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6 学園
しおりを挟む貴族子女が入るほぼ全寮制の学園は王都中央を外れた小高い丘の上にある。
全寮制を謳ってはいるが、あれやこれやと子女の所用を熟す為、出入り際に厳しい身体チェックがあるだけで侍従や侍女は基本出入り自由である。
学園と言ってもほぼ裕福な家の者の出で基礎学力は自宅で雇う家庭教師により優に賄えている者ばかり。ここに入る者は自分の道を極める為に更なる勉学に励むものか、社交を学ぶ社会勉強のためと言えよう。
成人した暁には、領土の運営、法の遵守、他領との円滑な取引に駆け引き、有力な人材との繋がり、婚約者の選定、スマートな男女の作法など、貴族であれば熟さなければならない社交事情の箱庭版である。
期間は成人前の1年間。ここを卒業とともに成人と認められる。
スロウル、ルウアも例外でなくこの学園入学対象として名を連ねていた。
******
「行って参りますわ。お母様、お父様。」
朝の清々しい空気の中でしばしの別れを両親に告げるルウア。
昨日思いもよらず、あの皇太子が面会に来たからだろうか、ルウアの表情もさして暗くは無い。
リュジオン皇太子は成人してしまっている為、実質1年間は公式の催し以外ではルウアは会えない事になる。
酷く落ち込んでしまっていたらと心配をしていたが、無用の長物だった様だ。
ルウアが挨拶をしている所から数歩下がり静かに礼を取る使用人の中にスロウルも居る。
「体に気をつけて頑張りなさい。」
「はい。」
「ルウア、また直ぐに帰ってこれるわ。スロウル、母上様にご挨拶は?」
「はい。今朝方済ませております。」
アリーヤ公爵夫人の問いに頭を下げたまま答え、使用人の域を出ようとしないスロウルに、アリーヤ公爵夫人も困り顔。
いつもの事だ。このままで良い。
「ルウア様、お時間です。」
午前中には入寮式がある。ゆっくりと別れを惜しんでも居られない。
スッと手を出しルウアをエスコートする。
学びに行く為、ルウアは華美なものを身につけては居ないが、スッと立つ姿は母であるアリーヤ公爵夫人に酷似しており凛とした気品がある。ルウアの内から滲み出るようなこの気品はルウアならでは、幼い頃から変わらないもの。
スロウルは眩しそうに目を細めた。
「スロウル…参りましょうか?」
困惑気味にスロウルの名を呼ぶルウアに、スロウルはそれは満足気な満面の笑顔で答える。
「はい、喜んでお供しますよ。学園でも私が居りますからなんなりと…」
美しく大好きな兄の顔。離されているよりは近くに居てくれる方がもちろん嬉しい。
本当の兄妹なのに兄妹よりも遠いこの距離にいつも胸が詰まってしまう。
きっとルウアは複雑そうな顰めた顔をしていたのだろう。クスッとスロウルに笑われてしまった。
大好きな兄がそのつもりなら、この時ばかりはしゃんとしないと、ルウアはいつも以上に立ち振る舞いに気をつけて、優雅に礼を持って公爵家を後にした。
******
「ご機嫌よう。ルウア様。」
「ご機嫌よう、マリージェンヌ様。」
3大侯爵家スレントル公爵の姪御に当たるマリージェンヌはゆっくりと歩を進めてきた。
「相変わらずにスロウル様のお姿は麗しいですわね。」
うっとりと眺めて居るマリージェンヌに、スロウルは目礼で答えるがこれだけでは彼女の気が済まなかったらしい。
「スロウル様は何時も夜会にはご出席なさらないし、どなたのお誘いの席にもお答えにはなりませんでしょう?だから学園に入られるのを今か今かと待っておりましたのよ?」
「そうなんですの?スロウルにそんなにお誘いなんか来ていたかしら?」
同じ公爵邸に住んでいるのだからそんなに手紙をもらって居るなら誰かの耳にも入るだろうに?
「私への手紙は旦那様が受け取っていたんでは無いでしょうか?」
「お父様?」
「あぁ、残念ですわ。公爵様がダメといえばご本人に伝わるはずはありませんわね…でもこれから一緒の日々を送るのですから是非、お茶をご一緒してくださいませね。」
「残念ですが、レディ。私は此処へルウア様の侍従として参っております。ルウア様がご出席なさるのならばその席にてお会いいたしましょう。」
ニッコリと綺麗な笑顔を見せられて、マリージェンヌがスロウルの笑顔に呆けている間にスロウルはルウアと共にその場を立ち去った。
明日からはきっとルウアの所へ茶会の誘いがひっきりなしに届くだろう。それも、ルウアが楽しめるのならそれでいい。
「お兄様…婚約者をお作りにならないの?」
歩きながら小声で囁くようにルウアが聞いてくる。
小声だからいいでしょう?といたずらっ子のように上目遣いで見上げられては、兄と呼んではいけないと言いたいが、そのお小言はただの苦笑になって漏れ出てしまう…
「作りませんよ?何故です?」
「お兄様かなりオモテになりますわよ?きっと。先程のマリージェンヌ様だってお家柄は十分でしょう?」
学園に入ってからも皆チラチラとスロウルの事を見ているご令嬢が多いし。
スレントル様の家系の方ならテドルフ公爵家について理解はあるだろう。
他の家のご令嬢だって満更でもなくスロウルを思ってくれていそうな方もいて、熱い視線を送って来ていた。
何よりも大好きなお兄様には心から好いてくれている人と幸せになってもらわなくては!
ふん!と鼻息も荒く、手を握りしめながらつい気合が入ってしまう。
「フフ…ルウア様。私にとっては今の姿も可愛いですが、ご令嬢らしからぬお姿になっていますよ?それに、今でも十二分に満足してますし、幸せです。」
自分の恥ずかしい姿に照れながら、それでも艶やかに笑う兄の姿に見惚れてしまう。
この兄には心から幸せを掴んでほしいとルウアは思う。
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