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たいけみお

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第88章:「私は―――何?」

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翌日、美和・・・彼女は本当に自分用のメットを買ってきていた。

ちょっと渋めの赤いメット。


「いい色だね。美和さんに似合ってるよ」

「お店でひと目で気に入ってこれにしたの。杏くんに任せないでよかった。ふふ」



ある意味、強引な俺のせいでムリヤリ必要になったメット。

おまけに忙しい中わざわざ店まで行って、自分で支払って。


なのにそんな風に大事そうに抱え、嬉しそうな顔をされると、

逆にこっちが戸惑ってしまう。

少しは・・・期待して、いいのかな、って。



「記憶のあった頃の俺」はこういう時、

彼女にどういう態度をとってたんだろう?


今の俺だったら――――

もし俺が今美和の彼氏でそんな笑顔を見せられたら、

ぎゅっ、って、抱き寄せて、キスしたくなる。




俺は――――はっきり自覚してきていた。



「記憶のある俺」とか、

「記憶のない俺」とか、

彼女と一緒に過ごした過去とか、

自分に残した日記とか、


そういうモノを全て超えて、

俺のキモチが、完全に彼女に持ってかれてることを。

カラダが勝手に、彼女に向かって、動いてしまうことを。


でも。


また、そんな衝動を理性で必死で抑え、言った。


「じゃ・・・帰るとしますか」




すると彼女が、先に歩き出した俺の左腕を引っ張って、こう言った。


「ね、聞きたいことがあるの・・・」

「ん?」

「杏くんは・・・「普通の生活」に戻りたい、って思うことはないの?」


普通の生活・・・?



「どういう、意味?」

「いつのまにか「アーサー」に巻き込まれてて、知らなくてもいいことを知って・・・怖くないの?何も知らなかった時の「平凡な生活」に戻りたいって、思わないの?」


「それは死といつも隣り合わせだから?」

「それも含めて。杏くんなら普通に生きてても「幸せ」に暮らせると思うから・・・」


幸せ・・・か。


「じゃ聞くけど、美和・・・さんの言うところの「幸せ」って何?」

「え?」


「今すぐ答える必要ないよ。ゆっくり考えて。で、わかったら俺に教えてよ」

「どうして?」

「知りたいから。その代わり美和さんの質問には正直に答えるよ。約束だからね?」


美和にとっての「幸せ」が何なのか。

どうしても知りたかった俺は彼女に念を押し、なにをどう言おうか、少し考えてから。


「―――俺に一部記憶がないのはきっと誰かから聞いてるよね?」

「・・・うん」


「俺はさ、記憶を失くしてからはずっと本気で「死にたい」って思ってたし、実際何度も圭さんに「殺してくれ」って頼んだ。そのことではだいぶスティーブにも迷惑かけたと思う。まぁ、あのままだったら遅かれ早かれ狂って、衝動的に死ぬだろうとは感じてたけど、ほんの少しも待てなかった。すぐに終わりにしたかった」

「・・・」

「記憶に残ってる人生もいいことなかったし―――少なくとも生まれてこの方、強く「生きたい」と願った記憶は今の俺にはない。だから「平凡で幸せな生活」に戻りたいかと問われてもそんな場所は今の俺には思いつかない」

「・・・杏、くん」

「そんな顔しないでよ。別に同情を引きたいわけじゃない。ただそれが事実だってだけだから」

「・・・」



「だけどいま・・・特にスティーブには心の底から感謝してる。圭さんとジェイクにも、他の「アーサー」メンバーにも。正直、いま「幸せ」かと問われたらよくわからないけど、楽しいと感じる瞬間もあるし、そういう風に俺に思わせてくれる彼らと共に「アーサー」として生きるのは悪くない。それに・・・」

俺は目の前にいる美和を見つめた。

「もう少し生きて、確かめたいこともできた」

「もう少し・・・って?」

「俺は死ぬのは怖くないし、ここでスティーブと暮らしてなかったら本当になんの価値もない、意味もない生き方してると思う。だから―――どうせ捨てたいと思ってた命だし、こんな俺でも誰かの役に立てるんだったら、喜んで、誰よりも先に俺の命差し出すよ。それに、目の前で大切な人を失って絶望するくらいなら、俺はその人のためにその人よりも先に意味のある死に方をしたい」



それは今の俺の、正直な気持ちだった。

どうせ何度も死にたいと、死のうとしたし、すぐに死ぬのだろうと思っていた。

事故後のベッドの上でだけでなく、雪がちらつく公園の片隅でも、居場所のない中学校の屋上でも同じだった。

だからそんな自分が、大切だと思える人を自分の命で守れるのなら本望だ。


「普通に」生きてる人たちがそんなことを聞いたら不快に感じるかもしれない。

だけど、美和には誤魔化したくなかったし、「アーサー」である彼女には理解できると思った。

だが。


その俺の言葉を聞いて、目の前の美和は、一瞬で俺の胸倉を強く掴んだ。

―――俺が、この俺が、かわせないくらいの速さで。



「なに?」

「杏・・・くんが死んだら、悲しむ人がたくさんいるよ!ご両親も、友達も、仲間も、「アーサー」のみんなも、患者さんだって!だから、私は、私は・・・・!」

「私・・・は?」

「!」


目の前の彼女は・・・一瞬で動きが完全に止まった。


「私は―――何?」


彼女はそれに何も答えない。

そして、俺の胸倉を掴んだままの手はガタガタと震え始め、今にも泣きそうになっていた。

だから。

俺はそれについて、それ以上聞くのを止めた。


でも。


俺は、その震えた両手を強く握って、彼女の震えを力ずくで止め、

そして言った。



「・・・美和、さんも?悲しんでくれるの?」

「え?」


「俺がいなくなったらちょっとは、寂しい、って、思ってくれるの?」

「当たり前でしょう?!怒るよ!」



手の震えはもう、強く握らなくても止まっていたけれど、

彼女は本気で怒っていた。

彼女には悪いけど、俺は嬉しかった。


「そっか。それ聞いて、ちょっと安心した・・・「アーサー」は絶対に嘘つかないもんね。くく」



俺が笑うと、美和も少し落ち着いたのか、

腕を下ろした。

俺はその両手を

握ったままだったけど。


彼女もそれを、

ムリに解こうとはしなかった。


でも最後に、勇気を振り絞るかのように、

彼女は言葉を続けた。



「・・・ね」

「ん?」

「お願いだから、無茶な事しないで。絶対に、何があっても、生きることを諦めないで・・・何か危険に晒されてる感じがしたら、すぐに私に言って――――杏くんには、絶対に、幸せになってほしいの――――ううん、ケガとかもして欲しくないの――――お願いだから・・・」



ったく。

彼女が、美和が、追い詰められそうだったから、せっかく笑って話を流そうとしたのに・・・。

なのに、なんで、蒸し返すようなこと、言うんだよ。

それに――――

その言い方じゃまるで、美和にとって俺がまだ特別みたいに聞こえるじゃないか。



はぁ。



「――――ね、なんでそんなことを、俺に言うの?」

「・・・」



ほらまた、俺が追い詰めたみたいな感じになってしまっただろ。


本当はここで。

今の美和にとって、俺は何なの?

そう、聞きたかったけど。


やっぱり、今はまだ、

それは聞かないほうがいい気がして。



「まぁ――――そう言ってもらえてすごく光栄だけど。でも、仮に俺が危険に晒されてたとしても、美和さんに助けてもらおうなんて俺は絶対に思わないよ・・・どんなに美和さんが有能でもね」

「・・・どうして?」


「――――どうして?って、いまそれを俺に聞くの?答え、さっき言ったと思うけどな・・・」

「え?」



「・・・アーサーは嘘つけないからね。わからないなら、今はそれでいいよ」





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