[完]優しい竜の咆哮

小葉石

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4、ミルカイの竜騎士 1

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 竜は番を選んだら番とともに一生を送る。文字通り番となる人間を守り、自分の全てよりも番を優先するという。だから番にはとことん甘く、その望みは何でも叶えるというのがここミルカイ王国での竜の認識。
  
 確かに、あのも優しかった。いつでも、いつまででもエルイーシャの話を根気よく聞き、他の者達の様にエルイーシャを拒否した事などなかった。だから思い出はいつも温かく…辛かった事も昇華されてしまったのかもしれない。あの頃の人生に未練は何もないし、恨みもないから…



「ね、また訓練場で見れるかしら?」

「そうね、私達は晩餐の席では仕事はできないから…」

「空き時間作って見に行きましょうよ~!」

 不思議な事に、この国ミルカイ王国にいる竜は人型であり竜騎士と呼ばれている事だ。その竜騎士の麗しい姿に人心は囚われて一騒ぎになる。竜と言ったのならばサリャーナの記憶の中には竜そのままの姿しかないのだが…

「あの子にやらせれば良いわ!」

 私ですね……?聞こえていますよ、先輩方……

 はぁ、とため息が出そうになるが、別に普段の事と思えば嫌でもない。

 サリャーナ自身竜騎士には興味がない。それよりもこうやってじっと人々の話を聞いているほうがずっと楽しかったりもする。それに身分が低い今の自分が興味本位に出しゃばってまた周囲の目の敵にでもされたら、今度こそただの嫌がらせで終わらないかも知れない。そっちの方が断然嫌である。

 下働きの下女達がいる場所は屋敷裏の炊事場か、洗濯場か、ゴミ処理場で屋敷の裏側に当たる。滅多に屋敷の住民でも目の届かない所で働いているのだ。だから竜騎士の姿を拝みたいと思うならわざわざ下女が表へ出なければならない。これは時には許されない事となる。
 けれども騎士達が訓練場に行く時にはこの裏に近い歩道を通っていくのだ。先輩の下女達は通路を通る竜騎士の姿を一眼でも見たいと思っているらしい。

 サリャーナもたった一度だけの姿を見た事がある。このお屋敷に雇われて直ぐのことで、屋敷の裏に案内されている時に今の様に騒ぐ声を聞いたのだ。高貴な方のお屋敷でなんの騒ぎかと顔を上げた視線の先に、件の竜騎士を見る事ができた。当時は竜騎士だとは思わなかった。風にそよぐ銀の短髪が美しく随分見目麗しい騎士がいるものだと思わされたものだ。あれならば皆んなが騒いでいるのも無理はないだろう。そう思えるほどに均整が取れた端正な顔立ちをしていたがサリャーナにとっては全く世界が違う住人としか受け取れず他の下女達の様に騒ぐ気持ちにもなれなかった。ただあの銀の髪だけは、かつての竜の友達を思い出すようにと、サリャーナの昔の記憶を揺さぶってくれたものだった。


「ね、でも…あの噂知ってる?」

 下女達のおしゃべりはまだ続く。

「なぁに?」

「ほら、あれよ、あれ…!」

 そして一層声のトーンが低くなる。

「はぁ?貴方まさか…あんな眉唾な話しを信じてるの?」

 真剣味を帯びた声に明らかな呆れ声が続いた。

「行方不明になった下働きの子の話でしょ?」

 それは数年前のこと、この周辺のお屋敷で働いていた身寄りのない下働きの女が突然いなくなったのだ。それも一人ではない。たった一人だけならば、仕事に嫌気がさして逃げ出したか、男と共に駆け落ちしたか…考えられる事はあった。が、立て続けに起こったとしては何某かの事件に巻き込まれたのではないかと噂が広がった。小国のミルカイだ。あっと言う間に話は王城にまで上がって行き、調べに調べた所で真相は明らかにはならなかった様だ。

「だって!いなくなったのって私達と同じ下働きよ?」

「だから、やめなってば!!」

 いなくなった下女は貴族の屋敷で働いていた者だ。どこの家かは公にはされていないが…こんな噂が再燃してはまたあらぬ噂が貴族家を飛び回ることになりかねない。

「何を騒いでいるのです!」

 下女の上にはこの人あり、必ずどこかで目を光らせているだろう侍女長レンダが屋敷内から声をかけて来た。

「あ!!」

 今の時間は晩餐のための下準備をしているはずである。それを何もしていない下女達は咎められるべきだろう。

「芋の皮剥き、終わりました。」

「…………貴方達……!」

 そこで丁度皮を剥き終わったサリャーナが先輩下女達に声をかけた。いつもいつもやられっぱなしなので、正攻法の仕返しくらいならば問題ないだろうと思って…


 










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