上 下
6 / 9

第五話 ロリコン執事に幼女の写真の魅力を説かれ、ショタコンメイドに長ズボンを取り上げられる日々

しおりを挟む
「んぅ……ん、んん?」

「むっ、起きたか。小僧」

「………」

「………」

 一瞬の沈黙。
  目の前には軍人風のいかつい顔が………。

「うわああああああああっ!? 何してるんですか高津さんっ!!」

  朝一で屋敷の中に絶叫が響き渡る。

  思わずベットの上で後ずさってしまったせいか、高津さんはムッ、としたような顔をした。

「何をしてるとは失敬な。小僧が昨日の草むしりで大分疲れていたようだったから寝坊しないよう、特別に幼女の写真を持ってきたというのに」

「すいません、一瞬好意かと思いましたけど後半が色々おかしいです」

「フッ、気にする必要はない、さぁ、思う存分この可憐な蕾たちを見て脳を活性化させると良い」

「話を聞いてください」

 そんな変態チックな脳みそは持っていませんという言葉は押さえ込む。

  表面上だけでも上司との関係を取り繕ったほうがいいだろう。

「そうですよ、国茂、自分の性癖を他人へと押し付けるのはやめなさい」

「む、瑞江か」

「瑞江さん、おはようございます」

 部屋に入ってきたのはすでに和装メイド服に身を包んでいる瑞江さんだった。

「何をしに来た。おぬしのようなものがいては小僧に迷惑だろう」

「それはあなたの方でしょう。いい加減、その度し難い性癖を矯正するべきです」

 朝っぱらから視線と視線でバチバチと火花を散らし合う。

「だいたい、こんな朝早くから何の用だ。どうせまたなにか企んでおるのだろう、この腹黒女め」

「悪巧み? なんのことですか?」

 しれっと言ってのける瑞江さんだったが、

「僕の執事服を半ズボンとすり替えようとしないでください」

「………なんのことでしょう?」

「なら、背中に回してる手を前に出してみせてください」

 瑞江さんは視線をそらしながらため息をつく。

「……疑い深くなりましたね、こうして少年は大人になっていってしまうのでしょうか」

「あっ、だから取り替えないでくださいってばっ!!」

「もう、どうして半ズボンではダメなのですか?」

「どうして長ズボンじゃダメなんですか」

「個人的に大損です」

 ゲンナリとした視線を向けるものの、意にも介さずに爛々とした様子で瑞江さんは語りだす。

「未成熟で汚れのない心、小さく愛らしい体躯、無邪気な笑顔……、ああ、やはり、半ズボンの似合う小さな男の子ほど私を興奮させてくれるものはありません……」

 最後は何だかウットリとした様子で話した瑞江さんは、はふぅと恍惚のため息をついた。完全にイッちゃった人である。

「ふんっ、悪趣味な女め。#男子_おのこ_#の雄々しさをなんだと思っているのだ」

「それはあなたのことでしょう、国茂。年端もいかない女児を相手に懸想する方が悪趣味だと思いますが」

「懸想だと? 何を勘違いしておるのだ貴様は。吾輩の崇高な使命をそのように受け取るおぬしのようなものの方が心が汚れているのだ」

 瑞江さんと高津さんはそれぞれこめかみに血管を浮かべながら視線を交わす。

  なんで似た者同士なのにこんなに仲が悪いんだろう、この人たち。

「ま、まぁまぁ、二人とも、朝からそんな喧嘩なんて……」

「あら、海人くん、おかしなことをいいますね。私のような淑女は幼い少女を眺めてニヤつく性癖を他人に押し付けるような変態とは喧嘩などしたりはしませんよ」

「小僧もきっとまだ昨日の疲れが残っておるのだな。でなければ、吾輩のような紳士は嫌がる男子に無理やり半ズボンを履かせようとする痴女と言い争うなどという勘違いはすまい」

「………」

「………」

 二人は今度は互いから白々しく目をそらしている。

 相変わらずこめかみに血管が浮かび上がったままだったが、直接罵り合うのはやめに………、

「……あ~、と」

「いい加減、そのつねっている私の腕を放してはどうですか?」

「そちらこそ、吾輩のエレガントな靴からその足をどけてもらいたいのだがな」

「………」

 この人達、本当は仲がいいんじゃないだろうか。

  なんにしても僕の部屋でこんなやりとりは続けないで欲しい。

「ふわあぁぁあ、もぅ、うるさいわよ……」

「あ、アリスお嬢様っ!?」

 開いた扉の先から現れたのは寝ぼけ眼のお嬢様だった。

  その姿を見たとたん、一気に顔が赤くなる。

  お嬢様がまとっているのはピンク色の透けたランジェリーだけだったからだ。

「って、まだ六時前じゃない。せっかくの休日なのに何を騒いでるのよ」

  薄く開いた目をこすりながら舌っ足らずな口調で抗議の声をあげる。

「これは申し訳ございません、お嬢様。それでは吾輩は庭の手入れの方を……」

「そうですね、私もそろそろ朝食の支度をしませんと……」

 一瞬で何もなかったかのように離れた二人はわざとらしくそんなセリフを吐く。

「あなたたち……またなの?」

 呆れたように言うお嬢様から二人ともあからさまに視線をそらす。

「まったく、結局どっちも年下好きってことなのにどうしてそんなくだらない言い争いになるのかしら」

「むっ、くだらないとは失敬ですね。アリス、あなたには何度も何度も説明しているというのにどうしてあの素晴らしさを理解できないのですか」

「それは私が普通に普通な男性の好みを持ってるからよ」

「ふふん、だから言っただろう、おぬしの気色の悪い趣味など常人には到底理解されるものではないのだ」

「いや、国茂のも同レベルだから………って、どうしたの? 顔が真っ赤よ海人」

「いや、あの、その」

「? どうしたの? 具合が悪いのなら言いなさい、すぐにお医者様を手配するわ」

「い、いえ、別に具合が悪いわけじゃなくて」

 熱を図ろうとしたのか、額に伸びてきたお嬢様の手から逃げるように身を引く。

「じゃあなんだって言うのよ?」

 むっ、とした様子のお嬢様が腰に手を当てて前にカラダを傾ける。

 うっ、そんな格好されたら……。

「だから、なんで目をそらすのよっ」

「そ、そんなこと言われましてもっ!!」

(そんな格好のアリスお嬢様を凝視できるわけがないでしょうっ!!)

「ふっ、まだまだ青いな、小僧」

「そうですね、そんな初々しいところも私の琴線を刺激してくれるのですが」

「??? なんなの?」

「それでは失礼して」

 すっ、とアリスお嬢様に近寄った瑞江さんがそっと何かを耳打ちする。

「へ?」

 キョトンとした声を上げたお嬢様は改めて自分の格好を見下ろすと、

「~~~っ!? きゃああぁああぁああぁっ!?」

  アリスお嬢様は腕でカラダを隠すようにして部屋から飛び出していった。

「さて、そろそろ本当に仕事の方に戻るとしよう。そろそろ庭の木々の剪定をせねばならんからな」

「私も朝食を作りましょうか、アリスも先程の出来事で本格的に目が覚めたでしょうし」

 そう言って二人は部屋から出ていった。

(やっと静かになった。今のうちに早く着替えておこう)

 また邪魔が入らないうちにと手早く用意された服に着替える。

  最初は違和感バリバリだったこの服装もだんだんと見慣れてきた。

「アリスお嬢様に拾われてからもう一週間か」

 妙な感慨に囚われながら思わずつぶやく。

  このお屋敷で使用人として仮採用を受けてから一週間が経った。学校はわざとサボっている。
 兄さんに捕獲されないための保険と、学校から連絡が行けば少しは頭を冷やしてくれるかもと期待したからだ。

 とはいえ、諦めるということを何より嫌う人でもあるので、最低でも数カ月は家には戻らないつもりだが。

 ここもお嬢様を除き変態の住処だったが、直接貞操の危機がない分ずっとマシである。

 慣れない環境に右往左往もしていたが、段々とこのお屋敷での仕事もだいぶこなせるようになってきた。

「…………よし、今日も一日頑張るか」

 まずは瑞江さんの朝食作りを手伝いに行こう。

 ここに来てから初めてアリスお嬢様がお休みの日だ。
 
 平日だとあと一時間もしたらお嬢様は学校に行ってしまうが、今日は出かける予定はないらしいのでアリスお嬢様は一日中屋敷にいる。
  つまり、仕事ぶりもアリスお嬢様本人が目にする機会が多くなるわけだ。

(少しでもお嬢様に恩返しができるよう、いつも以上に気合を入れないとな)

 自分の頬を軽く叩いて気合を入れなおすと、部屋を出て厨房に向けて歩き出したのだった。
  
しおりを挟む

処理中です...