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66 亡国の姫君の恋煩い 4
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何度目かの打ち込みだろうか?王子の大きな気合の入った声と共に、騎士の頭部めがけて木刀が振り下ろされた。それは騎士の側頭部ギリギリを掠め、呆気なくも騎士の木刀で弾き飛ばされる。
「きゃあ!!」
シェリンは思いもよらなかっただろう。弾き飛ばされた木刀が自分の所に飛んでくるなんて…
飛んできた木刀は空を切りながらシェリンの横に落ちて行った。ビックリしてつい、はしたなくも大きな声を出してしまった。木刀はシェリンには当たらずに身体一つ分を開けて地に落ちている。
「誰だ!」
シェリンも驚いたのだだろうが、王子と騎士の方も同じだったのだろう。二人は勢いよくシェリンの方を向くと、騎士はそう声を張り上げた。
「女の子だ!」
怒声の次に聞こえた幼い声は王子だろう。やはり、子供っぽいとシェリンが思っている間に、件の騎士はシェリンの側まで歩いてきていた。
「お怪我は?」
見物者が少女と分かった時点で騎士は警戒を解いているらしい。見るからに少し慌てた様子でシェリンに近付いて来ては急いで跪き、シェリンの怪我の有無を確認している。
「だ、大丈夫です……」
気迫迫る精悍な騎士の気配から、困った様な心配した様な表情へと変わっている騎士。
「申し訳ありませんでした。人が居るとは思わず、私はマーテル・ハダートンです。お身体で痛むところはありませんね?」
ハダートン…侯爵家の者だ。茶色の瞳は純粋に心配そうで、こちらのご機嫌を伺ったり、騙そうなんていう気配はない。恐ろしさで少し震えていたシェリンの震えも完全に止まった…
恥ずかしいほど身をかたくしていた所を見られてしまい、居住まいを正そうとしてシェリンは気がついた。マーテルの金の髪から少し赤くなっている皮膚が見える。
(先程の打ち合いで、傷付いた?)
『残酷な王族の生き残り…』
心の中からする声を、シェリンはいつも否定したかった。
自分は人を傷付けたくない、奪いたく無い、悲しませたく無い…周りにいる人々が余りにも他人を気にせぬ発言をしていたからかもしれないが、自分は違う、と大きな声で言いたかったのだ。
「私は大事ありません。けれど、ハダートン様…こちらに傷が……」
そっと、シェリンは持っていたハンカチでハダートンの赤みを帯びた箇所を抑えた。
「レディ…!貴方のハンカチが汚れてしまいますよ?」
「構いませんわ。お痛みになります?」
シェリンは覗き込む様に傷を確かめようとする。
「ふ…ご安心ください。先ほどの打ち合いで掠めたのでしょう。大した事はありませんよ。それより…貴方様はベストク家のご令嬢ですね?今は茶会の途中だと思いますが、なぜこの様な所に?」
「…………あの場に、居ると息が詰まる様な気がしましたの。だから、人気のいない所を求めたら、ここに来ていました…」
「なるほど…それはご同情申し上げます。こんなにお優しいご令嬢であられるのだから、あの様な場には居ずらいでしょうね。」
……こんなにお優しい?…………
「わ、私はベストク家の者で…」
「はい。存じております。」
「……残酷な、王族の生き残り、と……」
シェリンのこの言葉に、本当に気が抜けた様なキョトンとしたハダートンが見つめ返す。
「口さがない者達の言葉ですね…それが如何しましたか?今の貴方は聖母の様に私めに接してくれていますが。あぁ、大切なハンカチが汚れてしまいましたね…」
少しだけハダートンの傷で汚れたハンカチを、申し訳なさそうにハダートンは見つめている。
「ハ、ハンカチなんて良いですわ!お役に立ててよろしゅうございました。こちらはもしや、王家のお庭ですの?」
「左様です。茶会の席までお送りいたしましょうか?」
今まで剣を打ち合って、少し衣類を着崩してしまっている姿で茶会の席に戻るのはいかがなものかと思うのだが、それでもハダートンはシェリンに対し、礼儀を尽くしてくれようとする。
「いいえ、結構ですわ。王家の敷地と知らずに入ってしまった私が悪いのですもの。ハダートン様もお勤めの最中でございましょう?ならば、お手は煩わせません。」
シェリンはスッとルシュルトに向かって礼を取ると、ハダートンにこう言った。
「お邪魔をしてしまって申し訳ありませんでした。それにお怪我まで……お詫びはまだ後日改めまして…」
「いいえ、構いません。こちらこそ公爵家のご令嬢に無礼を働きました。お叱りは後程いくらでも伺います。」
王子警護のため側を離れること叶わないハダートンはそれでも王家の庭の入り口までシェリンを送ってくれた。
他の者にはきっとわからないだろうとシェリンは思う。たった少しの距離であっても一緒に歩いたその一時が、それからもずっとシェリンの宝物になったという事を。
「きゃあ!!」
シェリンは思いもよらなかっただろう。弾き飛ばされた木刀が自分の所に飛んでくるなんて…
飛んできた木刀は空を切りながらシェリンの横に落ちて行った。ビックリしてつい、はしたなくも大きな声を出してしまった。木刀はシェリンには当たらずに身体一つ分を開けて地に落ちている。
「誰だ!」
シェリンも驚いたのだだろうが、王子と騎士の方も同じだったのだろう。二人は勢いよくシェリンの方を向くと、騎士はそう声を張り上げた。
「女の子だ!」
怒声の次に聞こえた幼い声は王子だろう。やはり、子供っぽいとシェリンが思っている間に、件の騎士はシェリンの側まで歩いてきていた。
「お怪我は?」
見物者が少女と分かった時点で騎士は警戒を解いているらしい。見るからに少し慌てた様子でシェリンに近付いて来ては急いで跪き、シェリンの怪我の有無を確認している。
「だ、大丈夫です……」
気迫迫る精悍な騎士の気配から、困った様な心配した様な表情へと変わっている騎士。
「申し訳ありませんでした。人が居るとは思わず、私はマーテル・ハダートンです。お身体で痛むところはありませんね?」
ハダートン…侯爵家の者だ。茶色の瞳は純粋に心配そうで、こちらのご機嫌を伺ったり、騙そうなんていう気配はない。恐ろしさで少し震えていたシェリンの震えも完全に止まった…
恥ずかしいほど身をかたくしていた所を見られてしまい、居住まいを正そうとしてシェリンは気がついた。マーテルの金の髪から少し赤くなっている皮膚が見える。
(先程の打ち合いで、傷付いた?)
『残酷な王族の生き残り…』
心の中からする声を、シェリンはいつも否定したかった。
自分は人を傷付けたくない、奪いたく無い、悲しませたく無い…周りにいる人々が余りにも他人を気にせぬ発言をしていたからかもしれないが、自分は違う、と大きな声で言いたかったのだ。
「私は大事ありません。けれど、ハダートン様…こちらに傷が……」
そっと、シェリンは持っていたハンカチでハダートンの赤みを帯びた箇所を抑えた。
「レディ…!貴方のハンカチが汚れてしまいますよ?」
「構いませんわ。お痛みになります?」
シェリンは覗き込む様に傷を確かめようとする。
「ふ…ご安心ください。先ほどの打ち合いで掠めたのでしょう。大した事はありませんよ。それより…貴方様はベストク家のご令嬢ですね?今は茶会の途中だと思いますが、なぜこの様な所に?」
「…………あの場に、居ると息が詰まる様な気がしましたの。だから、人気のいない所を求めたら、ここに来ていました…」
「なるほど…それはご同情申し上げます。こんなにお優しいご令嬢であられるのだから、あの様な場には居ずらいでしょうね。」
……こんなにお優しい?…………
「わ、私はベストク家の者で…」
「はい。存じております。」
「……残酷な、王族の生き残り、と……」
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「口さがない者達の言葉ですね…それが如何しましたか?今の貴方は聖母の様に私めに接してくれていますが。あぁ、大切なハンカチが汚れてしまいましたね…」
少しだけハダートンの傷で汚れたハンカチを、申し訳なさそうにハダートンは見つめている。
「ハ、ハンカチなんて良いですわ!お役に立ててよろしゅうございました。こちらはもしや、王家のお庭ですの?」
「左様です。茶会の席までお送りいたしましょうか?」
今まで剣を打ち合って、少し衣類を着崩してしまっている姿で茶会の席に戻るのはいかがなものかと思うのだが、それでもハダートンはシェリンに対し、礼儀を尽くしてくれようとする。
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