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7・ルイベルトの後悔
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「なんてことをしていたんだ俺は……」
人払いをして、一人自室に籠もって頭を抱える少年がいた。
ルイベルト・ファビリア。ウィンドール王国の第二王子である。
「ああ、間違いない。あれは…ナタリーは、『理那』だ!!」
微かに肩をゆらし、崩れ落ちる。両手で顔を覆い、床に頭を付け嗚咽を漏らす。
「そして……そして、ルナマリア嬢は、おそらく一緒に亡くなった『真理』さんだ……」
幼い頃の王妃主催の事件の時は、気になる香りが何なのか、誰から香るものなのかも全くわからなかった。だが先日、ナタリーが水を浴びて乾かしていたと言っていたルナマリア嬢からは、微かに同様の懐かしい香りがしていた。
自分のしてきたことをどれだけ後悔しても、どれだけ懺悔しても、過去は取り消せない。
「何故あの香りに気付かなかったんだ。前世でどれだけあの親子に救われたか……なのに俺は……俺は……ルナマリア嬢に『悪役令嬢だ』などと、くそっ……なんてことを……あぁ……」
嗚咽から慟哭へ。頬を伝う涙は、毛足の長い高級な絨毯を濡らしていく。
「ワァァァァァ……」
追憶と思慕が、己への激しい怒りに変わり、胸を締め付ける心の叫びは、声とも音とも呼べないものへと変化し、周囲に張ったシールドをも震わせた。
俺の前世での家庭事情は今とは遥かに異なっていた。両親は度々喧嘩を繰り返し、物心ついた頃には、俺は両親の喧嘩から逃れる為に玄関の外に出て、扉の前にしゃがんでいた。何時からか、同じぼろアパートの二階の端っこの部屋に住んでいたのが、理那と真理さん親子だ。
「またご両親、喧嘩してるの?」
最初に声をかけてきたのは真理さんだ。俺と視線を合わせる為だろう、小さくしゃがんで話しかけてくれた。聞き慣れない声に反応して、顔を上げるとそこには、思わず縋り付きたくなるような笑顔があった。
「……?はい、私のお気に入りだけど貸してあげるわ。私は、理那。貴方名前は?ねぇ、算数は得意かしら?宿題教えて欲しいんだけど」
そう言って、手巾を差し出し、畳み掛けるように話しかけてきたのは、真理さんの一人娘である理那だ。母親の横にしゃがみ込み、同じように屈託のない笑顔を俺に向けてくれた。突然の事に驚いて一瞬固まったけれど、直ぐに我に返り、慌てて俺は答えた。
「……透。田中透」
「ご両親に、君が家に来ることを伝えるわね」
真理さんは、迷うこと無く扉を開けて、大声で両親に呼びかけ、あっと言う間に話がついてしまった。そんな二人に引き摺られるようにして、家に向かい、結局母親が迎えに来るまで、そこで過ごしていた。
小学5年生で理那と同じクラスになったある日、理那は父親がいないことで虐めを受けていた。
「私、真理ちゃんからはお父さんの事聞いたりしないから、どうしていないのかとか知らないんだけど……貴方のお父さんは、毎日宿題見てくれるの?毎日一緒に遊んだりお話したりしてくれるの?お休みの日は家族皆んなでピクニックに行こうとか、お買い物行こうとか、家から連れ出してくれるの?」
理那はこういう時、笑顔だ。怯みもしない。
「真理ちゃんはしてくれるわよ?お仕事もしてるし。だから真理ちゃんがいれば、私にお父さんの必要性って分からないのよね。貴方は、どう思う?」
最後の質問で、相手の戦意が喪失してしまう。言い返したくても、現実はそんなもんだ。うちの両親も相変わらず喧嘩してる。そのたびに真理さん宅に行って、食事して帰って来るのだ。
後で虐めに関して理那に聞くと、
「えっ?あれは虐めじゃあないでしょ?ただ誂ってきただけよ」
天然なのか、鈍感なのか、価値観が独特なのか?真理さんも自由人なところがあったから遺伝なのか?理那を見てると負けちゃいらんないなって、不思議と力が湧いてきたっけ……
そんな理那が大好きだったゲームが乙女ゲームだ。主人公の聖女になって質問に答えていき、王子などの男性キャラを射止めるというもの。理那から、答え教えてなどとよく言われたが、俺の答えが合ってるはずもなく、理不尽に怒られてたっけ。
この世界に転生して、理那が一番好きだった隣国の王子じゃなかったのは残念だったけれど、ウインドール王国の第二王子に生まれ変わったので、特権をいかしてゲームのストーリーを壊していくことにした。悪役は早々に排除すれば、聖女が虐められることもない。
だって、国を魔物から救う聖女が虐められるなんて、理不尽だろう?だから、ゲームで悪役令嬢だったルナマリア・エディントン嬢には、初めて会った時から罵声を浴びせてしまった。
母である王妃主催のお茶会で、何者かに襲撃を受けた時、本来なら魔力の少ないルナマリア嬢は、顔に傷を作ってしまう。それが原因で第二王子の婚約者になるのだが……何故かルナマリア嬢は、傷を負うどころか巨大なシールド魔法を展開して、そこに居合わせた全員を救ってしまった。
乙女ゲームでは、魔力が少なかった筈なのに何故?と思ったけれど、てっきり俺がフラグを折ってるせいで、ストーリーが書き換わっているのだと思っていた。
所詮ここは、ゲームの世界。フラグを折りさえすれば、簡単にストーリーも変わっていくものなのだと。俺はずっと、信じていたのだ。
人払いをして、一人自室に籠もって頭を抱える少年がいた。
ルイベルト・ファビリア。ウィンドール王国の第二王子である。
「ああ、間違いない。あれは…ナタリーは、『理那』だ!!」
微かに肩をゆらし、崩れ落ちる。両手で顔を覆い、床に頭を付け嗚咽を漏らす。
「そして……そして、ルナマリア嬢は、おそらく一緒に亡くなった『真理』さんだ……」
幼い頃の王妃主催の事件の時は、気になる香りが何なのか、誰から香るものなのかも全くわからなかった。だが先日、ナタリーが水を浴びて乾かしていたと言っていたルナマリア嬢からは、微かに同様の懐かしい香りがしていた。
自分のしてきたことをどれだけ後悔しても、どれだけ懺悔しても、過去は取り消せない。
「何故あの香りに気付かなかったんだ。前世でどれだけあの親子に救われたか……なのに俺は……俺は……ルナマリア嬢に『悪役令嬢だ』などと、くそっ……なんてことを……あぁ……」
嗚咽から慟哭へ。頬を伝う涙は、毛足の長い高級な絨毯を濡らしていく。
「ワァァァァァ……」
追憶と思慕が、己への激しい怒りに変わり、胸を締め付ける心の叫びは、声とも音とも呼べないものへと変化し、周囲に張ったシールドをも震わせた。
俺の前世での家庭事情は今とは遥かに異なっていた。両親は度々喧嘩を繰り返し、物心ついた頃には、俺は両親の喧嘩から逃れる為に玄関の外に出て、扉の前にしゃがんでいた。何時からか、同じぼろアパートの二階の端っこの部屋に住んでいたのが、理那と真理さん親子だ。
「またご両親、喧嘩してるの?」
最初に声をかけてきたのは真理さんだ。俺と視線を合わせる為だろう、小さくしゃがんで話しかけてくれた。聞き慣れない声に反応して、顔を上げるとそこには、思わず縋り付きたくなるような笑顔があった。
「……?はい、私のお気に入りだけど貸してあげるわ。私は、理那。貴方名前は?ねぇ、算数は得意かしら?宿題教えて欲しいんだけど」
そう言って、手巾を差し出し、畳み掛けるように話しかけてきたのは、真理さんの一人娘である理那だ。母親の横にしゃがみ込み、同じように屈託のない笑顔を俺に向けてくれた。突然の事に驚いて一瞬固まったけれど、直ぐに我に返り、慌てて俺は答えた。
「……透。田中透」
「ご両親に、君が家に来ることを伝えるわね」
真理さんは、迷うこと無く扉を開けて、大声で両親に呼びかけ、あっと言う間に話がついてしまった。そんな二人に引き摺られるようにして、家に向かい、結局母親が迎えに来るまで、そこで過ごしていた。
小学5年生で理那と同じクラスになったある日、理那は父親がいないことで虐めを受けていた。
「私、真理ちゃんからはお父さんの事聞いたりしないから、どうしていないのかとか知らないんだけど……貴方のお父さんは、毎日宿題見てくれるの?毎日一緒に遊んだりお話したりしてくれるの?お休みの日は家族皆んなでピクニックに行こうとか、お買い物行こうとか、家から連れ出してくれるの?」
理那はこういう時、笑顔だ。怯みもしない。
「真理ちゃんはしてくれるわよ?お仕事もしてるし。だから真理ちゃんがいれば、私にお父さんの必要性って分からないのよね。貴方は、どう思う?」
最後の質問で、相手の戦意が喪失してしまう。言い返したくても、現実はそんなもんだ。うちの両親も相変わらず喧嘩してる。そのたびに真理さん宅に行って、食事して帰って来るのだ。
後で虐めに関して理那に聞くと、
「えっ?あれは虐めじゃあないでしょ?ただ誂ってきただけよ」
天然なのか、鈍感なのか、価値観が独特なのか?真理さんも自由人なところがあったから遺伝なのか?理那を見てると負けちゃいらんないなって、不思議と力が湧いてきたっけ……
そんな理那が大好きだったゲームが乙女ゲームだ。主人公の聖女になって質問に答えていき、王子などの男性キャラを射止めるというもの。理那から、答え教えてなどとよく言われたが、俺の答えが合ってるはずもなく、理不尽に怒られてたっけ。
この世界に転生して、理那が一番好きだった隣国の王子じゃなかったのは残念だったけれど、ウインドール王国の第二王子に生まれ変わったので、特権をいかしてゲームのストーリーを壊していくことにした。悪役は早々に排除すれば、聖女が虐められることもない。
だって、国を魔物から救う聖女が虐められるなんて、理不尽だろう?だから、ゲームで悪役令嬢だったルナマリア・エディントン嬢には、初めて会った時から罵声を浴びせてしまった。
母である王妃主催のお茶会で、何者かに襲撃を受けた時、本来なら魔力の少ないルナマリア嬢は、顔に傷を作ってしまう。それが原因で第二王子の婚約者になるのだが……何故かルナマリア嬢は、傷を負うどころか巨大なシールド魔法を展開して、そこに居合わせた全員を救ってしまった。
乙女ゲームでは、魔力が少なかった筈なのに何故?と思ったけれど、てっきり俺がフラグを折ってるせいで、ストーリーが書き換わっているのだと思っていた。
所詮ここは、ゲームの世界。フラグを折りさえすれば、簡単にストーリーも変わっていくものなのだと。俺はずっと、信じていたのだ。
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