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もしもはありえない
しおりを挟む「いつもの場所で、いつもの時刻に」
それは、私とあの人の間での定型文。簡素だけれど、寂しさよりも安心感。
一昔前には流通の要としてなくてはならなかった川にかかる橋で、私とあの人は待ち合わせた。いつも、いつの日も。
観光客を乗せ往復する舟をゆったりと眺め、ときおり川岸に寄って来る白鳥のつがいに癒され、飽きることなくいつまでも待っていられた。
私より先に来ていたあの人が遅れがちになり、ついには時計の長針が一周以上回るようになり、ついに約束が途絶えるまで。
急な残業で連絡する間もなく、急ぎ片付けて駆けつけてくれていたのを疑うことなどなかった。だから、遅れても必ず来るから待っていてと、あなたはそう言ってくれればよかったのに。
待たせたら悪いからと、約束すらもなくなってしまい、忙しそうだからと連絡を控えていた私に訪れたのは、今となってはあがくことすら不可能な、完全なる別離。
もう、いまの私には、失うものなどなにひとつない。
よすがとしていたもうひとつを、なんどもなんども思い出した。それは、私の脳内にしか響かなかったようで、自分以外の誰も気付いた様子はなかったから、勘違いかと思った。
りんと響いたその声しか、いまは縋れるものがない。
せめて王太子が私に好意的であったなら、私は諦めていたかもしれない。
魔術師並みには、ひととして対等に扱ってくれていたならば、心が動いたかもしれない。
もしも、もしも、だ。
そんなことは、魔王退治の旅が過去のこととなり、民衆の関心が聖女と王太子との婚姻式に向いたいまになってすら、かけらも示されることはない。
そう、それでいい。
私を愛した存在は、私が愛した存在は、あの人だけでいい。
もう二度と会えないと、少なくとも同じ世界にいま存在してはいないと確信するからこそ、私は安堵できる。
今日の婚姻式が成立したとしても、王家やこの国の民が望むものを、私は与えない。
もとより、持ち合わせていない。もしも私が望んだとしても、血筋など残すことはできないのだ。
言葉を尽くして説明したとしても、彼らにそれは理解できないだろう。理解したとしても信じないだろう。信じたとしたら、私は処分されるのだろう。
信仰の対象として命ながらえたとしても、そこにはまた私の意思などないのだろう。訓練の際に数人の神官と衣食住を共にしたけれど、城での扱いと大差なかった。
ひとつ違ったことといえば、私を性の対象として見るものがいた、ということくらいだ。
きらびやかな王家の人々にとっては蔑む容姿であったとしても、彼ら神官たちにとっては、同胞にも存在する黒髪であったから、そういう忌避感はなかったのだろう。
私は、神殿でそのように扱われるのもまっぴらごめんだ。
それならば、万に一つの可能性に懸けてみるしかないじゃないか。
せめて表面上くらいは取り繕えば良いのにと、思ったこともあった。屋根のない馬車は真っ白で、隣に立つ王太子は、城を出るその時まで渋面を隠しもしなかった。
けれど、いまはそれで良いとすら思う。
私をとことん厭い続ければいい。そうであれば、私も憎み続けることができる。
暴力をふるったことも、暴言の数々も、粗略に扱ったことも、すべてが当たり前で正しいことだと信じていればいい。
それでこそ、私はこの世界を捨てることができる。
あなたたちがくれなかった情けを、私だってかけなくていいでしょう。
何の関係もない人に全ての罪を負わせ、闇に落とし、責任を押し付け、救いを求め、労いはなく、対価もない。
この茶番に対する報酬でもあるならば、労働と割り切れた。
なにもない。私には、なにも。
この金糸銀糸の刺繍に彩られた見事なドレスも、やせ細った身体を押しつぶすほどの民からの歓声も。王太子の隣に並ぶことも。そして、これから一生王城に住まうという未来も。
なにもかも、私にとっては栄誉でも名誉でもなく、報酬に値しない。
神殿へと続くこの道は、十三階段。
皆に死角となるところで王太子が私の足先を踏みつけようと、もう私は表情が動くことはない。おもねるために無理に微笑んだりはしない。
ただまっすぐに前を睨み、聖女を希求し、私を排除するこの世界をシャットアウトしよう。
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