鍵を胸に抱いたまま

亨珈

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再会

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 風の強い日の露店は最悪だ。
 実は、途中までは被っていた鍔広の帽子を幌布鞄に突っ込んで、改めて露台の上を確認した。
 二階建てのドーム状のレトロモダンな建物の周辺が芝生広場になっている。有名な観光地のすぐ傍にあるこの市営の場所は、土日祝日は必ずといっても良いほど何がしかのイベントが行われていて大賑わいだ。
 昨日は曇天ということもあり人出は少ないかと思っていたら、予想外に売れた。マダム層がいちどきにどっとやって来たから、バスツアーでもあったのだろう。
 日曜日の今日は晴れてはいるものの、突風が吹き、寒い云々よりもどの露店も商品の保護に必死にならざるを得ない。
 重量のある焼き物だけを扱っているところならともかく、絵葉書などの軽い物を扱っているところ、そして壊れ易いガラス器など言うに及ばずだ。テーブルに直接並べてあるなら高さがなければ風には煽られないが、保護と見た目の為、綺麗らしい布を敷いているのが徒となる。捲れ上がったそれらと一緒に、煉瓦調の通路に向かって傾いた時には、実はスライディングして受け止めた。
 それ以来、風が吹いている間は、ペンダントなどの装飾品やオブジェ、もしくはぐい飲みなどを何かで固定して陳列するようにしている。
 見栄えはよろしくないが、元々ここでの売り上げは期待していないため割とどうでもいい。
 早く時間が過ぎればいいのにと思いながら、昼前にはもう売り切れてしまった軽食の露店が札を用意しているのをぼうっと眺めていた。
 天然酵母と地元食材だけで作ったパン、そして同じく地産地消をモットーとしているスムージーのショップは、毎回大人気だ。
 固いパンが好きな実も、毎回開店直後に昼食分をゲットして、今日も鞄の中に大事にしまってある。
 時折露店の前で足を止める人々に「どうぞ気軽に手にとってご覧ください」と声を掛けながら、切ない気持ちを押し込めて、実は売り子に専念していた。
 また突風が吹き、隣の露店のイラストレーターは悲鳴を上げていた。ペーパーウエイトで押さえてある一枚売りの絵葉書がはためく。
 通路分空けて向かいで木工の玩具を並べている店主も、からんころんと転がるやじろべえのパーツを追い掛けて四つん這いになっていた。
 立て板にフックをつけて飾っていたネックレスやペンダントが揺れたが、実たちの店は被害なく済んだようだ。ぐるりと見回してから人の気配を感じて「いらっしゃいませ」と顔を上げる。
 営業用のその笑顔が、引き攣った。
「わったん……」
「やっぱり、みのっちだったんだ」
 十年の歳月など、大人になってしまえば短く感じられる。
 確かにその身の内にそれだけの時間が流れている筈なのに、あまり変わらない外見のせいで、まるで一週間ぶりに会う学生同士のように、軽い挨拶だけですぐにいつも通り喋れるような、そんな気安ささえ感じてしまうのだ。
「やっぱり?」
 首を傾げる実に、哲朗は説明をした。
 コンビとして活動している実と新汰だが、たまに受けるインタビューや講演会の仕事は、主に新汰が担当している。作品の重要な部分を担っているし実にとっては師匠のような存在でもあるからそれは当然のことなのだけれど、それでもたまに実の顔もテレビや雑誌に載ったりすることがある。二人並んでインタビューを受けている時などがそうで、哲朗はそれを見て、今日はここに実が居ると知っていて訪れたのだった。
「なんかさ……凄いんだな。有名人っていうか。びっくりした」
 短く整えた黒髪を掻きながら照れ笑いをする哲朗は、少し笑い皺が出来るようになった以外は、あの頃のままに見える。実より五歳年上の筈だが、若く見える方だろう。
 実は学生の頃に老け顔だと言われていたが、実際に年を取っても外見がそう変わらず、今となっては年相応ではないかと、自分では思っているのだが。
「別に……この界隈の人しか知らないような、まあ芸能人とかそういうのとは全然違うし、有名じゃないよ。技術もまだまだだしね」
 謙遜ではなく、事実そうなんだと言ってみたが、そうだとしてもこんなクリエイティブな活動しているのが凄いと、哲朗は心底感心しているようだった。
 一通り見てくれた頃に椅子を勧めると「いいのか?」ときょろきょろ見回している。
「コンビ組んでいる人、居るんだろ? それに俺売り子は出来ねえし」
「大丈夫。荷物の搬入はやるけど、基本的に新さんはブースには居ない。今はあっちで次のイベントの打ち合わせ」
 視線で示した先には、焼き物の露店のビア樽に腰掛けて、麦酒をその店のカップで飲みながら談笑している新汰が居る。
 その周りには笑い声が溢れ、打ち合わせという名目で飲み会をしているのは一目瞭然だった。運転があるから実は飲まない。家はここからなら歩いてでも行き来できる距離だが、流石に荷物が多いから車を出しているのだ。
 一瞥しただけですぐに視線を逸らせた実を見て、ふうんと鼻に抜けた返事をしてから哲朗は小さな折り畳み椅子に恐る恐る腰を下ろした。
「大丈夫だよ、耐荷重量百キロだから」
 笑いながら言うと、ほっと安堵の息をつく。
 良い体格をしているのにそんなときの表情が可愛らしくて、実はくすりと微笑んだ。
 それを見て、哲朗の頬も緩む。
「うん、やっぱその笑顔がいいわ」
 うっと言葉に詰まり、実はたじろいだ。
 最近思い出したばかりで昨日のことのように記憶が蘇っているから、間に流れてしまった月日を飛び越えて、ダイレクトに哲朗の笑顔が、声が、胸に響いてくるのだ。
 それでも、最後に会ったあの日、哲朗に抱き締められた後のことだけはどうしても思い出せない。
 今更必要のないことだとは思っても、こうして本当に会ってしまうと、それも薄情なことのように思えてくるのだった。
 いつまでもにこにこと自分の顔を眺めている哲朗に居た堪れなくなり、実は鞄の中から水筒を出しながら「今日は奥さんとか子供とかは? 一人で来たの?」と尋ねた。
 時の流れを事実として認識しておかないと、いつまでも甘く切ない想いを抱えたまま、また一人で勝手に意識し続けてしまうかもしれない。そう思っての、自虐的な問いでもあった。
「一人だよ。っていうかさ、いないし、そんなの」
 手元を見詰めてくぴくぴと喉を潤していた実は、思わず目を見開いて哲朗を凝視していた。
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