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嗚呼、またしても

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「今日は、長期休暇前の最終日。」
 
 昨日の約束通り今日は終業式の後、マリー様と中庭のサロンで話が出来る事になった。攻略対象者達がついて行きたいと言うのを丁重に断り、マリー様より先にサロンに着くように早めに教室を出た。
「ルイベルト様がアレクシス様に呼ばれたお陰で、簡単に護衛を断れたわ。今日は何から話そうかしら。やっとゆっくり話せるのね。」
 私は心踊らせて一階のサロンへ向かって歩いていた。だから大事な事をすっかり忘れてた。そこに階段があることを。
「あっ!!」
 乙女ゲームで階段と言えば、悪役令嬢の嫉妬によるヒロインの階段落ちがある。だからいつもは気をつけてるのに…。急いで手摺を掴んだけれど、魔法の力で弾かれた。「飛ばされる」と思った時には、既に体は傾き自分ではどうにもならず。振り返った先に見えたのは、何故か再びフレイシア様。どうして…?
 でもそれを遮るように別の顔が視界に飛び込んできた。
「理那っ!!」
「マリー様…?!」
 マリー様…あの時と同じだわ。前世の最後の事故。あの時も母は私を助けようと手を伸ばして、結局一緒に落ちて二人共前世の人生は終わってしまった。
「あっ!!お姉様駄目です。きゃーっ、誰かーっ!!」
いつもマリー様の側にいるソフィア様の叫び声。ほぼ同時に全身に広がる痛み。
「お二人共、大丈夫ですかっ!?」
 あれ?ソフィア様の声が聞こえる…。もしかして…私生きてる?ゆっくりと目を開いていく…。
「あれ?生きてる…。」
「ああ、聖女様気が付かれましたか?良かった…。お姉様が聖女様を抱きかかえるようにして落ちましたの。風魔法のタイミングがギリギリであまり衝撃を防げなかったようです。御体はあまり動かさない方が宜しいかと思いますわ。お姉様、聞こえますか?お姉様っ!!」
 私は自分の治癒魔法で、全身の痛みをなんとか体を起こせる程度まで和らげ、ゆっくりと上半身を起こした。
 隣のマリー様が目を開けない。私は急いでマリー様に手を翳して聖魔法を行使するが、思うようにいかない。それでも、視界が歪みそうになるのを必死で堪え、ソフィア様に支えられながら魔法をかけていると、
「ルナっ!!大丈夫か!?」
 マリー様と同じ髪色をしていて、皇太子様の側近をしているマリー様のお兄様、シリウス様が駆け寄ってきた。
「聖女様はご無事でしたか。ルナ、ルナ、おい、ルナっ!!駄目だ…レオ、頼む。俺はアレクシス様と学園長に報告してくる。」
 シリウス様の後方からもう一人の男性が現れた。マリー様に似た顔つきでシリウス様よりずっと幼い顔立ち。誰だろう?乙女ゲームのストーリーでは、登場してなかったはず。レオと呼ばれたその男性は、シリウス様の言葉に頷きマリー様の側に跪いた。軽くマリー様の様子を確認した後、掌が薄っすらと光出し、その手をマリー様の頭上から足下までゆっくりと翳していく。えっ、聖魔法?私は驚いた。魔法の使えるこの世界で、少数の治癒魔法士はいるけれど、聖魔法使いとなると話は変わってくる。聖女が使えるとされる上級魔法だからだ。小声でソフィア様にレオ様について訪ねた。
「彼は、ルナお姉様の弟君レオナルド'・ダーチェンサー様です。」
 この男性が、マリー様の弟さん?またしてもゲームストーリー役立たず。だいたいシリウス様も学園に入る前に亡くなってる筈なのよ。弟さんがいる設定も知らない。
「聖女様も回復してあげるね。ちょっと失礼。」
 レオ様はそう言って、私の背中に掌を翳した。マリー様に魔力を使ってるのに私の治癒までするとか、なんて魔力量なのよ。
「レオ、ルナの様子は?学園長連れてきた。アレクが暴走を始めたから取り敢えず訓練室に閉じ込めて、教師総出で足止めしてるが、あまり持ちそうにない。急いで逃げるぞ。」
「ははっ、兄さん流石だねぇ。姉さんは、体の方は大丈夫なんだけど、意識が戻らないんだ。」
 レオ様の言葉を聞いてシリウス様がマリー様を抱き上げた。
「今回のアレクは、過去最大級だ。訓練棟一棟吹っ飛ぶぞ。みんな訓練棟から出来るだけ遠くに逃げろ。ルナはこのまま屋敷に連れて行く。聖女さん立てるか?あんたには聞かなきゃいけないことがある。ソフィア、俺が戻るまで聖女さん頼めるか?直ぐに戻ってくるが…。」
「おまかせを。お姉様をお願いします。」
 私の頭上には、はてなマークが並んでいた。逃げる?何から?皇太子様から?訓練棟が飛ぶ?何故?何一つ理解出来ないままソフィア様に手を引かれて、その場を離れた直後のこと。
「ズドーンッ!!」
「キャッ!!」
 地響きと共に足下が揺らぎ、転がるように走り続けた。息が切れてもう走れないと思った時、強烈な威圧感と共に、目の前にアレクシス様が現れた。
「おい、ソフィア、ルナはどこだ?」
「ルナお姉様は、シリウス様と屋敷に戻られました。」
「容態は?」
「はい、レオ様が直ぐにお見えになったので御体の方は何事も無く。ただ、意識の方が未だお戻りになりません。」
「何故…ルナが…」
 威圧感は少し緩んだけれど、それはほんの一瞬にすぎなかった。次に来た威圧感は更に強くなっていて、息が苦しく、体を支えるのがやっとだった。
「アレクシス様、少し落ち着いてくださいませ。」
「ソフィア、お前は俺と同じ気持ちだと思っていたのだが違ったのか?」
「いいえ、私も悲しゅうございます。ですが、お姉様が命懸けで守ろうとしたものだからこそ、私も守りたいのでございます。」
「聖女ナタリー……」
 私は名前を呼ばれたけれど、威圧で声が出せないでいた。そこへ聞き慣れた声が届く。
「兄上、お待ち下さい。」
「ルイか…。」
「聖女様に危害を加えては為りませぬ。教会と争うことになります。」
「ほう……。ならば、お前が俺と戦え!!」
 アレクシス様の言葉を聞くと、即座にソフィア様が魔導具でバリアを張った。フッと体が軽くなり、呼吸も楽になった。
「聖女様、アレクシス様が暴走を始めるとある程度魔力を消費するまで収まりません。この魔導具はまだ試作段階で、どの程度の抗力があるかわかりませんが、魔力はお姉様からお借りしたので、ある程度は抗えると思います。ですが、このバリアを破られた時には、私も聖女様をお守り出来なくなってるかもしれません。お許し下さい。」
 うわーっ。何でそうなるのよ。私戦えないわよ。そんな訓練してないもの。これはもう、ルイベルト様に勝って頂かなければ…。
「ルイベルト様、頑張って下さい!!」
 声をかけたけれど、バリアの外には聞こえないらしい。ルイベルト様は、厳しい顔をしたまま剣を構えた。


 
 
 
 
 
 
 
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