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【30】天を焦がす初めての火
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トーマは数日ぶりに外の空気を吸った。
まだ体の奥に、毒の名残がひっそりと潜んでいる気がする。それでも、久しぶりに陽の光を浴びた瞬間、鉛のように重かった心身がふっと軽くなるのを感じた。
澄み切った風を肺いっぱいに吸い込み、吐き出す。そのたびに、胸の奥でくすぶっていたわだかまりまでも、少しずつ解きほぐされていくようだった。
ふと、庭先からにぎやかな声が聞こえてきた。
耳を澄ますと、フィリスの家の庭の真ん中で、スハァルが腰に手を当て、フィリス、ノア、アルフの三人を前に講義をしているのが見えた。
三人は小さく頷きながら、目を輝かせてスハァルの話しを聞いていた。
スハァルが手にした杖で空中に呪紋を描くと、そこに淡い光の粒がちらちらと生まれた。まるで宵の星が降り立ったようにきらめき、子どもたちは小さな歓声を上げる。
「魔法ってのはね、何もないところから火や水を生み出すわけじゃないの」
スハァルの声は凛としていながらも柔らかい響きを帯び、聞く者を自然と惹きつける。
「大気に漂っている“魔素”を体内に取り込むことで“魔力”に変換される。その魔力を“呪文”と呪紋を通すことで、はじめて魔法として顕現するの」
そう言って、地面に紋様を描き、呪文を唱える。杖の先端に灯ったのは、小さな火球――ロウソクの炎ほどのものだったが、三人の目には十分に神秘的に映った。
この世界には「魔素」と呼ばれる力(魔力の素)が存在する。
魔素はあらゆる場所に微量ながら漂っており、呼吸をしているだけで自然と体内に取り込むことによって魔力が生成される。
どれほどの魔素を体内に蓄えられるかは、人それぞれである。
魔素を体内に多く蓄えられる者は魔力が高いと評され、魔力の高さに見合った強力な魔法を扱えるが、少ない者は火花程度しか起こせない。種族や素質によって大きな差があり、魔力の高さ=才能はまさに天賦のものだ。
少し脱線するが、魔力を使い果たした場合は、大気中の魔素を再び体内に取り込んで回復するしかない。
特にダンジョンなど魔素が濃密な場所では、自然回復が早まる。
また、近年では魔素を液体化した「エーテル」が開発され、これを飲めば即座に魔力を回復できるが、その価格は庶民どころか普通の冒険者でも手の届かないほどであり、王侯貴族や大魔導士の贅沢品となっている。
トーマは興味津々にその講義を興味津々で聞いていた。
普段は寡黙で無愛想にすら見えるスハァルだが、こうして魔法を語る姿は妙に堂に入り、まるで別人のようだった。
スハァルの魔法講義は続く。
「このように、決まった言葉と紋様を通すからこそ魔力は“魔法”になる訳。魔法を使える人が少ないのは、この“呪文”と“呪紋”を覚えるのが難しいから。けれど、それを覚えれば、誰でも魔法は使えるようになるの」
すると、フィリスが遠慮がちに手を上げた。
「スハァルさん、“魔法の巻物”ってありますよね? あれも同じ仕組みなんですか?」
「ええ、そうよ。巻物にはあらかじめ呪文と呪紋が記されているたから、使用者は魔力さえあれば、呪文や呪紋が分からなくても魔法を発動できるようにしているの。まあ、巻物は高価で、しかも使い捨ての贅沢品だからね。おいそれと巻物をなんか使わないでしょうけど」
そう、魔法の巻物は財布に余裕のある貴族か、銀等級以上の冒険者くらいしか手を出せないものである。
トーマも冒険者時代、巻物を使う機会はなかった。金のある者だけが容易に力を得る、その格差を改めて思い知らされる。
「けれどね、呪文と呪紋を学び、身につければ、巻物に頼らずとも魔法は使える。魔法学院や高名な魔導士に師事しなければ学べないことを、こうして聞けるのは幸運だと思いなさい」
そう言って、スハァルは懐から三枚の皮紙を取り出し、三人に差し出した。呪文と呪紋が丁寧に刻まれている。
「という訳で、簡単に魔法の習得は出来ない訳だけど、魔法は使ってみたいと思うから。はい、これ。これに魔力を込めて魔法を使ってみましょうか」
「え? これにって魔法の巻物ですよね? 魔法の巻物って高いんじゃ?」
フィリスが不安げに眉をひそめる。
「心配はいらないわ。それは私が練習用に作ったものだから。せいぜい焚き火程度の魔法の巻物だから、気軽に使いなさい」
魔力を込める。
感覚的なものだが、自分の体内に溜まっている魔力を放出するイメージだろうか。
人によってはこれが出来ないというのもあるらしい。
三人は顔を見合わせ、大きく息を吸い込み、皮紙に向かって手を広げる。
各々の前に置かれた巻物からボアっと火が上がる。
ノアの前で火がゆらりと灯る。焚き火ほどの火力だ。
アルフは小さな炎を揺らめかせ、ロウソク十本ほどの光を放った。
「火が出たら、それが消えないように魔力を流し続けるのよ」
今やっているのは、魔力量を計るテストのようなもので、二人の火力は平均的なものであった。
(まあ、こんなものよね。あとは持続力がどれだけあるか。さて、フィリスの方は……)
その瞬間、空気がびり、と震えた。
フィリスの足元から立ち昇る気配に、庭の草木がざわめく。
周囲に空気の揺らぎが走ると、轟音とともに火柱が噴き上がった。
天を衝く炎は太陽に挑むかのように赤々と燃え、熱気が周囲を一気に押し包む。
ノアとアルフが尻もちをつく。スハァルでさえ、思わず目を見開いて一歩退いた。
「ス、スハァルさん! これ、どうすれば……!」
「……ああ、そうね。出来る限り、そのまま維持してみなさい」
震える声で指示を飛ばすスハァル。その横顔を炎の光が照らす。
物陰からその光景を見守っていたトーマは言葉を失っていた。
そして、炎の余光に照らされたスハァルの瞳は、驚愕だけではなく――測るような、試すような、奥深い色を帯びていた。
まだ体の奥に、毒の名残がひっそりと潜んでいる気がする。それでも、久しぶりに陽の光を浴びた瞬間、鉛のように重かった心身がふっと軽くなるのを感じた。
澄み切った風を肺いっぱいに吸い込み、吐き出す。そのたびに、胸の奥でくすぶっていたわだかまりまでも、少しずつ解きほぐされていくようだった。
ふと、庭先からにぎやかな声が聞こえてきた。
耳を澄ますと、フィリスの家の庭の真ん中で、スハァルが腰に手を当て、フィリス、ノア、アルフの三人を前に講義をしているのが見えた。
三人は小さく頷きながら、目を輝かせてスハァルの話しを聞いていた。
スハァルが手にした杖で空中に呪紋を描くと、そこに淡い光の粒がちらちらと生まれた。まるで宵の星が降り立ったようにきらめき、子どもたちは小さな歓声を上げる。
「魔法ってのはね、何もないところから火や水を生み出すわけじゃないの」
スハァルの声は凛としていながらも柔らかい響きを帯び、聞く者を自然と惹きつける。
「大気に漂っている“魔素”を体内に取り込むことで“魔力”に変換される。その魔力を“呪文”と呪紋を通すことで、はじめて魔法として顕現するの」
そう言って、地面に紋様を描き、呪文を唱える。杖の先端に灯ったのは、小さな火球――ロウソクの炎ほどのものだったが、三人の目には十分に神秘的に映った。
この世界には「魔素」と呼ばれる力(魔力の素)が存在する。
魔素はあらゆる場所に微量ながら漂っており、呼吸をしているだけで自然と体内に取り込むことによって魔力が生成される。
どれほどの魔素を体内に蓄えられるかは、人それぞれである。
魔素を体内に多く蓄えられる者は魔力が高いと評され、魔力の高さに見合った強力な魔法を扱えるが、少ない者は火花程度しか起こせない。種族や素質によって大きな差があり、魔力の高さ=才能はまさに天賦のものだ。
少し脱線するが、魔力を使い果たした場合は、大気中の魔素を再び体内に取り込んで回復するしかない。
特にダンジョンなど魔素が濃密な場所では、自然回復が早まる。
また、近年では魔素を液体化した「エーテル」が開発され、これを飲めば即座に魔力を回復できるが、その価格は庶民どころか普通の冒険者でも手の届かないほどであり、王侯貴族や大魔導士の贅沢品となっている。
トーマは興味津々にその講義を興味津々で聞いていた。
普段は寡黙で無愛想にすら見えるスハァルだが、こうして魔法を語る姿は妙に堂に入り、まるで別人のようだった。
スハァルの魔法講義は続く。
「このように、決まった言葉と紋様を通すからこそ魔力は“魔法”になる訳。魔法を使える人が少ないのは、この“呪文”と“呪紋”を覚えるのが難しいから。けれど、それを覚えれば、誰でも魔法は使えるようになるの」
すると、フィリスが遠慮がちに手を上げた。
「スハァルさん、“魔法の巻物”ってありますよね? あれも同じ仕組みなんですか?」
「ええ、そうよ。巻物にはあらかじめ呪文と呪紋が記されているたから、使用者は魔力さえあれば、呪文や呪紋が分からなくても魔法を発動できるようにしているの。まあ、巻物は高価で、しかも使い捨ての贅沢品だからね。おいそれと巻物をなんか使わないでしょうけど」
そう、魔法の巻物は財布に余裕のある貴族か、銀等級以上の冒険者くらいしか手を出せないものである。
トーマも冒険者時代、巻物を使う機会はなかった。金のある者だけが容易に力を得る、その格差を改めて思い知らされる。
「けれどね、呪文と呪紋を学び、身につければ、巻物に頼らずとも魔法は使える。魔法学院や高名な魔導士に師事しなければ学べないことを、こうして聞けるのは幸運だと思いなさい」
そう言って、スハァルは懐から三枚の皮紙を取り出し、三人に差し出した。呪文と呪紋が丁寧に刻まれている。
「という訳で、簡単に魔法の習得は出来ない訳だけど、魔法は使ってみたいと思うから。はい、これ。これに魔力を込めて魔法を使ってみましょうか」
「え? これにって魔法の巻物ですよね? 魔法の巻物って高いんじゃ?」
フィリスが不安げに眉をひそめる。
「心配はいらないわ。それは私が練習用に作ったものだから。せいぜい焚き火程度の魔法の巻物だから、気軽に使いなさい」
魔力を込める。
感覚的なものだが、自分の体内に溜まっている魔力を放出するイメージだろうか。
人によってはこれが出来ないというのもあるらしい。
三人は顔を見合わせ、大きく息を吸い込み、皮紙に向かって手を広げる。
各々の前に置かれた巻物からボアっと火が上がる。
ノアの前で火がゆらりと灯る。焚き火ほどの火力だ。
アルフは小さな炎を揺らめかせ、ロウソク十本ほどの光を放った。
「火が出たら、それが消えないように魔力を流し続けるのよ」
今やっているのは、魔力量を計るテストのようなもので、二人の火力は平均的なものであった。
(まあ、こんなものよね。あとは持続力がどれだけあるか。さて、フィリスの方は……)
その瞬間、空気がびり、と震えた。
フィリスの足元から立ち昇る気配に、庭の草木がざわめく。
周囲に空気の揺らぎが走ると、轟音とともに火柱が噴き上がった。
天を衝く炎は太陽に挑むかのように赤々と燃え、熱気が周囲を一気に押し包む。
ノアとアルフが尻もちをつく。スハァルでさえ、思わず目を見開いて一歩退いた。
「ス、スハァルさん! これ、どうすれば……!」
「……ああ、そうね。出来る限り、そのまま維持してみなさい」
震える声で指示を飛ばすスハァル。その横顔を炎の光が照らす。
物陰からその光景を見守っていたトーマは言葉を失っていた。
そして、炎の余光に照らされたスハァルの瞳は、驚愕だけではなく――測るような、試すような、奥深い色を帯びていた。
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