[完]腐違い貴婦人会に出席したら、今何故か騎士団長の妻をしてます…

小葉石

文字の大きさ
126 / 135

127、約束の草原 2

しおりを挟む
 空は晴天。澄みきった空気はどこ迄も澄み渡り、何も遮る物がないかの様に遥か彼方まで見渡す事さえできる。ひとしきり降りきった雪は地表を白銀の世界へと変えてしまった。見る物全てがキラキラと新鮮で、どこを見渡しても決して見飽きる事さえない様に思える。そして凍った地表を巡る澄んだ空気ほど鋭く、身を刻むものはないという事をウリートは今身をもって初めて知った。

「ケホッ……ッコホッ」

 冷たい空気が直接喉と肺を刺激して少し、咳が出る。澄んでるのが良くわかるのに、冷え切った空気が頬を掠めるたびにピリピリと痛いくらいに爪を立てていくのが不思議でならない。

「大丈夫か、ウリー?」

 馬上では当然の様に一緒に乗っているヒュダルンが耳ざとくウリートの咳を聞き、厚手のマントの上から更に巻いたショールを口元まで引き上げてくれる。
 
 今日の移動は馬車ではない。乗馬ができないウリートの為にヒュンダルンの愛馬が二人を運ぶ。人間の膝丈くらい覆ってしまうほどの積雪の中、しっかりと鍛え上げらた戦馬達は雪などものともせずに蹴散らしながら進んで行く。その様もまた巻き上げられた粉雪が日光に当たってキラキラと輝き、まるで魔法の粉を撒き散らしているかの如くにウリートには見える。

 綺麗……… 

 そう、雪景色の綺麗な事…間近に見てこなかったウリートには純粋に先程からこの感想で満たされている。

「ウリー?」

 心配そうに顔を覗き込んでくるヒュンダルン。ウリートが死にそうになった時には死ぬほど心配しただろうに、今日はその心配を無理矢理何処かへ押しやって、ウリートの我儘とも言える行動に付き合ってくれている。

 感謝しかない……

 喋ると寒さで声が震えてしまいそうで、コクンと一つ頷いて答えてみせる。
 
 確かに寒いは寒いのだが、マリエッテが可能な限り工夫を凝らし、保温性のある衣類を重ね着させられて厚手のマントを羽織り、腹や腰周りには温石入りという念の入れよう。はっきり言ってモコモコである。確かに寒いのだが、体の中心からはホコホコと温まる事ができる良い塩梅であった。

「婿殿!ウリート殿!どうですかな?ヒュンの馬の乗り心地は?」

 大きな熊のようなゴーリッシュ侯爵ロンダルは、ヒュンダルンの愛馬よりも更に大きく逞しい馬を見事に駆って近づいてきた。その愛馬が蹴散らす粉雪も類を見ないほどの盛大さで、まるでロンダル侯爵の周囲だけブリザードか猛吹雪にでも見舞われている様にも見えて壮観ですらある。

「不安でしたら私の方に乗ったがいい。」

 いつもの様なのんびりとした口調からはこれから捕物に行くとは思えない雰囲気だ。今日は件の盗賊狩りである。ウリートにしては初めての雪の中を馬を並べて闊歩するという状況は散歩や遠乗りピクニックなんじゃないかと勘違いしそうになって困るのだが、周囲の人々の装備が浮ついた考えを既に一掃してくれた。

「そうはいきませんよ、父上。ウリーは私が守りますので。」

 そこはしっかりと認識していてもらわないと、とヒュンダルンはロンダル侯爵にしかと釘を刺した。

「しかしなぁ…もしもの時に、私の方がウリート殿を庇いやすいだろう?」

 もしもの時……集中的に弓で狙われでもした場合、ロンダル侯爵の方が面積が大きい分盾になると言いたいらしい。

「それは困りますね?父上には母上を止めてもらうという役目がありますから。ただでさえ今日は人手を出し万全を期しています。万が一の場合は私が命をかけて守りますから。」

 厚手のモコモコでもヒュンダルンの腕の中にスッポリと収まってしまう愛しいウリート…ヒュンダルンは誰にも触らせはしないと言う気迫を周囲に撒き散らしながら腕の中のウリートを抱え直す。

「うむ…そうか。ならば今日は悠々と構えているわけにはいかんな?リヤーナにも深追いはさせずに一気に片をつけさせよう。」

 いつもなら、悠々と構えてリヤーナ夫人を見ているのですね?流石というか、この余裕は歴戦連勝の人の口からしか出ない様な気がします。

 巡回し警戒線を張っていた騎士より賊の斥候と思わしき足跡をここ数日近辺で見かけていると報告が上がった。賊であるならば夜半に来るかと思いきや彼らは昼夜問わずなのだそうだ。こんな小さな村の住民が反抗したとしても大したことはない位に思っているのかもしれない。下手に反抗してきても皆殺しにされる恐怖を叩きつけてしまえば、賊もコソコソと隠れる必要さえもないのかもしれないのだが。
 今日襲撃があるかは賭けであった。ウリートを夜半に連れ回すリスクが高い為に日中ならばという条件をヒュンダルンがつけた為、可能性が高いだろう今日を選んだ。

 領主館からは一面白銀の世界が続く。けれどもヒュンダルンを先頭に行く騎士団は道を違えないらしい。目的の村はすっかりと葉を落としてしまった林をいくつか超えた所にあるという。












しおりを挟む
感想 95

あなたにおすすめの小説

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も皆の小話もあがります。 Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新! プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。 BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑) 本編完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 きーちゃんと皆の動画をつくりました! もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら! 本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

処理中です...