雨降る朔日

ゆきか

文字の大きさ
6 / 39
第一幕 白磁の神

六 母さん、後ろに……。

しおりを挟む
「このあたりだね」

 一果は提灯で辺りを照らす。音は聞こえない。

 その場でしばらく待つと、目の前を何かが風のように横切っていった。
 肌と髪が雪よりも白く、瞳は吸い込まれるように赤い、美しい横顔を朔夜は見た。

「白磁様」

 朔夜は思わず神の名を口にした。そう直感したのだ。あの美しさは人間のものではない。白磁様だ。言い伝えられている白磁様の特徴とも大方一致する。

 綴見町へ降りていくところだろうか。だが、それにしては何だか様子がおかしい。

「おお、あれがシェデーヴルか。本当に綺麗だね。さすが、我が友の最高傑作というだけあるな」

 一果は飛び跳ねそうなほど嬉しそうにそう言った。朔夜は首をかしげる。

「………? 白磁様じゃないのか?」

 朔夜の背中をパンと叩き、腹を抱えて笑う一果。なんだか母さんの様子もおかしい。ついていけない。

「違うよ。あれは、あたしの友人であるオリアナが作った人形だ」

「人形?」

「実によくできているだろう。石でできた硬くて重い体なのに、猫ちゃんのように俊敏でしなやかな動き、素晴らしいね。触ったら引っ掻かれるかな?」

 一果は軽やかな足取りでシェデーヴルの向かった方向へ歩き出した。

「追うよ。とはいっても慌てる必要はない。追いかけっこしたところで、あたしたちの足で追いつくのは無理なんだから」

 辺りは真の闇。シェデーヴルの足音は聞こえない。匂いも無い。それでも一果にはシェデーヴルの居場所が分かる。近くを走り抜けたときに紙人形を付けたのだ。

 朔夜は背後から近づいてくる気配を感じた。

「母さん、後ろに……」

「振り向くな」

 朔夜は黙って従い、体を硬くした。やがて黒のドレスと長い金髪をなびかせた少女が二人を追い越していった。

「あれは?」

「フタローイかな。こちらもオリアナの作品だよ。まったく卑怯な真似をするよね。新月にシェデーヴルを迎えに行かせるなんて。
 今のオリアナにもフタローイにも、シェデーヴルを捕まえられるほどの力は無い。だからきっと彼らの力が最も弱まる新月を狙うんだろうと思って来てみたら……ふふ、予想が当たったね。長い付き合いの友人の考えることは手に取るように分かるものさ」

「助けに行かないと」

 短刀の柄を握り力を込める朔夜。
 フタローイはまだ姿の見えるところにいる。一気に距離を詰めれば……。

「やめておきな。人形に人間と同じ毒は効かないよ」

 一果に制止され、短刀から手を離す。

「でも」

「無茶をしようとするな。あたしたちの目的は、シェデーヴルの回収。状態は問わない」

 ──この山に来た目的、いま初めて聞かされたんだけど。

 一果は落ち着いた声で続ける。

「フタローイを退けるのは簡単だが、シェデーヴルは相手にしたくないんだよ。もし逃げるのをやめて捨て身で攻撃に転じてくることがあったら大変だ。神聖な山で血を流してほしくはないしね。もう少し待とう。
 シェデーヴルは月明かりを動力源としている。月明かりの少ない時期、特に新月は目を覚ましていることさえ本来は不可能なはずだ。精神力だけで無理に動いているのだろう。そんなことでは限界が来るのも時間の問題だ。それまで待ってから回収するんだ」

「………おれは見てられない」

 飛び出そうとする朔夜の首根っこが掴まれた。

「聞きなさい朔夜。これ以上近付くのは危険すぎる。おまえが行っても死ぬだけだ。今おまえにできるのは、機を待つこと。わかった?」

 朔夜は不服そうに頷いた。


- - - - - - -


 提灯の光がミーシャの髪に反射したときに見つかってしまったようだ。フタローイが背後から迫ってくる音が聞こえる。

「さっき、人間のようなものが見えたような。なんだか、あの人のことを知っているような気がするわ。会ったことはないけれど……」

「……………」

「お兄ちゃん?」

 ミーシャは既にクレアと会話をする余裕を失っていた。立ち止まらないこと、ただそれだけだった。立ち止まったら二度とこの体は動かなくなる。

「お兄ちゃん……?」

 不安そうなクレアの声。ミーシャは何か返事をしてやらなければと思った。
 そのとき、足元の岩に躓いて、勢い余って体が高く浮いた。
 空中で回転して着地の姿勢をとったが、地面があるはずのところに無い。落下が止まらない。あの先は崖だったようだ。

 底の見えない闇の中で落ちていく時間は永遠のように思えるほど長く感じた。ミーシャは自分の背を下にしてクレアを抱きしめた。
 ようやく終わりを迎えることができると思った。


- - - - - - -


 ドーーーン……と、低い長い音が白磁山に響いた。

「すごい音……ただ事ではないよな。大丈夫かな」

「人形の追いかけっこは派手だね。神聖な山では静かにしてほしいんだけどな」

 平然とした声でそう言いながら音の方向へ提灯を向ける一果。

「母さん、やっぱり心配だ、様子を見に行こう」

「まだ危険だよ。落ち着いてもう少し待ちなさい」

「……はい」

 ズズズズ……と、地鳴りのような音が響く。石が擦れ合い軋むような音も混じっている。

「近付かなくて正解だったね。ここまでやるとは思わなかった」

「何が起きているんだ?」

「あたしの想像が正しければ、シェデーヴルが魔法を使った。…………無事では済んでいないだろうね」

「フタローイが?」

「いや、シェデーヴルがだ」

 朔夜は首をかしげる。

「よく分からないけど……そしたらフタローイに連れていかれてしまうんじゃないか? 早く行かないと」

「フタローイはシェデーヴルの回収を諦めておうちに帰って行ったようだ。手を出せない状況なのだろう。慌てる必要はない」

 音が完全に止むのを確認してから、一果は言う。

「……行こうか。今なら安全だ」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
現代文学
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

郷守の巫女、夜明けの嫁入り

春ノ抹茶
キャラ文芸
「私の妻となり、暁の里に来ていただけませんか?」 「​はい。───はい?」 東の果ての“占い娘”の噂を聞きつけ、彗月と名乗る美しい男が、村娘・紬の元にやってきた。 「古来より現世に住まう、人ならざるものの存在を、“あやかし”と言います。」 「暁の里は、あやかしと人間とが共存している、唯一の里なのです。」 近年、暁の里の結界が弱まっている。 結界を修復し、里を守ることが出来るのは、“郷守の巫女”ただ一人だけ。 郷守の巫女たる魂を持って生まれた紬は、その運命を受け入れて、彗月の手を取ることを決めた。 暁の里に降り立てば、そこには異様な日常がある。 あやかしと人間が当たり前のように言葉を交わし、共に笑い合っている。 里の案内人は扇子を広げ、紬を歓迎するのであった。 「さあ、足を踏み入れたが始まり!」 「此処は、人と人ならざるものが共に暮らす、現世に類を見ぬ唯一の地でございます」 「人の子あやかし。異なる種が手を取り合うは、夜明けの訪れと言えましょう」 「夢か現か、神楽に隠れたまほろばか」 「​──ようこそ、暁の里へ!」

後宮の偽花妃 国を追われた巫女見習いは宦官になる

gari@七柚カリン
キャラ文芸
旧題:国を追われた巫女見習いは、隣国の後宮で二重に花開く ☆4月上旬に書籍発売です。たくさんの応援をありがとうございました!☆ 植物を慈しむ巫女見習いの凛月には、二つの秘密がある。それは、『植物の心がわかること』『見目が変化すること』。  そんな凛月は、次期巫女を侮辱した罪を着せられ国外追放されてしまう。  心機一転、紹介状を手に向かったのは隣国の都。そこで偶然知り合ったのは、高官の峰風だった。  峰風の取次ぎで紹介先の人物との対面を果たすが、提案されたのは後宮内での二つの仕事。ある時は引きこもり後宮妃(欣怡)として巫女の務めを果たし、またある時は、少年宦官(子墨)として庭園管理の仕事をする、忙しくも楽しい二重生活が始まった。  仕事中に秘密の能力を活かし活躍したことで、子墨は女嫌いの峰風の助手に抜擢される。女であること・巫女であることを隠しつつ助手の仕事に邁進するが、これがきっかけとなり、宮廷内の様々な騒動に巻き込まれていく。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

呪われた少女の秘された寵愛婚―盈月―

くろのあずさ
キャラ文芸
異常存在(マレビト)と呼ばれる人にあらざる者たちが境界が曖昧な世界。甚大な被害を被る人々の平和と安寧を守るため、軍は組織されたのだと噂されていた。 「無駄とはなんだ。お前があまりにも妻としての自覚が足らないから、思い出させてやっているのだろう」 「それは……しょうがありません」 だって私は―― 「どんな姿でも関係ない。私の妻はお前だけだ」 相応しくない。私は彼のそばにいるべきではないのに――。 「私も……あなた様の、旦那様のそばにいたいです」 この身で願ってもかまわないの? 呪われた少女の孤独は秘された寵愛婚の中で溶かされる 2025.12.6 盈月(えいげつ)……新月から満月に向かって次第に円くなっていく間の月

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

処理中です...