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9 二人離れて
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「分かった、コアット。約束しよう。」
出来得る限りで死なない様に、自分の命を差し出さなくても良い様な契約が結べれば御の字だ。
「ヨシット、頼みがある…」
そのままレギル王子はヨシットに視線を移す。
「断わる…!」
「ヨシット……」
バッとレギル王子から一気に視線を外す様にヨシットは身体ごとそっぽを向いた。騎士としてはあるまじき態度である。が、ヨシットにも譲れないものは譲れない……
「最後まで、お前と共にいる事を誓ってここにきた。臣下とか、そんな物の為だけじゃなくて、友を一人で戦地に行かせる様な事したくなかったからだ…」
「ヨシット、お前がな…これから守り連れて帰るのは国の希望となる物だ。」
マラールの静かな言葉が森に響く。
「国が傾く程の災害に疫病だ。その一つなりとも沈静化させる事はレギル王子の負担を大幅に減らせる事になるのだぞ?」
そんな事はヨシットも十分に分かっている。わかり過ぎているくらいに…それでも気持ちに区切りがつかない…ここで生涯の友とも呼べる者を呆気なく亡くしてしまうかもしれなかったから。こんな事の為に自分の剣技に磨きをかけてきたわけじゃない、友の窮地を命を救えなくて何が騎士だ!致し方なく、友が最後を望むのならば、一緒に足掻き散っていきたい…その覚悟ならば出来ていると言うのに…
「ヨシット……お前が、王子の為に死ぬ覚悟は出来ていると言うのなら、王子の為に、生きる覚悟をせんか…!」
グッと拳を握るヨシット…
「ヨシット…恥ずかしながら、私は自分の身を守る術に長けていなくて…出来れば、確実にこれをカシュクールに届けたい…国で苦しんで今も待っていてくれている者の為にも君の力を貸してくれないかい?ここまで来て、悔しいのは私も一緒だよ……!」
先程からしゃがみ込んだまま、薬草を摘み選別していたコアットは作業を止めないままヨシットに話しかける。ギュッと引き結ばれた口やグッと寄せられた眉は彼の中で耐えているものの大きさを表していた。
「我が友……ヨシット…」
レギル王子は後ろから、ガッチリとした騎士らしいヨシットの肩に腕を回して抱きしめた。
「君に、この重要な任務を任せられる事を心から誇りに思う。君だったら薬草が痛まないうちに、コアットと共に国に着けると信じてるよ。」
「安心せい、ヨシット。この老いぼれでも王子の身代わりくらいにはなれる。だから王子の事は心配せんで、急ぎなさい…」
ヨシットは下を向いたまま胸に手を当て一つのネックレスを取り出した。
「レギル…これを…」
小さなヘッドが付いている可愛らしいネックレスだ。
「…これは?」
「…スザンカのだ。」
「妹か?」
幼い頃は何度か顔を見たことがある。ここ数年不況続きで王城でも社交が開かれてこなかった。本当なら綺麗に着飾ったドレスを着て、婚約者にエスコートをされて毎夜開かれるパーティーに足を運んでいる年頃の娘になっているはず…
「……今………病床でな……出立前にこれを届けてくれた…」
その小さなネックレスヘッドの中に、彼女の小さな字で、いつまでもお元気で、と書いてある。
「何の、病なんだ?」
「疫病ですよ…王子…」
ヨシットの代わりにコアットが答える。
「え…?」
「私の、診療所に先日運ばれてきました…」
疫病が出てしまえば、患者は自宅で過ごすことができなくなる。決められた診療所に運ばれてそこで療養をする。貴族も平民もこれに変わりは無かった。
「なぜ……?なぜ、出立前に言わなかった!?知っていれば、お前を選ばなかったのに!」
疫病の勢力は異常に強い…レギル王子と国を出てしまえば、妹が苦しんでいる時にも会えず、もしや臨終の時も間に合わないかもしれない…それなのに…ヨシットは一言もそんな事は言わなかった。
「何を言っているんだか…公務に私情はご法度でしょう?俺も、貴方も……」
レギル王子はヨシットがそっと渡して来たスザンカのネックレスを受け取り、優しく握りしめた。
「お守りがわりです。スザンカや俺の祈りも入っていますからね?」
そう言ってから、レギル王子の正面にヨシットは膝をつく…そしてもう一度忠誠を誓うべく、レギル王子の手の甲に唇を落とした。
「お帰りを、心よりお待ちいたします…王子…」
そのまま立ち上がり礼を取ると、コアットの元で薬草をまとめ始める。
「コアットを頼んだ!ヨシット…!また、会おう!」
別れを告げた王子はそのまま後ろを振り返らずにマラールと共に更に奥へと進んでいく。
"モール殿…出来れば彼らに帰国の道標を…"
頼めるものでないとも思うが、ここまでは精霊門で移動して来た。ここからどこに進んだら良いのか彼らにもわからないだろうから…
"承知した…愛子よ…この先、良い出会いとなると良いな…"
姿はなくとも聞き入れてくれた様だ…ヨシットの渡してくれたスザンカのペンダントを握りしめ、ホッと安堵の息を吐く…そう、この先に、求めている龍がいる。天災と疫病を何としても鎮めてもらわなくてはならない。何を対価に求められるのか、それは分からないけれど……
曲がりくねる道は続く…未だかつてここまで人が入った事がないのだろう…未知の出会いに高鳴る心を鎮めて、レギル王子は先に進んだ。
出来得る限りで死なない様に、自分の命を差し出さなくても良い様な契約が結べれば御の字だ。
「ヨシット、頼みがある…」
そのままレギル王子はヨシットに視線を移す。
「断わる…!」
「ヨシット……」
バッとレギル王子から一気に視線を外す様にヨシットは身体ごとそっぽを向いた。騎士としてはあるまじき態度である。が、ヨシットにも譲れないものは譲れない……
「最後まで、お前と共にいる事を誓ってここにきた。臣下とか、そんな物の為だけじゃなくて、友を一人で戦地に行かせる様な事したくなかったからだ…」
「ヨシット、お前がな…これから守り連れて帰るのは国の希望となる物だ。」
マラールの静かな言葉が森に響く。
「国が傾く程の災害に疫病だ。その一つなりとも沈静化させる事はレギル王子の負担を大幅に減らせる事になるのだぞ?」
そんな事はヨシットも十分に分かっている。わかり過ぎているくらいに…それでも気持ちに区切りがつかない…ここで生涯の友とも呼べる者を呆気なく亡くしてしまうかもしれなかったから。こんな事の為に自分の剣技に磨きをかけてきたわけじゃない、友の窮地を命を救えなくて何が騎士だ!致し方なく、友が最後を望むのならば、一緒に足掻き散っていきたい…その覚悟ならば出来ていると言うのに…
「ヨシット……お前が、王子の為に死ぬ覚悟は出来ていると言うのなら、王子の為に、生きる覚悟をせんか…!」
グッと拳を握るヨシット…
「ヨシット…恥ずかしながら、私は自分の身を守る術に長けていなくて…出来れば、確実にこれをカシュクールに届けたい…国で苦しんで今も待っていてくれている者の為にも君の力を貸してくれないかい?ここまで来て、悔しいのは私も一緒だよ……!」
先程からしゃがみ込んだまま、薬草を摘み選別していたコアットは作業を止めないままヨシットに話しかける。ギュッと引き結ばれた口やグッと寄せられた眉は彼の中で耐えているものの大きさを表していた。
「我が友……ヨシット…」
レギル王子は後ろから、ガッチリとした騎士らしいヨシットの肩に腕を回して抱きしめた。
「君に、この重要な任務を任せられる事を心から誇りに思う。君だったら薬草が痛まないうちに、コアットと共に国に着けると信じてるよ。」
「安心せい、ヨシット。この老いぼれでも王子の身代わりくらいにはなれる。だから王子の事は心配せんで、急ぎなさい…」
ヨシットは下を向いたまま胸に手を当て一つのネックレスを取り出した。
「レギル…これを…」
小さなヘッドが付いている可愛らしいネックレスだ。
「…これは?」
「…スザンカのだ。」
「妹か?」
幼い頃は何度か顔を見たことがある。ここ数年不況続きで王城でも社交が開かれてこなかった。本当なら綺麗に着飾ったドレスを着て、婚約者にエスコートをされて毎夜開かれるパーティーに足を運んでいる年頃の娘になっているはず…
「……今………病床でな……出立前にこれを届けてくれた…」
その小さなネックレスヘッドの中に、彼女の小さな字で、いつまでもお元気で、と書いてある。
「何の、病なんだ?」
「疫病ですよ…王子…」
ヨシットの代わりにコアットが答える。
「え…?」
「私の、診療所に先日運ばれてきました…」
疫病が出てしまえば、患者は自宅で過ごすことができなくなる。決められた診療所に運ばれてそこで療養をする。貴族も平民もこれに変わりは無かった。
「なぜ……?なぜ、出立前に言わなかった!?知っていれば、お前を選ばなかったのに!」
疫病の勢力は異常に強い…レギル王子と国を出てしまえば、妹が苦しんでいる時にも会えず、もしや臨終の時も間に合わないかもしれない…それなのに…ヨシットは一言もそんな事は言わなかった。
「何を言っているんだか…公務に私情はご法度でしょう?俺も、貴方も……」
レギル王子はヨシットがそっと渡して来たスザンカのネックレスを受け取り、優しく握りしめた。
「お守りがわりです。スザンカや俺の祈りも入っていますからね?」
そう言ってから、レギル王子の正面にヨシットは膝をつく…そしてもう一度忠誠を誓うべく、レギル王子の手の甲に唇を落とした。
「お帰りを、心よりお待ちいたします…王子…」
そのまま立ち上がり礼を取ると、コアットの元で薬草をまとめ始める。
「コアットを頼んだ!ヨシット…!また、会おう!」
別れを告げた王子はそのまま後ろを振り返らずにマラールと共に更に奥へと進んでいく。
"モール殿…出来れば彼らに帰国の道標を…"
頼めるものでないとも思うが、ここまでは精霊門で移動して来た。ここからどこに進んだら良いのか彼らにもわからないだろうから…
"承知した…愛子よ…この先、良い出会いとなると良いな…"
姿はなくとも聞き入れてくれた様だ…ヨシットの渡してくれたスザンカのペンダントを握りしめ、ホッと安堵の息を吐く…そう、この先に、求めている龍がいる。天災と疫病を何としても鎮めてもらわなくてはならない。何を対価に求められるのか、それは分からないけれど……
曲がりくねる道は続く…未だかつてここまで人が入った事がないのだろう…未知の出会いに高鳴る心を鎮めて、レギル王子は先に進んだ。
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