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第102章:「どうでもいい」
しおりを挟む「だって・・・、杏に辛い思いをさせてるのは、私だもの。・・・そんなこと、言ってもらえるような人間じゃ、ないもの!!」
そう言った瞬間。
杏の動きがピタっと止まった。
驚愕した表情で、私を見つめる。
「杏、私は―――」
すると突然、杏は私の口を自分の唇で塞いだ。
息が続かないくらい、ずっと、ずっと、
その唇を離さなかった。
物凄い力で、私を引き寄せて。
でも、私が必死に離れようとしたから、
今度は唇を離して、右手で私の口を覆った。
そして。
こう言った。
「あのさ・・・その話はいいよ。敢えて美和が言う必要もないし、どうでもいいから」
どうでもいい・・・?
杏は私の言わんとしていることに気が付いている―――。
予感が今度こそ確信に変わる。
だからこそ余計に、その意味がわからない。
「どうでもよくないよ!私は自分の勝手で杏に酷いことを・・・・杏に許してもらえるはずがないんだよ!!」
すると杏は、再び私をぎゅっと引き寄せた。
「言ったろ?俺は美和から何を聞かされても、美和のことを嫌いになることは絶対にありえないと」
「杏はわかってない!私は、私はっ・・・!」
「美和っ!いいからもう黙れ!」
突然の、杏のその強い口調に、何も考えられなくなる。
沈黙がしばらく続き、そして最初に口を開いたのは杏だった。
「―――これはちょっと、想定外だったな」
「え・・・?」
「まぁ確かに「それ」を俺に話せば、美和は少し楽になるんだろう」
「?!」
「だけどこれは俺にとって許すとか許さないとかそういう話じゃない。俺と美和の間で起こった、ただの出来事のひとつに過ぎないし、「それ」はそもそも美和のせいじゃない」
ふう。
杏が軽く溜息を吐きながら、抱きしめていた腕を緩める。
そして―――微笑んだ。
「「そのこと」はいつかまた別の日にゆっくり聞くよ。だから今日はもう帰ろう?」
「・・・」
「ごめん、今日はそういう気分じゃないんだ」
―――そう、言われてしまえば。
私はその「別の日」まで待たざるを得ない。
再びそっと私の左手を握り、駐車場まで歩き出す杏。
私に背を向けながら、言った。
「美和、好きだよ。今までも、これからもずっと」
最近。
杏は事あるごとに、私に言う。
「好きだよ」と。
それはまるで呪文のようで。
そのたびに、私も杏に「大好き」と言いたくなる。
「好きなのは私の方」って叫びたくなる。
でも、言えない。
そのたびに、泣きそうになる。
でもその呪文は同時に。
私の杏に対する「好き」を益々大きくさせ、そして私の抵抗と緊張を緩めてゆく。
彼が、もし本当に私の罪を知っていて。
それでも「好きだ」と言い続けてくれているのだとしたら。
―――私はどうしたらいいのだろう。
どうすべきなのだろう。
スティーブやレオンたち、そして圭ちゃんに、相談したいと思った。
「俺はなんでこんなに美和が好きなんだろうな。知ってたら教えてよ」
「きっと・・・勘違いじゃないかな」
「それは酷いな。まだ俺の気持ちを疑うか」
「私だったら、こんな面倒な人、絶対に好きにならない」
「それは個人の好みの問題だから。くく」
「自分を傷つけるような人、絶対に好きにならない」
「まぁそうだな。美和を傷つけるようなヤツは好きにならないほうがいい」
「杏を傷つけるような人も、好きになっちゃだめだよ」
すると杏は苦笑して言った。
「勘違いしてるのは美和だよ」
しばらくして駐車場に着くと、突然杏が後ろに乗りたい、と言う。
「いいけど、どうしたの?」
「美和のこと、ぎゅってしたいから。家まで待てない」
言われるがままバイクに跨りメットを被ろうとすると、後ろから耳元にキスをされ、
そして唇も奪われた。とても激しく。
「家に戻ったらもっとする―――でも、スティーブに聞こえないようにしないとね」
*****
その夜。
宣言通り、俺はベッドの中で美和を貪り続ける。
ブランケットに隠れて、俺が美和に跨ってキスをし続ける光景はきっと、
傍から見たらかなり官能的なんだろうな、とか思いながら。
―――もう「そのこと」なんか、すっかり忘れてしまえばいいのに。
そう、思いながら。
俺にキスされまくって、蕩けそうな表情の美和はものすごく可愛くて、
そして同時に、必死で声を抑える姿は俺の欲情を煽る。
思いっきり啼いてる美和を想像しながら、そんなことを延々と続けていたら。
美和は突然意識を手放し、眠りに落ちた。
あの「家」で、俺たちが毎日一緒に寝ていた時も、こんな感じだったのだろうか。
俺にはどこまで許されていたんだろう。
あの時の俺はこの熱くなった身体をどうやって鎮めていたのだろう。
あのリアルな夢、また見ないかな。
俺と美和の、日常の夢。
そしたらわかるのに。
しかし。
まさか美和が俺に「俺の記憶喪失の要因」を話そうとするとは思わなかった。
少なくとも、こんなに早いタイミングで。
元々は、美和だけでなく誰しもが「そのこと」を俺に話すつもりはなかったと思う。
確実に美和は、俺とはもう会わない覚悟で「それ」を決めたはずだから。
それに俺からは「美和の存在」がすっぽり抜けているはずで、
彼らからしたら、俺が自らそこに辿り着く可能性はゼロだった。
状況が変わったから、伝えざるを得なくなった、ということもあるだろう。
美和が「それ」を俺に告白することで、彼女の肩の荷が少しでも下りるのであれば、
そうさせてあげるべきだろうと俺は思う。
そんなことをされても、俺の方は何も変わらないのだけれど。
とにかく。
「別の日」はすぐ来る。
その時俺は彼女に、何をどこまで伝えるべきなのだろうか―――。
そんなことを思いながら、自然に眠りに落ちると。
俺の意識はいつの間にか、なんだかやけに騒がしい場所にいた。
お酒や豪華な料理と共に、たくさんの人がいる。
その時。
「早く美和ちゃんを越えろ。そして美和ちゃんとこの家を守れるようになれ」
そこには圭さんと、彼に肩を組まれ、がっしりとホールドされている人間の俺がいた。
あぁ、これは日記に書いてあったクリスマスパーティの場面か。
「それができたとき、美和ちゃんのことは譲ってやるよ」
この時のことも、俺は詳細に日記に書いている。
圭さんの気迫が凄くて、最初圧倒されてしまったが、
美和とずっと一緒にいるためには要は、
「圭さんと美和を超えればいい」とクリアになった。
と、綴っていた。
すると、一瞬でまた俺の意識がその先のどこかへと飛ぶ。
「杏さん、お疲れ様です!」
覚えのない黒スーツ姿の男性。
30代半ば、というところだろうか。
若造の俺の前で、深々と頭を下げている。
「止めてくださいよ。俺は圭さんに呼ばれてきただけなんですから」
「ここで杏さんに頭が上がる者など、ひとりもおりません」
「いやホント、そういうの俺、ムリなんで・・・」
そんな終わりの見えない会話がどこかの廊下で続いていると。
話し声が聞こえたのか、近くの部屋からクスクスと圭さんが現れた。
「杏、諦めろ。雨宮の救出劇以降、ここでオマエに頭を下げずにいられないヤツはいない―――俺意外な」
「その通りです、社長」
「いやあれは・・・仕方ないでしょう?あの時は俺しかいなかったんだから」
「ですが、拉致された雨宮をあの組織から無事奪還できたのは杏さんのお陰です。それもお一人で!」
「その後、雨宮さんはどうですか?両腕両足の骨折だから、完全復帰まではしばらくかかるでしょうけど」
「雨宮は大丈夫です。身体はまだ動きませんが口は達者なので。毎日毎日杏さんがどれだけ凄かったか、意気揚々と皆に語ってまして―――で、杏さん」
「なんですか?」
「雨宮が退院した暁には彼の全快祝いと一緒にぜひお礼をさせて頂きたいのですが、何がよろしいでしょう?」
「いやいや、大したことじゃないので」
「何が杏さんに喜んでもらえるのか皆で必死に考えてはいるんですがよくわからなくてですね。社長にも伺ったんですが「美和ちゃん以外には興味ないから考えるだけムダ」と言われまして・・・」
「まぁ、それは事実ですからお構いなく・・・で、圭さん。今日は何の用ですか」
正直。
この映像が何の事なのかさっぱりわからない。
この男性も、雨宮さんという人もわからない。
絶対に、俺の日記にはなかったはずだ。
人間の俺は圭さんの部屋へと入っていった。
中には秘書の戸塚さんがいた。
戸塚さん・・・この人は俺の日記に書いてあったな。
「実はな、杏に調べてもらいたいことがあるんだ。今朝、この会社のシステムに不審な動きがあってな―――」
「内部の人間の犯行でないとは思いますが念のため、杏さんに極秘でお願いしたいんです」
うーん。
この映像が更に進んでいっても、全くをもって意味がわからない。
こういう映像よりも俺は、美和との夢を見たいんだが。
そう思った瞬間。
再び俺は、どこかへ飛んだ。
「杏ちゃん、なにぼーっとしてんの?」
そこは教室。
おそらく彼はその容姿と振舞から、日記にあった「斎藤千晶」くんだろう。
「んー、早く家に帰りたい。学校来るの、超時間のムダ」
「あはは。そりゃ早く美和ちゃんに会いたいよねぇ」
「ふふ。栗山君は相変わらずだね」
隣の席から、そんな言葉を掛けられる。
ミワワが大好きな木村さん、か。
日記には、この二人が高校での俺の友達だ、と書いてあった。
というか、学校で友達が出来たのは初めてだ、と書いてあった。
(たしかに記憶にある小学校時代(=暗黒時代)には友達と呼べる人はいなかったし、
中1の頃はほとんど学校に行ってなかった)
そしてこの二人は美和ともすごく仲が良くて、よく家にも遊びに来てくれて。
この二人と美和と4人で食事をしたり、遊んだり、買い物に出かけたりしたことが時々綴られていた。
だが。
この場面のことは、あきらかに俺の日記には残されていない。
「はぁ。マジで辛い。なんで出席日数が必要なんだ?」
「ここは高校だからねぇ。成績だけじゃ卒業できないんだよ」
「千晶だって、ムダだと思ってるだろ?」
「俺は杏ちゃんと会えるから喜んで来るよ~!」
「斎藤君は本当に栗山君のこと好きだよね。ふふ」
いったい何が、
これを俺に見せているのだろう。
その夜は―――
そういう日記にはないリアルな映像が延々と流れ続け。
そしていつの間にか俺は、深い眠りに落ちていた。
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