魔王と聖女と世界

亨珈

文字の大きさ
6 / 9

もしもはありえない

しおりを挟む

「いつもの場所で、いつもの時刻に」
 それは、私とあの人の間での定型文。簡素だけれど、寂しさよりも安心感。
 一昔前には流通の要としてなくてはならなかった川にかかる橋で、私とあの人は待ち合わせた。いつも、いつの日も。
 観光客を乗せ往復する舟をゆったりと眺め、ときおり川岸に寄って来る白鳥のつがいに癒され、飽きることなくいつまでも待っていられた。
 私より先に来ていたあの人が遅れがちになり、ついには時計の長針が一周以上回るようになり、ついに約束が途絶えるまで。
 急な残業で連絡する間もなく、急ぎ片付けて駆けつけてくれていたのを疑うことなどなかった。だから、遅れても必ず来るから待っていてと、あなたはそう言ってくれればよかったのに。
 待たせたら悪いからと、約束すらもなくなってしまい、忙しそうだからと連絡を控えていた私に訪れたのは、今となってはあがくことすら不可能な、完全なる別離。
 もう、いまの私には、失うものなどなにひとつない。
 よすがとしていたもうひとつを、なんどもなんども思い出した。それは、私の脳内にしか響かなかったようで、自分以外の誰も気付いた様子はなかったから、勘違いかと思った。
 りんと響いたその声しか、いまは縋れるものがない。

 せめて王太子が私に好意的であったなら、私は諦めていたかもしれない。
 魔術師並みには、ひととして対等に扱ってくれていたならば、心が動いたかもしれない。
 もしも、もしも、だ。
 そんなことは、魔王退治の旅が過去のこととなり、民衆の関心が聖女と王太子との婚姻式に向いたいまになってすら、かけらも示されることはない。
 そう、それでいい。
 私を愛した存在は、私が愛した存在は、あの人だけでいい。
 もう二度と会えないと、少なくとも同じ世界にいま存在してはいないと確信するからこそ、私は安堵できる。
 今日の婚姻式が成立したとしても、王家やこの国の民が望むものを、私は与えない。
 もとより、持ち合わせていない。もしも私が望んだとしても、血筋など残すことはできないのだ。
 言葉を尽くして説明したとしても、彼らにそれは理解できないだろう。理解したとしても信じないだろう。信じたとしたら、私は処分されるのだろう。
 信仰の対象として命ながらえたとしても、そこにはまた私の意思などないのだろう。訓練の際に数人の神官と衣食住を共にしたけれど、城での扱いと大差なかった。
 ひとつ違ったことといえば、私を性の対象として見るものがいた、ということくらいだ。
 きらびやかな王家の人々にとっては蔑む容姿であったとしても、彼ら神官たちにとっては、同胞にも存在する黒髪であったから、そういう忌避感はなかったのだろう。
 私は、神殿でそのように扱われるのもまっぴらごめんだ。
 それならば、万に一つの可能性に懸けてみるしかないじゃないか。

 せめて表面上くらいは取り繕えば良いのにと、思ったこともあった。屋根のない馬車は真っ白で、隣に立つ王太子は、城を出るその時まで渋面を隠しもしなかった。
 けれど、いまはそれで良いとすら思う。
 私をとことん厭い続ければいい。そうであれば、私も憎み続けることができる。
 暴力をふるったことも、暴言の数々も、粗略に扱ったことも、すべてが当たり前で正しいことだと信じていればいい。
 それでこそ、私はこの世界を捨てることができる。
 あなたたちがくれなかった情けを、私だってかけなくていいでしょう。
 何の関係もない人に全ての罪を負わせ、闇に落とし、責任を押し付け、救いを求め、労いはなく、対価もない。
 この茶番に対する報酬でもあるならば、労働と割り切れた。
 なにもない。私には、なにも。
 この金糸銀糸の刺繍に彩られた見事なドレスも、やせ細った身体を押しつぶすほどの民からの歓声も。王太子の隣に並ぶことも。そして、これから一生王城に住まうという未来も。
 なにもかも、私にとっては栄誉でも名誉でもなく、報酬に値しない。
 神殿へと続くこの道は、十三階段。
 皆に死角となるところで王太子が私の足先を踏みつけようと、もう私は表情が動くことはない。おもねるために無理に微笑んだりはしない。
 ただまっすぐに前を睨み、聖女を希求し、私を排除するこの世界をシャットアウトしよう。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

家出を決行した結果

恋愛
フィービーの婚約者ミゲルには大切な幼馴染がいる。病弱な幼馴染をいつも優先するミゲルや母が亡くなって以降溝が出来てしまった父と兄との関係にフィービーは疲れていた。 デートの約束をしてもいつも直前になって幼馴染を理由にキャンセルされ、幼馴染にしか感情を見せないミゲルを、フィービーを見ようとしない父や兄を捨てる決心をしたフィービーは侍女や執事の手を借りて家出を決行した。 自分を誰も知らない遠い場所へ行ったフィービーは、新しい人生の幕開けに期待に胸を躍らせた。 ※なろうさんにも公開しています。

可愛らしい人

はるきりょう
恋愛
「でも、ライアン様には、エレナ様がいらっしゃるのでは?」 「ああ、エレナね。よく勘違いされるんだけど、エレナとは婚約者でも何でもないんだ。ただの幼馴染み」 「それにあいつはひとりで生きていけるから」 女性ながらに剣術を学ぶエレナは可愛げがないという理由で、ほとんど婚約者同然の幼馴染から捨てられる。 けれど、 「エレナ嬢」 「なんでしょうか?」 「今日の夜会のパートナーはお決まりですか?」  その言葉でパートナー同伴の夜会に招待されていたことを思い出した。いつものとおりライアンと一緒に行くと思っていたので参加の返事を出していたのだ。 「……いいえ」  当日の欠席は著しく評価を下げる。今後、家庭教師として仕事をしていきたいと考えるのであれば、父親か兄に頼んででも行った方がいいだろう。 「よければ僕と一緒に行きませんか?」

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

夫が運命の番と出会いました

重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。 だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。 しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?

王宮メイドは今日も夫を「観察」する

kujinoji
恋愛
「はぁぁ〜!今日も働くヴィクター様が尊すぎる……!」 王宮メイドのミネリは、今日も愛しの夫ヴィクターを「観察」していた。 ヴィクターが好きすぎるあまり、あますところなく彼を見つめていたいミネリ。内緒で王宮メイドになり、文官である夫のもとに通うことに。 だけどある日、ヴィクターとある女性の、とんでもない場面を目撃してしまって……? ※同じものを他サイトにて、別名義で公開しています。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

処理中です...