【完結】うだつが上がらない底辺冒険者だったオッサンは命を燃やして強くなる

邪代夜叉(ヤシロヤシャ)

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【22】森に潜む神々の気まぐれ

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 トーマと村の衆――マリィの夫カルトス。性格は好いが酒癖の悪さで知られる中年のグラン。そして、つい先日の祭りで成人の儀を終えたばかりの若葉のような青年レオ。血気盛んだが、まだ狩りの経験も浅い。
 その四人で、逃げ延びたゴブリンを追って、北の森へと足を踏み入れていた。

 昼でも森の中は仄暗く、頭上の枝葉が陽を遮り、地面は常に湿り気を帯びている。腐葉土の匂いが鼻にまとわりつき、ざわめく葉音が耳に張り付く。まるで森そのものが侵入者を監視しているかのようで、踏みしめる落ち葉の一枚一枚が余計に音を立てるように思えた。

 慣れぬ森道に、グランとレオはたびたび根に足を取られ、低い枝を払いのけては肩で息をつく。カルトスも表情こそ落ち着きを装っているが、その額にはじっとりと汗が浮かび、緊張で背筋は硬い。
 一方でトーマの歩みは揺るぎなく、視線は常に揺れる木々の奥へ、耳は葉擦れに紛れるかすかな気配を探り、鼻は風に混じる魔獣の臭いを探っていた。


「さすが、元冒険者ってことだな、トーマ」

 小声でカルトスが呟くと、トーマは肩越しにちらりと視線を返し、淡々と答える。

「まあ、こういう森とかには、よく探索や採取に出掛けていたしな」

 トーマは淡々と答えながらも、片手は常に短剣の柄に添えていた。

「そういえば、カルトス。この森で魔獣とか見かけたはあるか?」

「いや、少なくとも近年は無いな。それに森の奥に入る者なんて滅多にいないし、出るとしたら熊や鹿みたいな普通の獣ぐらいだ」

 魔獣マモノケモノ
 その違いは体内に魔石ませきを宿すかどうか。魔石を宿しているのが魔獣と区別される。

 魔石は心臓に存在することが多く“コア”とも呼ばれる。魔石はその名の通り、魔力を帯びており魔道具の素材にもなるが、ゴブリンのような下級魔獣では小石程度の大きさしかなく、苦労して解体しても、さほど価値はないのだ。

 さらに魔獣の死肉は強烈な腐臭を放ち、食べることなど到底できない。むしろ毒そのものだ――世の中にはそれを口にしても平気な異常者もいるらしいが、普通は食べない。食べられないので注意だ。

 森を進むにつれ、湿った冷気が肌を撫で、緊張がじわじわと膨らんでいく。やがて、トーマの視線が地面に吸い寄せられた。
 落ち葉をかき分け、泥に刻まれた小さな足跡――小柄で不規則、幾度も目にしたことのある形。

「見つけた……」

 トーマが低く呟くと、三人の視線が集まる。

「カルトス。あんたたちはここで待機しておいてくれ」

「え、俺たちも一緒に行くぜ、トーマさん――」

 若いレオが食い下がる。
 だがトーマは振り返り、鋭い眼差しで釘を刺した。

「素人がぞろぞろ行けば、相手ゴブリンに気づかれるし、もしかしたら罠が仕掛けられているかもしれない。ゴブリンはそういう狡猾さを持ってるんだ。ここは俺に任せて欲しい」

 カルトスは一瞬迷ったが、やがて頷いた。

「……わかった。無茶はするなよ」

 トーマは頷き返し、獲物を狩る獣のように身を低くして森の奥へ消えていった。
 枝葉を踏みしめる音を極力消し去り、ただ獲物を追う者の研ぎ澄まされた気配だけが、森に染みこんでいった。


***


 ゴブリンの足跡を辿っていくうちに、森の木々が途切れ、黒々とした岩肌が姿を現した。
 岩の裂け目のように口を開いたその場所からは、ひんやりとした風が吹き出している。
 トーマは慎重に近づき、耳を澄ませた。洞穴の奥から、かすかに水滴の落ちる音と……何か鼻につく……説明しがたい独特な匂いが漂ってくる。

(これは……ただの洞窟じゃないな)

 胸の奥に微かな緊張が走る。
 ゴブリンの足跡は、その暗闇へと続いていた。
 腰を落とし、息を潜めて覗き込んだ瞬間、トーマの胸がわずかに強張る。

 洞窟から漏れ出る重苦しい圧力――喉を圧迫し、肌にまとわりつく感覚。
 それは冒険者時代に幾度となく肌に感じ取った濃い“魔素”の気配だった。

「もしかして、ダンジョン、か……」

 呟いた声は湿った闇に吸い込まれ、反響すら弱々しく掻き消えた。

 この世界では、ダンジョンは、ある日突然、脈絡なく出現し、その内部には無数の魔物が湧き出す。ゆえに神々の産物気まぐれとも言われている。

 周囲の魔獣出現率を跳ね上げ、近隣の村や町を脅かす厄災の源泉だ。

 これまでトーマの村が長らく平穏であったことを思えば、この洞窟は生まれたばかりの“新生迷宮”だろう。
 奥からの魔獣の気配も強くはない。だが――ここからあふれ出すものが村に牙を剥くのは、時間の問題だろう。

(若い頃なら……手柄欲しさに、真っ先に飛び込んでいただろうな)

 短剣の柄に指をかけたまま、トーマはふっと自嘲の息を吐く。

 未踏のダンジョンには手つかずの財宝や遺物が眠っている可能性が高く、一攫千金の夢を掴む機会だ。また初踏破した冒険者は歴史に名を刻む。若き冒険者であれば、その誘惑に抗うのは至難だ。

 しかし、今のトーマは片腕を失い、無鉄砲に挑む若者でもない。命を張ってまで掴むべきものは、もうないのだ。

 なにはともあれ、この場所ダンジョンは、国や冒険者ギルドに報告しなければならない。

 ダンジョンの存在は周辺の村落や領地にとって死活問題だ。放置すれば、ここから湧いた魔物が次々と森を抜け、村を襲う。だからこそ、ダンジョンの存在は必ず報告する義務があるのだ。

 ダンジョンの誕生は災害とも言われるが、恩恵もある。

 冒険者たちは功績を求め、未踏破のダンジョンを目指して集う。その通過点や拠点となる村や町は人や物資で潤い、かつてない賑わいを得ることもある。村の未来は、この闇のダンジョンひとつに左右されるだろう。

「ここが本物のダンジョンならば、あいつらゴブリンも、この穴から出てきたって訳か……」

 呟きながら、トーマは洞窟を一瞥いちべつし、踵を返した。

 一旦カルトスと合流し、一刻も早く村に戻って村長、そして冒険者ギルドに報告するべきだ。

 来た道を歩きながら、トーマはかすかに背筋を震わせた。
 かつて夢を追った冒険者としての過去が、警鐘と同時に微かな昂ぶりを覚えていることを、自覚せざるを得なかった。

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