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同僚(人妻)の口唇に 7
【1】
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藤井カズヤが26年の人生で初めての彼女にフラれたのは冬・・・クリスマス間近だった。
公園のベンチで茫然自失になって身体や心までも冬の冷たい風を長時間浴び続けたのを、まだはっきりと覚えている。
その日からしばらくは何をしても虚しかった。
会社に行き、淡々と仕事をこなし、コンビニ弁当で空腹を満たして寝るだけを繰り返すだけの空虚な日々。
でも――「いつまでも失恋を引きずってちゃダメだ」と思い立ち、カズヤは学んだ。恋愛学を。
本を読んだ。動画も見た。SNSで発信している“モテる男たち”の言葉にも耳を傾けた。
知識ばかりが増えても、実践しなければ意味がない。
そう思っていた矢先、同じ部署の先輩―副島リカコ―が目に入った。
整った顔立ちに、きちんとまとめられた黒髪。
いつも落ち着いた雰囲気で、知的な眼差しの奥には、どこか柔らかさを含んだ優しさが滲んでいる。
細身のスーツを着こなしながらも堅苦しさはなく、胸元にかけてわずかにラフな着こなしが彼女の人柄を物語っていた。
彼女は既婚者で、五歳になる子どもの母親(三十四歳)だ。
だからなのか、ふとした瞬間に見せる控えめな笑顔は母性的で、隣にいたくなるような、あたたかい空気をまとっていた。
派手さはないが心に残る――そんな女性だった。
ある日、彼女は珍しく鼻歌交じりで仕事をしていた。
「副島さん、なんか今日は機嫌がいいというか・・・なにかあったんですか?」
「ああ。今週ずっと旦那が出張なんだけど、子どもを実家に預けているから、久しぶりに一人の時間を過ごせるのよ」
家事や育児から解放されるからなのか、リカコは意気揚々としていたのだ。
ふと、このチャンスを逃してはいけないと、カズヤは思った。
「・・・よかったら、軽く飲みに行きませんか? 副島さん、あまり飲み会に参加しないから、たまにはどうですか?」
リカコは少し驚いた顔をしたあと、ふっと笑った。
「藤井くんから誘ってくるなんて、珍しいわね。なにかあるの?」
「そ、そうですか? ネットで良い店を見つけたんですけど、一人だと入りづらいというか。まあ、ちょっと自分のグチに付き合って貰いたいなと思っていたりしますけど」
「あーやっぱり。そうね、たまにはね・・・」
仕事を定時で終わらせ、カズヤはあらかじめ調べておいたイタリアンに彼女を案内した。
カジュアルだけど価格も手頃で料理もワインも美味しいと評判で女性にも人気がある店だ。
「オシャレなお店ね。藤井くんが、こんなとこ知ってるなんて、意外」
「そうですか? まあ実は最近、ちょっとだけ・・・モテようと思って、勉強中なんですよ」
グラスを合わせながらそう言うと、リカコはくすっと笑った。
ワインの赤が彼女の頬をほんのり染めていた。
二人は他愛のない話をしながら料理をつまんでいく。
「付き合っていた彼女にフラレたの? 通りでここ最近、元気が無かったというか生気が無かったというか、それで集中できなくて、仕事のミスが多かったのね」
「ご迷惑をお掛けしてすみません。まあ、いつまでもウジウジしちゃいけないと思って、一から自分を見直している最中でして」
ほど良くお酒が進み、小声で話す為にカズヤはリカコの隣に座っていた。
カズヤは赤裸々に自分のことを語ることによって、相手の警戒心を解きつつ、同情を誘った。
そのうちリカコもお酒の酔いも手伝って、ぽつりぽつりと愚痴を語り始める。
「うちね、ここ2年くらい・・・もう、そういうの、ご無沙汰なのよね」
「え、そうなんですか?」
「子どもが生まれてから段々とね。仕事が忙しいというのは解るけど、誘っても素っ気ないというかなんというか・・・」
カズヤは何も言わなかった。ただ相づちを打ちながら、リカコの表情をじっと見つめていた。
気づけばワインも三杯目を超え、互いに距離が近づいていた。
カズヤは自然な流れでリカコの手を取った。
冷たくもなく、ぬくもりを感じる手。驚いたように一瞬視線を泳がせたが、彼女はそれを払いのけることもしなかった。
十分に酔いが回り、ガードが下がった合図。ここがタイミングだと直感する。
「勿体ないですね。オレだったら、リカコさんみたいな綺麗な人と毎日セックスしたいですよ」
リカコの指がぴくりと震えた。
「・・・な、なに言っているのよ、おばさんをからかっちゃダメよ」
カズヤはリカコの目をまっすぐに見つめた。
その瞳には、いけないことだと分かっていながらも、期待と戸惑いが同居している。
その揺れる心を見逃さず、静かに言葉を添えた。
「本気で言ってますよ。リカコさん、まだ全然若いし、二十代って言われても余裕で信じます。……今、すごくキスしたいと思ってるんです。しても、いいですか?」
「え・・あっ・・・」
戸惑いの間隙を縫うように、カズヤはそっと彼女の唇に口づけた。
優しく、触れるだけのフレンチキス。まるで確かめるように。
リカコは目を見開いたが、逃げることも、押し返すこともなかった。
ただ、微かに息を呑み、静かにその唇を受け入れていた。
「・・・んっ」
再び、キス。
今度は少し深く、唇を重ね、舌が触れ合う。
リカコの体から力が抜け、肩がゆるやかに落ちた。
目が合った。トロンと蕩けたような視線。
酔いと、熱と、抑えきれない欲が、その表情に色を差していた。
「藤井くん・・・」
その名を呼ぶ声が、どこか甘く震えていた。
「今日だけはカズヤって呼んでくれませんか? 僕もタカコさんって呼びますから」
「え・・・」
時間が止まったような静かな空間の中で、ふたりの視線がまた交わる。
「・・・この近くに、ちょっと静かに話せる場所、知ってるんですけど。どうしますか?」
カズヤができるだけ自然な声でそう言うと、リカコは一瞬目を伏せて、ふうっと息をついた。
「・・・話すだけ、なら」
その言葉には、ほんの少しの“嘘”があった。けれど、それでよかった。
今はただ、理性と感情の境目を曖昧にしていたかった。
ふたりは席を立ち、店を出た。
夜の空気はほんのり涼しく、火照った頬に心地よかった。
ハイヒールの音と鼓動音が静かな路地にリズムを刻ざむ。
やがて、ネオンが控えめに灯る小さなビジネスホテルの前で、カズヤが足を止める。
視線だけで問いかけると、リカコはほんの少し、うなずいた。
公園のベンチで茫然自失になって身体や心までも冬の冷たい風を長時間浴び続けたのを、まだはっきりと覚えている。
その日からしばらくは何をしても虚しかった。
会社に行き、淡々と仕事をこなし、コンビニ弁当で空腹を満たして寝るだけを繰り返すだけの空虚な日々。
でも――「いつまでも失恋を引きずってちゃダメだ」と思い立ち、カズヤは学んだ。恋愛学を。
本を読んだ。動画も見た。SNSで発信している“モテる男たち”の言葉にも耳を傾けた。
知識ばかりが増えても、実践しなければ意味がない。
そう思っていた矢先、同じ部署の先輩―副島リカコ―が目に入った。
整った顔立ちに、きちんとまとめられた黒髪。
いつも落ち着いた雰囲気で、知的な眼差しの奥には、どこか柔らかさを含んだ優しさが滲んでいる。
細身のスーツを着こなしながらも堅苦しさはなく、胸元にかけてわずかにラフな着こなしが彼女の人柄を物語っていた。
彼女は既婚者で、五歳になる子どもの母親(三十四歳)だ。
だからなのか、ふとした瞬間に見せる控えめな笑顔は母性的で、隣にいたくなるような、あたたかい空気をまとっていた。
派手さはないが心に残る――そんな女性だった。
ある日、彼女は珍しく鼻歌交じりで仕事をしていた。
「副島さん、なんか今日は機嫌がいいというか・・・なにかあったんですか?」
「ああ。今週ずっと旦那が出張なんだけど、子どもを実家に預けているから、久しぶりに一人の時間を過ごせるのよ」
家事や育児から解放されるからなのか、リカコは意気揚々としていたのだ。
ふと、このチャンスを逃してはいけないと、カズヤは思った。
「・・・よかったら、軽く飲みに行きませんか? 副島さん、あまり飲み会に参加しないから、たまにはどうですか?」
リカコは少し驚いた顔をしたあと、ふっと笑った。
「藤井くんから誘ってくるなんて、珍しいわね。なにかあるの?」
「そ、そうですか? ネットで良い店を見つけたんですけど、一人だと入りづらいというか。まあ、ちょっと自分のグチに付き合って貰いたいなと思っていたりしますけど」
「あーやっぱり。そうね、たまにはね・・・」
仕事を定時で終わらせ、カズヤはあらかじめ調べておいたイタリアンに彼女を案内した。
カジュアルだけど価格も手頃で料理もワインも美味しいと評判で女性にも人気がある店だ。
「オシャレなお店ね。藤井くんが、こんなとこ知ってるなんて、意外」
「そうですか? まあ実は最近、ちょっとだけ・・・モテようと思って、勉強中なんですよ」
グラスを合わせながらそう言うと、リカコはくすっと笑った。
ワインの赤が彼女の頬をほんのり染めていた。
二人は他愛のない話をしながら料理をつまんでいく。
「付き合っていた彼女にフラレたの? 通りでここ最近、元気が無かったというか生気が無かったというか、それで集中できなくて、仕事のミスが多かったのね」
「ご迷惑をお掛けしてすみません。まあ、いつまでもウジウジしちゃいけないと思って、一から自分を見直している最中でして」
ほど良くお酒が進み、小声で話す為にカズヤはリカコの隣に座っていた。
カズヤは赤裸々に自分のことを語ることによって、相手の警戒心を解きつつ、同情を誘った。
そのうちリカコもお酒の酔いも手伝って、ぽつりぽつりと愚痴を語り始める。
「うちね、ここ2年くらい・・・もう、そういうの、ご無沙汰なのよね」
「え、そうなんですか?」
「子どもが生まれてから段々とね。仕事が忙しいというのは解るけど、誘っても素っ気ないというかなんというか・・・」
カズヤは何も言わなかった。ただ相づちを打ちながら、リカコの表情をじっと見つめていた。
気づけばワインも三杯目を超え、互いに距離が近づいていた。
カズヤは自然な流れでリカコの手を取った。
冷たくもなく、ぬくもりを感じる手。驚いたように一瞬視線を泳がせたが、彼女はそれを払いのけることもしなかった。
十分に酔いが回り、ガードが下がった合図。ここがタイミングだと直感する。
「勿体ないですね。オレだったら、リカコさんみたいな綺麗な人と毎日セックスしたいですよ」
リカコの指がぴくりと震えた。
「・・・な、なに言っているのよ、おばさんをからかっちゃダメよ」
カズヤはリカコの目をまっすぐに見つめた。
その瞳には、いけないことだと分かっていながらも、期待と戸惑いが同居している。
その揺れる心を見逃さず、静かに言葉を添えた。
「本気で言ってますよ。リカコさん、まだ全然若いし、二十代って言われても余裕で信じます。……今、すごくキスしたいと思ってるんです。しても、いいですか?」
「え・・あっ・・・」
戸惑いの間隙を縫うように、カズヤはそっと彼女の唇に口づけた。
優しく、触れるだけのフレンチキス。まるで確かめるように。
リカコは目を見開いたが、逃げることも、押し返すこともなかった。
ただ、微かに息を呑み、静かにその唇を受け入れていた。
「・・・んっ」
再び、キス。
今度は少し深く、唇を重ね、舌が触れ合う。
リカコの体から力が抜け、肩がゆるやかに落ちた。
目が合った。トロンと蕩けたような視線。
酔いと、熱と、抑えきれない欲が、その表情に色を差していた。
「藤井くん・・・」
その名を呼ぶ声が、どこか甘く震えていた。
「今日だけはカズヤって呼んでくれませんか? 僕もタカコさんって呼びますから」
「え・・・」
時間が止まったような静かな空間の中で、ふたりの視線がまた交わる。
「・・・この近くに、ちょっと静かに話せる場所、知ってるんですけど。どうしますか?」
カズヤができるだけ自然な声でそう言うと、リカコは一瞬目を伏せて、ふうっと息をついた。
「・・・話すだけ、なら」
その言葉には、ほんの少しの“嘘”があった。けれど、それでよかった。
今はただ、理性と感情の境目を曖昧にしていたかった。
ふたりは席を立ち、店を出た。
夜の空気はほんのり涼しく、火照った頬に心地よかった。
ハイヒールの音と鼓動音が静かな路地にリズムを刻ざむ。
やがて、ネオンが控えめに灯る小さなビジネスホテルの前で、カズヤが足を止める。
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