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第三幕 氷室の祭礼
四 これは、喋る茄子なんだ。
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「外から聞こえる、この音は何」
ミーシャがカペラ語で尋ねた。あれから初めて言葉を話してくれた。朔夜は耳を疑って調薬の手を止めた。それから落ち着いてカペラ語で聞く。
「雨のことか?」
簾を開けて外を見せた。
「……水が空から落ちてきている? カペラではこんなことは起こらなかった。雨という現象がこの世界のどこかに存在しているらしいということは本で知っていたけれど、この目で見たのは初めてだ。雪と違って、地面や屋根を打つ音が鳴る」
「ごめん、そうやって速く話されると聞き取れない……」
昨夜が首を横に振ると、ミーシャはムッと眉をひそめた。
「紙、と、ペン、は、ある?」
手の動きを交えながら、聞き取りやすく一単語ずつ区切って言う。
「紙と、ええと、書くものかな……筆ならあるけど……」
文机を運んできてミーシャの膝を跨ぐように置き、紙と筆を並べた。するとミーシャは筆を取って文字を書き始めた。
[サクヤは語学が苦手? その歳で調薬ができるなら頭はいいはずなのに、それにしては覚えるのが遅いよ。
仕方ないから、ぼくがきみの言葉に合わせてあげる。]
珠白の言葉で紙に書いて見せた。
文法はまるで珠白で生まれ育ったかのように完璧だが、筆を使い慣れていなさそうな字だ。
「…………」
[何が聞きたいんだい? 残念ながら、きみのカペラ語はあまりにも下手だから、会話にならないんだ。]
もう慣れたのか、字が綺麗になってきている。
[実に不本意だけれど、筆談でよければ、話し相手になってあげよう。]
茶屋町でも滅多にお目にかかれないほどの流麗な字。神経の伝達に問題は無さそうだ。
「すみません……」
なんだか情けなくなって、朔夜は深々と頭を下げた。
「みーちゃんが喋ったって!?」
突然、一果が唐紙を開けて入ってきた。
ミーシャは不機嫌そうな顔をする。白くて長い尻尾を床に叩きつけているのが見えるような気がした。
構わず一果は朔夜が読んでいる紙を覗き込む。
「紙に書いて話すことにしたんだね。いいね」
「こいつと話したくてカペラ語を勉強してみたんだけど、へたくそだって言われてしまったんだ」
「そんなことしてやらなくていいよ。ここは珠白なんだから。みーちゃんが珠白の言葉で話すのが筋だろう」
ミーシャが紙に何か書き始めた。ふわふわの尻尾が床に激しく叩きつけられる音が、朔夜には聞こえる。
[なんだかとても意地悪なことを言われてるような気がする。追い出してくれないかな。]
朔夜は頭を抱えながら筆を借りて、その隣に返事を書く。
[そんなこと言わないでくれよ……]
[それから外につながる扉を石膏で固めて。サクヤなら、蛇体となって格子の間を通って出入りできるだろうから問題ないよね。]
[蛇体にはなれないから、問題あるよ……]
さらに言えば、この格子には硝子が張られているので、蛇も通れない。
一果は横から紙を覗き込んで二人のやりとりを見ている。
「困った子だね。うーん、そうだ、あたしのことは喋る茄子だと思ってくれって書いてくれないかい?」
「…………………………」
返す言葉さえ思いつかない朔夜は、従うしかなかった。
躊躇って何度も一果の顔を見ながら、縮こまった字で書いた。
[これは、喋る茄子なんだ。]
目を合わせずにミーシャに見せる。ミーシャは紙と一果を見比べて少し考えてから、深く頷いて筆を持った。
[茄子というものをこの目で見るのは初めてなんだ。想像していたよりもずっと大きいんだね。
箸でつつくと鳴く茄子の怪談を読んだことがある。あれは作り話ではなかったようだ。珠白は不思議なところだね。]
──納得した? こんな無茶な嘘に?
「おやおや、思いのほか物分かりが良いじゃないか。では、あたしは茄子らしく、このあたりで小さくなっていようかな」
満足げにそう言って部屋の隅に座った。すると不思議と人のいる気配が消え、ただ茄子が置いてあるだけであるかのように感じられるようになった。
しっぽの音が聞こえなくなった。よく分からないがミーシャは納得しているようなので、昨夜はこれ以上考えないことにして、筆を動かした。
[具合はどうだ? 何も分からなくて、とりあえず金継ぎで繋いでみたけど。]
ミーシャは片袖を捲って自分の腕をじっと見てから筆を受け取った。
[これは金継ぎというのか。率直に言って、痛いよ。壊れたままにしておいてほしかった。]
とは言われても、ミーシャの表情は気高く、苦痛を感じさせない。
だが、彼の状況を人間に置き換えると、ばらばらに切り刻まれた身体を縫合したところに意識が戻り、鎮痛剤は無く、断面が自然治癒力で元通りに繋がることも永遠に無い、といったところだろう……と想像して、朔夜は背筋を凍らせた。
[悪かった。別の方法を考えてみる。だから、もう少し辛抱してくれ。]
[どうしてそんなに熱心にぼくを直そうとするんだい?]
[病気や怪我をしたら、治さないといけないだろ。]
[本人が、それを望んでいなくても?]
「……………」
朔夜は筆を受け取ったが、何も書くことができない。その筆をそっと取り返してミーシャは続けた。
[直してだなんて頼んだ覚えは無いよ。壊してくれないかな。繋げるのに比べたら容易いことだろう。]
嫌だ、と朔夜は思った。しかし幼い朔夜には、治療をしなくてはならない理由を思いつくことができなかった。ただ感情に従うままに首を横に振ることしかできない。
[もう、じゅうぶん長く生きた。妹はもういない。割れた鉱物は元には戻らない。身体を繋ぎ合わせたところで、死ぬことよりも辛い痛みと苦しみに耐えていかなくてはならない。永遠にだよ。それも、たったひとりで。
それなのに医者というものは何故、治療を押し付けて命を延ばそうとするんだい? 何のために? なぜ死んではいけない? それは偽善、あるいは、きみたちの自己満足ではないのかい?]
「…………………」
朔夜は何も言えずに震えている。部屋は冷えているのに、身体中に汗が滲んでいる。
心臓が暴れ回り呼吸も上手くできない朔夜に、ミーシャは追い討ちをかけていく。
[二度と元通りにできないくらいに、粉々に砕いて。瞳の石もだよ。ぼくに元々命は無いし、命が無ければ死というものも存在しないけれど、機能が失われ再生が不可能になれば、それは死と呼んでも差し支えないのではないかな。]
「………………………」
[ぼくはオリアナの最高傑作、シェデーヴルだ。八百年咲き続けた、この世界で最も美しい花を、その手で散らす権利を君にあげると言っているんだよ。素晴らしい役だと思わないかい?]
「………………………………」
[きみには分からないようだね。そうしたら、言い方を変えよう。きみは薬師であるからには、患者を救いたいという強い思いを持っているのだろう。場合によっては、死を与えることも、その方法の一つだとは思わないかい。]
「……母さん」
部屋の隅に向かって、消えそうな声で助けを求める。
だが、その答えは残酷なものだった。
「朔夜の思うようにしなさい」
ミーシャは俯く朔夜に近寄り、頬を両手で包んで面を上げさせ見つめる。吸い込まれるような真紅の瞳は瞬きをしない。
耳の奥をくすぐり脳を溶かすような儚い甘い声で囁く。
「お願いだ。ぼくに自分を壊せる力は残っていない。君に頼むしかないんだよ」
朦朧とした朔夜の耳には、それは綺麗な発音の珠白語に聞こえた。背中に腕を回して抱き寄せられ、右耳に唇が近付けられた。
「………やってくれるね?」
震えながら頷くと、ミーシャは「良い子だね」と言って朔夜を離した。
修復に使っていた金槌を小さな手に握ってよろよろと立ち上がり、高く振り上げる。壊すなら、可能な限り少ない手数で楽にしてやらなくてはならない。瞳が動力機だと言っていた。これを先に壊すのがいいだろう。
狙いを定める朔夜を見上げて、ミーシャは美しく微笑んだ。
しかしそれが振り下ろされることはなく、朔夜は泣き崩れた。
啜り泣く朔夜をミーシャは冷たい瞳で見下ろし、カペラ語で部屋の隅に向かって話しかけた。
「……一果の弟子は、いくじなしだね」
「この子はまだ子供なんだよ。悪いけど、付き合ってやってくれ」
流暢なカペラ語だった。
「やはりきみは、カペラの言葉が話せるんだね」
「おっと、いけないいけない。では、あたしは仕事に戻るとしよう」
茄子がひとりでに動き、縦になってするすると戸口の方へ移動した。
「この子……朔夜といったか。きみの息子なんだよね。慰めてあげようとは思わないのかい」
「自分で解決しないといけない問題だ。それじゃあ、頼んだよ」
- - - - - - -
一果が出ていくと、ミーシャは苦しみ始めた。
「大丈夫か、痛むのか」
身体を支えながら寝かせ、優しく手を握る。冷たさには慣れた。
薬師なのに、してやれることがこれくらいしか無いことを、朔夜は情けなく思った。
「…………心配するなら、早く、壊してくれれば、いいのに」
虚ろな目で恨めしそうに朔夜を見て訴える。カペラ語だが、なんとなく言いたいことは朔夜には伝わった。
「本当にすまない、おれの力不足で、こんな思いをさせて、クレアに会わせられなくて。………壊すこともできなくて」
「………」
「時間をくれ。おまえのもっと良い治し方を考えるし、いつかクレアのことも治すから。だから、頼むから、殺してほしいなんて悲しいことは言わないでくれ」
折角泣き止んだというのに、また涙が溢れてきた。
朔夜は自分が珠白語で話していたことに気付き、今話したことを紙に書いて見せた。
それを読ませると、表情が少しだけ和らいだ気がした。長い睫毛を伏せて動かなくなったミーシャの手を、朔夜は強く握った。
ミーシャがカペラ語で尋ねた。あれから初めて言葉を話してくれた。朔夜は耳を疑って調薬の手を止めた。それから落ち着いてカペラ語で聞く。
「雨のことか?」
簾を開けて外を見せた。
「……水が空から落ちてきている? カペラではこんなことは起こらなかった。雨という現象がこの世界のどこかに存在しているらしいということは本で知っていたけれど、この目で見たのは初めてだ。雪と違って、地面や屋根を打つ音が鳴る」
「ごめん、そうやって速く話されると聞き取れない……」
昨夜が首を横に振ると、ミーシャはムッと眉をひそめた。
「紙、と、ペン、は、ある?」
手の動きを交えながら、聞き取りやすく一単語ずつ区切って言う。
「紙と、ええと、書くものかな……筆ならあるけど……」
文机を運んできてミーシャの膝を跨ぐように置き、紙と筆を並べた。するとミーシャは筆を取って文字を書き始めた。
[サクヤは語学が苦手? その歳で調薬ができるなら頭はいいはずなのに、それにしては覚えるのが遅いよ。
仕方ないから、ぼくがきみの言葉に合わせてあげる。]
珠白の言葉で紙に書いて見せた。
文法はまるで珠白で生まれ育ったかのように完璧だが、筆を使い慣れていなさそうな字だ。
「…………」
[何が聞きたいんだい? 残念ながら、きみのカペラ語はあまりにも下手だから、会話にならないんだ。]
もう慣れたのか、字が綺麗になってきている。
[実に不本意だけれど、筆談でよければ、話し相手になってあげよう。]
茶屋町でも滅多にお目にかかれないほどの流麗な字。神経の伝達に問題は無さそうだ。
「すみません……」
なんだか情けなくなって、朔夜は深々と頭を下げた。
「みーちゃんが喋ったって!?」
突然、一果が唐紙を開けて入ってきた。
ミーシャは不機嫌そうな顔をする。白くて長い尻尾を床に叩きつけているのが見えるような気がした。
構わず一果は朔夜が読んでいる紙を覗き込む。
「紙に書いて話すことにしたんだね。いいね」
「こいつと話したくてカペラ語を勉強してみたんだけど、へたくそだって言われてしまったんだ」
「そんなことしてやらなくていいよ。ここは珠白なんだから。みーちゃんが珠白の言葉で話すのが筋だろう」
ミーシャが紙に何か書き始めた。ふわふわの尻尾が床に激しく叩きつけられる音が、朔夜には聞こえる。
[なんだかとても意地悪なことを言われてるような気がする。追い出してくれないかな。]
朔夜は頭を抱えながら筆を借りて、その隣に返事を書く。
[そんなこと言わないでくれよ……]
[それから外につながる扉を石膏で固めて。サクヤなら、蛇体となって格子の間を通って出入りできるだろうから問題ないよね。]
[蛇体にはなれないから、問題あるよ……]
さらに言えば、この格子には硝子が張られているので、蛇も通れない。
一果は横から紙を覗き込んで二人のやりとりを見ている。
「困った子だね。うーん、そうだ、あたしのことは喋る茄子だと思ってくれって書いてくれないかい?」
「…………………………」
返す言葉さえ思いつかない朔夜は、従うしかなかった。
躊躇って何度も一果の顔を見ながら、縮こまった字で書いた。
[これは、喋る茄子なんだ。]
目を合わせずにミーシャに見せる。ミーシャは紙と一果を見比べて少し考えてから、深く頷いて筆を持った。
[茄子というものをこの目で見るのは初めてなんだ。想像していたよりもずっと大きいんだね。
箸でつつくと鳴く茄子の怪談を読んだことがある。あれは作り話ではなかったようだ。珠白は不思議なところだね。]
──納得した? こんな無茶な嘘に?
「おやおや、思いのほか物分かりが良いじゃないか。では、あたしは茄子らしく、このあたりで小さくなっていようかな」
満足げにそう言って部屋の隅に座った。すると不思議と人のいる気配が消え、ただ茄子が置いてあるだけであるかのように感じられるようになった。
しっぽの音が聞こえなくなった。よく分からないがミーシャは納得しているようなので、昨夜はこれ以上考えないことにして、筆を動かした。
[具合はどうだ? 何も分からなくて、とりあえず金継ぎで繋いでみたけど。]
ミーシャは片袖を捲って自分の腕をじっと見てから筆を受け取った。
[これは金継ぎというのか。率直に言って、痛いよ。壊れたままにしておいてほしかった。]
とは言われても、ミーシャの表情は気高く、苦痛を感じさせない。
だが、彼の状況を人間に置き換えると、ばらばらに切り刻まれた身体を縫合したところに意識が戻り、鎮痛剤は無く、断面が自然治癒力で元通りに繋がることも永遠に無い、といったところだろう……と想像して、朔夜は背筋を凍らせた。
[悪かった。別の方法を考えてみる。だから、もう少し辛抱してくれ。]
[どうしてそんなに熱心にぼくを直そうとするんだい?]
[病気や怪我をしたら、治さないといけないだろ。]
[本人が、それを望んでいなくても?]
「……………」
朔夜は筆を受け取ったが、何も書くことができない。その筆をそっと取り返してミーシャは続けた。
[直してだなんて頼んだ覚えは無いよ。壊してくれないかな。繋げるのに比べたら容易いことだろう。]
嫌だ、と朔夜は思った。しかし幼い朔夜には、治療をしなくてはならない理由を思いつくことができなかった。ただ感情に従うままに首を横に振ることしかできない。
[もう、じゅうぶん長く生きた。妹はもういない。割れた鉱物は元には戻らない。身体を繋ぎ合わせたところで、死ぬことよりも辛い痛みと苦しみに耐えていかなくてはならない。永遠にだよ。それも、たったひとりで。
それなのに医者というものは何故、治療を押し付けて命を延ばそうとするんだい? 何のために? なぜ死んではいけない? それは偽善、あるいは、きみたちの自己満足ではないのかい?]
「…………………」
朔夜は何も言えずに震えている。部屋は冷えているのに、身体中に汗が滲んでいる。
心臓が暴れ回り呼吸も上手くできない朔夜に、ミーシャは追い討ちをかけていく。
[二度と元通りにできないくらいに、粉々に砕いて。瞳の石もだよ。ぼくに元々命は無いし、命が無ければ死というものも存在しないけれど、機能が失われ再生が不可能になれば、それは死と呼んでも差し支えないのではないかな。]
「………………………」
[ぼくはオリアナの最高傑作、シェデーヴルだ。八百年咲き続けた、この世界で最も美しい花を、その手で散らす権利を君にあげると言っているんだよ。素晴らしい役だと思わないかい?]
「………………………………」
[きみには分からないようだね。そうしたら、言い方を変えよう。きみは薬師であるからには、患者を救いたいという強い思いを持っているのだろう。場合によっては、死を与えることも、その方法の一つだとは思わないかい。]
「……母さん」
部屋の隅に向かって、消えそうな声で助けを求める。
だが、その答えは残酷なものだった。
「朔夜の思うようにしなさい」
ミーシャは俯く朔夜に近寄り、頬を両手で包んで面を上げさせ見つめる。吸い込まれるような真紅の瞳は瞬きをしない。
耳の奥をくすぐり脳を溶かすような儚い甘い声で囁く。
「お願いだ。ぼくに自分を壊せる力は残っていない。君に頼むしかないんだよ」
朦朧とした朔夜の耳には、それは綺麗な発音の珠白語に聞こえた。背中に腕を回して抱き寄せられ、右耳に唇が近付けられた。
「………やってくれるね?」
震えながら頷くと、ミーシャは「良い子だね」と言って朔夜を離した。
修復に使っていた金槌を小さな手に握ってよろよろと立ち上がり、高く振り上げる。壊すなら、可能な限り少ない手数で楽にしてやらなくてはならない。瞳が動力機だと言っていた。これを先に壊すのがいいだろう。
狙いを定める朔夜を見上げて、ミーシャは美しく微笑んだ。
しかしそれが振り下ろされることはなく、朔夜は泣き崩れた。
啜り泣く朔夜をミーシャは冷たい瞳で見下ろし、カペラ語で部屋の隅に向かって話しかけた。
「……一果の弟子は、いくじなしだね」
「この子はまだ子供なんだよ。悪いけど、付き合ってやってくれ」
流暢なカペラ語だった。
「やはりきみは、カペラの言葉が話せるんだね」
「おっと、いけないいけない。では、あたしは仕事に戻るとしよう」
茄子がひとりでに動き、縦になってするすると戸口の方へ移動した。
「この子……朔夜といったか。きみの息子なんだよね。慰めてあげようとは思わないのかい」
「自分で解決しないといけない問題だ。それじゃあ、頼んだよ」
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一果が出ていくと、ミーシャは苦しみ始めた。
「大丈夫か、痛むのか」
身体を支えながら寝かせ、優しく手を握る。冷たさには慣れた。
薬師なのに、してやれることがこれくらいしか無いことを、朔夜は情けなく思った。
「…………心配するなら、早く、壊してくれれば、いいのに」
虚ろな目で恨めしそうに朔夜を見て訴える。カペラ語だが、なんとなく言いたいことは朔夜には伝わった。
「本当にすまない、おれの力不足で、こんな思いをさせて、クレアに会わせられなくて。………壊すこともできなくて」
「………」
「時間をくれ。おまえのもっと良い治し方を考えるし、いつかクレアのことも治すから。だから、頼むから、殺してほしいなんて悲しいことは言わないでくれ」
折角泣き止んだというのに、また涙が溢れてきた。
朔夜は自分が珠白語で話していたことに気付き、今話したことを紙に書いて見せた。
それを読ませると、表情が少しだけ和らいだ気がした。長い睫毛を伏せて動かなくなったミーシャの手を、朔夜は強く握った。
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