【完結】うだつが上がらない底辺冒険者だったオッサンは命を燃やして強くなる

邪代夜叉(ヤシロヤシャ)

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【34】魔導学院へ

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 その夜、粗末なランプの炎が揺れる家の中で、フィリスは両親に向かって深く息を吸い込んだ。
 胸の奥で波打つ鼓動は、逃げ場を失った小鳥のようにせわしなく跳ねている。
 けれど、言葉ははっきりと口を突いて出た。

「お父さん、お母さん。私……魔導学院へ行きたい」

 静寂が落ちた。針の落ちる音すら聞こえそうなほどの沈黙。

 父カルトスの大きな手が卓の上で握り締められる。硬く、節だらけの拳が震えていた。彼の顔には、言葉にできない葛藤と苦悩が刻まれている。
 背にのしかかる領主への借金、その重みが彼を押し潰し、娘の未来をも縛りつけていた。

「……フィリス」

 声をかけようとしても、重い鎖のように喉が塞がり、言葉は途切れる。

 そのとき、母マリィが椅子を引き、ゆっくりと立ち上がった。皺ひとつない真剣な瞳で娘を見つめ、揺るがぬ声を響かせた。

「行きなさい、フィリス。私は……村を出る勇気もなく、何ひとつ成せなかった。けれど、あなたには違う未来を選んでほしい。こんな閉ざされた村の向こう側……い世界を見てきてほしいわ」

 その言葉は、暖炉の火よりも温かく胸に染み渡った。フィリスの瞳に熱い涙がにじみ、頬を伝ってこぼれる。

「……お母さん」

 カルトスはその様子を見つめ、顔を伏せた。唇を噛み、やがて深く息を吐き出す。
 長い沈黙の末、彼は苦渋の決断を下した。

「……分かった。借金……奉公のことは、交渉でなんとか先延ばしでも、やれることはやってみせる。こんなことで、お前の未来を潰す理由にはいかんからな」

 その声は掠れていたが、決して弱くはなかった。フィリスは涙に濡れた顔を上げ、両親に頭を下げる。

「お父さん……ありがとう……絶対に魔導学院で一杯勉強して、良い冒険者になるね」

 その言葉に、カルトスはふと口元をゆがめた。
 苦い笑みか、それとも希望の滲む笑みか、自分でも分からないまま、ぼそりと漏らす。

「いや……親としては、できれば冒険者よりも……宮廷魔術師にでもなってくれた方が安心なんだがな」

 ランプの炎がまた、ぱちりと揺れて影を踊らせたのだった。

***


 ――翌朝。

 フィリスは村長の別宅を訪ね、そこに宿泊しているスハァルの前に立った。
 胸の奥で燃える決意を、言葉に変えて告げる。

 ハーフエルフの女魔道士スハァルは、柔らかな銀の髪を風に揺らしながら静かに頷く。彼女の瞳は鏡のように澄み、そこに映るフィリスを誇らしげに見つめていた。


 ――そして数日後。

 旅立ちの日が訪れる。

 村の入口に立った一行は、早朝の冷たい風に外套をはためかせていた。
 顔ぶれは、フィリス、スハァル、セリヤ、そして護衛兼荷物持ちのトーマ。

 女三人の旅になるので、男手が欲しいということもあり、最初カルトスが同行を望んだが、帰路を考えれば危険は大きすぎるし、護衛を頼む出費が痛かった。
 そこへ元冒険者であるトーマが同行してくれることは心強かったし、村に戻る時もトーマ一人で十分だった。

 また村の警備は、ここ最近は魔獣の被害もなく、さらに領主の命で派遣された警備団が常駐しているため、人手不足に悩むこともない。トーマが不在でも問題はないと判断されたのだ。

 見送りに集まったのは、フィリスの家族――カルトスとマリィ。
 そしてトーマの家族――母マァム、姉ネア、その子供のノア、アルフ、旦那のアドル。
 決して大勢ではないが、温かくも張り詰めた空気が漂っていた。

 フィリスの元にノアが駆け寄ってきた。大きな瞳には羨望と悔しさが滲み、息を切らせながら言葉を吐き出した。

「いいなあ……魔導学院。私も行きたかったな」

 その声は、胸の奥に押し込めていた夢の残り香のように切なく響いた。
 フィリスは静かに微笑み、ノアの髪を優しく撫でる。

 横で見守っていたスハァルが、ふと柔らかな声をかけた。

「魔力はね、年を経るごとに強まることもあるの。もし力が伸びれば、私が推薦状を書いてあげるわ。チャンスはまだ消えていないわよ。ノアちゃん」

 その一言に、ノアは大きく瞳を揺らす。唇を強く噛み、こみ上げる涙を必死にこらえて、小さく、それでも力強く頷いた。

 振り返れば、母のマリィは涙を拭いながらも笑みを浮かべ、父カルトスは無骨な腕を組み、黙って頷いていた。

「それじゃあ、お父さん、お母さん。いってきまーす!」

 力いっぱいの声でそう告げた。
 両親の姿を胸に焼き付け、フィリスは前を向いた。

 風は冷たく、道は長い。
 けれどその胸に宿るのは恐れではなく――確かな決意の炎……初めて魔法を使って出現させて天を焦がした炎のように高々と燃え上がっていた。

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