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第三幕 氷室の祭礼
三 クレアはどこにいる。
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その晩、ミーシャを動かしたご褒美に、一果は腕によりをかけて朔夜の好きな料理を作った。
取れてしまったミーシャの腕を繋ぎ直し、カペラ語の教本を読みつつ数日待つと、赤い瞳が開いた。
起きあがろうとするミーシャをそっと押し留める。朔夜は体格が良い方ではないが、武術の稽古で上手な身体の使い方を学んでいるので、弱ったミーシャを止めるくらいのことはできる。
「落ち着け、暴れたらまた怪我をするだろ」
ミーシャはあの不思議な音の言葉で何か言っている。
改めて聞くとカペラ語の音ではないような気がしてきたが、試してみる価値はある。
「こんばんは。わたしは、さくやです。ここは、しゅはくです」
覚えたばかりのカペラ後で語りかけてみると、ミーシャは抵抗をやめて大人しく横になった。
そして先程までと異なると思われる言語で何か話し始めた。これは人間の言語という感じがする。カペラ語だろうか。
「ごめん、勉強を始めたばかりだから、これ以上は分からないんだ……」
朔夜が首を横に振ると、ミーシャは指先を作業台の上で滑らせ始めた。
──文字を書いている?
何度も同じ動きを繰り返す。珠白の言葉のようだ。会話はできないが読み書きはできるらしい。
そこまで理解したところで、ミーシャは指を動かすのをやめ、眉をひそめて朔夜を見た。
朔夜は人差し指をひとつ立てて見せ、手を合わせて頭を下げた。するとミーシャはもう一度、ゆっくりと書き直してくれた。
[クレアはどこにいる]
それを読んで、朔夜は心臓を掴まれたような思いをした。
──そうだよな、それが一番気掛かりだよな。母さんに向かって叫んでいた言葉もこれだったのかもしれない。
言うべきだろうか。見せるべきだろうか。だが、あれを見て耐えられるだろうか。
考えているとぼろぼろと涙が溢れてきた。「おまえが本人より先に泣くな」と、この場に一果がいたら叱られていただろう。
ミーシャはその様子を見て察したようだった。身体を起こして朔夜の頭を撫でようとした手を引っ込めて、指で文字を書いた。
[おしえて]
朔夜はミーシャの顔を見上げた。知る覚悟を決めているようだ。
押入れから赤い紐の巻かれた桐箱を出してミーシャの前に置き、紐を解いて蓋を開けた。
ミーシャは無表情でクレアを見つめている。赤い瞳は瞬きをしない。クレアを桐箱から出そうとするのを朔夜は手で制して止めた。
「おれが出すよ。落としてはいけないから」
朔夜がそっとクレアを取り出してミーシャの膝の上に置くと、ミーシャはそれを胸に抱いて俯いた。銀色の長い髪が雨のように肩から零れ、ふたりの顔を覆った。
──母さんが結界を張り直したばかりだから、しばらくクレアを出しておいても大丈夫だろう。
朔夜は部屋を後にして唐紙を閉ざし、四畳半部屋でカペラ語の教本を開いた。
- - - - - - -
翌朝、六畳間を覗くと、ミーシャはクレアの首を抱いたまま眠っていた。
月が欠けてまた満ちてくるまでの間、朔夜は眠っているミーシャにカペラの言葉で語りかけ続けた。
満月の晩、ミーシャは目を覚ました。クレアの首を桐箱の中に戻してくれた。朔夜が話しかけても返事をしてはくれないが、聞いてはいるようだった。
学校での出来事、育てている植物のこと、他愛もない話を、覚えたばかりのカペラの言葉で語りかけ続けた。
取れてしまったミーシャの腕を繋ぎ直し、カペラ語の教本を読みつつ数日待つと、赤い瞳が開いた。
起きあがろうとするミーシャをそっと押し留める。朔夜は体格が良い方ではないが、武術の稽古で上手な身体の使い方を学んでいるので、弱ったミーシャを止めるくらいのことはできる。
「落ち着け、暴れたらまた怪我をするだろ」
ミーシャはあの不思議な音の言葉で何か言っている。
改めて聞くとカペラ語の音ではないような気がしてきたが、試してみる価値はある。
「こんばんは。わたしは、さくやです。ここは、しゅはくです」
覚えたばかりのカペラ後で語りかけてみると、ミーシャは抵抗をやめて大人しく横になった。
そして先程までと異なると思われる言語で何か話し始めた。これは人間の言語という感じがする。カペラ語だろうか。
「ごめん、勉強を始めたばかりだから、これ以上は分からないんだ……」
朔夜が首を横に振ると、ミーシャは指先を作業台の上で滑らせ始めた。
──文字を書いている?
何度も同じ動きを繰り返す。珠白の言葉のようだ。会話はできないが読み書きはできるらしい。
そこまで理解したところで、ミーシャは指を動かすのをやめ、眉をひそめて朔夜を見た。
朔夜は人差し指をひとつ立てて見せ、手を合わせて頭を下げた。するとミーシャはもう一度、ゆっくりと書き直してくれた。
[クレアはどこにいる]
それを読んで、朔夜は心臓を掴まれたような思いをした。
──そうだよな、それが一番気掛かりだよな。母さんに向かって叫んでいた言葉もこれだったのかもしれない。
言うべきだろうか。見せるべきだろうか。だが、あれを見て耐えられるだろうか。
考えているとぼろぼろと涙が溢れてきた。「おまえが本人より先に泣くな」と、この場に一果がいたら叱られていただろう。
ミーシャはその様子を見て察したようだった。身体を起こして朔夜の頭を撫でようとした手を引っ込めて、指で文字を書いた。
[おしえて]
朔夜はミーシャの顔を見上げた。知る覚悟を決めているようだ。
押入れから赤い紐の巻かれた桐箱を出してミーシャの前に置き、紐を解いて蓋を開けた。
ミーシャは無表情でクレアを見つめている。赤い瞳は瞬きをしない。クレアを桐箱から出そうとするのを朔夜は手で制して止めた。
「おれが出すよ。落としてはいけないから」
朔夜がそっとクレアを取り出してミーシャの膝の上に置くと、ミーシャはそれを胸に抱いて俯いた。銀色の長い髪が雨のように肩から零れ、ふたりの顔を覆った。
──母さんが結界を張り直したばかりだから、しばらくクレアを出しておいても大丈夫だろう。
朔夜は部屋を後にして唐紙を閉ざし、四畳半部屋でカペラ語の教本を開いた。
- - - - - - -
翌朝、六畳間を覗くと、ミーシャはクレアの首を抱いたまま眠っていた。
月が欠けてまた満ちてくるまでの間、朔夜は眠っているミーシャにカペラの言葉で語りかけ続けた。
満月の晩、ミーシャは目を覚ました。クレアの首を桐箱の中に戻してくれた。朔夜が話しかけても返事をしてはくれないが、聞いてはいるようだった。
学校での出来事、育てている植物のこと、他愛もない話を、覚えたばかりのカペラの言葉で語りかけ続けた。
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