オープン・ステージ

平野 絵梨佳

文字の大きさ
55 / 56

4-1

しおりを挟む
「取りえずはこのくらいで大丈夫かな?」
「ありがとう。本当に助かったよ」
 時の流れというものは速いもので、あっという間に二年が経ち、私は大学を卒業した。
 四月からはミュージカル科のある専門学校へ入学する。
 春休みに入って上京をして、今日は佳くんと一緒に、引っ越しの後片づけをしていた。
「気にしないで。向かいのアパートなんだし、これからは遠慮しないで僕を呼び出してよ」
「佳くんが近所に住んでるなんて、何だか変な感じがする」
 佳くんは今、アルバイトをしながら、二年前に入団した劇団で頑張っている。
 まだエキストラのような役ばかりみたいだけれど、それでも楽しいよと言いながら、上を目指して日々努力しているようだ。
 私も、母との約束の四年間は、佳くんに負けないくらいに、がむしゃらにやるつもりでいる。
 その後の事は、またその時に考えればいい。
 今はただ、目の前の事を。
 他の事に気を取られている暇はないのだ。
「あ……」
 佳くんの視線が、私の後ろへと移動した。
 それを追うように、私もそちらへ視線をやる。
 ひらり、と開け放っていた窓から、桜の花びらが舞い込んでいた。
「この部屋、桜の木が近かったんだね」
「そうなの。部屋に居てもお花見が出来るんだよ。いいでしょ」
「いいなぁ。僕も螢の部屋でお花見したい」
 そう言いながら、佳くんが私のすぐ近くまで歩み寄る。
「どうして? 公園でお花見したじゃない。部屋の中から見るよりも、やっぱり公園で見た方が綺麗だったよ?」
「確かにそうかもしれないけれど、僕は螢と二人きりがいいって言っているんだよ。そこを分かってほしかったな」
 佳くんの手が、私のほおを優しく撫でた。
「ああ、うん、ごめん……」
「駄目、許さないよ?」
 佳くんが悪戯いたずらっ子のように微笑んだ。
「実は僕、夜桜ってあまりよく見たことがないんだ」
「夜桜?」
「そう。だから、今夜までこの部屋にお邪魔してるね」
「よ、夜まで、ここに!?」
「そう、だから――」
 佳くんの手が、私の頬からあごへと滑る。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

灰かぶりの姉

吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。 「今日からあなたのお父さんと妹だよ」 そう言われたあの日から…。 * * * 『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。 国枝 那月×野口 航平の過去編です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...