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25 オレイン公
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夜明けを待たずオレイン公の領地へ向けて早馬が出発した。オレイン公サンスルトはカシュクール国王ギルダインと10歳離れた実の弟に当たる。現在32歳になるが未だ独身を貫き通し、与えられた領地へ引きこもっていると言ってもいいほど王城に姿を見せるのは珍しい事であった。
レギル王子が生まれる前までは同じく王城にて生活をしていたのだが、ある事が王妃に暴かれ城を追われたとも噂される人物だ。
王からの手紙には王位継承権第二位の務めを果たす様に書かれているが、これをオレイン公がどう捉えるかが王妃にとっては頭の痛いところであった。
国の危機が去った中で次に考えなければならないのが後継者を立てる事。しかし、レギル王子が出奔、国を出てしまっていてはその生死も分からなくなる。よって、早急に次期国王の席を立てておく必要もあるわけで、第二継承権を持つオレイン公が呼ばれる流れとなる。
「兄上!!お会いしとうございました!!」
いくら早馬で手紙を出したのは早朝といえども、その日の夜半には既に王城へ着いていると言うオレイン公の対応の早さ、行動力に王妃は舌を巻く。
オレイン公は王の私室への入室が許されると臣下の礼も取らずにつかつかと国王に歩み寄り、その手を取って甲に口付けを落とした。
「お前は、暫く離れていたと言うのに変わらないな…」
10歳も離れたただ一人の兄弟という事で国王もつい甘く接して来てしまった節はある。今も礼儀作法によれば無礼に当たるのだが、国王はそれを責めもせずに優しく受け流すだけ。
「はい。久しぶりに兄上のご尊顔を拝せると思いましたら馬を止めることなどできようはずもございません。」
「驚いた。休みなく走って来たのか?」
「勿論にございます。」
王族自らが早馬の如く真似をして、昼夜休みも取らずに道を疾走してくる様は、それこそ国民に何事かと思わせてしまうだろうに。
王妃の表情は最早呆れ顔だ。
「何にも増して、兄上の言い付けが全てにございますから…」
サンスルトは国王ギルダインしか見ていない。同室に王妃も同席しているのだが、ほぼ目にも入っていない様子だ。昔から、こうなのだ。王妃レイチェルとの婚約が決まっても、実際に結婚してもこの兄弟の距離は変わらない。サンスルトは実の兄であるにもかかわらず国王を愛して止まないと公言していたし、国王も国王でそれを否定も諫めもしてこなかった。結果国王の居室の寝台で兄弟で寝ている所を王妃に目撃されることになってしまったわけだが…そうであっても決して怯まず慌てず、王妃の座を揺るがさないように対応して来た王妃レイチェルの手腕に陰ながら拍手喝采を送っている臣下は少なくない。
国王ギルダインからしてみたらサンスルトは可愛い弟から逸脱はしておらず、愛着や愛情であるならば王妃レイチェルに向かっている。が、弟可愛いさのあまりに、少年の域を脱したばかりのサンスルトから真剣に言い寄られてはこれも無碍には出来ぬ、と兄の情からサンスルトの相手していたに過ぎなかった。王妃レイチェルは十分にそれを理解し、納得していた為国王が下す決断のほか何も求めなかった。
が、レギル王子が居ない今、サンスルトが次期国王候補として公務する。城にも留まるようになる為に些か王妃の心中は穏やかではあるまい。
「ご苦労ですね。オレイン公。急な呼び出しの為お疲れでしょう。国王もまだ本調子ではありませんの。今日はこれくらいにしてお二方ともお休みくださいませ。」
「おられたのですね?義姉上。私にはお構いなくどうぞ先に休まれてください。何分、離れていた期間が長いのです。兄上には無理をさせませんよ?ゆっくりとお休みになっていただいて構いません。少しだけ、休まれている兄上のお顔を見てから下がりますので。」
「オレイン公…ここは王の私室ですのよ?兄弟間の云々は通用しませんわね?」
王と臣下、親子であっても兄弟であっても立場の違いはある。若かりし頃のようにベッドで昔語りをする様な気安い間柄ではないだろうに…とため息が出てしまう程、呆れた会話になってしまった事を王妃は心の中で独りごちる。
「いえ、だからこそです!国が大変であった時に私とて自身の領地を守るので手一杯でございました。兄上には何もして差し上げられず、この様においたわしく成られても励ますこともできずに…どれだけ私がヤキモキしていたか……!」
うっすらと涙まで浮かべて訴える様に王妃レイチェルはやや冷たい視線を送ってやり過ごす。ただ国王だけは、そんなに心配かけてしまったのか、とやや感慨深げに肯いていた。
「兄上、やっとお側に呼んでもらえたのです。お体が回復しますまで、私をお側に置いてくださいませ…!」
「……ふぅっ……オレイン公。貴方は皇太子レギルの名代です!そんな大切なお体の方に付きっきりの看病をさせるなど許されるはずがないでしょう。精霊の愛子レギル役の貴方が不十分と知れたら、シェルツェインにお叱りを受けてしまいかねませんよ!」
「なっ…」
オレイン公とてカシュクールの王族の一人で、精霊を敬う心はどの国民にも負けてはいない。我を通したいのは山々だが、兄を思えばこそ、国を揺るがす精霊の不興など買いたくはない…渋々といった趣で、オレイン公は国王の私室から辞した。
「クックックッ……レイチェル…君の手腕は衰えていないね……」
「……………恐れ多いですわ……」
オレイン公去った国王私室からはその夜、いつまでも楽しそうな王の笑い声が響いていた…
レギル王子が生まれる前までは同じく王城にて生活をしていたのだが、ある事が王妃に暴かれ城を追われたとも噂される人物だ。
王からの手紙には王位継承権第二位の務めを果たす様に書かれているが、これをオレイン公がどう捉えるかが王妃にとっては頭の痛いところであった。
国の危機が去った中で次に考えなければならないのが後継者を立てる事。しかし、レギル王子が出奔、国を出てしまっていてはその生死も分からなくなる。よって、早急に次期国王の席を立てておく必要もあるわけで、第二継承権を持つオレイン公が呼ばれる流れとなる。
「兄上!!お会いしとうございました!!」
いくら早馬で手紙を出したのは早朝といえども、その日の夜半には既に王城へ着いていると言うオレイン公の対応の早さ、行動力に王妃は舌を巻く。
オレイン公は王の私室への入室が許されると臣下の礼も取らずにつかつかと国王に歩み寄り、その手を取って甲に口付けを落とした。
「お前は、暫く離れていたと言うのに変わらないな…」
10歳も離れたただ一人の兄弟という事で国王もつい甘く接して来てしまった節はある。今も礼儀作法によれば無礼に当たるのだが、国王はそれを責めもせずに優しく受け流すだけ。
「はい。久しぶりに兄上のご尊顔を拝せると思いましたら馬を止めることなどできようはずもございません。」
「驚いた。休みなく走って来たのか?」
「勿論にございます。」
王族自らが早馬の如く真似をして、昼夜休みも取らずに道を疾走してくる様は、それこそ国民に何事かと思わせてしまうだろうに。
王妃の表情は最早呆れ顔だ。
「何にも増して、兄上の言い付けが全てにございますから…」
サンスルトは国王ギルダインしか見ていない。同室に王妃も同席しているのだが、ほぼ目にも入っていない様子だ。昔から、こうなのだ。王妃レイチェルとの婚約が決まっても、実際に結婚してもこの兄弟の距離は変わらない。サンスルトは実の兄であるにもかかわらず国王を愛して止まないと公言していたし、国王も国王でそれを否定も諫めもしてこなかった。結果国王の居室の寝台で兄弟で寝ている所を王妃に目撃されることになってしまったわけだが…そうであっても決して怯まず慌てず、王妃の座を揺るがさないように対応して来た王妃レイチェルの手腕に陰ながら拍手喝采を送っている臣下は少なくない。
国王ギルダインからしてみたらサンスルトは可愛い弟から逸脱はしておらず、愛着や愛情であるならば王妃レイチェルに向かっている。が、弟可愛いさのあまりに、少年の域を脱したばかりのサンスルトから真剣に言い寄られてはこれも無碍には出来ぬ、と兄の情からサンスルトの相手していたに過ぎなかった。王妃レイチェルは十分にそれを理解し、納得していた為国王が下す決断のほか何も求めなかった。
が、レギル王子が居ない今、サンスルトが次期国王候補として公務する。城にも留まるようになる為に些か王妃の心中は穏やかではあるまい。
「ご苦労ですね。オレイン公。急な呼び出しの為お疲れでしょう。国王もまだ本調子ではありませんの。今日はこれくらいにしてお二方ともお休みくださいませ。」
「おられたのですね?義姉上。私にはお構いなくどうぞ先に休まれてください。何分、離れていた期間が長いのです。兄上には無理をさせませんよ?ゆっくりとお休みになっていただいて構いません。少しだけ、休まれている兄上のお顔を見てから下がりますので。」
「オレイン公…ここは王の私室ですのよ?兄弟間の云々は通用しませんわね?」
王と臣下、親子であっても兄弟であっても立場の違いはある。若かりし頃のようにベッドで昔語りをする様な気安い間柄ではないだろうに…とため息が出てしまう程、呆れた会話になってしまった事を王妃は心の中で独りごちる。
「いえ、だからこそです!国が大変であった時に私とて自身の領地を守るので手一杯でございました。兄上には何もして差し上げられず、この様においたわしく成られても励ますこともできずに…どれだけ私がヤキモキしていたか……!」
うっすらと涙まで浮かべて訴える様に王妃レイチェルはやや冷たい視線を送ってやり過ごす。ただ国王だけは、そんなに心配かけてしまったのか、とやや感慨深げに肯いていた。
「兄上、やっとお側に呼んでもらえたのです。お体が回復しますまで、私をお側に置いてくださいませ…!」
「……ふぅっ……オレイン公。貴方は皇太子レギルの名代です!そんな大切なお体の方に付きっきりの看病をさせるなど許されるはずがないでしょう。精霊の愛子レギル役の貴方が不十分と知れたら、シェルツェインにお叱りを受けてしまいかねませんよ!」
「なっ…」
オレイン公とてカシュクールの王族の一人で、精霊を敬う心はどの国民にも負けてはいない。我を通したいのは山々だが、兄を思えばこそ、国を揺るがす精霊の不興など買いたくはない…渋々といった趣で、オレイン公は国王の私室から辞した。
「クックックッ……レイチェル…君の手腕は衰えていないね……」
「……………恐れ多いですわ……」
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