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「……怪我はしていませんよ?」

「良いから、言う事を聞け。アクサード頼んだぞ。」
 
 部隊長に抗議をしようにもあっさりと却下。納得はいかないものの、無言のアクサードに腕を掴まれ兵舎へと連れて行かれる。

 アクサードは迷わず自分の私室へ行くが、二、三日の間はこのまま共に過ごせとのことか?


「アクサード?怒っています?」

 先程から、怖い位に無言。

「……」

「アクサード?」

「先ずは身なりを整えろ……」

 ボソリと低い声で呟く様に話す。これは、完全に怒っていますね?短い様で、長い時間を共に過ごしてきた仲で相手がどう思っているのか何となく分かる。


 アクサードが言うように、自分の身なりを見直せば、目も当てられない様で。ボタンも留めずにシャツははだけたまま…充分他人の目を引く様な格好でここまで来た。

 フゥ、と小さくため息をついて、スロウルは着替えを持ちシャワー室へ入って行く。

 
 考えるな……大した事じゃない……
 今に始まったことではないじゃないか…


 熱いシャワーが、肌を這う感触を消し去ってくれる様で今は心地いい。サタマーが触ったであろうところは全て、何度も洗って湯をかける。熱い湯を……


「スロウル!!!」

 バン!!とシャワー室の扉が勢いよく開けられた。

 スロウルは何事かと、扉を開けて此方を凝視しているアクサードを見つめてしまった。


「お前!何やっているんだ!こんな熱い湯を浴びて!!」

 勢いよくアクサードが入ってきて温度調節を冷水にする。じきに湯から冷たい水へと変わりスロウルとアクサードを濡らして行く。


「アクサードも濡れますよ?」

「俺は良い!火傷したらどうするつもりだ!」

 アクサードはスロウルの全身をざっと見回して赤みがないか確かめている。ピタッとアクサードの目が止まった。

「大丈夫です。そんなに熱くありませんでしたから。逆に不快なものが消えて行く様で助かりましたし…」

 アクサードの目を捉えているのは声を抑える為に自分の腕に必死に噛み付き、自分でつけた歯形だ。 
 スロウルが悪いわけではもちろんないのだが、何となくそのまま見詰められるのも嫌で、反対の手で隠してしまう。

 アクサードがその腕を取った。


「見せてみろ。傷が残るかもしれない…」

 兵士に傷って付き物でしょう?刺し傷、切り傷、擦り傷に打撲。今まで傷があっても気にもした事ないのに?

「兵士に傷は付き物ですよ?」

「これは名誉の負傷じゃないだろ?」

「子供達の為に我慢した名誉の負傷です。」

 困った様な笑顔を向けるスロウルを見つめるアクサードが苦しそうな表情になる。

 だから、なんでアクサードが…自分より苦しそうにしているのか…怒っているんだろうけれど、今にも泣きそうで、大丈夫と伝えたつもりでも其れだけでは駄目な様だ。


「アクサード、何故貴方がそんなに苦しそうにするんです……?」

「………」

 無言でスロウルを引っ張り水気を拭き着替えを手伝うと、今度はアクサードも濡れた服を着替える。

 そして、ポンポン、とソファーを叩かれ座れの合図で、仕方なしにアクサードに従ってみるスロウルは大人しくアクサードの隣に座った。

「………」

 やはり、無言のアクサード…こんな事は珍しいのだが…

「お茶でも入れましょうか?それとも食事を?」


「スロウ……座っていてくれ…」


 立とうとするスロウルの腕をアクサードは掴む。振り払う必要も、つもりも無いのでスロウルは腕を掴まれたままアクサードの顔を覗き見る。

 
「何故……貴方が怒るんです……?」

 今日何度か目の質問だ。何にも答えを未だに貰っていない…


「お前の事で俺が怒ってはいけないのか?」

 後悔しているんだ。なぜ、行かせたのか、なぜ、すぐ様スロウルを追いかけなかったのか…あの時も守れなかった…また今回も守れなかった…奴は殺しておくべきだったし、動かなかった自分自身にも腹が立つ!


「私は…貴方にそんなに大切にして貰える様な人間ではありませんよ?」


 財力ももちろん権力もないし、表向きには家の恥……両親にさえ可愛がってもらった記憶もない。容姿が優れていようとも、意に沿わずとも汚されてきた様な者は何も誇るものなど…


「お前は、綺麗だ……」

 思いがけずアクサードがスロウルを抱き寄せる。

「容姿だけではない。しっかりとした芯の強さも、自分を受け入れようとする柔軟さも…全部。あの時、守ろうと決めたんだ。お前が望まずとも、俺がそうしたかった…済まなかった……」

 ギュウッと抱きつくアクサードが泣いている様に見えて、スロウルは焦る。ここ、数年一番側にいたのがアクサードだ。家族の触れ合いや、友情やそんな物を一度に持って来たみたいにスロウルに接して来てくれたと思っている。アクサードとの触れ合いからは少なからずもスロウルを大切にしようとする姿がそこかしこに見えて、今更疑う事も出来ないくらいだ。

 その、アクサードが泣いている……?
 自分の為に……?今も代わりに怒ってくれて……
 諦めなくても、手放さなくても良いと、貴方はそう言うのか?


「……私は、アクサードが好きなんだと思います。貴方が泣きそうになっているのは、自分が何かされるよりも嫌です。」

 ギュッと抱きつくアクサードの背にスロウルも腕を回す。


「そんな事を、軽々しく言うんじゃない…」

 軽くは、無いんですけどね…

「決して、軽くは無いです……貴方が沢山私にくれるから、私の中は貴方で一杯になってしまいました…アクサード、お願いだから泣かないで…」

「泣いていない…」

「では、顔を見せて下さい。」

「嫌だ…」

「泣きているからですか?」

 ガバッ!

 勢いよくアクサードは体を離す。アクサードの赤茶の瞳が見えて嬉しいが、少し寂しい…今日位はここでいつも寝る様に身体を寄せていて欲しい。

「スロウ…お前、その顔は……卑怯だぞ…!」

 なにが卑怯なのか……!?

 スロウルの顔が薔薇のように赤く染まっている。ずっと心の中に押し込めていたものを吐き出すだけで、頭がおかしくなりそうだ…

 卑怯と言うなら、今まで小出しに出してきて、逃げられない様に巧妙に絡めとったアクサードは卑怯では無いのか?

 今も大事な壊れ物に触るみたいに背中や頬に添えられたその手は卑怯では無いのか?

「アクサード、私は壊れませんよ?もっと手酷くしても大丈夫です。」

 次の瞬間、勢い良く、ソファーの上に押し倒された…
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