[完]優しい竜の咆哮

小葉石

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「ねぇ、スーリー?」

「はい。如何いたしました?」

 急いで頭を下げつつ退出していくサリャーナを横目で見つつ、スーリーはお茶を新しく入れ始める。他の侍女はお茶のこぼれた床の掃除だ。

「ふふふふ…私、やらなければならない事ができたわ。」

 先程の無表情は何処へやら、花の様に綻び微笑むロデアンネお嬢様のお美しい事…

「それは………」

 けれども、長年勤め上げてきた熟練の侍女はロデアンネが何を言わんとしているのか肌で感じてしまう。

「ねぇスーリー?お前は私の味方でしょう?」

「はい。左様にございます。」

 ここに勤め始めてからスーリーはコロント伯爵家には特段取り立ててもらって侍女長と言う今の地位にいる。だからただの雇用関係というよりは主従関係に近い忠誠を持って接してきた。

「だから、邪魔はしないでね?お願いよ?」

 上目遣いで可愛らしい笑顔を向けられれば、悪戯がばれてごめんね、と可愛らしく謝っておられた幼い日のロデアンネお嬢様と重なって、侍女長スーリーにはもう何も言えなくなってしまった……







「あつつつつつ………」

 侍女長スーリーから退室を告げられたサリャーナは一目散に冷たい井戸水の元へと走る。まさか、熱い紅茶を顔めがけて掛けられるなんて思いもしなかったから…
 水を汲みお仕着せを捲り上げて井戸水につけて、やっと一息つく……

「はぁ…………」

 腕は既に赤くなりしっかりと冷やさなければ数日痛むだろうと思われた。

「まさか、ここまでやるなんて…」

 ここ数日、何故だかお嬢様の視線が鋭くなった様な気がしていた。嫌な事があって腹の虫が悪いんだとそう思おうとした…けれど……

「きっと……竜騎士の所為よね?」

 嫌だと言っているのに、あろう事か今日なんて一緒に見回りに行こうと空の散歩に誘ってくる始末。それも、ロデアンネの目の前でだ…咄嗟に必死で首を振り掴まれた手を振り解こうとしても、相手は竜…外れるわけがない…そんな事をされるとは思わないサリャーナは頭に血が昇ってしまって周囲の様子など把握できなかった。

 きっとあの場におられたお嬢様は気分を非常に害したに違いない。その後の冷たい視線が何も言わずとも良く物語っていたではないか…

「私がどうしたって?」

「!?」

 ビックゥと身体が反応する。バクバクする胸を右手で押さえて振り返れば、竜騎士カーリス……

 なんで………?本当に………

「どうしたのだ?」

 近づいてきた竜騎士カーリスはサリャーナのタライに突っ込んでいる腕が気になる様子。

「あ、えぇ…お茶をこぼしてしまって…」

 嘘ではない。意図的か意図的かじゃないだけで溢れたのは本当の事。

「火傷か!?」

 こっちがビックリするくらいの勢いで竜騎士カーリスはタライの側に膝をつく。

「あ、あの!お洋服が汚れますから!」

 ここは水場である。周囲の地面は水を汲み出す時に濡れている。膝をついたら折角の衣装が泥に汚れてしまう。

「見せてみて?」

 サリャーナの言う事が耳に入っていないのか、竜騎士カーリスはサリャーナの左腕をそっと持ち上げる。

「あの!竜騎士様!」

 少し冷やしたお陰で痛みは少し引いてきたが、まだ触られるとピリピリと痛むのでサリャーナは左腕を庇おうとする。

「大丈夫、私に任せて。」

 困り顔のサリャーナに光輝く様な竜騎士カーリスの笑顔が優しく応える。

 だから、その笑顔は、ロデアンネお嬢様のもので……!!

 ここに、人がいない時間帯で良かった。こんな所を見られたらまた何をされるのかわからないから…



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