雨降る朔日

ゆきか

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第一幕 白磁の神

五 石を振り回すような乱暴な人と知り合った覚えはないわ。

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 地面が抉れ、雪と土が舞う。
 硬い不揃いの粒を連ねた鞭のようなものが叩きつけられているのだろう、とミーシャは音を頼りに想像した。
 膝をついたときの音で見つかってしまったらしい。
 次々と放たれる鞭を全てかわしていく。小石が頬を掠めたが傷はつかなかった。

 ミーシャは音もなくふわりと高く跳んで前方へ大きく間合いを取り、振り向いてカペラ語で話しかけた。

「名も名乗らずに襲うとは、無礼だと思わないかい」

 鞭が止んだ。数秒の沈黙。

「もしかして、私のことを知らないんですか……?」

 心外ですというような、少女の声。

「当然だろ、会ったことがないのだから。ね、クレア」

 クレアは頷いて答える。

「そうね、石を振り回すような乱暴な人と知り合った覚えはないわ」

 心外です……という表情を、少女は浮かべていることだろう。

「…………仕方ありません、教えてあげましょう。私はソフィ・フタローイ。あなたたちと同じ、オリアナの作品です」

 ミーシャはそれを聞いて失笑した。

傑作シェデーヴルの名を与えられたぼくたちと、二番目フタローイを同じにするのかい? 無礼もいいところだ。いったいどんな教育を受けたのかな」

「オリアナの作品という点において同じだと言っているんです。最新作である私があなたたちと同じだなんて思うわけがないじゃないですか。私はあなたたちと違って、頑丈で、賢くて、良い子に、作られたんです!」

 負けじと強い口調で返すフタローイ。

 ミーシャは尊大な微笑みを浮かべて言う。

「それは、オリアナの追求した美の条件に入るのかい?」

 フタローイの頭からカチンという音が聞こえた気がしたかと思うと、鞭が飛んできた。
 ミーシャには届かなかった。

「お兄ちゃん、そういう相手が傷つくようなことを言ったらダメっていつも言ってるでしょ。だからお友達ができないのよ」

「ぼくにはクレアがいる。友達は必要ないよ」

「家族ではない他人と友好的で対等な関係を築くことも大切よ。このあいだ翻訳してくれた本に出てきたマリー・ホワイト先生がそう言っていたでしょう、忘れたの?」

「覚えてるけど、それは人間の話だろう。シェデーヴルには関係ない」

「お兄ちゃんってば! ……あ、ごめんねフタローイ、二人だけで話しちゃって。それで、わたしたちにどんなご用だったのかな」

 猫のじゃれ合うような言い合いを止めて、フタローイに話しかけるクレア。
 フタローイは気を遣われて少々居心地が悪そうだ。全てを受け入れ包み込んでくれそうな優しい声でクレアは続ける。

「話してみて。対話で解決できるかもしれないわ」

「クレア、」

「お兄ちゃんが入ると喧嘩になるから静かにしてて」

 ぴしゃりと言われてミーシャはおとなしく口を閉じた。

 フタローイは毅然とした声で言った。

「……私はお母様より、命令を受けてここに来ました。ミーシャ・シェデーヴル、クレア・シェデーヴル、そしてクレアの中にいるそれを、回収するようにと」

「…………生きているのか」

「お母様があの程度で死ぬとでも?」

 ミーシャは意識が一瞬遠のき、よろめいた。

 ──まさかと思ってはいたが。どうして。あのとき、確かにこの手で。

「お兄ちゃん、しっかりして」

「……大丈夫だよ」

 クレアはミーシャの震える手を強く握った。フタローイの方を向いて言う。

「お母様はこの子のことも知っているのね」

「もちろんです。この数百年の間、あなたたちの動きは把握していましたから」

「さすがだわ。けど今まで手を出してこなかったのは何故かしら。新月の前後ならいつでも可能だったはずよ」

「お母様はあなたたちを観察するのを楽しんでいたのです。ですが状況が変わりました。シェデーヴルは子孫を残せないはず。なのにどういうわけか、クレアは人間との間に子を身籠った。そのためお母様はたいへん興味を持っており、回収して調べたくなったとのことです」

 クレアは大きな腹を撫でた。愛する彼がこの世に残してくれた、たった一つの形見。
 元々子供を産むように作られていないクレアの腹は、内側からの圧力でひび割れている。無事に産めるかどうか分からない。オリアナが生きているのなら頼りたいという思いが頭をよぎってしまった。
 しかし研究の対象として扱われるとなると……お母様であろうと、触れさせたくはない。
 クレアはミーシャの顔を見上げたが、暗くて何も見えない。

 ──お兄ちゃんも、きっと同じ気持ちよね。

「では、一緒に来ていただきましょう。抵抗しなければ危害は加えないことを約束します」

 フタローイがゆっくりと歩いて近付いてくる音が聞こえる。

 ミーシャは一歩後ずさったが、微笑んで言った。

「ぼくがおとなしくあの人のところへ行くと思うか?」

 鞭が放たれる。ミーシャは躱し、白樺の幹に横蹴りを入れた。根本から折れて弾けるように飛んだ白樺がフタローイを襲い命中した。その隙にミーシャは走り出す。足音を立てない標的を真の闇の中で見失えば、見つけることはできない。

「お兄ちゃんは少し時間を稼ぐだけのつもりだったと思うけど、あの子は今ので体が粉々になってしまったみたいよ」

 クレアはフタローイに聞こえないように風よりも小さな声で話しかける。

「あまりにも脆すぎる。ぼくたちを捕まえるのにあの程度のものをよこすとは思えない」

「そうね、油断しないで。あの音、石の割れる音ではないわ。何でできているのかしら」

「何でもいいさ」

「お兄ちゃんの体は大丈夫? 中から嫌な音が聞こえるわ。割れてしまう前に安全なところまで逃げ切らなきゃ」

「………そうだね」


- - - - - - -


 白樺の下敷きになった粘土の山がもぞもぞと蠢いた。
 幹の下から這い出し、五つの突起が生まれ、人の形に変化した。やがて元の少女の姿が現れる。

「なんて乱暴で野蛮な人形なの。……はあ、お母様はどうしてあんなものに執着するのでしょうか」
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