しい馬を見事に駆って近づいてきた。その愛馬が蹴散らす粉雪も類を見ないほどの盛大さで、まるでロンダル侯爵の周囲だけブリザードか猛吹雪にでも見舞われている様にも見えて壮観ですらある。
「不安でしたら私の方に乗ったがいい。」
いつもの様なのんびりとした口調からはこれから捕物に行くとは思えない雰囲気だ。今日は件の盗賊狩りである。ウリートにしては初めての雪の中を馬を並べて闊歩するという状況は散歩や遠乗りピクニックなんじゃないかと勘違いしそうになって困るのだが、周囲の人々の装備が浮ついた考えを既に一掃してくれた。
「そうはいきませんよ、父上。ウリーは私が守りますので。」
そこはしっかりと認識していてもらわないと、とヒュンダルンはロンダル侯爵にしかと釘を刺した。
「しかしなぁ…もしもの時に、私の方がウリート殿を庇いやすいだろう?」
もしもの時……集中的に弓で狙われでもした場合、ロンダル侯爵の方が面積が大きい分盾になると言いたいらしい。
「それは困りますね?父上には母上を止めてもらうという役目がありますから。ただでさえ今日は人手を出し万全を期しています。万が一の場合は私が命をかけて守りますから。」
厚手のモコモコでもヒュンダルンの腕の中にスッポリと収まってしまう愛しいウリート…ヒュンダルンは誰にも触らせはしないと言う気迫を周囲に撒き散らしながら腕の中のウリートを抱え直す。
「うむ…そうか。ならば今日は悠々と構えているわけにはいかんな?リヤーナにも深追いはさせずに一気に片をつけさせよう。」
いつもなら、悠々と構えてリヤーナ夫人を見ているのですね?流石というか、この余裕は歴戦連勝の人の口からしか出ない様な気がします。
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今日襲撃があるかは賭けであった。ウリートを夜半に連れ回すリスクが高い為に日中ならばという条件をヒュンダルンがつけた為、可能性が高いだろう今日を選んだ。
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