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第84章:「誕生日II」
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「届けたらすぐに戻るから」
そう言って、キョウは一人、出かけて行った。
まだそんなに暗くないから大丈夫だと言って。
キョウがいなくなった途端。
この部屋は突然、戦闘モードに入った。
俺に対して。
特に、ケイが。
「スティーブ、どういうことだ?杏は美和ちゃんのこと、思い出したのか?」
「いや・・・それはまだなんじゃないかと思うんだが・・・ただ、たしかに、微妙な距離感なんだな、キョウはミワに対して」
「本能で、そう動いてるってことか?」
「どうなんだろう・・・レオンはどう思う?俺はキョウに近すぎて、見えてないのかもしれないし」
「ボクは、どっちでもいいよ。思い出してても、思い出してなくてもいい」
「「「はぁ?!」」」
「大事なことは、キョウがミワのことを知りたいと思い始めた、ってこと。キョウが・・・キョウの愛情が、ミワの心をまた開いてくれたら嬉しいと思う」
「そうだな・・・俺たちにいま出来ることは、見守ること、くらいかもな」
「そうね・・・」
======
タッパーの入った紙袋を片手に救急病棟に着くと、たくさんの患者さんとその家族がそこにいて、彼女も忙しそうに働いていた。
「あら?今日は来ない日じゃなかったの?」
近くにいた若い看護師が俺に声を掛けた。
「そうなんだけど・・・ミワ、いつ休憩に入るのか知ってる?ただこれを渡したいだけなんだけど」
「そしたら、今渡しちゃえばいいわよ。彼女、カルテの確認してるだけだから」
「そう・・・じゃ、邪魔するね」
そう言って俺は、彼女の方に真っすぐ歩いていく。
背後に来ても、カルテに集中していて、俺に全く気づかない。
だから、俺は肩を叩いて声を掛けた。
「美和さん」
「えっ?!あれ、どうしたの?パーティじゃないの?」
「あぁうん。これ、差し入れ。サラが焼いてくれたケーキと、カレンさんの料理。休憩の時にでも食べてよ」
「わざわざ・・・ありがとう。主賓がいなくて大丈夫なの?」
「彼らは俺抜きで楽しんでるから大丈夫。じゃ、邪魔しちゃ悪いし俺はもう行くよ。頑張ってね」
ひと目、見れたし。
普通に、話せたし。
肩にも・・・少しだけど触れられたし。
―――その後ちょっと、彼女の頬に、右手が伸びそうになったけど。
今日はとりあえず、ここが引き際。
俺はドアに向かって歩き出した。
「あ、待って」
「え?」
「もうすぐ休憩に入るから。ケーキ食べるの、付き合って?」
通り過ぎる医者や看護師たちが挨拶してく中、
俺は休憩室で彼女が来るのを待っている。
とりあえず自販で二人分の缶コーヒーを買って、テーブルの上にケーキと料理と共に並べた。
「杏くん、ホントにごめんね。こんなことさせるくらいだったら、ちょっと顔出せばよかったね」
「なら今からくればいいよ。彼ら今夜はウチに泊るからまだまだ続くし」
「あはは。大丈夫。圭ちゃんとジェイクには明日会うし、レオンとサラにも近いうち会うと思うから・・・それに、杏くんへのプレゼント、何も用意してないの・・・ごめんね」
「そんなの気にしなくていいって、俺も美和さんにはこのこと言ってなかったし」
「・・・」
「ほら、食べなよ。休憩時間、終わっちゃうよ?」
目の前でケーキを一口含んだ彼女に、俺は耐えられずに聞いた。
「・・・今日、何時上がりなの?」
「何時っていうか・・・」
やっぱり。
パーティを・・・
俺を、避けるために、ここに長くいようとしてるんだ。
彼女の表情を見たら・・・わかる。
少し、困ったような、戸惑った顔。
やっぱり、さっきそのまま帰ればよかったな。
やっぱ、帰ろう。
きっとここが、最後の引き際。
「いや、無理強いするつもりはないよ。ただ来てくれたら楽しいだろうなって、俺が勝手に思っただけだから・・・じゃ、また」
俺は静かに席を立った。
まだ食事中の、彼女をそこに残して。
すげぇ―――胸が痛い。
心臓の、もっと奥の方が痛い。
ここに、こうして、
彼女とただ一緒にいることも、いけないような気がして。
彼女に、迷惑をかけてるような気がして。
別れ際に、気の利いた言葉を一つでも言えたら。
そう思ったけれど。
でも、
そんなことさえ、
今の俺には無理だった。
そこを立ち去るだけで、精一杯だった。
でも―――それでも。
今日、彼女に会えてよかったと思う。
俺の誕生日に美和さんと直接話せて、嬉しかった。
アパートメントに戻ると、みんなは引き続き楽しそうに飲んでいた。
「おー、キョウ、早かったな」
「美和ちゃんにケーキは渡せたのか?」
「うん、ちょうど休憩に入ったからそこで食べてたよ」
俺は、凹んでいるのを悟られないように、なんとか繕ってそう言った。
凹む?
そっか、俺は凹んでんのか。
――――なんで?
俺は彼女に、何を、どうしてもらいたかったんだ?
本当は避けたい、かもしれない、はずの俺に、
大人な対応をしてくれてる、かもしれない、彼女。
そんな彼女が、ちゃんと休憩を取って、
俺が勝手に持ってったケーキと料理を、目の前で食べてくれて。
それだけじゃ、不満なのか?
充分、な、はずだろ?
今の時点で、それ以上は期待できないだろ?
今の時点?
それ以上?
・・・って、なんだ?
俺は――――
何を彼女に、期待してんだ?
その時。
TRRRRRRRRRRRRR
カレンさんのスマホが鳴った。
「美和ちゃん?・・・え、大丈夫だよ。まだまだ続いてる。うん、え、来れるの?じゃ迎えに行くね?」
俺はそれを聞いて、
カレンさんのスマホを持つ手首を掴んだ。
「カレンさん、俺が行く」
「え?」
「大学のバス停で待ってるって伝えて」
そう言って、キョウは一人、出かけて行った。
まだそんなに暗くないから大丈夫だと言って。
キョウがいなくなった途端。
この部屋は突然、戦闘モードに入った。
俺に対して。
特に、ケイが。
「スティーブ、どういうことだ?杏は美和ちゃんのこと、思い出したのか?」
「いや・・・それはまだなんじゃないかと思うんだが・・・ただ、たしかに、微妙な距離感なんだな、キョウはミワに対して」
「本能で、そう動いてるってことか?」
「どうなんだろう・・・レオンはどう思う?俺はキョウに近すぎて、見えてないのかもしれないし」
「ボクは、どっちでもいいよ。思い出してても、思い出してなくてもいい」
「「「はぁ?!」」」
「大事なことは、キョウがミワのことを知りたいと思い始めた、ってこと。キョウが・・・キョウの愛情が、ミワの心をまた開いてくれたら嬉しいと思う」
「そうだな・・・俺たちにいま出来ることは、見守ること、くらいかもな」
「そうね・・・」
======
タッパーの入った紙袋を片手に救急病棟に着くと、たくさんの患者さんとその家族がそこにいて、彼女も忙しそうに働いていた。
「あら?今日は来ない日じゃなかったの?」
近くにいた若い看護師が俺に声を掛けた。
「そうなんだけど・・・ミワ、いつ休憩に入るのか知ってる?ただこれを渡したいだけなんだけど」
「そしたら、今渡しちゃえばいいわよ。彼女、カルテの確認してるだけだから」
「そう・・・じゃ、邪魔するね」
そう言って俺は、彼女の方に真っすぐ歩いていく。
背後に来ても、カルテに集中していて、俺に全く気づかない。
だから、俺は肩を叩いて声を掛けた。
「美和さん」
「えっ?!あれ、どうしたの?パーティじゃないの?」
「あぁうん。これ、差し入れ。サラが焼いてくれたケーキと、カレンさんの料理。休憩の時にでも食べてよ」
「わざわざ・・・ありがとう。主賓がいなくて大丈夫なの?」
「彼らは俺抜きで楽しんでるから大丈夫。じゃ、邪魔しちゃ悪いし俺はもう行くよ。頑張ってね」
ひと目、見れたし。
普通に、話せたし。
肩にも・・・少しだけど触れられたし。
―――その後ちょっと、彼女の頬に、右手が伸びそうになったけど。
今日はとりあえず、ここが引き際。
俺はドアに向かって歩き出した。
「あ、待って」
「え?」
「もうすぐ休憩に入るから。ケーキ食べるの、付き合って?」
通り過ぎる医者や看護師たちが挨拶してく中、
俺は休憩室で彼女が来るのを待っている。
とりあえず自販で二人分の缶コーヒーを買って、テーブルの上にケーキと料理と共に並べた。
「杏くん、ホントにごめんね。こんなことさせるくらいだったら、ちょっと顔出せばよかったね」
「なら今からくればいいよ。彼ら今夜はウチに泊るからまだまだ続くし」
「あはは。大丈夫。圭ちゃんとジェイクには明日会うし、レオンとサラにも近いうち会うと思うから・・・それに、杏くんへのプレゼント、何も用意してないの・・・ごめんね」
「そんなの気にしなくていいって、俺も美和さんにはこのこと言ってなかったし」
「・・・」
「ほら、食べなよ。休憩時間、終わっちゃうよ?」
目の前でケーキを一口含んだ彼女に、俺は耐えられずに聞いた。
「・・・今日、何時上がりなの?」
「何時っていうか・・・」
やっぱり。
パーティを・・・
俺を、避けるために、ここに長くいようとしてるんだ。
彼女の表情を見たら・・・わかる。
少し、困ったような、戸惑った顔。
やっぱり、さっきそのまま帰ればよかったな。
やっぱ、帰ろう。
きっとここが、最後の引き際。
「いや、無理強いするつもりはないよ。ただ来てくれたら楽しいだろうなって、俺が勝手に思っただけだから・・・じゃ、また」
俺は静かに席を立った。
まだ食事中の、彼女をそこに残して。
すげぇ―――胸が痛い。
心臓の、もっと奥の方が痛い。
ここに、こうして、
彼女とただ一緒にいることも、いけないような気がして。
彼女に、迷惑をかけてるような気がして。
別れ際に、気の利いた言葉を一つでも言えたら。
そう思ったけれど。
でも、
そんなことさえ、
今の俺には無理だった。
そこを立ち去るだけで、精一杯だった。
でも―――それでも。
今日、彼女に会えてよかったと思う。
俺の誕生日に美和さんと直接話せて、嬉しかった。
アパートメントに戻ると、みんなは引き続き楽しそうに飲んでいた。
「おー、キョウ、早かったな」
「美和ちゃんにケーキは渡せたのか?」
「うん、ちょうど休憩に入ったからそこで食べてたよ」
俺は、凹んでいるのを悟られないように、なんとか繕ってそう言った。
凹む?
そっか、俺は凹んでんのか。
――――なんで?
俺は彼女に、何を、どうしてもらいたかったんだ?
本当は避けたい、かもしれない、はずの俺に、
大人な対応をしてくれてる、かもしれない、彼女。
そんな彼女が、ちゃんと休憩を取って、
俺が勝手に持ってったケーキと料理を、目の前で食べてくれて。
それだけじゃ、不満なのか?
充分、な、はずだろ?
今の時点で、それ以上は期待できないだろ?
今の時点?
それ以上?
・・・って、なんだ?
俺は――――
何を彼女に、期待してんだ?
その時。
TRRRRRRRRRRRRR
カレンさんのスマホが鳴った。
「美和ちゃん?・・・え、大丈夫だよ。まだまだ続いてる。うん、え、来れるの?じゃ迎えに行くね?」
俺はそれを聞いて、
カレンさんのスマホを持つ手首を掴んだ。
「カレンさん、俺が行く」
「え?」
「大学のバス停で待ってるって伝えて」
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