【完結】うだつが上がらない底辺冒険者だったオッサンは命を燃やして強くなる

邪代夜叉(ヤシロヤシャ)

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【9】揺らぐ影、揺れる心

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 あくる朝。
 村の空は薄く白みはじめ、東の空を覆う霞の向こうから、かすかな陽光が滲み出していた。朝霧が地面近くを漂い、湿り気を帯びた空気が肌にまとわりつく。冷たさと重さが混ざったその空気を、トーマは肺いっぱいに吸い込み、ゆっくりと吐き出した。

 右袖は空っぽのまま、風に揺れてはひらひらと頼りなく踊る。その布が擦れる音が、静まり返った村の通りに微かに響いた。

 片腕でもできる仕事はないか探しながら、村の様子を伺う。
 この村は広くもなければ、特筆すべき産業もない。領主から貸し与えられた畑を耕し、年貢を納めるのが人々の営みだった。

 トーマの両親も、その一農民に過ぎない。土地は領主のもので勝手に耕せないし、やるにしても領主の許可が必要だ。
 収穫した作物も多くは年貢として取り上げられ、手元に残るのは僅かばかり――その現実を嫌というほど知っていた。

 農作業の繁忙期が終わると、村の若い男たちの多数は近隣の村や遠くの街へ出稼ぎに向かう。それがこの村では当たり前の生き方だった。

――この村も、ずいぶん寂れてしまったな。

 点在する家々の屋根瓦は所々欠け、壁板の隙間からは風が通り抜ける。子供のころは、同じ年頃の仲間たちと村中を駆け回っていたのに。笑い声で満ちていたはずの道が、今はやけに広く、そして空虚に見えた。

 暫く歩き回っていると、不意に耳に届く懐かしい声。

「……トーマ?」

 振り返ると、そこに立っていたのは、栗色の髪を後ろで束ねた女性。その隣には、その女性の横には同じ面差しを宿す少女が寄り添っていた。

 声をかけてきた女性に見覚えがあった。それは幼馴染の――

「もしかして、マリィか?」

「そうよ。まさか、帰ってきてたなんてね」

 柔らかく目を細めるマリィの笑顔に、十数年前の面影が重なる。
 トーマと同じ年頃にも関わらず、頬の線や笑うと少し垂れる目尻は昔と変わらない。陽の光を受けてきらめく瞳は、あの頃より落ち着いた色を帯びているが、少女のような可愛らしさと、年月の中で培われた大人の温もり。その両方を彼女は纏っていた。
 昔から可愛い顔立ちだったが、年齢を重ねてもその可愛らしさは健在だった。

「ああ、つい先日な。マリィ、久しぶりだな」

「本当……何年ぶりかしら……」

 マリィと言葉を交わす間も、トーマの視線は隣の少女へと移っていく。
 腰まで伸びた黒髪が風に揺れ、マリィに似たあどけなさの中に凛とした雰囲気を宿している。頬はまだ幼い丸みを残しながらも、すらりとした首筋や大きな瞳には、大人びた印象が芽生え始めていた。
 きっと、村の若い男たちが放っておかないだろうなと、トーマは余計な心配をしてしまう。

「その子……もしかして、マリィの?」

「ええ、そうよ。私の子、フィリスよ。ほら、フィリス、挨拶しなさい。彼はお母さんの昔からの友達だったトーマ。ほら、ノアちゃんのお母さんの弟さんよ」

「……はじめまして」

 おずおずと頭を下げるフィリスに、トーマは思わず頬を緩めた。

「ああ、初めまして。しかし、マリィに子どもがいるなんて……いやまあ、普通か」

「何よ、その言い方」マリィはくすりと笑う。

「そういう、トーマは? 奥さんとか子どもは?」

「まだ独り身だよ」

「えー、嘘。なんで?」

「冒険者だったからな。色恋沙汰とかにうつつを抜かす暇なんて無かったんだよ」

 嘘である。冒険者でも仲間との色恋があったり、結婚している冒険者は居たりした。トーマが独り身だったのは、結局は暇ではなく、そういった縁も金も無かったからだ。

「ふーん、そうなんだ……」

 マリィはトーマの右腕がないことに気づいていた。しかし、そのことには触れず、フィリスに向き直る。

「フィリス。ちょっと、この人トーマと話しているから先に畑に行ってて。あとで追いかけるからね」

「うん、解った」

 フィリスを先に畑へ行かせ、二人きりになると、通り道にあった大きな石に座り話しを続ける。

「昔、冒険者になるって言って村を飛び出していったけど、本当に叶えたのね」

「……叶えたってほどじゃないさ。なったはなったが、成果も稼ぎも大して……。挙げ句に右腕を失って、結局はしっぽを巻いて戻ってきただけだ」

 自嘲混じりに言うと、「やっぱり、その右腕は……」とマリィは呟きながら、きっぱりと首を振った。

「それでも村を出て夢に挑んで、冒険者になった。それだけで凄いことだと思うよ。私なんて、ずっとこの村で何も変わらない日々を過ごしているんだから。まあ、ごくたまに隣の村とかに行くけれど」

「いや……マリィは立派に親をやっているじゃないか。フィリスだっけ。子供をちゃんと育てているようだし。そういえば、いつ結婚したんだ?」

「トーマが成人の儀をやらずに村を飛び出してから、一年後にね。夫はカルトスよ。覚えている?」

「カルトス……ああ、たしか……俺達子供の中で年長リーダだったやつか」

「そうそう。あの頃、私の父が病気で働けなくて、ウチは他に兄弟や働き手がいないこともあってね。親が存命の内に勝手にカルトスとの縁談をまとめたのよ」

「そうか……。そのカルトスは?」

「街に出稼ぎよ。そろそろ村の祭りがあるし、近い内に帰ってくるはずよ」

「そういえば、ウチの姉ちゃんの旦那も出稼ぎに行っているし、やっぱりこの村に仕事はないか……」

「そうね……。この村の人たちは、ほとんどが農作業に従事しているからね。農作業以外の仕事といえば……収穫物を隣の村や街まで運ぶときに護衛とか、街とかのお使いを頼まれることくらいかな」

「そうだよな。そういうものしかないよな。魔獣討伐とかは?」

「一応、自警団はあるけど、あれは奉仕活動みたいなもので村に出没する魔獣を討伐してもお金にはならないわね。それに村の人たちが倒せない魔獣が出没するのなら領主様や冒険者ギルドに依頼するしね」

「そうだよな……」

 多くの村では、近辺に出没や襲撃してくる魔獣に対しては村の自警団や領主に派遣される討伐隊で対処するる。
 冒険者ギルドに魔獣退治があるものは、その地域を治める領主や村の長から依頼が主である。つまりは害悪級以上で、村人に手が負えられない危険な魔獣ばかりだが、そんな危険な魔獣が頻繁に出没する訳がない。
 だが、油断は大敵である。平和な村に、突然な凶暴な魔獣が出没することもある。あのオークやトロールみたいな魔獣が。それに弱い魔獣だとしても魔獣大量暴走スタンピードなる災害のようなものも発生する。

「あっ、そうだ。この村の北に深い森があるでしょう。あそこで薬草や調味料となる香草を採取したり、狩りとかしても良いんじゃない?」

「……なるほど」

 冒険者を廃業しても、冒険者今までやってきたみたいなことを仕事をしなければいけないのかと、トーマは小さくため息を漏らす。

「もっと話していたいけど、そろそろ行くね。久しぶりに話せて楽しかったわ。またお話しましょう、トーマ。もし手が空いていたら農作業を手伝いに来て貰っても良いわよ」

「ああ、考えとくよ。それじゃあな、マリィ」

 こうして十数年の時を埋めるように語り合った二人は、軽く手を振って別れた。
 マリィの後ろ姿が見えなくなるまで、トーマはしばらく立ち尽くして見送る中で、胸の奥に微かな温もりと、どうしようもない寂しさが同居していた。

 姉や幼馴染が家族を築いている。かつて自分と同じ景色を見ていたはずの彼女は、もう別の世界で生きているようで、自分より立派に生きている。

 それに比べて自分は――片腕と引き換えに冒険の日々を終え、行くあてもなく村に戻ってきた。

 この村での暮らしは、きっと冒険者だった頃のような刺激も高揚もないだろう。何もない日々の中に、自分なりの意味と意義を見つけられるのだろうか

 冒険者……人いや、として誇れる成果もない。名声も金もない。自分の元にあるのは、やけに広く感じる空の下で揺れる片腕の分だけ不自然に歪んでいる影だけ。

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