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【33】後悔と覚悟と
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トーマの家の囲炉裏には火が落ち、薄暗い光が壁に揺れていた。先ほどのベルトラムの騒動が、まだ胸の奥でざらついている。
トーマは白湯が入った木製のコップを片手にしながら、カルトスの話を思い返していた。
領主に借金していることもあり、口約束のようなかたちで「いずれはフィリスを奉公に出す」と言っていた。
そのため、フィリスを魔導学院へ進ませるという話には、簡単に首を縦に振れなかったのだ。
それに領主の息子ベルトラムが器量が良いフィリスに目をかけているらしいが、さっきの態度や執拗な視線で丸分かりだ。しかし、農民の娘に過ぎぬフィリスが正妻に迎えられるはずはなく、せいぜい愛人か妾として囲われるのが関の山だろう。
もっとも、この世界ではよくある話だ。借金の肩代わりと引き換えに娘を差し出す、そんな取引めいたことは珍しくもない。
しかし、それで暮らしが少し楽になろうと、あのベルトラムの毒牙にフィリスがかかるなど、どうしても想像すらしたくなかった。生理的な嫌悪が先に立ち、背筋に冷たいものが走る。
現実は重く、逃げ場のない借金の鎖が、フィリスの未来を締め付けていたのだ。
トーマは無意識に右肩を撫でた。理不尽に奪われることが痛ましいと知っているからだ。
そんな時、戸口が控えめに叩かれた。
「……トーマさん、入ってもいいですか?」
フィリスの声だった。
戸を開けると、囲炉裏の明かりに照らされた少女が立っていた。心なしか決意と緊張が入り混じった面持ちで。
「どうしたんだ?」
「えっーと、トーマさんにねえ……どうしても訊きたいことがあって」
「訊きたいこと?」
「トーマさんが、私と同じ年齢の時に村を飛び出して冒険者になったことを」
真っ直ぐな瞳。それでも声はかすかに震えていた。
トーマはしばし黙し、コップを見つめ、それから苦笑を浮かべて瞳を細めた。
「そうだな……結果だけを見れば冒険者として名を挙げられたわけじゃないからな。今の暮らしを見りゃ分かるだろ、胸張れるようなもんじゃないしね。……正直、後悔してないと言えば嘘になる」
トーマは手にしていた木製のコップをぎゅっと握りしめ、少し間を置いてから続けた。
「だけど、それでも村を飛び出したあの日の決断だけは、まったく後悔してないよ。夢を追って剣を握って、見たこともない街を歩き、知らない土地に足を踏み入れ、洞窟とかで魔獣と戦った。それらの経験は……間違いなくかけがえのない経験だ。たとえ結果はついてこなかったとしてもな」
言葉を吐くたびに、囲炉裏の火がぱち、と音を立てた。
トーマの目は遠くを見ていた。
「もし村に残ってたら……きっと、毎晩のように『もし冒険者になっていたら』なんて、ぐだぐだ言ってただろうな。そういう後悔は、きっと一生拭えなかったと思うよ」
「そうですか……」
フィリスは強く息を吸い込み、胸の内を整えるように目を閉じた。
「トーマさん……ありがとうございます。私……決めました」
「そうか……。まあ、俺のちっぽけな経験でも、何かしらの足しになったなら、それで十分だ」
トーマが苦笑するのを見て、フィリスは顔を真っ赤に染め、言葉を搾り出す。
「そんな……トーマさんは……私の英雄みたいなものです……、そ、それじゃ」
それだけ言うと、彼女は逃げるように戸を閉めた。
残された囲炉裏の火が、かすかに揺れてトーマの横顔を赤く染めていた。
トーマは白湯が入った木製のコップを片手にしながら、カルトスの話を思い返していた。
領主に借金していることもあり、口約束のようなかたちで「いずれはフィリスを奉公に出す」と言っていた。
そのため、フィリスを魔導学院へ進ませるという話には、簡単に首を縦に振れなかったのだ。
それに領主の息子ベルトラムが器量が良いフィリスに目をかけているらしいが、さっきの態度や執拗な視線で丸分かりだ。しかし、農民の娘に過ぎぬフィリスが正妻に迎えられるはずはなく、せいぜい愛人か妾として囲われるのが関の山だろう。
もっとも、この世界ではよくある話だ。借金の肩代わりと引き換えに娘を差し出す、そんな取引めいたことは珍しくもない。
しかし、それで暮らしが少し楽になろうと、あのベルトラムの毒牙にフィリスがかかるなど、どうしても想像すらしたくなかった。生理的な嫌悪が先に立ち、背筋に冷たいものが走る。
現実は重く、逃げ場のない借金の鎖が、フィリスの未来を締め付けていたのだ。
トーマは無意識に右肩を撫でた。理不尽に奪われることが痛ましいと知っているからだ。
そんな時、戸口が控えめに叩かれた。
「……トーマさん、入ってもいいですか?」
フィリスの声だった。
戸を開けると、囲炉裏の明かりに照らされた少女が立っていた。心なしか決意と緊張が入り混じった面持ちで。
「どうしたんだ?」
「えっーと、トーマさんにねえ……どうしても訊きたいことがあって」
「訊きたいこと?」
「トーマさんが、私と同じ年齢の時に村を飛び出して冒険者になったことを」
真っ直ぐな瞳。それでも声はかすかに震えていた。
トーマはしばし黙し、コップを見つめ、それから苦笑を浮かべて瞳を細めた。
「そうだな……結果だけを見れば冒険者として名を挙げられたわけじゃないからな。今の暮らしを見りゃ分かるだろ、胸張れるようなもんじゃないしね。……正直、後悔してないと言えば嘘になる」
トーマは手にしていた木製のコップをぎゅっと握りしめ、少し間を置いてから続けた。
「だけど、それでも村を飛び出したあの日の決断だけは、まったく後悔してないよ。夢を追って剣を握って、見たこともない街を歩き、知らない土地に足を踏み入れ、洞窟とかで魔獣と戦った。それらの経験は……間違いなくかけがえのない経験だ。たとえ結果はついてこなかったとしてもな」
言葉を吐くたびに、囲炉裏の火がぱち、と音を立てた。
トーマの目は遠くを見ていた。
「もし村に残ってたら……きっと、毎晩のように『もし冒険者になっていたら』なんて、ぐだぐだ言ってただろうな。そういう後悔は、きっと一生拭えなかったと思うよ」
「そうですか……」
フィリスは強く息を吸い込み、胸の内を整えるように目を閉じた。
「トーマさん……ありがとうございます。私……決めました」
「そうか……。まあ、俺のちっぽけな経験でも、何かしらの足しになったなら、それで十分だ」
トーマが苦笑するのを見て、フィリスは顔を真っ赤に染め、言葉を搾り出す。
「そんな……トーマさんは……私の英雄みたいなものです……、そ、それじゃ」
それだけ言うと、彼女は逃げるように戸を閉めた。
残された囲炉裏の火が、かすかに揺れてトーマの横顔を赤く染めていた。
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