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第101章:「それは違う」
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ありえないくらい、深い眠りから自然に目覚めたとき、
腕の中には温かい美和がいて、
俺を心底、ホッとさせた。
同じように、美和を抱きかかえて眠ったとしても、
アーサー部屋でそうするのとは
安心感が全く違う。
あの、毎朝目覚めたときにやってくる、とてつもない失望感。落ち込み。
それが今朝は全くない。
あるのは、
穏やかで、
幸せで、
春の日差しのように、優しくて暖かい「なにか」。
俺は美和を起こさないように、
でももう一度、ぎゅっと抱きしめて、
目元にキスをして、
そっと部屋を出た。
シャワーを浴び、出かける支度をしてキッチンに行くと、
スティーブがもう起きていた。
壁にかかる時計は、6時を指している。
「早いな」
「スティーブもね」
「よく寝られなかったのか?」
「いや、今までにないくらい熟睡できたよ。気分よく起きられたし」
「そりゃ、よかったな」
「うん・・・やっぱり俺、彼女がいないとだめなんだって再確認できたよ。ありがとね、スティーブ。すごく感謝してる」
*****
そう言って、キョウは玄関にそのまま向かう。
「もう出かけるのか?朝食は?」
「うん、ちょっと用事あるから―――朝食はその辺で買うよ」
用事?
こんなに早く、にか?
「今夜は夜間救急もあるから帰りは遅くなると思う。でも美和をちゃんと連れて帰るから心配しないで」
「わかった。気をつけてな」
そして、キョウが出かけてだいぶたってから、ミワが部屋から出てきた。
10時30分。
正直、なかなか部屋から出てこないミワがちょっと心配になって、声を掛けようか迷っていたところだった。
「おはよう、スティーブ」
「おはよう。よく眠れたか?」
「うん・・・すごく。びっくりするくらい・・・こんなに深く長く眠れたの、いつ以来だろう?」
キョウといい、ミワといい、
俺がなんと答えていいのかわからないようなことを言う。
「遅れそうなら車で送っていこうか?」
「大丈夫。病院には今、連絡しておいたから」
「そっか」
「・・・杏は?」
「早朝に出てったよ。でも後でミワと合流するって、救急で」
「・・・」
「どうした?キョウに用事でもあったのか?」
「そうじゃないんだけど私やっぱり・・・杏がいないと、ダメみたい。杏が隣にいないと、ちゃんと眠ることさえできないの」
「・・・」
「それがよく、わかった・・・ま、もともとわかってたこと、なんだけど」
あぁ、こいつらは二人して・・・
傍から見ればこの状況は、俺が朝からただ二人の惚気を聞かされているだけに過ぎない。
でも実際はだいぶ違う。
なぜ―――こんなことになってしまっているのか。
なぜ―――ただ幸せな二人のままでいられないのか。
理由はわかっているのに、それを問わざるを得ない自分がいる。
事故後。
錯乱状態のキョウを目の当たりにした時。
俺は本気で、レオンとミワの神経を疑った。
怒りが頂点に達し、俺自身が人間不信、アーサー不信になりそうなほど。
それほど、キョウの苦しみは見るに耐えがたかった。
そんなキョウが、この短期間でここまで回復した。
いくら俺がキョウを信じていたとはいえ、これは奇跡だ。
そしてこの奇跡は、初めて俺がキョウに会った時にアイツが言っていた通り、
ミワなしではありえなかった。
だから今のキョウは。
きっとミワが真実を打ち明けても大丈夫だ。
いま俺はそう確信している。
アイツはミワのことなら、それがなんであろうと乗り越えられる。
何があろうと、絶対にアイツはミワを手放さない。
だから問題は―――ミワなのだ。
「まぁ、惚れた女一人どうすることもできない俺が言える立場じゃないんだけどさ」
「そんなこと全然思ってない。本当にスティーブは凄いよ」
「いいって、そんな風に言ってくれなくても。でも」
「ん」
「自分の気持ちに素直に従ったらどうだ?難しいこと考えずに、過去に囚われずに」
「・・・」
「二人を見てるとさ、オマエたちはこれから何があっても決して離れられないんだろうな、って俺は感じるんだよ」
キョウじゃないが、俺はミワにはっきり言ってやりたい。
もう諦めろ、と。
抗うのは止めろ、と。
「ミワにとっては―――真実を伝えるのには相当な勇気がいるだろう。怖いよな?でも、頑張ってみないか?」
「・・・」
「俺は勿論のこと、何が起こってもみんなで二人を支える。みんな同じ気持ちなんだ。だからさ・・・」
*****
夜間救急が終わり、私と杏はいつものように、バイクを停めてある駐車場まで向かう。
杏は無言で私の左手をぎゅって握って―――ゆっくり歩いてくれている。
「杏」
「ん?」
「今朝、なんで早く家を出たの?デイヴィッドの方、大変なの?」
「・・・いや」
「じゃ、どうして?」
「―――すごく、幸せだったから」
「?」
「そのままのキモチで、この世界を見てみたかったんだよ。破滅に向かってるこの地球も、今朝の俺にはどう映るんだろうって思って」
「どうだったの?」
「全部・・・何もかもが美しかった。愛おしかったよ、陽の光も、花も樹も、人間も全て輝いて見えた。本当に、嬉しかった」
「そっか・・・」
「こんな穏やかな気持ち、少なくとも記憶を失ってからは初めてだった」
杏はふと歩みを止め振り返り、私の頬に左手を添えた。
「美和のおかげだよ」
「・・・」
「美和がそれを、見せてくれたんだ―――こんな身勝手な俺の我儘に付き合って、傍にいてくれてるからだよ」
限りなく優しい表情。
そんな杏が、更になにか言葉を続けようとするのを、私は遮った。
「―――それは違う。絶対に違うよ」
「どうして?それ以外の理由、ないと思うけど?」
「だって・・・」
「理由はどうあれ、好きな人の傍にいられて幸せな俺の気持ち、疑われてもなぁ・・・」
「だって・・・!」
あぁ。とうとう、この時が来た。
今日、スティーブが私に言ってくれたことは、全て正しい。
もしかしたら彼は今夜、その機会が訪れることを予感して、そう私に助言してくれてたのかもしれない。
彼にそういう能力があることは知らなかったけれど。
そう、私は―――
杏に真実を告げなければならない。
いまここで、彼を傷つけたとしても。
いつの日か必ず、更に深く負うであろう彼の傷を、少しでも軽くするために。
これから杏が、前に進んでいくために。
だから、言った。
「だって・・・、杏に辛い思いをさせてるのは、私だもの」
腕の中には温かい美和がいて、
俺を心底、ホッとさせた。
同じように、美和を抱きかかえて眠ったとしても、
アーサー部屋でそうするのとは
安心感が全く違う。
あの、毎朝目覚めたときにやってくる、とてつもない失望感。落ち込み。
それが今朝は全くない。
あるのは、
穏やかで、
幸せで、
春の日差しのように、優しくて暖かい「なにか」。
俺は美和を起こさないように、
でももう一度、ぎゅっと抱きしめて、
目元にキスをして、
そっと部屋を出た。
シャワーを浴び、出かける支度をしてキッチンに行くと、
スティーブがもう起きていた。
壁にかかる時計は、6時を指している。
「早いな」
「スティーブもね」
「よく寝られなかったのか?」
「いや、今までにないくらい熟睡できたよ。気分よく起きられたし」
「そりゃ、よかったな」
「うん・・・やっぱり俺、彼女がいないとだめなんだって再確認できたよ。ありがとね、スティーブ。すごく感謝してる」
*****
そう言って、キョウは玄関にそのまま向かう。
「もう出かけるのか?朝食は?」
「うん、ちょっと用事あるから―――朝食はその辺で買うよ」
用事?
こんなに早く、にか?
「今夜は夜間救急もあるから帰りは遅くなると思う。でも美和をちゃんと連れて帰るから心配しないで」
「わかった。気をつけてな」
そして、キョウが出かけてだいぶたってから、ミワが部屋から出てきた。
10時30分。
正直、なかなか部屋から出てこないミワがちょっと心配になって、声を掛けようか迷っていたところだった。
「おはよう、スティーブ」
「おはよう。よく眠れたか?」
「うん・・・すごく。びっくりするくらい・・・こんなに深く長く眠れたの、いつ以来だろう?」
キョウといい、ミワといい、
俺がなんと答えていいのかわからないようなことを言う。
「遅れそうなら車で送っていこうか?」
「大丈夫。病院には今、連絡しておいたから」
「そっか」
「・・・杏は?」
「早朝に出てったよ。でも後でミワと合流するって、救急で」
「・・・」
「どうした?キョウに用事でもあったのか?」
「そうじゃないんだけど私やっぱり・・・杏がいないと、ダメみたい。杏が隣にいないと、ちゃんと眠ることさえできないの」
「・・・」
「それがよく、わかった・・・ま、もともとわかってたこと、なんだけど」
あぁ、こいつらは二人して・・・
傍から見ればこの状況は、俺が朝からただ二人の惚気を聞かされているだけに過ぎない。
でも実際はだいぶ違う。
なぜ―――こんなことになってしまっているのか。
なぜ―――ただ幸せな二人のままでいられないのか。
理由はわかっているのに、それを問わざるを得ない自分がいる。
事故後。
錯乱状態のキョウを目の当たりにした時。
俺は本気で、レオンとミワの神経を疑った。
怒りが頂点に達し、俺自身が人間不信、アーサー不信になりそうなほど。
それほど、キョウの苦しみは見るに耐えがたかった。
そんなキョウが、この短期間でここまで回復した。
いくら俺がキョウを信じていたとはいえ、これは奇跡だ。
そしてこの奇跡は、初めて俺がキョウに会った時にアイツが言っていた通り、
ミワなしではありえなかった。
だから今のキョウは。
きっとミワが真実を打ち明けても大丈夫だ。
いま俺はそう確信している。
アイツはミワのことなら、それがなんであろうと乗り越えられる。
何があろうと、絶対にアイツはミワを手放さない。
だから問題は―――ミワなのだ。
「まぁ、惚れた女一人どうすることもできない俺が言える立場じゃないんだけどさ」
「そんなこと全然思ってない。本当にスティーブは凄いよ」
「いいって、そんな風に言ってくれなくても。でも」
「ん」
「自分の気持ちに素直に従ったらどうだ?難しいこと考えずに、過去に囚われずに」
「・・・」
「二人を見てるとさ、オマエたちはこれから何があっても決して離れられないんだろうな、って俺は感じるんだよ」
キョウじゃないが、俺はミワにはっきり言ってやりたい。
もう諦めろ、と。
抗うのは止めろ、と。
「ミワにとっては―――真実を伝えるのには相当な勇気がいるだろう。怖いよな?でも、頑張ってみないか?」
「・・・」
「俺は勿論のこと、何が起こってもみんなで二人を支える。みんな同じ気持ちなんだ。だからさ・・・」
*****
夜間救急が終わり、私と杏はいつものように、バイクを停めてある駐車場まで向かう。
杏は無言で私の左手をぎゅって握って―――ゆっくり歩いてくれている。
「杏」
「ん?」
「今朝、なんで早く家を出たの?デイヴィッドの方、大変なの?」
「・・・いや」
「じゃ、どうして?」
「―――すごく、幸せだったから」
「?」
「そのままのキモチで、この世界を見てみたかったんだよ。破滅に向かってるこの地球も、今朝の俺にはどう映るんだろうって思って」
「どうだったの?」
「全部・・・何もかもが美しかった。愛おしかったよ、陽の光も、花も樹も、人間も全て輝いて見えた。本当に、嬉しかった」
「そっか・・・」
「こんな穏やかな気持ち、少なくとも記憶を失ってからは初めてだった」
杏はふと歩みを止め振り返り、私の頬に左手を添えた。
「美和のおかげだよ」
「・・・」
「美和がそれを、見せてくれたんだ―――こんな身勝手な俺の我儘に付き合って、傍にいてくれてるからだよ」
限りなく優しい表情。
そんな杏が、更になにか言葉を続けようとするのを、私は遮った。
「―――それは違う。絶対に違うよ」
「どうして?それ以外の理由、ないと思うけど?」
「だって・・・」
「理由はどうあれ、好きな人の傍にいられて幸せな俺の気持ち、疑われてもなぁ・・・」
「だって・・・!」
あぁ。とうとう、この時が来た。
今日、スティーブが私に言ってくれたことは、全て正しい。
もしかしたら彼は今夜、その機会が訪れることを予感して、そう私に助言してくれてたのかもしれない。
彼にそういう能力があることは知らなかったけれど。
そう、私は―――
杏に真実を告げなければならない。
いまここで、彼を傷つけたとしても。
いつの日か必ず、更に深く負うであろう彼の傷を、少しでも軽くするために。
これから杏が、前に進んでいくために。
だから、言った。
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