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第一幕 白磁の神
七 白き霊峰
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急な斜面を下り、提灯の光の先に見えてきたのは、巨大な水飛沫のような水晶だった。
透明な壁が八重の花のように重なって、中心に向かって高くなっている。
「この中にシェデーヴルがいるのか?」
「ああ、そうだよ」
壁の隙間から入れそうだなと朔夜が考えていると、一果が手で制して前に出た。
「目には見えないけど、結界が張られている。フタローイが手を出せないわけだ。朔夜、危ないから近付くなよ」
「触ったらどうなる?」
「聞きたい?」
すすすっ……と離れる朔夜。
一果は水晶の周りを歩きながら観察している。
「見たことのない術式だな。カペラのものかと思ったがそれにしては……うーん、フタローイに破れないということは……ああ、なるほどこれがこうなっていて……そういうことか。意外と脆いんだな。初心者はやはり初心者だね。………ここかな」
ちょん、と指先で水晶をつつくと、パリン、と薄い氷の割れるような透明な音が鳴った。
「ふふん、あたしにかかればこのくらい、ちょちょいのちょいよ」
自慢げにそう言って一果は水晶の壁の隙間から中へ入っていった。
水晶の見た目に変化はない。先ほどまでと何が違うのか分からない朔夜は、訝しげな顔をしておそるおそる足を踏み入れた。
空気が外よりもさらに冷たいような気がする。
重なる壁の間を進み、中心へ向かう。朔夜は足が重くなっていくのを感じた。
この先に白磁様……ではなくて、シェデーヴルがいる。そう思うと……この感情は何だろう。畏怖、恐怖、高揚感、それともただ、この異様な寒さのせいで体がこわばっているのか。
突然、視界が開けた。
水晶の中は広い空間になっていたようだ。雪の上に薄紅色の透明な石の小さな欠片が散らばっている。揺れる提灯の光を反射して星のように瞬く。
空間の入り口で二人は立ち止まっている。一果は腕を伸ばして提灯を奥に向けた。
光に照らされたのは。
「シェデーヴル……?」
朔夜は絞り出すような声で言った。喉が詰まったような感じがして上手く声が出ない。
「ああ、派手にやったね……。魔法を使ったのはクレアか」
一果は欠片を踏まないように奥へと進んでいく。朔夜も足元を気にしながら後に続く。
中央に横たわる、長身の美しい人形。伏せられた睫毛は長く、閉じられた唇は薄い。白磁と形容するに相応しい肌。紫がかった銀色の長い髪。
神がその力の全てを使って作り上げ、人間の目に触れさせるのは勿体無いからと、天界に閉じ込めようとした、そんな過去を想像させられるような美しさだ。
頬と首の細かな割れ目の中から、鮮やかな紫色が覗いている。それすらもこの人形の美しさを引き立てているようだった。
隣によく似た顔の美しい首が転がっている。頭の一部が欠け、輝くような薄紅色が晒されている。首から下は見当たらない。
「身体が紫の石で作られているのがミーシャ、薄紅色のがクレアだよ。……魔法は、神霊の力を扱うセレーネ発祥の技術だ。適切な手順を踏めば誰にでも使えるが、人形であるシェデーヴルにとっては魔法の知識自体が毒となる。使用するのはもっとよくない。クレアの身体はその負荷に耐えきれず、頭だけを残して破裂してしまったのだろう。逃げきれないことを悟って、せめて触れさせまいとしたのかな。なんと気高いんだろう、素晴らしいね、さすが傑作の名を与えられた人形だ」
一果はミーシャの側へ寄り、ブラウスのボタンを開けた。
白い胸に、右肩から左の脇腹に向かって深い亀裂が入っているのが見える。手足も割れているようだ。
コルセットの紐を緩めて金具を外すと、胴が形を保てなくなりばらばらと崩れた。
見る者を酔わせるような美しい紫色が広がり、隙間から銀色の液体が玉のように滲み出した。
「ひどい状態だね。かなり手間がかかりそうだけど、ミーシャは割れた身体の欠片が全部残ってるから、なんとか直せるかな。クレアは……まあ、ゆっくり考えるとしよう」
朔夜は何も言わずに座りこんでミーシャの顔をじっと見つめている。
「集められるだけ集めて持ち帰ろう。その箱に入れて」
一果はそりで引いてきた大きな箱を指差して指示をするが、朔夜は反応しない。
「朔夜、聞いてる?」
朔夜はミーシャの白い頬に触れた。雪よりも冷たい。厚い手袋を隔てているのに伝わってくる。
「朔夜?」
「………ごめん、考え事してた」
視線を動かさずにゆっくりと立ち上がる。
「何だった?」
「ほんとに聞いてなかったんだね! シェデーヴルを持ち帰るから、この箱に入れてって言ったんだよ。まったく、あんたは自分の世界に入ると何も聞こえなくなるんだから……」
朔夜は黙々と欠片を拾い集め始めた。
石なので考えてみれば当然ではあるが、見た目の何倍も重い。石の異様な冷たさがその重さで手のひらに強く押し付けられ、感覚がなくなってくる。
凍傷になっているかもしれないが、シェデーヴルが経験してきたであろう苦しみと比べれば些細なことだと朔夜は思った。
欠片を拾い終えて箱の蓋を閉め、赤い縄を箱に巻き、札を貼った。
そりを引いて山を後にする。
白き霊峰。
祭礼の夜、白磁の姫神の姿を、朔夜はたしかに見たのだった。
透明な壁が八重の花のように重なって、中心に向かって高くなっている。
「この中にシェデーヴルがいるのか?」
「ああ、そうだよ」
壁の隙間から入れそうだなと朔夜が考えていると、一果が手で制して前に出た。
「目には見えないけど、結界が張られている。フタローイが手を出せないわけだ。朔夜、危ないから近付くなよ」
「触ったらどうなる?」
「聞きたい?」
すすすっ……と離れる朔夜。
一果は水晶の周りを歩きながら観察している。
「見たことのない術式だな。カペラのものかと思ったがそれにしては……うーん、フタローイに破れないということは……ああ、なるほどこれがこうなっていて……そういうことか。意外と脆いんだな。初心者はやはり初心者だね。………ここかな」
ちょん、と指先で水晶をつつくと、パリン、と薄い氷の割れるような透明な音が鳴った。
「ふふん、あたしにかかればこのくらい、ちょちょいのちょいよ」
自慢げにそう言って一果は水晶の壁の隙間から中へ入っていった。
水晶の見た目に変化はない。先ほどまでと何が違うのか分からない朔夜は、訝しげな顔をしておそるおそる足を踏み入れた。
空気が外よりもさらに冷たいような気がする。
重なる壁の間を進み、中心へ向かう。朔夜は足が重くなっていくのを感じた。
この先に白磁様……ではなくて、シェデーヴルがいる。そう思うと……この感情は何だろう。畏怖、恐怖、高揚感、それともただ、この異様な寒さのせいで体がこわばっているのか。
突然、視界が開けた。
水晶の中は広い空間になっていたようだ。雪の上に薄紅色の透明な石の小さな欠片が散らばっている。揺れる提灯の光を反射して星のように瞬く。
空間の入り口で二人は立ち止まっている。一果は腕を伸ばして提灯を奥に向けた。
光に照らされたのは。
「シェデーヴル……?」
朔夜は絞り出すような声で言った。喉が詰まったような感じがして上手く声が出ない。
「ああ、派手にやったね……。魔法を使ったのはクレアか」
一果は欠片を踏まないように奥へと進んでいく。朔夜も足元を気にしながら後に続く。
中央に横たわる、長身の美しい人形。伏せられた睫毛は長く、閉じられた唇は薄い。白磁と形容するに相応しい肌。紫がかった銀色の長い髪。
神がその力の全てを使って作り上げ、人間の目に触れさせるのは勿体無いからと、天界に閉じ込めようとした、そんな過去を想像させられるような美しさだ。
頬と首の細かな割れ目の中から、鮮やかな紫色が覗いている。それすらもこの人形の美しさを引き立てているようだった。
隣によく似た顔の美しい首が転がっている。頭の一部が欠け、輝くような薄紅色が晒されている。首から下は見当たらない。
「身体が紫の石で作られているのがミーシャ、薄紅色のがクレアだよ。……魔法は、神霊の力を扱うセレーネ発祥の技術だ。適切な手順を踏めば誰にでも使えるが、人形であるシェデーヴルにとっては魔法の知識自体が毒となる。使用するのはもっとよくない。クレアの身体はその負荷に耐えきれず、頭だけを残して破裂してしまったのだろう。逃げきれないことを悟って、せめて触れさせまいとしたのかな。なんと気高いんだろう、素晴らしいね、さすが傑作の名を与えられた人形だ」
一果はミーシャの側へ寄り、ブラウスのボタンを開けた。
白い胸に、右肩から左の脇腹に向かって深い亀裂が入っているのが見える。手足も割れているようだ。
コルセットの紐を緩めて金具を外すと、胴が形を保てなくなりばらばらと崩れた。
見る者を酔わせるような美しい紫色が広がり、隙間から銀色の液体が玉のように滲み出した。
「ひどい状態だね。かなり手間がかかりそうだけど、ミーシャは割れた身体の欠片が全部残ってるから、なんとか直せるかな。クレアは……まあ、ゆっくり考えるとしよう」
朔夜は何も言わずに座りこんでミーシャの顔をじっと見つめている。
「集められるだけ集めて持ち帰ろう。その箱に入れて」
一果はそりで引いてきた大きな箱を指差して指示をするが、朔夜は反応しない。
「朔夜、聞いてる?」
朔夜はミーシャの白い頬に触れた。雪よりも冷たい。厚い手袋を隔てているのに伝わってくる。
「朔夜?」
「………ごめん、考え事してた」
視線を動かさずにゆっくりと立ち上がる。
「何だった?」
「ほんとに聞いてなかったんだね! シェデーヴルを持ち帰るから、この箱に入れてって言ったんだよ。まったく、あんたは自分の世界に入ると何も聞こえなくなるんだから……」
朔夜は黙々と欠片を拾い集め始めた。
石なので考えてみれば当然ではあるが、見た目の何倍も重い。石の異様な冷たさがその重さで手のひらに強く押し付けられ、感覚がなくなってくる。
凍傷になっているかもしれないが、シェデーヴルが経験してきたであろう苦しみと比べれば些細なことだと朔夜は思った。
欠片を拾い終えて箱の蓋を閉め、赤い縄を箱に巻き、札を貼った。
そりを引いて山を後にする。
白き霊峰。
祭礼の夜、白磁の姫神の姿を、朔夜はたしかに見たのだった。
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