【完結】うだつが上がらない底辺冒険者だったオッサンは命を燃やして強くなる

邪代夜叉(ヤシロヤシャ)

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【32】鼻持ちならぬ若様

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 昼下がりの村の土道を、トーマとカルトスは並んで歩いていた。
 ふたりは警備任務の巡回中だった。

「……なあ、トーマ」

 不意に隣からかけられた声は、どこか沈み込んだ響きを帯びていた。
 カルトスはいつになく眉間に深い皺を寄せ、考え込むように前を見据えている。

「フィリスのことなんだが……魔導学院へ入れた方がいいだろうか?」

 唐突な相談に、トーマは思わず片眉を上げる。だがすぐに頷いた。
 先日、フィリスが高い魔力を発揮した場面を目にしていた。それに関わる話だと直感したからだ。

「いや、実はな……」

 カルトスは、スハァルから魔導学院への推薦の話を、かいつまんで語って聞かせた。


「なるほどね……学院に入れるなんて、そうそうある話じゃない。行けるもんなら、それ以上の道はないだろうよ。……俺みたいにな、何の伝手もなく村を飛び出して、冒険者稼業で腕一本失うよりは、よっぽど確かな未来がある」

 言いながら、トーマは無意識に左手で右袖を握った。そこにあるはずの腕はもうなく、布の奥は虚ろに空を切るばかりだ。

 カルトスは横目でその仕草を見やり、短くうなずいた。

「それに、この辺鄙な村から、王宮付きの魔術師が出るかもしれないんだ。もしそうなれば……親としても、村人としても、これ以上の誇りはないだろう。なにを迷う必要があるんだ?」

「いや、まあ、それはそうだが……」

 魔導学院は“選ばれた者の道”。行ける者なんて、ほんの一握り。
 その名誉にフィリスが選ばれたのだ。もっと誇るべきなのにな――とトーマは思った。
 だが、カルトスは浮かれる様子もなく、どこか遠くを見つめている。誇らしさよりも、迷いが心を覆っているかのように。

 そんな、ふたりの会話は、村の広場に響く喧噪によって途切れた。

 何事かと視線を向けると、人だかりができている。

 その中心で声を荒げているのは、領主の息子――ベルトラム・ガルソン。
 肥満した体を高価な衣服に押し込み、顔は汗で脂ぎっており、不摂生と傲慢さをそのまま形にしたような男だった。
 二十代も半ばをとうに過ぎてなお独り身。噂では領主の息子という立場でありながら、縁談はことごとく断られているらしい。辺境という土地柄だけでなく、彼自身の性格が災いしているのだろう。

「いいから新しく生まれたという洞窟ダンジョンへ案内しろ! 俺が先に探索して功績を立てるんだ!」

 ベルトラムは村長に詰め寄り、苛立ちを隠そうともせず足を踏み鳴らした。その響きが広場に不快な緊張を走らせる。しかし村長は怯まず、毅然とした態度で応じた。

「ベルトラム様がいかに命じられても、領主様――お父上より厳命を受けております。冒険者ギルドの確認が済むまで、洞窟への立ち入りは一切禁止。それに、あの洞窟に足を踏み入れた村人が犠牲になっているのです。これ以上、無用な死を出さぬためにも、誰ひとり近づけさせるわけには参りません」

 ベルトラムは歯ぎしりし、唇を歪める。やがて村長の背後に立つ冒険者たち――スハァルとセリヤを見つけ、指を突きつけた。

「んらば、そいつら冒険者を連れていければいいんだろう? 既に洞窟を調査の為に探索した冒険者らしいじゃないか。お前たち、俺の探索隊に加われ。それなりの金は出すぞ」

 スハァルの視線は氷の刃のように鋭く、声は短く切り捨てる。

「私たちは冒険者ギルドを通さない依頼は受けておりません」

 セリヤも困ったように眉を寄せ、しかしきっぱりと言葉を添える。

「それに、私たちは銀翼という冒険者パーティの一員ですので、こういう野良の依頼はお断りしておりますので」

 素人の集まりに巻き込まれるなど、愚の骨頂だ。そんな心の声を隠しながらも、彼女は笑顔すら作らなかった。

 ベルトラムの顔が、みるみる赤黒く染まっていく。

「なんて融通の利かん奴らだ! 俺を誰だと思っている! もうお前たちには頼まん。勝手にやらせてもらうぞ!」

 その剣幕に、周囲がざわめく。護衛を引き連れて洞窟に押しかけるのではと察し、トーマが前へ一歩進み出た。

「あの……」

 トーマはゆっくりと右袖をめくり上げ、見せつける。あるべきものがない空間を。

洞窟ダンジョンには凶悪で凶暴な魔獣がうようよ居て危険ですよ。こんな風に腕一本で済めば幸運。簡単に命が失う場所です」

 その所作と言葉は鋭い刃となって人々の胸に突き刺さり、ベルトラムは思わず怯えたように後ずさった。脂汗が額に滲み、喉が鳴る。

「チッ。まあいい、冒険者ギルド確認が終わったら、いの一番に洞窟へ足を踏み入れるのは俺だからな」

 吐き捨てるように言い、踵を返そうとしたそのとき、彼の目が別の標的を見つけた。

「……おっ、カルトスじゃないか。どうしている?」

「これはこれはベルトラム様……私はこの通り元気です」

「お前じゃない、フィリスだよ!」

「フィ…フィリスですか? フィリスは……」

 ちょうどその時だった。弁当を抱えたフィリスが、無邪気な笑顔で広場へ駆け込んできた。

「お父さん、トーマさーん!」

 その声にベルトラムの目がいやらしく細めた。

「おっ、フィリス。噂をすれば。いい感じに育っているじゃないか。成人の儀も終わったのだろう? ならば、早く俺の屋敷に奉公に来いよ。メイドとして、たっぷり可愛がってやるぞ」

 フィリスの笑顔は一瞬で凍りつき、身体が硬直する。隣のカルトスは必死に笑みを作り、震える声で「そ、その話は……いずれ」と言葉を濁した。

 ベルトラムがフィリスにちょっかいを出そうと察したセリヤはすぐにフィリスのもとへ歩み寄る。

「カルトスさん、私たちがフィリスちゃんを家まで送っていきますね」

 スハァルも無言のまま背後に立ち、護るように影を落とす。

 フィリスの背中は小さく震えていた。その震えが完全に収まるまで、二人は揺るぎない壁のように寄り添いながら家路を共にした。

 ベルトラムは面白くなさそうに舌打ちをして、村長にお茶を出せと要求して、勝手に村長宅に入り込んでった。

 なにはともあれ騒動が一段落した時、トーマは呟く。

「あっ、弁当……」

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