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"風を呼び、我が目を開け"

 致し方なし!レギル王子は精霊魔法を使う。上空から一陣の風が吹き降りて来て天幕前の広場一帯の砂埃を一度に吹き飛ばした。

「きゃああああ!」

「うわぁぁぁぁぁ!!」

 その風に吹き飛ばされまいと建物や支柱に掴まる人々に、倒れ踞る人々、泣いている子供に、離れてしまった子どもを探す母親の悲鳴の様な声……その人々の中にボツ、ボツと黒や茶色、黄色の影が動き回るのが見える。

 あれか………いざとなれば、馬も彼らの餌食となる。標的にされる前に逃さなければならない。レギル王子は腰の剣を抜き近場の猛獣に狙いを定めた。

「猛獣使いはどこだ!?」

「無理ですぜ!旦那!この混乱の中で誰がどこにいるかなんてわかんねぇよ!!」

「ちっ!仕方がない!一頭一頭仕留める!出来る事なら、猛獣を宥めてくれ!」

 駄目ならば全て殺すしかなくなる…これだけの騒ぎだ国境警備隊も町の自警団ももう気がついている事だろう…被害が出ないうちに全てを終わらさなければ…

「森に、逃げるな!!建物の中に入り、鍵を閉めよ!!」

 レギル王子は人々をかき分けながら、森ではなく建物の中へ籠れと声をかけつつ進みゆく。

 出来れば、殺したくはない…!

 注意深く猛獣から目を離さずに近づけば、彼らは右往左往しているが人間を襲ってはいない…そればかりか、これだけの人々に恐れをなして自ら逃げる所を探している様にも見える。けれどもいつ、その凶暴な本能で人々を襲うかもしれない。人々の興奮に当てられて野生の本能剥き出しに襲いかかってきても不思議ではない状態だ。
 
 猛獣と目が合う…

 ここまでだ…!レギル王子は馬を降り、思い切りその尻を打つ!

 ヒヒィィィン!と一鳴きし、猛獣とは反対の方へと馬は走っていく。視界の端でそれを確認してから剣の柄を握り直し、猛獣へと向かって歩みだす。

 一太刀で勝負を決めなければ、こちらが取られる……呼吸を整えているレギル王子からはきっと殺気が漏れ出していたに違いない。

"待って、殺さないで…"

 ビクッとレギル王子の肩が大きく揺れた…
この場で精霊語で語りかけて来る者がいるとは思わず……

"精霊?何処に?殺すなとは、どうしてだ?"

"彼らは、帰る所が分からなくなってるだけなんだよ。人を傷つけない様にあるから…"

 命じて、る…?この、声は…?
なんで、気がつかなかった?この声に覚えがあるじゃないか!!

"リレラン!!ラン!!どこにいるんだ?"

 まさか、と思った。町中に龍が?そんな事が起こったら大混乱がおきる。

"ラン!どこにいるんだ!返事をしてくれ"

「きゃぁぁぁぁ!」

 天幕から逃げて来たであろうと思われる女性がすぐ近くにいる猛獣に驚き、叫びを上げた。

「ガァアアアアアア!」

 猛獣もそれに答え、威嚇の声を上げる!

「いやぁぁあ!」

「うわあぁぁぁぁぁあ!」

 自制を無くした人々が一瞬にして統率も無く動きを速めたものだからレギル王子は思うように進めない…!

「建物の中に入れ!!建物だ!森へ行くな!!」

 レギル王子は人々をかき分けてやっと猛獣の前に立った。

"ラン!どこにいる?猛獣がここから動かないならば、打たなければならなくなる!"

 猛獣から視線を外さず、人々を誘導し、尚且つリレランを呼ぶレギル王子。直ぐにでもリレランの姿を確認したくて堪らないのに、姿がない……レギル王子は子供が親を呼ぶ様にリレランを呼び続けた。

"ラン!!どこだ!ラン!!"

 森へ行こうとする猛獣も森には人々が多くて躊躇しており、ウロウロとしながら猛獣達は所在投げに集まり出した…

"ラン!!リレラン…頼む!!"

 お前に、会いたい…!!

 ピィィィィィィィーーーーーーー

 警備隊の警笛だ!これだけの騒ぎになったのだから猛獣達は殺処分されてもおかしくはない…

「人間達を森から出して?猛獣達を森へ帰すから…」

 とん………と軽く肩を叩かれた…フワリと軽くレギル王子の横を通り過ぎていくフードを被った1人の少年らしき体格の人物が目に映る。

「待て!1人では!」

 何ができると言うんだ!!手練れの大人でもこれだけの猛獣を相手には何人も人をかき集めてこなければならないだろうに!

「死にに行く様なものだぞ!!」 
 
 レギル王子は叫びながら猛獣に向かっていく少年を追う…

「大丈夫…僕が話してくるから、人間達の方は、人間の王子がして?」

「何を…?する気だ……?」

 いや、まさか……フードを被っているのはどう見ても人間の少年の域を出ていなさそうな細身の子供だ。顔の表情等は全てフードの中で確認が取れない…

 けれど……そんな………

 その人物はレギル王子が王子である事を知っている…!?今回は非公式のために周辺国には通達されていないはず……

「止まれ!!それぞれそこを動くな!!」

「は?」

 警笛を鳴らしながら近付いてくる騎士達は物凄く無謀な事を言った… まだ逃げ惑い混乱している人々がいると言うのに動くなとは!

「早く、人間の事は人間がするのが良いだろう?僕は、あの子達に家に帰る様に誘導するから。人間が森にいると、彼らが入れないんだよ…だから人間を森から出して?できるだろう?人間の王子?」

 手を、伸ばせばそこに…レギル王子の求めていたリレランが……?まさか、君が…?

「……ラン……!?」

 実際に伸ばした手は、スルリと交わされてしまって……

「人間の王子、僕が頼んだ事、できる?」

 人間の言葉を話してそこにいるリレランに物凄い奇跡を見ている様な気さえするレギル王子は、リレランに対価を払いにここまで来たんだ。
 それを考えたならば、否、など言えるはずがなかった……
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