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【12】沐浴の最中に
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村は収穫祭の準備で沸き立っていた。
畑から運び込まれる作物、広場に組まれる櫓、通りに飾られる花や布。
トーマも、そんな熱気の渦の中に借り出されていた。
荷車の押し引き、資材の運搬、祭り会場の地ならし──右腕がないことなどお構いなしに、次から次へと仕事を押し付けられていく。
こうして村人に顔を売っておけば、いずれ誰かが仕事を紹介してくれるかもしれない。そう思えば、苦言も飲み込み、黙々と身体を動かした。
働き盛りの男たちは出稼ぎで村を離れており、村には年配と中年ばかりが残っている。
その中で相対的に若き、しかも元冒険者のという肩書を持つトーマは貴重な“働き手”だった。
日が傾き始めた頃には、全身の筋肉が鉛のように重くなっていた。
額の汗が乾いては砂埃を吸い、肌にざらつく。
「子供の頃は、祭りの準備なんて眺めるだけだったけど……こんな重労働だったとはな」
これだけ汗水を流しても報酬はわずかな食料と一杯分の酒だけ。
ただ村では酒は貴重なので、その酒と共に文句は飲み込むしかなかった。
トーマは川へと足を向けた。
今日は夕暮れになっても空気が冷えない。
井戸水で行水するよりも、川の流れに身を沈める方が心地よく汗と埃を洗い流せるだろうと思った。
川岸の草むらを踏み分け、涼やかな水音が近づいた、その時だった。
「きゃあああああああああああっ!!!」
上流から甲高い悲鳴が響いた。
反射的に駆け出すトーマ。
水飛沫の向こう、夕陽を背にして立つ小柄な影──フィリス。その隣にノアとアルフ。
三人は浅瀬で身を寄せ合い、迫る醜悪な影に怯えていた。
川面を蹴って突進してくるのは、灰緑色の皮膚を持つゴブリンだった。口元は獲物を狙う獣の笑みに歪んでいた。
(なぜこんなところに……ゴブリンが!?)
考える余裕などない。今はただ──止めることだけだ。
トーマは常に携帯している腰の短剣を左手で抜いた。
夕陽が刃を淡く照らし、一瞬だけ川面に鋭い光を落とす。
ゴブリンは甲高く唸り、棍棒を大きく振りかぶる。狙いはフィリス。
その影が彼女の白い肩に覆いかぶさる刹那、トーマは咄嗟に短剣を投げた。
左手──利き腕ではない。狙いは正確ではない。
当たれば幸いだが、命中しなくてもゴブリンの動きを一瞬でも止められば良い。
短剣はゴブリンの顔のすぐ横を掠め、水しぶきを上げた。
「こっちだ! クソ野郎!」
叫んだ瞬間、ゴブリンは反射的に動きを止め、黄色い眼をトーマの方に向ける。
次の瞬間、トーマは全力で体当たりをした。
硬い衝撃と共に二つの影が水中に倒れ込み、浅い水面だったが大きな水柱が立った。
「グギャアッ!」
水飛沫の中で、ゴブリンが牙を剥く。
トーマは迷わず川底の石を掴み、渾身の力で頭部に叩きつけた。
一撃、二撃──骨の鈍い感触が左腕に伝わる。
ゴブリンは甲高い悲鳴をあげ、必死に抵抗するが、トーマは押さえ込んだまま力を緩めない。
三撃目で動きが鈍り、四撃目でその身体が力を失った。
灰緑色の醜い体が、川面にゆらゆらと浮かび、紫がかった血が水に溶けて広がっていく。
しばしの静寂が訪れた。
自分の荒い呼吸と、川のせせらぎだけが耳に残る。
フィリスたちにとっては刺激的な光景で、言葉を失っていた。
刺激的な光景ではあったが、トーマが来なければ──今ごろ、自分たちはどうなっていたのか。殺されていたかもしれない、連れ去られていたかもしれない。
その想像だけで背筋に冷たいものが走った。
「す……すごい……」
最初に声を漏らしたのはアルフだった。唾を飲み込み、まるで英雄を見るような眼差しを向ける。
ここ数日間、家では居候同然で肩身狭くしている同一人物とは思えなかった。
フィリスとノアの瞳にも驚きと尊敬が入り混じった色が浮かんでいる。
「あっ……あの……」
フィリスは何か言いかけて、唇を閉じる。頬が熱を帯び、言葉を探しているようだった。
「……おまえたち、さっさと服を着ろ。すぐにここから離れるぞ」
トーマは顔を背け、鋭く言い放つ。
三人は沐浴の最中だったため、一糸まとわぬ姿だった。
フィリスとノアは慌てて腕や髪で身体を隠し、顔を真っ赤にして川辺へ駆け上がる。濡れたまま服を身にまといながらも、視線は時折トーマへと向けられる。
その間、トーマは投げた短剣を拾い、鞘には戻さずに周囲を見回した。
ゴブリンは一匹で行動することもあるが、群れで動くのが普通だ。
(……本当に一匹だけならいいが)
危険が去ったと信じたい気持ちと、背中に張り付く緊張感を抱えたまま、三人は足早に家への道を駆けていった。
畑から運び込まれる作物、広場に組まれる櫓、通りに飾られる花や布。
トーマも、そんな熱気の渦の中に借り出されていた。
荷車の押し引き、資材の運搬、祭り会場の地ならし──右腕がないことなどお構いなしに、次から次へと仕事を押し付けられていく。
こうして村人に顔を売っておけば、いずれ誰かが仕事を紹介してくれるかもしれない。そう思えば、苦言も飲み込み、黙々と身体を動かした。
働き盛りの男たちは出稼ぎで村を離れており、村には年配と中年ばかりが残っている。
その中で相対的に若き、しかも元冒険者のという肩書を持つトーマは貴重な“働き手”だった。
日が傾き始めた頃には、全身の筋肉が鉛のように重くなっていた。
額の汗が乾いては砂埃を吸い、肌にざらつく。
「子供の頃は、祭りの準備なんて眺めるだけだったけど……こんな重労働だったとはな」
これだけ汗水を流しても報酬はわずかな食料と一杯分の酒だけ。
ただ村では酒は貴重なので、その酒と共に文句は飲み込むしかなかった。
トーマは川へと足を向けた。
今日は夕暮れになっても空気が冷えない。
井戸水で行水するよりも、川の流れに身を沈める方が心地よく汗と埃を洗い流せるだろうと思った。
川岸の草むらを踏み分け、涼やかな水音が近づいた、その時だった。
「きゃあああああああああああっ!!!」
上流から甲高い悲鳴が響いた。
反射的に駆け出すトーマ。
水飛沫の向こう、夕陽を背にして立つ小柄な影──フィリス。その隣にノアとアルフ。
三人は浅瀬で身を寄せ合い、迫る醜悪な影に怯えていた。
川面を蹴って突進してくるのは、灰緑色の皮膚を持つゴブリンだった。口元は獲物を狙う獣の笑みに歪んでいた。
(なぜこんなところに……ゴブリンが!?)
考える余裕などない。今はただ──止めることだけだ。
トーマは常に携帯している腰の短剣を左手で抜いた。
夕陽が刃を淡く照らし、一瞬だけ川面に鋭い光を落とす。
ゴブリンは甲高く唸り、棍棒を大きく振りかぶる。狙いはフィリス。
その影が彼女の白い肩に覆いかぶさる刹那、トーマは咄嗟に短剣を投げた。
左手──利き腕ではない。狙いは正確ではない。
当たれば幸いだが、命中しなくてもゴブリンの動きを一瞬でも止められば良い。
短剣はゴブリンの顔のすぐ横を掠め、水しぶきを上げた。
「こっちだ! クソ野郎!」
叫んだ瞬間、ゴブリンは反射的に動きを止め、黄色い眼をトーマの方に向ける。
次の瞬間、トーマは全力で体当たりをした。
硬い衝撃と共に二つの影が水中に倒れ込み、浅い水面だったが大きな水柱が立った。
「グギャアッ!」
水飛沫の中で、ゴブリンが牙を剥く。
トーマは迷わず川底の石を掴み、渾身の力で頭部に叩きつけた。
一撃、二撃──骨の鈍い感触が左腕に伝わる。
ゴブリンは甲高い悲鳴をあげ、必死に抵抗するが、トーマは押さえ込んだまま力を緩めない。
三撃目で動きが鈍り、四撃目でその身体が力を失った。
灰緑色の醜い体が、川面にゆらゆらと浮かび、紫がかった血が水に溶けて広がっていく。
しばしの静寂が訪れた。
自分の荒い呼吸と、川のせせらぎだけが耳に残る。
フィリスたちにとっては刺激的な光景で、言葉を失っていた。
刺激的な光景ではあったが、トーマが来なければ──今ごろ、自分たちはどうなっていたのか。殺されていたかもしれない、連れ去られていたかもしれない。
その想像だけで背筋に冷たいものが走った。
「す……すごい……」
最初に声を漏らしたのはアルフだった。唾を飲み込み、まるで英雄を見るような眼差しを向ける。
ここ数日間、家では居候同然で肩身狭くしている同一人物とは思えなかった。
フィリスとノアの瞳にも驚きと尊敬が入り混じった色が浮かんでいる。
「あっ……あの……」
フィリスは何か言いかけて、唇を閉じる。頬が熱を帯び、言葉を探しているようだった。
「……おまえたち、さっさと服を着ろ。すぐにここから離れるぞ」
トーマは顔を背け、鋭く言い放つ。
三人は沐浴の最中だったため、一糸まとわぬ姿だった。
フィリスとノアは慌てて腕や髪で身体を隠し、顔を真っ赤にして川辺へ駆け上がる。濡れたまま服を身にまといながらも、視線は時折トーマへと向けられる。
その間、トーマは投げた短剣を拾い、鞘には戻さずに周囲を見回した。
ゴブリンは一匹で行動することもあるが、群れで動くのが普通だ。
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