ブレイブス~田舎貴族の三男坊は英雄になれるか~

ハッシー

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第1章 最初の冒険ゴブリン退治

第3話 冒険者の現実と裏切り

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 洞窟の奥へと進むパーティ。

「たく、最初からそうしとけっての」

 先頭を用心しながら歩いているヤンソンが、ブチブチと愚痴をこぼす。
 それは、先程まで響いていた鎧の音が、今はあまりしていないためだ。
 ロウドは、ジャンから雨の日用の厚めの外套ローブを借り、それを鎧の上から羽織って音ができるだけ響かないようにしていた。
 外套ローブ一枚でどれだけ変わるか不安だったが、実際にやってみると音はかなり抑えられており、何とかなりそうである。
 アーサーは安堵していた。
 これで、ヤンソンが必要以上にロウドに突っかかることはないだろう。
 冒険を共にしなければいけないパーティ間で、仲違いなど以ての外である。互いに信頼し、命を預け合わなければ冒険など成功しない。
 中にはビジネスライクに能力のみを前提に組んでいるパーティもいるらしいが、少なくともアーサーは信頼できる仲間としか組みたくはなかった。
 まあ、ヤンソンの気持ちも分からなくはない、とアーサーは思う。
 
 グレイズ王国一の港町バルト。王都の次に継ぐ繁栄を見せる大都市。
 アーサーたち四人はそこで生まれ育った幼馴染みだ。
 だが、アーサーとカリンは商売人や職人などの普通の市民、ジャンは太陽神の司祭プリーストの家に生まれたが、ヤンソンは大都市の闇を一身に背負ったスラム街の出身。
 親も無く物心付いたときには、同じ境遇の仲間と共に盗みをやって生きていた。
 成長して仲間のほとんどは、バルトの闇を牛耳る犯罪組織ファミリーに入ったが、ヤンソンは港で知り合い良く遊んでいたアーサーたちと共に冒険者の道を選んだ。
 そんな生い立ちのヤンソンからすれば、最下位の男爵とはいえ貴族の家に生まれ何不自由なく育ち、あまつさえ家を出る餞別として高額の板金鎧プレート・メイルなどを貰ったロウドなど、鼻持ちならない世間知らずのお坊ちゃまにしか見えまい。
 だからといって、ああまで突っかかられると見てるこっちが嫌な気分になってくる。
 文句を言うレベルで落ち着いたなら、取りあえず良しとしよう。
 
「ロウドを仲間にしたの失敗だったかな」

 そんなボソリと出た小さい声の呟きをカリンが聞きつけた。
 アーサーの耳に口を寄せて言う。

「そんなこと今さら言ってもしょうがないでしょ。取りあえず、この依頼クエストが終わるまでは一緒に頑張るしかないわよ」

 ロウドの方に目を向けるが、頭をすっぽり覆うバルビュータを被った新米は二人の会話に気づいた様子はない。
 そんな不協和音を響かせながら、とことこと洞窟の奥へと進むパーティ。
 しばらく進んでいると、ヤンソンが左手を横に出して一同を止める。

「どうした?」

 アーサーの問いに、

「前の方から声が聞こえる、魔族語ダークスだ」

 と目を細め、耳に意識を集中しながら答えるヤンソン。

 魔族語。闇の大聖母グレート・マザーの生み出したモノの内、知性を有するモノを魔族ダークワンと呼び、それらが使う言葉が魔族語ダークスである。
 ちなみに知性を有さないモノは魔獣モンスターと呼ばれる。
 
「じゃあ、この先に群れのボスが。早く行きましょう」

 気のはやるロウドを抑えながら、ヤンソンに偵察を頼むアーサー。

「まあ、待て。ヤンソン、数とかを確認してきてくれ」
「おう、任せろ」

 ヤンソンは足音一つ立てずに洞窟の奥へと消えていった。幼少期の盗人シーフ経験で培われた見事な動きである。
 
「ロウド。何度も言うが、闇雲に突っ込んでも勝てはしない。敵の戦力とかをきちんと把握して対策を練るんだ。いいね」

 アーサーが新米冒険者のロウドを諭す。
 冒険者を始めて五年、やっと中堅になりかけた自分たちだが、そんなに偉そうなことを言えた義理ではないというのは分かってる。
 だが新米が迂闊なことをして死なないように教育してやるのは先輩の義務だ。
 そう、冒険者のイロハを教えてくれたのように。
 
 しばらくしてヤンソンが戻ってきた。
 足取りが彼らしくなく乱れていて、顔も真っ青だ。

「ヤ、ヤバい、逃げよう! 勝てっこねぇ!」

 その口から漏れた言葉は、普段の彼からは想像ができない逃げの言葉だった。

「お、おい。どうしたんだ、ヤンソン? そんなに敵は大勢いるのか?」

 ビビりまくっているヤンソンを不思議に思い、詰め寄るアーサー。
 ヤンソンとて、経験を積んできた優秀な斥候スカウトだ。生半可な敵なら、ここまで恐怖しない。
 
「揃ってるんだ……」

 俯いたヤンソンがボソリと漏らした言葉を、追及するカリン。

「揃ってたって、何がよ?」

 顔を上げて虚ろな目を一同に向けたヤンソンは、この先の敵の規模を告げる。

「だから揃ってるんだよ! 小鬼頭目ゴブリン・リーダー小鬼呪術師ゴブリン・シャーマン小鬼神官ゴブリン・クレリックが! 雑魚も二十匹ほどいる……」

 ヤンソンの報告を聞いたアーサーたちは驚愕した。
 群れのボス格の上位種が揃っているなんて、今までの冒険ではあり得なかったことだ。
 いっぱしの戦士ファイターと渡り合える小鬼頭目ゴブリン・リーダーに、術や奇跡を使いこなす小鬼呪術師ゴブリン・シャーマン小鬼神官ゴブリン・クレリックが揃っているとすれば、その戦力は計り知れない。
 なぜならば、勝手気ままに動く雑魚と違い、この上位種は連携を取れるのだ。そう冒険者のパーティのように。
 それが雑魚とはいえ二十匹の群れと共に襲ってくる。

「マジかよ……」

 呻くアーサー。カリンとジャンも渋い顔をしている。
 上位種それぞれ一種だけなら相手にはできる。だが、全て揃っているとなると、勝算はかなり低い。
 しかも二十匹もの雑魚の群れと一緒となれば、勝ち目はほとんど無い。

「な、勝ち目はねえよ。逃げようぜ!」

 必死に仲間を説き伏せようとするヤンソンに、ロウドはいかにも騎士ナイト然とした正論をぶつける。
 
「僕たちが逃げたら、奴らは麓の村を襲いますよ!」

 そんな青臭い言葉に噛み付くヤンソン。

「知るかよ、麓の村なんて! そもそも、お前みたいなボンボンは知らないだろうけど、この手の依頼クエストの依頼料はな、ホント端金なんだよ。なんで金貨一枚如きで、そんな厄介な敵を相手にしなきゃいけねえんだよ!」

 ヤンソンの言葉に衝撃を受けるロウド。
 冒険者の依頼料に驚いたのだ。そんな安い金額で命がけの冒険をしているのか、と。

「金貨一枚……どういうことですか?」

 相場を分かっていないロウドに、アーサーが説明する。

「今回の依頼料は一人金貨一枚。小鬼ゴブリン退治なら、まあそんなもんだ」
「まあ、最下級の魔族ダークワンだしね」

 カリンが評価の基準を付け加える。
 最弱の小鬼ゴブリンの群れ如きにそんな高い依頼料は出ない、ということらしい。
 それに小鬼ゴブリン退治の大抵の依頼者は田舎の貧乏な村である。大金を工面できる訳がない。
 冒険者の現実を知り、ショックを受けるロウド。
 冒険者というのは、もっと格好良く華々しいモノであると思っていた。
 王侯貴族から頼りにされ、ドラゴン魔神デモンを相手に戦い、危機に陥った民を救う。
 しかしそんなのは上層の頂点の極一部だけであり、実際の大半の冒険者は端金に命を賭ける底辺の野郎ボトムズどもなのだ。
 夢見た理想と現実の格差に打ちのめされた少年を痛ましい目で見るアーサー、カリン、ジャン。
 
『俺も子供の頃は、冒険者になれば、と思ってたなぁ……』

 今のロウドの心中が痛いほど分かるアーサー。
 しかし今の逼迫した状況には、傷付いた少年を構っている暇などは無い。

「で、どうすんだよ。逃げるっきゃねえだろ」

 完全に及び腰のヤンソンが、捲し立てる。
 顔を見合わせるアーサーとカリン。確かにヤンソンの言うとおり勝算は低い。
 しかし、ここで今まで黙っていたジャンが声を上げる。

「太陽神の神官クレリックとして、闇の使徒たる魔族ダークワンを前にして戦わずして逃げるなどできはしません!」

 そう、神々の主神たる太陽神と、魔族ダークワンの母たる闇の大聖母グレート・マザーは、神代の時代からの不倶戴天の敵である。
 故にその信徒が、相手を殲滅すべし、と言い合ってる間柄なのだ。
 魔族ダークワンがいると分かっている以上そしてそれが人々を害すると分かっている以上、太陽神の使徒たるジャンには逃げるという選択肢は無かった。
 
「は。なら、お前だけ行けばいいさ。この石頭の狂信者が。アーサー、カリン、お前らは?」 
 
 教義に逆らうことなどできない。と言い切った友を見捨て、ヤンソンは残りの友に聞いた。
 
『アーサーはともかく、カリンは面倒見はいいくせに切り捨てるときは呆気なく切り捨てる。結構、クレバーだから、こちらに付くだろ』

 だが、そんなヤンソンの期待も虚しく、カリンは残ると言った。

「アタシも残るよ。ここで幼馴染みのジャンや麓の村の人を見捨てたら、もう冒険者としてやっていけないと思うから」
「な、なんでだよ。生きてりゃなんとでもなるだろ。冒険者なんて辞めればいい!」
「手に職も付けずに故郷飛び出したアタシたちが、冒険者以外に何ができるの?」
「そ、それは……」

 カリンに言葉を返すことができずに黙り込むヤンソン。
 幼馴染みの様子を黙って見ていたアーサーが口を開く。

「決まりだな、やるぞ」

 歯軋りをするヤンソン。ほぼ負けると分かっている戦いに挑むなど、馬鹿げている。俺の人生、ここで終わりか。
 悲壮な決意を固めるアーサーたちに、ロウドが怖ず怖ずと手を挙げる。

「あのう、僕は……」

 そんなロウドに、

「お前は逃げろ。と言いたいが、どうせ残るって言うだろ?」

 と、分かり切ってると言わんばかりに苦笑を向ける。

「すまないな。初冒険がこんなで」
「家を出たときから、冒険の途中で死ぬことは覚悟していましたから、それが早かっただけです」

 頭を下げる先輩冒険者に、笑みを浮かべて言葉を返すロウド。
 多少の虚勢・空元気は含まれているが、名を上げる前に死ぬことは半分覚悟していたこと。それが極端に早かっただけだ。
 
「で、ヤンソン。この先はどうなってるんだ?」

 アーサーはヤンソンに説明を求めた。

「しばらく進むと下り坂になってて、それを下りきると地底湖みたいになっててな。そのほとりに奴らが鎮座ましましてる」
 
 明らかに不機嫌そうに、言いたくなさそうに答えるヤンソン。
 
「そうか。じゃあ、ジャンに入り口で太陽光サン・ライト使ってもらって奴らの目を眩まし、俺とカリンとロウドで突っ込む。ヤンソンは、投石紐スリングで厄介な呪術師シャーマン神官クレリックを攻撃して術や奇跡を妨害する。そうすりゃ、少しは勝ちの目が出てくる」

 作戦と言えるような大したものではないが手筈を決めて、決戦の覚悟を決める一同  (約一名除く)。
 少し歩いて見えてきた下り坂。

「よし、ここだな。角燈カンテラの蓋閉めろ。見えなくなるけど、壁に手を付けながらゆっくり下りれば大丈夫だろ」

 下にいる小鬼ゴブリンに気付かれないよう、角燈カンテラの蓋を完全に閉めて暗くする。
 下り坂の壁に手を付けながらゆっくりと下りていく一同。
 だが皆、暗闇の中で下り坂を下りることに神経を集中するあまり、あることに気付かなかった。 
 そう、いつもは先頭にいるはずの男が最後尾にいることに。

「もう、付き合ってられっかよ!」

 ヤンソンは苛立ちも露わにそう怒鳴り、目の前のジャンの背中を思いっ切り蹴飛ばした。
 
「わ!」

 暗闇の中で蹴飛ばされたことにより踏ん張りも効かず、転がるジャン。
 そして、それは前方のアーサーたち三人を巻き込んだ。
 ゴロゴロと転がりながら、下り坂を下りて、いや落ちていく四人。
 
「じゃあな。長い付き合いだったけど、サヨナラだ。好きなだけ小鬼ゴブリンり合ってろよ」
 
 そう言い放ってヤンソンは、下り坂の上から立ち去った。靴音がどんどん離れていく。
 どうやら、本当に自分だけ逃げたようだ。
 
「ヤンソン! くそったれが!」

 下り坂の下で、上を見ながら怒り狂うアーサー。
 しかし、そんなアーサーにカリンが鋭い声を投げる。

「ヤンソンのことは後回し! 今はアイツら!」

 そう発光苔があるせいで、薄暗くも見えている地底湖のホール。
 そこには雑魚の小鬼ゴブリンの群れの他に、明らかにそれらとは違う者がいた。

 冒険者から奪ったのだろう鎖帷子チェイン・メイルを着込み、同じく奪ったと思われる鎚矛メイスを構えた人間と同じぐらいの体格の小鬼ゴブリン
 ねじくれた木の杖スタッフを持った小鬼ゴブリン
 漆黒に染め抜いたボロボロの外套ローブを羽織った小鬼ゴブリン
 それぞれ小鬼頭目ゴブリン・リーダー小鬼呪術師ゴブリン・シャーマン小鬼神官ゴブリン・クレリックである。

 小鬼頭目ゴブリン・リーダー魔族語ダークスで雑魚に号令をかける。
 普段なら連携も何もなくバラバラに動く小鬼ゴブリンが訓練された兵士のように列を組む。
 その様を見て、ロウドは悪寒を覚えた。

「これが上位種に率いられた小鬼ゴブリンか」

 自分が領地で訓練がてら倒してきた、はぐれ小鬼ゴブリンなど比べ物にならない。
 自分は本当に小鬼ゴブリンを甘く見ていたのだと思い知らされる。
 小鬼頭目ゴブリン・リーダーが掲げた鎚矛メイスを振り下ろしたのを合図に、奇声を上げながら突進してくる雑魚の群れ。
 
「ロウド! ジャンの方まで奴らを行かせるな! 太陽光サン・ライト発動するまでたせろ!」
「はい!」

 こうして、地底湖のほとりで血戦は始まった。


冒険者の現実と裏切り  終了
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