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【11】旧交を温めて
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次の日。
トーマは目的を決めず散歩をしており、昨夜の光景を何度も頭の中で追い払おうとしていた。
よく見えなかったが姉とはいえ、久しぶりに女の裸や男女の情事を見てしまった衝撃は大きかった。
(お陰で朝飯を食べずに家を出てしまった。しかし、マジで……女の裸なんて、何年ぶりだ?)
あの夜の息遣いや艶めかしい音、肌に落ちる月明かりの色までもが、まぶたの裏に焼き付いて離れない。
冒険者時代、先輩冒険者に連れられて初めて訪れた娼館の記憶が、ふと蘇る。
女性の柔肌にぎこちない手つきで触れたあの夜。相手の女性がくすりと笑い、初めての緊張を和らげてくれたこと。
その先輩は後に遺跡探索の依頼で帰らぬ人となったが、その夜だけは今も鮮やかに蘇り、いい人だったなと偲ぶ。
その後は、まだ無理が出来た若い頃に沢山稼いだ時には娼館を訪れ、溜まった欲や疲れを発散してきたのだった。
そんなことをぼんやり考えていた時、道の先で声が飛んだ。
「あ、トーマ。こんにちわ」
振り向けば、マリィが立っていた。籠を抱え、雑事をこなす幼馴染の姿にまだちゃんと働いていないトーマは後ろめたさを感じてしまう。
「どう、仕事は見つかったの?」
「いいや、まだだよ。……なあ、マリィ。やっぱり、この村での生活は厳しいか?」
「まあね。せっかく育てた作物も、大半は年貢で持っていかれるし。切り詰めるのにも限界があるから……ちょっと、他所様にお世話になったりもするしね」
その一言で、昨夜の淫らな記憶が不意に蘇る。
気付けばトーマの口から余計な言葉がこぼれていた。
「やっぱり……マリィも夜翅をしてるのか?」
※夜翅……この地方で“夜鷹”を意味する隠語。夜闇を漂う翅の音は、誘いの合図とも囁かれている。
その言葉を聞いた瞬間、マリィの足がぴたりと止まった。
籠の中で揺れていた農具が、ことりと小さな音を立てる。
「……え? 私は、そんなことしたことないし。お祭りの時だって……えっ…マリィ“も”って?」
「あっ、いや、その……なんでもない。聞かなかったことにしてくれ」
慌てて言葉を濁すトーマを、マリィはじっと見つめた。
その瞳には晴れた空のような澄み色と、底に潜む探るような光が同居している。
「ふーん……そうなんだ」
軽く言ったその響きは、トーマが夜翅を“知っている”ことを見抜いた声音だった。
「トーマも大人になったんだね。村の“成人の儀”にも出てないのに」
成人の儀。
村の若者が一人前として認められるための通過儀礼であり、古くからの因習。形だけの「契り」を結ぶ夜でもある。もうすぐその季節……祭りがやってくるのだ。
表向きは収穫祭……作物の収穫を祝う祭りである。村人や他所の村からの人々も一堂に会する明るい祭だ。それと併せて“成人の儀”も行われ、一方で大人の人たちもご相伴に預かるように乱痴気な催しものが行われる。
もとは収穫作業の人手を呼び込むための祭だったが、やがて男女を結びつける神聖な儀式として定着したのだ。
マリィは、ふっと口元を緩め、唇の端をわずかに上げた。
「……でも、別にトーマとだったら……夜翅をしてもいいよ。私は……」
「……えっ?」
その瞬間、幼い頃のあどけない頃しか知らなかった彼女が、確かに“大人の女”として目の前にいることを、トーマは意識してしまった。
「だけど、ちゃんと貰うものは貰うからね。そういうほうが、後腐れないでしょ?」
軽やかに言いながらも、その声色には微かなためらいと期待が混じっていた。
胸の奥に灯る熱を隠すように、彼女は視線を逸らす。
昨夜からくすぶり続けた衝動は、もう抑えられるものではなかった。
トーマは二つ返事で頷き、二人は夜が深く沈む頃に会う約束を交わす。
──その夜。
月明かりの下で再会した二人は、互いの呼吸を感じる距離に立った。
ひとつ息を吸えば、相手の体温や、髪に宿る淡い香りが肺の奥に染み込む。
触れた肩の温かさは、これまで娼館で抱いたどの女性よりも、ずっと柔らかで、確かだった。
時間が緩やかに溶けていき、言葉の代わりに吐息が交わされる。
やがて二人は、別の意味での旧交を温め終えると、トーマは冒険者時代に貯めたわずかな蓄えを懐から出し、マリィの手に押し込んだ。思わず多めに手渡してしまった。
「……え、こんなに? いいの?」
「いや、まあ……幼馴染の前で、格好つけたいだけだよ」
「冒険者って、やっぱり稼げていたのね」
「そうじゃないって。なけなしの金だよ。これでなおさら、早く仕事を見つけないといけなくなったわ」
「ふふ……頑張ってね、トーマ」
別れ際、マリィは少し背伸びして、彼の頬にそっと唇を触れさせた。
その微かな温もりと甘い余韻は、家に戻った後も長く、胸の奥でじんわりと残り続けた。
トーマは目的を決めず散歩をしており、昨夜の光景を何度も頭の中で追い払おうとしていた。
よく見えなかったが姉とはいえ、久しぶりに女の裸や男女の情事を見てしまった衝撃は大きかった。
(お陰で朝飯を食べずに家を出てしまった。しかし、マジで……女の裸なんて、何年ぶりだ?)
あの夜の息遣いや艶めかしい音、肌に落ちる月明かりの色までもが、まぶたの裏に焼き付いて離れない。
冒険者時代、先輩冒険者に連れられて初めて訪れた娼館の記憶が、ふと蘇る。
女性の柔肌にぎこちない手つきで触れたあの夜。相手の女性がくすりと笑い、初めての緊張を和らげてくれたこと。
その先輩は後に遺跡探索の依頼で帰らぬ人となったが、その夜だけは今も鮮やかに蘇り、いい人だったなと偲ぶ。
その後は、まだ無理が出来た若い頃に沢山稼いだ時には娼館を訪れ、溜まった欲や疲れを発散してきたのだった。
そんなことをぼんやり考えていた時、道の先で声が飛んだ。
「あ、トーマ。こんにちわ」
振り向けば、マリィが立っていた。籠を抱え、雑事をこなす幼馴染の姿にまだちゃんと働いていないトーマは後ろめたさを感じてしまう。
「どう、仕事は見つかったの?」
「いいや、まだだよ。……なあ、マリィ。やっぱり、この村での生活は厳しいか?」
「まあね。せっかく育てた作物も、大半は年貢で持っていかれるし。切り詰めるのにも限界があるから……ちょっと、他所様にお世話になったりもするしね」
その一言で、昨夜の淫らな記憶が不意に蘇る。
気付けばトーマの口から余計な言葉がこぼれていた。
「やっぱり……マリィも夜翅をしてるのか?」
※夜翅……この地方で“夜鷹”を意味する隠語。夜闇を漂う翅の音は、誘いの合図とも囁かれている。
その言葉を聞いた瞬間、マリィの足がぴたりと止まった。
籠の中で揺れていた農具が、ことりと小さな音を立てる。
「……え? 私は、そんなことしたことないし。お祭りの時だって……えっ…マリィ“も”って?」
「あっ、いや、その……なんでもない。聞かなかったことにしてくれ」
慌てて言葉を濁すトーマを、マリィはじっと見つめた。
その瞳には晴れた空のような澄み色と、底に潜む探るような光が同居している。
「ふーん……そうなんだ」
軽く言ったその響きは、トーマが夜翅を“知っている”ことを見抜いた声音だった。
「トーマも大人になったんだね。村の“成人の儀”にも出てないのに」
成人の儀。
村の若者が一人前として認められるための通過儀礼であり、古くからの因習。形だけの「契り」を結ぶ夜でもある。もうすぐその季節……祭りがやってくるのだ。
表向きは収穫祭……作物の収穫を祝う祭りである。村人や他所の村からの人々も一堂に会する明るい祭だ。それと併せて“成人の儀”も行われ、一方で大人の人たちもご相伴に預かるように乱痴気な催しものが行われる。
もとは収穫作業の人手を呼び込むための祭だったが、やがて男女を結びつける神聖な儀式として定着したのだ。
マリィは、ふっと口元を緩め、唇の端をわずかに上げた。
「……でも、別にトーマとだったら……夜翅をしてもいいよ。私は……」
「……えっ?」
その瞬間、幼い頃のあどけない頃しか知らなかった彼女が、確かに“大人の女”として目の前にいることを、トーマは意識してしまった。
「だけど、ちゃんと貰うものは貰うからね。そういうほうが、後腐れないでしょ?」
軽やかに言いながらも、その声色には微かなためらいと期待が混じっていた。
胸の奥に灯る熱を隠すように、彼女は視線を逸らす。
昨夜からくすぶり続けた衝動は、もう抑えられるものではなかった。
トーマは二つ返事で頷き、二人は夜が深く沈む頃に会う約束を交わす。
──その夜。
月明かりの下で再会した二人は、互いの呼吸を感じる距離に立った。
ひとつ息を吸えば、相手の体温や、髪に宿る淡い香りが肺の奥に染み込む。
触れた肩の温かさは、これまで娼館で抱いたどの女性よりも、ずっと柔らかで、確かだった。
時間が緩やかに溶けていき、言葉の代わりに吐息が交わされる。
やがて二人は、別の意味での旧交を温め終えると、トーマは冒険者時代に貯めたわずかな蓄えを懐から出し、マリィの手に押し込んだ。思わず多めに手渡してしまった。
「……え、こんなに? いいの?」
「いや、まあ……幼馴染の前で、格好つけたいだけだよ」
「冒険者って、やっぱり稼げていたのね」
「そうじゃないって。なけなしの金だよ。これでなおさら、早く仕事を見つけないといけなくなったわ」
「ふふ……頑張ってね、トーマ」
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