【完結】うだつが上がらない底辺冒険者だったオッサンは命を燃やして強くなる

邪代夜叉(ヤシロヤシャ)

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【29】目覚めの隣に

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 意識が、深い底からゆっくりと浮かび上がっていく。

 石と土の冷たい匂いではない。鼻をくすぐるのは乾いた木の香りと、どこか懐かしい布の匂い。背中を押し返すのは柔らかな寝具の感触。薄く開いた瞼に映ったのは、洞窟の岩肌ではなく、見慣れた木の梁が走る天井だった。

「……ここは……」

 かすれた声が自分の喉から洩れ、トーマはようやく理解する。
 そこは自宅の寝台の上だった。

 体を動かそうとしたが、左腕に妙な重みを感じる。

 身じろぎをしようとして、ふと左腕に妙な重みを感じる。視線を下ろすと、そこにあったのは規則正しい寝息を立てるセリヤの横顔だった。彼女はまるでトーマの腕を枕にするように身を預けている。

 やがてセリヤが薄く目を開けた。瞳がトーマの顔をとらえた瞬間、ぱっと花が咲くように笑みが広がる。

「……よかった……! 目を覚ましてくれて……」

 安堵と嬉しさがないまぜになった声。
 その響きに、トーマの胸がじんわりと熱を帯びた。

 セリヤは微笑みながら、トーマが気を失ってからの経緯を語ってくれた。

 セリヤは微笑みを絶やさず、トーマが気を失ってからの経緯を語ってくれる。
 気絶した後はガイがトーマとフィリスを背負い、危険に遭うこともなく全員で洞窟を脱出したこと。こうして村へ戻り、全員無事である――。

「あれから三日間、ずっと眠ってていたから、皆さん、すごく心配していましたよ」

「……三日もか。ずいぶん寝ていたんだな……」

 そう呟いたところで、軽いノック音。扉が開き、フィリスとスハァルが姿を見せた。

「あ、トーマさん! 起きている!」

 フィリスが駆け寄り、身を乗り出すようにしてトーマを覗き込んだ。

 一方のスハァルは腕を組み、少し照れくさそうに視線を逸らしながら、

「……助けてくれたこと、一応礼は言っとくわね。あんたのおかげで、わたしもこうして生きてるしね。それじゃ」

 短く言い放ち、くるりと背を向けて部屋を出ていった。
 セリヤは思わずくすりと笑う。

「スハァルは本当に感謝していると思いますよ。わざわざ残ってくれましたし、左腕だけでスハァルを背負って、私たちのところまで来てくれたんだもの。改めて思うけど……すごいですよ、トーマさんは」

「……あれは火事場の馬鹿力みたいなもんさ」

 トーマは肩をすくめたが、内心では自分の中に眠る覚醒の力を思い出し、複雑な感情が胸をよぎる。

「そういえば、ロウランたちは?」

「ああ、師匠ロウランたちは、冒険者ギルドへ今回のダンジョン調査報告する為にもう村を発っていますよ」

 任務を果たした以上、早急に報告に向かうのも当然だ。

「そうすると、なんでセリヤとついでにスハァルは残っているんだ?」

「そ……それは、私がトーマさんに探索を誘ってしまった所為で、あんなことに巻き込まれて…罪滅ぼし、みたいなものです。あ、スハァルは助けって貰ったのお礼を言う為に残っていたんです。まあ、身体に回っていた毒の解毒を完全に治してからというのもありましたが」

「そうか。そんな、わざわざ俺の為に残ってなくても…………」

 そのとき、不意に腹の底から盛大な音が鳴り響いた。
 三人の視線が一斉に集まり、気まずい沈黙を破ってフィリスが笑みをこぼした。

「ふふっ……。三日も寝てたんですから、当たり前ですよ。お腹が空いたんでしょう。すぐにパン粥を作ってきますね!」

 そう言って軽やかに台所へ駆けていく。セリヤも「あ、フィリスちゃん。私も手伝いますよ!」と後を追って退出していった。

 残されたトーマは一人、静かな部屋で深く息をついた。

 覚醒を発動すると、その後、必ず気を失っている――このままではいずれ取り返しがつかなくなるだろう。なんとか克服しなければいけない。

 トーマは目をつぶり……魔獣と死闘を繰り広げ、仲間フィリスを背負い、洞窟の闇を駆け抜けたあの時間を思い返すと、胸の奥に熱い高揚が湧き上がってしまう。

 危険と隣り合わせの冒険――その昂ぶりは、何物にも代えがたい。

「だけど、こんな危険なことは、やっぱり自重するべきだな。命がいくつあっても足りやしないな……」

 吐き出した声は、木の梁に淡く反響し、静かな部屋にゆっくりと溶けていった。
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